大日本帝國軍の愛と友情の日々

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾陸話

秋が近づいてくると、榛名だけでなく艦隊全体が緊張と活気に包まれてゆく。恒例の観艦式が、横浜で行われるのである。

今年の二月に英国からの要請にとうとう折れて、地中海へ派遣した特務艦隊、ドイツから委託統治領としてあずかっている南洋諸島へ駐在している艦隊を除けば、外洋へ出ていた日本海軍士官の殆どは祖国へ帰還していた。

そんな状況も相まって、艦隊勤務の面々が一同に会して観艦式を催せるということは、非常に喜ばしいという思いが少なからずあるらしかった。榛名だけでなくどの艦でも訓練に熱が入って、誰もが生き生きとしている。

ある日の夕方、艦長私室の前で参謀長付きの副官、羽田良興大尉が扉の前に立って、そこへ入るか入るまいか躊躇うようなそぶりをして去ってゆくのを、最近になって艦長付従兵に選ばれたばかりの松谷俊吉三等兵曹が眼にした。かれがふしぎにおもっていると、またその翌日も同じような時刻に羽田大尉がやってくる。

榛名の艦長が、艦橋下へ"引越し"してしまっているのは誰もが知っていることで、三日目になってとうとう松谷は黙って見ていられず、遠慮がちに羽田へ声を掛けた。

「あ、見ていたのか。いやなに…艦長に頼みたいことがあってね」

気まずそうに照れ笑いを浮かべて、それから困ったような怒ったような顔をして暫し黙り込んでいた羽田だったが、相手が艦長付従兵ということもあって、手招いて傍へ来た松谷と並ぶようにしてソッと通路の端へ寄った。

「実は霧島のガンルームの連中から、挑戦状のようなものを貰ったんだよ」

霧島ときいて、松谷はもうそれだけで苦手なものをみてしまった、というような顔をして、隣の羽田を見た。ここにきて、同じ艦隊であるというのに霧島と榛名の乗組は非常に仲が悪い―否、悪いというのは語弊がある。互いにライバル視している、といったほうが正しい。

その原因は、霧島の艦長と榛名の艦長にある。

このふたりが、他の艦長や中佐といった、同期やそれに近い佐官から、時にはガンルームの士官たちを連れてゆくようなかたちで、上陸許可の下りるときには大概、肩を並べてかれらは仲良く軍港の街中へ出掛けてゆく。それはいい。

そこで呉の明月とか、佐世保の純吉とか、はたまた横須賀の滝塚といったような、こぢんまりとした海軍料亭にあがって、軍備や訓練のありかたについて熱を入れて語り始めるのであるが、酒が入ってくると、こどものような喧嘩を交えた口論に発展することもしばしばある。

当時軍務局長だった有元は、後年の日本の情況から遡れば、その時期にしては早い段階から欧米諸国の隠れた敵意を察していた。有元自身は殊更に、それについて警鐘を鳴らすとか、扇動する発言をするというようなことは一切しなかった。しかし、かれの秘書官として働いていた守本は次第に、その方面について意識を向けるようになり、確固とした考えを持つようになってきていた。

いま時局が移り変わるに従って、その考えを徐々に周囲へ明かしていった。それまで口に出さないでいたが、"敵になり得るとしたら英米国"という言葉を憚らず言うようになったのも、守本が艦長になってからだった。

これには、榛名艦長の鷲頭嵩利も驚きを隠せなかった。嵩利は大佐に進級して、父である鷲頭春美に申し入れて漸く、かれが横須賀鎮守府参謀長時代に書き上げた、あの論文を読む事をゆるしてもらった。

そして長いこと鷲頭と差し向かいになって、これからも貫くべき姿勢と、新しく模索せねばならない方策とを吟味し、新たな姿勢をもつことに努力を傾けると決めたばかりだった。

日英同盟の益々の強化、欧米諸国との協調、アジアの安定を図ること―

そういったことを根本に置いていたから、諸外国との付き合いかた、という項目に論議が回ってくると当然、嵩利は守本と意見を異とすることになる。しかし、聴けば守本の言っている警鐘論は、あの有元の考えが下敷きになっていることもあって、確かにあながちあり得ない話ではなかった。

しかし日英同盟があり、かの国の要請をうけて今、まさに地中海へ我が海軍の特務艦隊が赴いており、英海軍と死線を共にしているのだ。そういった情況のなかで、"敵になるとしたら英米国"とは口にして良い言葉ではない。

同じシーマンとして、これまで友情を培ってきた英国海軍に言う言葉ではない、と酒気を帯びた据わった目で守本を睨むのが、嵩利の常であった。

「貴様が飲み較べで、おれに勝てたら黙ってやるよ」

などと、守本は余裕綽々といった顔つきで言う。鷲頭とあたためた新たな方針を抱いているだけに、嵩利は負けん気を起こしてそれを受けるのだが、一度も勝てない。

悔しがって、酔いつぶれて畳に寝転がってしまう嵩利を、霧島から一緒に来た士官たちは、放っておけよと言うのだが、守本は眼を怒らせて、おれに鷲頭を侮辱するような真似をさせる気か、と言って黙らせる。嵩利が気が付くまで介抱する守本の姿を、榛名の士官が妙な顔で見守っている。

こうしてどんなに口論をしても、喧嘩をしても、嵩利と守本は仲たがいするということはない。

守本にしても、嵩利の持論を馬鹿にしているわけではない。例の論文の存在も知っているし、それを書いた本人―ひとつひとつ積み上げてゆく鷲頭の誠実な姿勢を知っている。まして嵩利はかれの養嗣子である。海軍の将来を期待し、それを託すという意味で、嵩利は鷲頭の期待を充分果たしてきている。

守本はそんな嵩利をずっと見て来ているのだ。だから、嵩利の言っていることは理解しているし、出来るのであればそうあるべきだ。しかし守本も正しいと思っている自身の持論は枉げられない。

霧島と榛名が対立するようになったのは、こういったやりとりの何度目かのときが発端であった。この会合の存在と趣旨を知った榛名の砲術長あたりが、鷲頭艦長の身を案じてやってくるようになり、流石に嵩利を介抱している守本の手を拒むような非礼は働かなかったが、代わりにその意識はこの会合に同席している霧島の士官たちに向けられるようになっていったのである。

互いに帰ったが最後、ガンルーム士官たちの口づたえから、あっという間に話は水兵にまで広がり、この度の観艦式での訓練成果発表で、"打倒榛名"、"打倒霧島"というスローガンが掲げられた。

当の艦長同士は何と言うことはない、ひとつも変わらぬ仲の良い親友なのである。内火艇で互いの艦を行ったり来たり、艦長室で差し向かいで食事をするなど、変わりはない。

「オイ、参ったなァ」

「…ウン」

要するに、観艦式で腕の見せ所だと張り切る、若手士官たちのいい出汁に使われたというほかないのだが、その原因が何なのかといえば嵩利と守本の、口論の末の飲み較べなのだから、両艦長これについては、やめろとは言い出し難かった。
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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 23:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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