大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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千尋に届く波の音・第陸話

 少尉候補生たちを乗せた肇敏は、明治十六年二月に、東南アジアを経て、オーストラリア方面を巡り、夏になって横浜へ帰港した。

 遠洋航海訓練は概ね成功であったが、傷病者が少なからず出た。築地の海軍用地内にある病院へ担ぎ込まれた候補生は約三分の一で、そのなかに暢生も入っていた。

 症状は、ごく軽度の脚気である。

 手足の痺れがあり、日常生活に少々支障をきたす程度で、入院するまでもないと思ったのだが、上官である那智がそれを許さなかった。宿舎住まいの暢生は、加藤や有元に身の回りのものの管理を頼んだ。

 そうして病院の寝台に横たわっている間、諸々の勉強に勤しむことは怠らなかったけれども、病が遅々として快復に向かわないことに、不安を抱き始めていた。

 入院してから暫くして、少尉任官内定の知らせが届いた。勿論、クラスメートである加藤たちからもたらされたものである。肇敏での分隊行動の優秀さを認められての結果なのだから、喜んでよい筈である。

 ただ、こうして病床に居る身である暢生と、帰国してから艦上訓練に励んでいるクラスメートとでは、受け止め方に差がある。暢生にしてみれば、殆ど棚から牡丹餅のような感覚であった。無条件のようなかたちで少尉任官を約束されてしまったようなもので、後ろめたいことこのうえない。

 寝台のうえで、痺れが抜けない震える手で書籍の頁を捲りながら、暢生は今日も勤勉な態度で読書に没頭している。夏の最中で、遠くから時折蝉の声がきこえてくる。

 区切りの良いところまで読み進んで、そっと栞をはさむと、本棚代わりにしている窓辺に戻した。寝台へ身を横たえて、持ち上げた左腕を眺めながら、ゆっくりと手を開いたり握ったりしてみる。時々、この手が思うように動かなくなることもあり、このまま後遺症が残ったとしたら、海軍には残れないであろう、という不安が再び、脳裏をかすめる。

 夏の最中であるのに、からだがすっと冷たくなるような感覚に陥って、暢生は慌てて頭を振った。こんな風にじっと病院へ閉じこもっていると、碌なことを考えなくなるのだ。内海―湾内独特の波の寄せる音が、この部屋にも常に届いている。

 無性に外へ出たくなった。寝衣を脱ぎ捨てて、単の着流しすがたになると、誰にも告げずにおもてへ出る。脚の痺れはあっても、歩く分には支障はない。勿論、駆けたりなどはできないから、ゆっくりとした歩みで海際へ向かう。

 日曜日の昼下がりに、そうして暢生がひとり海辺へ出ているころ。病室を訪ねてきた鷲頭、加藤、有元の三人は、蛻の殻になっている寝台をみて慌てた。日に日に、暢生が何か思い詰めるようなものを漂わせているのに気づいていたからだ。

 そんなちょっとした騒ぎが、病院の一室で起きていることなど、暢生は知る由もない。

 そのころ暢生は、海軍用地の外れにあたる突堤まで出て行って、積み上げられた木箱のうえへ腰をおろしていた。かっと照りつけていた夏の日差しが翳ると、灼かれた肌が火照っているのがわかる。頬や額がひりひりとする感覚も、暫くぶりである。

 ―あんなところへ閉じこもっていたら、治るものも治らない。

 どちらかというと読書を好み、静かに過ごすことの多い暢生も、病室に篭りきりというのは流石に辟易していた。こうして抜け出してみるのも良いものだ、と思いつつ沖へ顔を向ける。浅間と肇敏らしい艦影を認めて、額へ手を翳して眼を眇めてみる。

 ―くよくよしていても、何もならない。ぼくはまた、あそこへ戻るんだ。

 深く蒼い海の色が目の前に広がっている。薄い陽の光が波頭に射し、銀色の光を戴きながら、砂浜に寄せて来る。祖国の海の色は、俄かに暢生の気持ちを落ち着かせた。それと同時に、遠洋航海で疾駆した南半球の紺碧に輝く海を思い出す。

 もっともっと、見るべきもの、知るべきことがある。閉塞感に苛まれて、とうとう嫌気がさして閉じてしまった本だったが、また病室へ戻って、手にとりたいと思えた。

 波の傍へ行きたくなって、暢生はぎこちない動きながら木箱のうえから降りた。すこし突堤を戻れば、砂浜へおりてゆける。ちりちりと痺れの走る脚を宥めながら歩き出すと、遠く、もと来た方から誰かが歩いてくるのが見えた。ゆったりとした歩みが、やけに貫禄を醸しだしている。

 白い単に灰色っぽい夏袴をつけたその姿には見覚えがない。暢生は首を傾げ、つと視線を逸らして、坂になったところから浜へおりてゆく。

 波の騒ぐ音が暢生を包んでゆくのと同時に、艦に居るような感覚に心が満たされてゆくのがわかり、自然と口の端に笑みが浮かぶ。

 「新見くん」

 草鞋を脱いで波打ち際へ素足を浸すと、波の音に混じって名を呼ぶ声がするのと同時に、ぐっと腕を掴み取られた。軽い麻痺のある左腕だったが、それでも感覚が伝わってくる。かなりの力で掴まれているのだとわかって、暢生は驚いて振り向いた。

 そこには、先刻突堤のうえを歩いていた男がいた。

 「新見くん、ぼくがわからないのか?きみがあの坂をおりてゆくときからずっと呼んでいたのに」

 「城内…中尉」

 「まさかとは思うが、馬鹿なことを考えたんじゃあないだろうね」

 城内とは、遠洋航海へ出る直前―半年前に一度顔を合わせたきりである。何故ここにいるのかは分からないが、暢生はそれを問うよりも先ず、妙な誤解をしているらしい城内を説得する方が先だった。

 「本当かい…?」

 中々、信じてくれる様子をみせない城内だったが、暢生のあまりの必死さを酌んで、やっと表情を和らげた。いつかみせたような穏やかな顔になると、つくづくと暢生を見つめる。

 「中尉はなぜ、ここに?」

 やっとその質問をすると、城内は暢生の手を引いて波打ち際を離れながら口を開いた。

 「―ちょうど新富町から戻ってくる途中で、病院へ寄ったんだよ。そうしたらきみが抜け出してしまって居ないって、きみのクラスメートがひどく慌てている。そこで加藤くんが深川までひとっ走りして、那智くんも出てきてネ。手分けして探すというから、ぼくも手伝おうということになったんだ」

 「そんな…騒ぎに…」

 「そのようだねえ。…さ、これ以上きみを歩かせるのは酷というものだ」

 城内はのんびりした口調で言うと、暢生をひょいと抱きあげた。体の自由が全く利かないわけではないので、これはさすがに羞ずかしかった。しかし拒んでも、城内はおろしてはくれないだろう。

 「こうして帰れば、少なくとも那智くんの雷はぼくに落ちるからネ。いいかい、これからはきちんと体を治すことだけを考えるんだよ。もう、勝手に抜け出したりしないとは思うけれどね…」

 「はい…城内中尉」

 鷹揚とした城内の温かな笑顔に、暢生は安堵を覚えた。例えて言うならば那智が口喧しい母親のような存在だとしたら、この城内はさしずめ父親のようであるなあ、と、このときの暢生は無邪気に、そんなことを思っていた。

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