大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰捌拾漆話

陸へあがってみたものの、夕刻といっても夏のこと。瀬戸内に浮かぶ島々の影に陽が隠れるには、まだまだ刻がある。それでも周囲を囲む山から、夕涼みの心地よさを孕んだ風が吹きおりてくる。

その山風は、昼の熱気と人々の活気に溢れた呉軍港を囲む町並みに、ひと仕事を終えたあとの憩いを届けているようでもあった。民家からは夕餉の炊事のいい匂いがたちのぼり、中道にある商店街にも人々が行き交い、賑わいをみせている。

こうした風景を工廠の外れから眺めるのも随分久しぶりのことで、嵩利は暫し足をとめて眺めると、微笑を浮かべた。後ろを振り返れば、既に軍艦色に塗装された長門が工廠のドックに鎮座している。

艦内に詰めきりになっていると忘れがちなことが、この瞬間、一遍に押し寄せてきて嵩利を包む。人としての日々の営みの大切さが染み入ってくる。やっと心身に己が戻ってくるような感覚と安堵とを覚えて、入船山へ顔を向けた。

帰ろう。と、その思いだけが嵩利を動かした。喧しい程の蝉の声が響くなか、ゆるやかな坂道へ歩みだす。


暑気渦巻く昼間にあっても、山に囲まれた入船山の公邸はどことなく冷涼であり、相変わらず静謐な場所である。鷲頭は鎮守府で公務に就くことが殆どだが、偶に公邸に居ながらにして軍務の指揮を執る日もあった。

今日はそのような一日で、朝から慌しかった。

来客が続き、執務室へかかってくる電話も副官が全て受ける、といった具合で、時計の針が午後三時をさす頃になって漸く落ち着いたのだが、波が引いてみればその実、受けた用件は左程に急を要することではなく、然しながら報告を要するものもありという、なんとも間延びしたものであった。

副官を鎮守府へ報告の使いに遣るのと同時に、そのまま本日の務めから放免してやる積もりで送り出すと、鷲頭は暫しの逡巡ののち、執務室には行かずに、執務室に隣接している小部屋から安楽椅子を持ち出してきて、深い緑を眺め渡せる応接間の広い出窓の片隅に設えると、そこへ身を沈める。

来客と言っても和やかなものではなく、会談や交渉といった折衝を含むものばかりで酷く気疲れしてもいたから、程なくして鷲頭は眠りにおちていった。静かな寝息の他には、コチコチと刻む時計の針の音のみで、恰も癒されるべく保護されているかのように、妨げるものは何もなかった。


なだらかな丘を登りきる頃に、変わらぬ静かな佇まいの公邸を認めて、嵩利はその前庭から洋館部分の建物を見渡した。そこは未だ一度も入ったことのない場所でもあり、内装などは美の極みを尽くした趣き、と評判の高さは噂に聞いている。然し、“公”を含む場所だということを思えば、無断で立ち入って覗くことをしてはならない。軍務などに差し支えないときに鷲頭に頼めば、きっと見せて呉れるだろう。

そう期待を抱きつつ、何時ものように洋館を回りこんで、奥に続く日本家屋の方へゆこうと視線を動かしたとき、薄いカーテンのひかれた窓辺に人影が見えたような気がして、嵩利は出窓のふちへ歩み寄った。

部屋の隅には、椅子に身を委ねて眠っている鷲頭がいた。

はっきりとは窺えないが、いやに窶れて顔色が良くない―嵩利は硝子越しに鷲頭を認めてそう思った。身に纏う夏軍装の白さの所為か、はたまた窓硝子に染みてしまいそうな程の、緑濃く茂る葉の照り返しの所為か。それならば杞憂に終わるが、久しぶりに見た鷲頭の顔だのに、こうも疲れきっているような寝顔であることから、嵩利は堪らなくなった。

―もう、この際、構っていられるか。

叱られたなら、それならそれでいい。意を決して身を翻し、居住部分の和館へあがると廊下を通って洋館へ続く扉を潜った。広々とした空間に犇めく内装と美の数々に眼も呉れず、嵩利は猫のような身ごなしで部屋をすり抜けて鷲頭のもとに向かった。

