大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰陸拾陸話

何の前触れもなくひょっこりと我が家へ現れた、という印象の海軍士官を、城内の末娘である顕子は半ば訝しくも、半ば好奇に満ちた気持ちでみていた。無論、そのおもいを表情や態度には出していない。

父に招かれている“客”である嵩利に対して、控えめな楚々とした態度で接し、失礼にならぬよう常につとめている。

時には父の居室で長々と歓談する嵩利の様子を、茶の差し入れにいったときに目撃している。この部屋を訪れるのは大抵、同輩の将官や秘書官、副官というようにごく限られているのを、顕子は知っている。

なぜこれほど、この海軍大佐を父は大事にしているのだろうと、顕子は首を傾げずにはいられなかった。

実家である赤坂の邸に、顕子が住まうようになったのはほんの二年前からであり、そのような経緯であるから、顕子は帝都に於ける城内家と鷲頭家の関係もよくは知らないのである。


―今でこそ恙無く暮らしているが、幼いころの顕子は病弱で、その将来を危ぶんだ城内が、父方の郷里である伊勢へ預けていた。

そこから長らく両親と離れて暮らさねばならなくなったが、城内は顕子のために何処に居ても欠かさず便りを送っていたし、何かと都合をつけては会いにきていた。それで幼い娘の寂しさは随分と和らいだものであった。

海と山に囲まれた気候のよい伊勢の地で、病がちであった少女は健やかな心身を得て、またおおらかに育ち、学業は神戸の全寮制の女学校で修め、そののちは欧州へ留学するなどして、洗練されたひとりの淑女として、漸くいま、最愛の父と母の傍に落ちついている。

そうした顕子の穏やかな生活のなかに、嵩利はいわば闖入してきたようなかたちであったが、嵩利の屈託のない笑顔や振る舞いをみているうちに、顕子は相手に対して抱いていた訝しむ気持ちを引っ込めていった。

夕食の時刻がちかくなると、必ずといっていいほど家政婦のとみが食堂から出て行って、書斎まで嵩利を呼びに行く。その様子は如何にも慣れたといった感じで、とみは嵩利を、まるで自分の息子のように可愛がっているらしかった。

「鷲頭の坊ちゃんは、本当に熱心ですこと」

と感慨深げなため息とともに呟くのをきいて、いったい父の書斎で何をしているのかしら、と顕子はその役目をかわりに引き受けて、偵察のようにして嵩利の様子を窺ってみたことも幾度かあった。

机へ向かったまま黙々と洋書の頁を繰って、万年筆を絶えず紙面へ走らせている。やや後ろから回りこんで横顔を覗くと、こちらがハッと身を竦めるほどの鋭い真剣な顔つきでいるかと思えば、休日には藤棚のあるテラスへ出てゆき、芝生のうえへ転がって暢気に昼寝をしている。

そのような嵩利をみるとき、顕子は人懐こい猫を微笑ましくおもうような気持ちになり、相手がじぶんより十七も年上であるのを束の間忘れてしまうのであった。

「殿方へこう言っては失礼ですけれど、鷲頭様は愛嬌がおありで、何だか…可愛らしいかたですわね」

申し訳ないような気持ちを抱きながらも顕子は含羞みを隠さずに、嵩利の印象を父へそっと告げた。

ほんのひと月にも満たない城内邸での滞在は、嵩利にとって渡英までの慌しさを支えてくれる有り難い日々として過ぎ、手抜かりなく支度を整えたあとは予定通りに日本を発ったのであるが、顕子の心に一抹の寂しさを残したことには、全く気付かぬままであった。
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| 綿津見の波の色は・161―170話 | 23:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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