大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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千尋に届く波の音・第拾話

 しかしながら暢生は、城内の行為に含まれた意図に対して、”それ”と気づくことはなかった。

 何故なら、城内の醸すものに初めて接し、覚えた動揺の正体というのが、あの”妙な噂”を思い返して、つい色眼鏡で見てしまったのを、見抜かれたに違いない、という思いに起因していたからで。

 それに、暢生とて城内の花街での放蕩ぶりは知っていたから、かれの昨晩の振舞いが、結局のところ、酔った上の戯れに過ぎなかったのだろう、という考えに落ち着いたというのもある。

 噂などに振り回された自らの浅はかさは反省したものの、持ち前の冷静さで、そうしてあっさりと片付けてしまい、それ以降も城内に対して警戒を覚えることはなかった。

 まるで禅僧のようだ、と評される生真面目な少尉には、まったく通じなかったのである。三日目になって、その事実に気づいた城内だったが、ただ、

 ―面白い男だなァ

 とおもっただけであった。

 それどころか”振り向かせ甲斐がある”、などと密かにほくそ笑む始末で、まったく諦める様子はなかった。強引な手段を用いることは好かぬ、という嗜好の部分もあったが、前も言ったように”急く”、”慌てる”というものを持たないのである。

 そのような性質のうえに、悠揚迫らずといった様子が常態であるからして、傍目にはとても、怪しからぬ企みを抱いているとは見えないのだった。

 己の欲望には強かな城内の企みを看破できるのは、同期生の那智をおいて他には居ないのだが、その那智は相変わらず肇敏の艦上で、教官として後輩の指揮にあたっている。

 那智が帝都の中枢へゆけと言われるのは、この後ふた月程あとである。

 このようにして、海軍省へゆく日は近づいているのであるが、脚気を患い、完治したということになっている暢生に、海軍病院から通院するように、と申し渡しがされた。

 海軍病院は、まだ脚気に罹った患者を抱えてい、病状が快方に向かった者でも油断できないという判断が下された為である。特に暢生は、退院したばかりのうえに、このたびの急な異動である。

 霞ヶ関へ行ってしまってからもしものことがあっては、ということで、荷造りは親友たちの手に委ねて、今日も病院へ足を向ける。

 午後の診察室で待っていると、暫くして白衣を纏った男が入ってきた。繊細な手に携えるには似つかわしくない重たげな書類綴りを抱えて、それを机へ置くと漸く暢生を振り返った。軍医少監―将校少佐相当官―の吉永祐は、暢生の主治医である。

 「きみは以前病院を抜け出しましたからねえ、通院しなさいと言ってきちんと来るのかと思っていましたけれども」

 などと、冗談を言って吉永は椅子へ腰をおろす。”病院脱走事件”のときに叱られた吉永の言葉だけに、暢生は悪戯でも見咎められたような顔をして、黙ってあたまを掻いた。

 同じ海軍の夏軍服を身に着けているが、吉永からはまったく軍人らしい匂いがしない。体つきもほっそりとしてい、例えば普段、趣のある着物に袴をつけた姿で居たとしたら、どこかの華か茶の道の若先生、とでも見られそうな男なのである。

 しかしながら、吉永の精励には只ならぬものがある。およそ並の軍人には真似のできぬ二足の草鞋を履きこなしているのだ。

 医学に関して才があるらしく、高い知性を裏打ちする深い洞察力、先見性に優れ、明治海軍医学界きっての逸材として認められている。こうして海軍病院に於いて軍医をつとめながら、併設の海軍医務局学舎では帝国大学の医学生を指導してもいる。

 ふ、と透かすような眼を向けると、吉永は暢生の手をとって診察をはじめた。

 「なるだけ、洋食を摂るようになさい」

 その最中に吉永は言った。海軍ではまだ洋食はそれ程馴染みがない。そのような食文化を取り入れているのは政府の高官か外交官くらいである。暢生が妙な顔をすると、吉永は自信に満ちた微笑をちょっと口許にうかべて、

 「ぼくのお墨付きですから、間違いはないです」

 と言い切った。吉永たちは脚気に悩まされる海軍のなかで、原因を追究している最中であったが、食事改善にその鍵があると睨んでいるらしかった。

 「一度、上野の精養軒へ行くといいですよ」

 越前福井から帝都へ出て来て以来、ひたすらに海軍軍人の道を歩んでいる暢生には、花街に次いでとんと縁のない場所である。

 そもそも、この明治十六年の頃というのは、藤原や城内のように余程の財産のある家の者でなければ、そのような洋食屋に足を向けることなどしない時代であった。

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実は今回、拾話に初登場の『海軍少監・吉永祐』は、

大変懇意にさせて貰っています櫻花往生作者様の、 桓 文乃様にお願いを致しまして、キャラクター設定していただきました!

初 コ ラ ボ ☆(キラッ

でございます!

| 千尋に届く波の音 | 23:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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