眠りを妨げまいと思い、急く気持ちを抑えたつもりだが、鷲頭の傍らに立つまでの間に物音ひとつ立てなかったわけではない。それなのに、一向に眼を覚ます様子がなかった。

休日ならまだしも今日は平日、しかも本来ならまだ庁舎を退く時刻ではない。例え午睡をとることが軍務のひとときの休息に入っているとしても、普段の鷲頭ならば―少なくとも嵩利の知るこれまでの鷲頭ならば、あり得ぬ事態である。

若しやどこか体を悪くしてのことかと、改めて寝顔を見詰めてみるが、先程よりは幾分か落ち着いて様子を覗えたこともあり、初めに抱いた不安はどうやら杞憂に終わった。ただただ、穏やかな眠りに落ちているだけなのだ。

―ああ…、良かった。

その確信を持って安堵するも、鷲頭の余りの無警戒且つ無防備な寝姿に、どうしてよいものかと狼狽を感じてさえいた。黙って傍らに跪き、つくづくと寝顔を見守ることも、後ろめたくなるようなものが、今の鷲頭にはあった。

鬢と前髪に少し白いものが増えたような気はするが、精悍さは薄れていない。感じたのは、常に身に漂う酷寒に耐えるが如くの厳しく張り詰めた気配が微塵もないことだ。それに伴って、象徴とも言える眉間の皺が殆どないことも大きな要因だと、嵩利は今更のように気がついた。

―何時からだろう。ぼくの隣で、ぼくの腕の中で眠るときのほかで、このような寝顔を晒すことがあるのか。

と、ふとそんな思いが頭を過ぎる。嵩利が認めるまでの間に、余人の中で鷲頭のこの姿を認めた者はあるのだろうか。

―若し、あるとしたなら、嫌だな。

俄かに、他愛もない怒りと我が侭な嫉妬が絡みつく。絡みついたそれが、とろり、と心の裡を舐めるように掻き混ぜ、妖しき甘い蜜が在ることを思い出させる。

ここに居るのは、嵩利が知らぬ鷲頭だ。どこか侵しがたいこの午睡の聖域を毀してでも、暴きたてて、強奪したい。そう思うと抑制が利かなくなった。

指を伸ばして、頬に触れた。そのままじわじわと這わせて耳朶に触れ、弄るように撫でつつ、身を屈めて唇を奪った。初めは軽く吸い、次には食むように唇を含み―

「―ッ、ん、んん…ッ!」

そうして突如、眠りから引き摺り出されて覚醒した鷲頭は、咄嗟に跳ね起きようとしたが、失敗に終わった。椅子の背と体の隙に腕を差し込まれ、がっちりと抱き竦められてしまう。

―何たる不覚。これが夜討ならば、枕を蹴られたことにも気づかず、眠りこけた挙句に、斬られるようなものではないか。

三度目に唇を盗まれるとき、相手の薄い口髭が触れるのがはっきりとわかったが、顔を認めることはできなかった。誰何することも叶わず、圧し掛かられる勢いのままに唇を割られ、口腔を舌で犯されるが、この体勢では到底反撃できない。

舌を絡め取られて愛撫を受けたとき、嬲られる屈辱を覚えながらも快楽を得ている己の浅ましさに悔しさが募り、涙が滲んだ。怒りの余り、相手の舌を己の舌ごと噛み切ってやりたいとさえ思った。が―

相手の、頬を撫でる手つきと肌の感触。首筋から漂う針葉樹の葉にも似た爽やかな香りに混ざる、染み付いた潮の香に、鷲頭は遂にそれが誰であるかを悟った。漸く寝覚めの朦朧とした意識から抜け出したが故の、認識である。

この相手が、嵩利だから良かったようなものの…と、まだぼんやりとするなかで鷲頭は思い、らしからぬ伴侶の行為が、このような場所で暢気に転寝していることへの叱責をも含めているのだろう、という結論に至った。

今まで抵抗らしい抵抗が出来なかったこともあり、鷲頭は観念して瞼を閉じ、敢えて嵩利の行為を受け入れ続ける。幾度も深くくちづけられ、舌を蕩かされる度にからだを震わせ、体が奥から火照って炙られるのを感じて、低く、呻くように喘いだ。

