大日本帝國軍の愛と友情の日々

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  綿津見の波の色は・第佰参拾陸話

再びの海軍省勤務となったが、次官室隣の先任副官執務室に嵩利が毎日詰めていられるわけではなく、そういうときに鷲頭を訊ねてゆくと、大概が席を外している。何食わぬ顔をして、嵩利の”出先”である成瀬海相か、軍事参議官である加藤中将の部屋へ行っている。

やや独断に過ぎる、と海軍内部から不満が沸き起こりつつある”成瀬改革”だったが、鷲頭はその不満に考慮して大臣に一言物申す、ということはしなかった。寧ろ、このくらいのことをせねば、海軍の足並みは揃わないだろう、という状況であったからである。

ほぼ海軍内部を”洗う”ことのできた成瀬、鷲頭の鉄壁と称された大臣次官だったが、シーメンス事件はやはり、纐纈が残した最後の報復、時限爆弾そのものであったことが、その検挙された面々の繋がりを解してゆくにしたがって、明らかになった。

鷲頭と嵩利だけでなく、かれと敵対していた者すべてが、乗り越えたはずの古傷を抉られるような、厭らしい陰湿さをそこに見た。だが、それはその後の話題にはならなかった。

―大正三年、八月。

鷲頭たちの盟友はめいめい、海へ出ている。

かれらが、遠い南洋や混沌の黄海へ征くときが、来たのである。鷲頭、加藤、新見、そして嵩利。誰もが、その艦隊をおもうとき、艦名よりも先に、そこに居る友の名と顔を思い浮かべた。

成瀬海相は、軍令部長の意向を訊くこともせぬまま、日英同盟に基づく、という姿勢を貫いて、欧州で火の手があがった戦のなかへ、日本海軍を参加させることに賛成した。不祥事のあと、海軍は従容とした姿勢をみせ、政府の為の軍隊、として振る舞わざるを得なかった。

皮肉ではあるが確かに、それによって軍拡について抑えられた。そのことについては喜ばしくあるものの、成瀬は諄々と説く、ということを得手とせぬ人物であり、納得がいかぬ、と憤慨する、鷲頭たちと同期の将官が、幾日かに一度、次官室へ苦い顔をみせにくる。

痛恨の不祥事の後始末とはいえ、これによって海軍内部で後に対立が起こりはしないだろうか、と心配しているのだ。確かに、その点は鷲頭も薄々気づいていた。明治とはあきらかに異質なものへと変貌しつつある、その海軍の中枢に居るのだから。

だが、鷲頭はこれまでの海軍を振り返ってみて、これまで培ってきたものが再び活きることを信じたい、と半ば願いを篭めつつ、敢えて成瀬の改革を推した。加藤も、新見も同様のおもいでいる。


―今日も、嵩利は隣室に居ない。

城内総理大臣の秘書官を辞めて、約束通り軍令部に戻った山科参謀中佐と一緒に、各艦隊の配備、装備、輸送、現戦力の詳細などについて、最新の情報が得られるようにと、殆ど使い勝手の良い使い走りのようなことをして、海軍省と軍令部を往復している。

将来を嘱望されている中佐がふたり、昼も夜も問わず、まるで新米少尉のような必死さでいる。

南洋も黄海も、今や未知数の不安定要素が潜む海域である。日露戦争のときとは違うのだ。ありとあらゆる予測をたてても、追いつかぬ状況のなかに立たされている。聯合艦隊は編成せぬといっても、これは非常時であり、戦時なのである。

那智長官は、黄海へ出動されます、と、このふたりが真っ先に伝えに来たとき、鷲頭たちの心に広がったのは、何があってもかれらを守り抜かねばならぬ、無事に全艦帰投せしめる、ということのみで、このとき政府が抱いていた支那大陸への滴るが如き野望、といったような色を見せることは一切なかった。

このとき、政府の為の軍隊として尽くしていた海軍だが、少なくともその精神は健全であった。画策を企てる政府と一緒になって、海を征してやるのだぞ、という姿勢にはならなかった者たちが、知るものは僅かだが、確かに存在していた。
→【7話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・131―140話 | 22:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

難しいですね

政府あっての軍なのか。はたまた国防あっての独立国家なのか。
日英同盟はおそらく引き合いに出されただけで、大陸の権益確保のために動きたかったのはむしろ政府の連中だったのかもしれませんね。

このときのドイツ人捕虜の扱いがとってもよくて、日本は国際法を遵守する国に認められたんでしたよね。きっと那智閣下が乗組員に扱いを指示したのではと妄想。国際法とかは新見が詳しそうです。黄海から山東半島(龍口)への上陸とかあるのでしょうか。なんにせよ無事で帰ってきて欲しいですね。

| かなやの | 2010/11/11 23:20 | URL |

海軍次官と雖も

ついに大戦突入ですが、あくまでも日本海軍の視点からなので、あやのさんのように俯瞰で広く深い描写ができません。orz

そしてやはり、海軍次官になったといっても鷲頭ひとりでは流れは何も変えられないという現実。

第一次大戦は、政府の強引な決定で為された参戦で、この事から以降、政府と軍部の関係が悪くなっていきます。軍縮を問う声も軍拡を問う声も、どちらが正しいかというのは、後世だからこそ、ああだこうだと物申せますが、あの当時に生きた軍人から見れば、双方の意見とも真剣に正しいと思って議論していた筈です。

鷲頭たちとて、軍縮を主張していますが、軍拡派を目の敵にして意見も聞かないかと言えばそうではないです。この大戦中、改めて軍備について考える機会が来ますが、八八艦隊構想と外国の建造競争との狭間で、軍縮の考えが揺らいだりすることだって、きっとあると思います。

軍人ですから、軍艦がどんどんできて、海軍が強くなったほうがいいに決まっている、と思ってはいると思います。そういう葛藤とかも含めて、長門が竣工するあたりまでうまく書ければなあ、と最近考えています。

| 緒方 順 | 2010/11/14 17:27 | URL |















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