大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰捌拾参話

外に広がる緑なす樹々の葉が陽を遮って、地におとす葉影が濃くなった。嵩利はそこで歩みをとめて、影の間から覗く空をみあげた。雲ひとつない青色が、椎や樫などの枝葉の向こうにある。湿り気を帯びた緑のにおいが、冬の冷涼な空気と相まって清々しく、ひとつ深呼吸をしてみる。

思ったよりも寒さはなく、念のためにと持ち出した綿入りの羽織を携えたままで、ぶらぶらとあてもなく森の中を散策している。そうしながら只管、頭の中を整頓してゆくことに努力をかたむけている。

先に運び入れて貰っていたトランクには、着慣れた和装と洋装の着替え一式しか入れてこなかった。いつもなら、そこに何がしかの書籍の一冊や二冊は忍ばせるのだが、すべて置いてきた。

“叱責”を受けた日からこれまで、鷲頭は公邸で居室に戻っても殆ど“鎮守府長官”としての顔をして嵩利に触れることもせず、同衾はおろか床を並べてねむることすらしなかった。

嵩利が少佐くらいの若さならば、鷲頭の挙動にただ甘い思惑を感じつつ、休日を待ち遠しく思っていただろう。ただ無邪気にその空間とかれの威儀を正した横顔を眺めて、微笑ましく思っていただろう。

―何か違う。

こうして久しぶりに唐突に訪れた時と場に立ってみて、漠然とだが先ずそうおもった。

―何が違うんだ?

以前ならどんなに多忙であっても、隙を縫ってふたりで過ごせる場と時を必ず得ていたのに、嵩利が大佐―艦長に就いてからはそれが一度もなかった。共に上陸する機会があっても、料亭などへ足を運び、“艦長”“長官”として振舞うだけに留まっていた。

孤独な艦長職に就いて、ただでさえ殆ど顔を合わさなくなっている現状があるのに、と雲隠れ出来そうな機会をみつけるたびに、恨めしくおもっていた。

日に日に募っていった恨めしさも、長門や英国への展望が掻き消してくれた。艦長公室に引き篭もっているうちに、鷲頭の素っ気無さはきっと、それらに没頭せよという意味なのだと、そう納得するに至った。軍務に託けて、紛らわせた。

―碌に口も利いていないのに、ぼくがやりたいと思っていることは、何でもお見通しで…。

英国へ行きたいと考え始めた頃から、鷲頭はそれを察していた。あとになって訊いてみれば、ほんとうにその漠然とした思いを浮かべた頃から、気づいていた。

これまで己が歩んだ海軍軍人としての道を振り返れば、たぶん、嵩利がいまその時点で何を思い、何を成したいとおもっているのかなど、鷲頭には誰に訊かずともわかるのだろう。

伴侶であり、上官である。それについて敢えて分けて考えたことはない。かれは軍務に関して私情に溺れて甘い顔をすることはないし、その逆も然り。それを知っているから。そして、どのようなかたちであれ、鷲頭はずっと嵩利の傍に居てくれる。そう信じているから。

その筈の鷲頭の、態と突き放す態度に以前のような甘い予感がないと感じたのは、嵩利が現在背負う軍務の重さからくる余裕の無さ故か。鷲頭との時間が遠ざかるのも、最早仕方の無いことなのだと諦める気持ちが生まれるのも、己の余裕の無さ故か?

―あのとき、形振り構わずに抱いて欲しかったのに。何故そうしなかった?

甘えん坊の利かん気を発揮するか、さもなくば鷲頭を強引に引き摺り込むか―。その気になれば二人きりのこと、どうとでもできた筈だったのに。子どもじみた振る舞いを慎むことは、公の場だけでよいのに。

そうしなかったのは、鷲頭の物言う眼と、眉間に刻まれた皺に、何かが隠れていたからだ。嵩利が見たくない、聞きたくない、何かが。

瀧本翁の昔話を思い返し、更にその確信を持った。あの公邸に流れている奇妙な違和感と、いま抱いている焦燥感の原因はたぶん、そこにある。

肝心なときになると、却って話し合いの場を避ける。丁度いい体裁を隠れ蓑にして、何食わぬ顔をして日々の務めにのめり込む。そうしてどちらかが諦めるか痺れを切らすか、そこでやっと物事が動く。