静寂に包まれた瀟洒な公邸の洋館には到底相応しくない行為に及んでいることは認めていたが、今の鷲頭にとっては嵩利の想いを受け止めることのほうが重要だった。

「春美…さん」

強奪が成功した、と内心でほくそ笑みながら、体を拘束していた腕を解き、身を起こした嵩利は、椅子のなかでくたりとしたまま己を見上げている鷲頭を見詰めて、息を飲んだ。その身に何時もの怒気も覇気も宿らず、重ねて何時もの雷の如き叱責が飛んで来ないのだ。

まるで夢から覚めきっていないひとのように、恍惚とした表情。然しその視線は彷徨うことなどなく嵩利へ静かに注がれ、己が浸した蜜の甘い毒に中てられたことを示すように、双眸は情欲に揺れてもいる。

「すまん。…迂闊であった」

そう言ったあと、椅子から身を起こして立ちあがり、嵩利と向き合った。それから赦しを乞うように切なげな色を視線に乗せ、鷲頭はそっと腕を伸ばして嵩利の頬を両掌で包み、鼻下にたてた口髭をそっと指さきで撫でて微笑んだ。

「よく似合うぞ。…どうした。…怒っているのか?」

嵩利は、今までの鷲頭の反応が偶々今の事象と重なってのものなのだ、無理やり寝込みを襲って、溶かすようなくちづけで攻めたてた所為なのだ、とどこか縋るような思いで、言葉を紡ぐ。

「いえ…。ですが…ここに入ってくるまでに幾らか物音は立てたのですが、すっかり熟睡なさっているうえに、余りに春美さんが無防備に過ぎたものですから、つい…」

我が侭な怒りと嫉妬とにかられての行為だったと素直に白状したが、それを聞いた鷲頭は少し困ったような表情をして嵩利を見ている。

「…今日は既に軍務を退いていた後のことであった所為もある。だが、何処に居てもあのような姿を余人にまで晒していると思われては困る。自邸に居るような、プライヴェートな時だけだ」

鷲頭がそう言いつつ、戸惑ったような、照れているような表情をしているのを、嵩利は眼を瞠りながら見詰めた。

「ここには誰も入って来ないのをいいことに、午睡をとっていたが…。全く以って不覚であった。きみが口髭をたてたことなど知らぬし、咄嗟のことで直ぐにきみとはわからなかったから、見知らぬ男に襲われて押し入られるかと、ほんの少しの間だが考えもして、気がどうにかなるところだった…」

恥を忍びつつしおらしく言う鷲頭を、嵩利はなおも絶句したまま見詰め返していた。いま己がどのような表情でいるか分からないが、鷲頭はこの沈黙を誤解して受け取ったようだった。

「ほんの僅かでも、伴侶であるきみを誰とも知らぬ男と間違えたことはゆるして欲しい。兎角…このところの私は、きみが傍に居ると思うと気が緩むのだ」

やはり、穏やかな気配に包まれたまま変わらない。何かが剥がれ落ちたように違う。例え寝ても覚めても、ここに居るのは嵩利の知らぬ鷲頭だ。
→【38話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・最新話 | 00:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

おはようございます

久しぶりの物語に陶酔しちゃいました。素晴らしい風景の描写もそうですがやはり二人の行為に至るまでの経過も素晴らしいですね。
そして公邸での禁断の行為にはもう胸が高鳴って…!
しかしこの後二人に何か変化があるのだろうか??などと考えつつ拝読すると先が楽しみです^^。

| 見張り員 | 2014/09/01 08:27 | URL |

コメント返信です

早速読みに来てくださって、書いた甲斐があります…!そして、いつもコメントありがとうございます~!

鷲頭は嵩利の傍から離れる必要がなくなり、すっかり安心しきっています。

以前のようにがっついてこなくなる鷲頭に、最初のうちは嵩利がエラく戸惑いますが、そのうち慣れます。鷲頭は色々と無防備な故の色気を醸し出すようになったり、そのことに全く気づかない天然っぷりを発揮して、嵩利を振り回します。けれども振り回している自覚がない天然。嵩利中てられっぱなし。的な展開になると思います。

| 緒方 順 | 2014/09/01 12:30 | URL |















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