―いつもそうだ。春美さんは。

長門のことに掛かりきりで、鷲頭の心情を酌もうとしてこなかった己を棚に上げて、ひとり深緑のなかで不貞腐れた顔をして佇む。気づけば、もう暗くなっていた。彷徨い歩いてかえりみれば、暖かな洋館の窓明かりが随分遠くみえる。

―まだ来ていないんだろうけど、戻らなくちゃ…。

そう思っても、足を踏み出せなかった。戻っても一人だとわかっている所へ帰りたくない。すぐ傍らの苔むした大きな倒木の幹に攀じ登るようにしてからそこへ腰かけ、膝を抱える。ぽつんと在る洋館のシルエットを眺めながら、鷲頭の厳しい顔を思い浮かべた。

***

午後には公邸を出られるどころか、鎮守府庁舎すら退けぬ事態になり、それでも表面上は、何事もない風をみせて、眉ひとつ動かさずに長官執務室の椅子のうえで泰然と構えている。

瀧本氏には直ぐに連絡を済ませて迎えは夕刻に変更して貰ったが、心苦しい。こちらから唐突に訪問を告げたうえに、この有様である。

長門の兵装について鎮守府に届いていない書類や連絡があるということで、そう遠くない過去にあった海軍汚職事件を匂わせるようなことにでもなれば、一大事であるからと、こうして急遽対応にあたっているのだ。

これも軍務なれば、と思っていても、脳裏には何度も嵩利の顔が浮かぶ。

今朝、何の前触れもなしに告げたこの“隠れ家行き”だったが、嵩利は僅か驚きに眸を瞠ったのみで、いつもの零れるような笑顔をみせることはなかった。

―私は、またきみに叱られるか、泣かれるかするのだろうな。

一度は甘い予感を誘っておきながら、その翌朝から頑ななまでの表向きの顔で隔てて過ごしていれば、嵩利でなくとも裏に何かあると勘付く。それ程の露骨なやり方で、嵩利との時間を引き延ばして今日に至っている。

―この逢瀬を最後に、私はきみから離れるべきなのだ。ここできっぱりと退かねば、これ以上は私の傲慢でしかない。きみには既に、私そのものを受け継いで貰っているも同然なのだからな…。

伴侶としての嵩利、海軍軍人としての嵩利。かれの将来をおもうとき、どちらに天秤が傾くか―。鷲頭は根っからの軍人だから、答えは決まっている。初めて嵩利に触れたとき、後悔せぬようにかれを育てると心に決めて以来、鷲頭の持てる全てを注いで、ここまできた。

贔屓目にみなくとも、いまの嵩利は立派に海軍大佐としてしっかり道を進んでいる。かれの現在の肩書きからして、それをあらわしている。

あとの問題は、鷲頭自身の内にある嵩利に対するどうにもならぬ独占欲と情欲だけだ。あの静かな森で、公務もなにも挟まぬ生のままの人として対峙したとき、鷲頭は嵩利の前でどれ程の間、冷静でいられるか―。

次々に届けられる遅滞していた書類に目を通し、再度の確認を経たのちに決済の判を捺しつつも、思考はそのことで埋め尽くされている。


公務を終えて鎮守府庁舎を出たとき、茜色に染まりはじめた空のしたに光の輪が閃いた。瀧本翁の迎えが来たのだ。車寄せに佇みながら、外套の襟もとに顎を埋めて首をすくめる。海からの風が少し強く、冷たかった。

「済まぬ、遅くなった。急がずにゆっくり遣ってくれ」

運転台から降りようとする前に手で制してから瀧本へ声を掛けると、客室の扉を手ずから開いてルノーに乗り込む。

客室を隔てる硝子越しに、瀧本翁が運転台から申し訳なさそうな表情を向けている。鷲頭はそれに応えて首を横にふってみせた。鎮守府の門をくぐったルノーは、なだらかな山道へ向かって、コトコトと走り出してゆく。

「御前、落ち着かれませ。まあ、慌しいご様子で…」

車を降りて、漸くまともに顔をあわせたとき瀧本翁が言った言葉がそれだった。仮にも海軍将官が、個人的な付き合いのあるといっても、迎えの車の扉を自らとって開けて乗り降りすることなどまずないことだし、明らかに落ち着かぬ気配を漂わせている。

「む…、うむ…」

何とも言えぬ困った表情で滝本に見詰められ、鷲頭は低く咳払いをする。

「ご公務のあとで、お疲れなのでしょう。暫しご休息を―」

「いや、待て。あれは―、嵩利は何処に居る?もう夕刻近いというのに、室内は何処にも明かりひとつ点いていないではないか」

確かに、明かりが点いているのは玄関のみで、他は薄暗いままだ。

「ご子息でしたら、午後過ぎにそのあたりへ散策に行くと仰られて、出てゆかれました…。この辺りで、迷われるとは思えませぬが」

「では、私はあれを探して連れ戻る。館の周辺には居るだろう。その間に、軽食でよいから、何か支度しておいてくれぬか」

瀧本翁の返事も聞かずに、鷲頭はくるりと背を向けて外套の裾を翻すと森の中へ足を踏み入れた。柔らかな土と草の感触を楽しむ余裕もないまま、心を急かして歩を進める。冬の陽が傾き、人影があれば見つけ出せる程度の明るさは、もうそう長く持ちそうにないだろう。

幾らか来たところで、一度洋館の方を振り返る。瀧本が明かりを点してくれたらしく、暖色に染まった窓の色がいくつも見えた。頼もしい道標ができた、と思いつつ再び森の奥へ目をむけたとき、やわらかな土のうえに靴跡が続いているのを発見した。途切れがちなそれを辿って進み―。

背丈を越す太さの幹を持つ大きな倒木が、まだ朽ちずに草のうえに横たわっているのが見えてくる。その幹にチョコンと乗っている影があった。嵩利がそこで膝を抱えて、背をまるめて座っている。膝に顔を埋めて、ぴくりとも動かない。

「嵩利」

こうして名を呼んだのは、随分久しぶりに思えた。

「春美…さん?」

耳に届いた声を疑うように一拍の静寂を置いてから、嵩利はゆるりと顔をあげて、呟くように答えた。鷲頭はすぐ近くの樫の傍らに立っていたが、濃紺の軍帽と外套は夕闇と溶け合って判別できなかった。

「何処、春美さん…」

「此処だ…、その様な心細い顔をするな。私は此処だ、そら―」

柔らかな土の所為で足音がしない。烏の啼く森の薄闇の中に佇む鷲頭が、本当にかれなのか。転寝の夢の続きなのかわからない。嵩利は両手を差し伸べて歩み寄ろうとするその姿に向かって、言った。

「其処に居るのがほんとうの春美さんなら、ずっとぼくの傍に居るって約束して」

「…居るとも」

「死ぬまで離れないって約束して」

「む…」

「ぼくは、ずっと春美さんと一緒に居たい」

「…こどもじみたことを言うな。きみはもう私などに構っている暇はないのだ」

「それなら、どうして今日こんな機会を設けたの」

「一度きりにすべきだったと後悔してはいないが、何事にも潮時というものがあろう。その時が来たからだ」

「そんなの、勝手です。ぼくの気持ちはどうなるんです…」

互いにまったく同じ想いを抱いている。嵩利の言葉に鷲頭の決意が揺らぐ。離れるべきではないひとつのものを、無理にふたつに引き裂くことこそ、傲慢か―

「―勝手、か。そうだな」

「春美さんは、本当にそれでいいの?」

泣き出しそうなふたつの眸で、木の上から鷲頭をじっとみつめている。胸を裂かれるような眼差しを向けられ、鷲頭は観念して顔をあげ、嵩利の眸を受け止めた。

手を伸ばして膝を抱える手に触れる。拒まれるかと思ったが、嵩利は甘えるような仕草で指を絡めてきた。きゅ、とちいさく握られただけで、かれの想いが伝わってくる。

「―いい筈があるか。きみだけは思い切れぬ」

「それなら、ずっと傍に居てください」

「死ぬまでか」

「その後も…ずっと」

「きみはそんなに欲の深い男だったか?」

「誰の所為でこうなったかは、考えないのですか」

「む…ぅ」

いつもの渋面になった鷲頭を嬉しげに見詰めて、嵩利は屈託なく笑った。

そろりと大木のうえから滑るようにして、差し伸べられた両腕に身を託す。そうして嵩利を横抱きにしたまま、鷲頭は洋館の明かりをめあてに、もと来た道を辿る。歩みに迷いはもうなかった。
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