大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  或いは終わりと始まり・第伍話

 和胤は、先日より勤務をはじめた陸軍大学校から帰宅する道の途中で、ひとつの俥に追い越された。別段、気にするほどのことではない。俥などはよく見かけるものだ。

 しかし、その俥は和胤を追い越して少しゆくと路に寄せて停まった。それを見ながら、内心くびを傾げた。三宅坂をおりたすぐの道である。このようなところで停まるというのは珍しい。迎えにしろ送りにしろ、乗り降りする場所では、少なくともなかったからだ。

 「和兄さま」

 澄んだ、可愛らしい声が俥から発せられた。

 うさぎのような身軽さで、ぴょんと跳ねて俥から降り、路に立ったひとは、妙齢の乙女である。乙女は和胤の前に立つとにこにこしている。どこか剽気た身振りと、屈託のない笑顔。そしてよく動く愛嬌のある目が、和胤を見つめている。言うまでもない、惟之の姪、千代だった。和胤は軍帽をとり、千代に挨拶をした。見かけたからといって、わざわざ降りたのだろうか?

 「千代さんは学校のお帰りですか」

 「はい。和兄さまは俥には、お乗りにならないのですか?」

 「毎日歩いて通っちょります。体が鈍らぬようにせるには、ちょうどええですし。季節の花を愛でる路にもなっちょりますけぇ」

 「まあ…」

 そんなふうにやりとりを交わしていると、筋金いりのバネのような体躯をした、壮年の俥夫が―このひとは度々、杉家へ俥屋をつとめに来ていて、もうずっと顔馴染みである―ひょいと半身をふたりのほうへ乗り出して、威勢のいい下町ことばを発する。

 「千代お嬢様、そいじゃあっしは先に戻りやすんで。叔父上にはご都合で遅くなると言っておきやすから、安心しておくんなまし。和胤さま、千代お嬢様をくれぐれも頼みます」

 何のことかと思っていると、俥夫はその人のよさそうな顔を笑い皺だらけにする。そして言うだけ言って、さっさと俥を出して行ってしまった。

 「…ということですので、お帰りご一緒してくださいませんか?」

 唖然としている和胤の前で、にこりとして言うさまは、まさにいたずら好きの叔父・惟之の血を引く証であるとおもった。それにしても、憎めない策略家である。

 「いたずらが過ぎませんか、千代さん。悪いところも叔父上に似ましたね。しかし、このことが惟之さんに知られたら、おれはきっと八つ裂きにされるに違いありませんのう」

 無論冗談である。笑いながら両手を軽く挙げ、和胤は降参の意を表した。だが、並んで歩くことは避け、和胤は千代のうしろを守るように、すこし下がって道を進んだ。どこもかしこも桜ばかりである。大小あわせて並木道がいくつもあり、和胤は黙ってそっと手をのべて、その道のうちのひとつを、千代へ示してみせた。

 この道は花隧道が長く続くだけでなく、その種類も多い。先ほどの距離を保ったまま、ふたりは桜並木を歩いた。花房が付きすぎて、枝垂れて目の前まで下がっているものもかなりある。

 おもわず手をのばして桜と戯れる千代を、和胤は微笑ましく見つめた。ちょうど風が吹いて、枝が一斉に揺れる。不意に千代が、戯れていた桜の花房の付いた細枝から手を引っ込める。指先をひっかけたのか、左手の人差し指に切り傷ができている。

 「千代さん、いらっしゃい」

 既に中程まで歩いてきたふたりは、すこし路を戻った。幸い、近くに井戸があった。和胤はとっさに、千代の手を引くと井戸まで連れていった。絆創膏などないから、よく傷を洗って乾かしたあと、持っている手巾で代用した。

 「早う帰って、きちんと手当せんといかんです」

 千代はうつ向いたまま、しおらしく頷いた。自分がついていながら怪我をさせてしまい、和胤は恥じた。惟之にどう詫びたらよいか、思いつかないまま、とにもかくにも帰らなくては、という思いにつきうごかされた。


 そのころ杉邸では、惟之が千代の帰りを待っていた。

 珍しく仕事が早く片づいたから、参謀本部から飛ぶように帰宅したのだ。たまには帰ってくる姪を迎えようと、庭の花を愛でつつ、散歩している。

 程なくして俥が到着し、笑みを浮かべていたが、俥夫がこちらにやってくるのみである。明らかに様子がおかしい。惟之は俥夫にあれこれと訊くが、千代から、和兄さまとのことは固く内緒に、と頼みこまれており、苦しい板挟みに遭う羽目になった。

 和胤の名を出さず、かといって嘘を吐ききれず、たまたま居合わせた将校と桜を愛でながら帰宅する、という話をするしかなく、俥夫はそそくさと引き上げていった。

 腹がおさまらないのは庭先に残された惟之である。着流しの和装に身を包んではいたが、先ほどの好々爺然とした風貌とはうって変わり、仁王立ちで待ち構えるその様は、かつて日露戦争のときに満州軍を叱咤して凍土を駆け回った、鬼神の如き迫力があった。

 父親がわりの惟之としては、どこの馬の骨が千代を送り届けてくるのか、面を拝まずにはおれない心境である。そんなふうに待ち構えている惟之のもとに、ふたりは帰宅しようとしていた。

 千代は自分を気遣う和胤の様子が、いかにも誠心に溢れていて、それを感じるにつれてますます、この青年将校に対するおもいを熱くさせていった。

 「すみません、おれがついていながら怪我をさせてしまうとは」

 たおやかな指先に、手巾を巻きつけ加減よく結わえると、和胤は開きかけた百合の花のような千代の手を、そっと離す。ここから杉邸までは、歩いていっても十分ほどである。千代に詫びると、沈痛な面持ちを残したまま、和胤は案じるような眼差しで見つめた。

 「わたしこそ、こどものような真似をしてしまいました。たいした傷ではありませんし、どうかお気に病まないでくださいませ」

 ぺこり、と頭をさげる千代はうかつさを恥じ入るようにしながらも、どこか含羞を含んだ表情でいる。千代の手にしていた風呂敷の包みを、和胤はそっと取り上げて持った。書物が入っているのか、重さがある。これは持たせられないと、そのまま持って帰りの道を進んだ。相変わらず、千代のうしろである。

 「和兄さま、叔父さまもきっと兄さまと一緒だとわかれば、このくらいのことは何も―」

 「千代さん、あなたはなにも言わんでおってください。おれがいけんのですから、お叱りは受けます。あなたはすぐ家に入って、傷の手当てをしんさい。ええですね」

 振り返りたそうにして言う千代の言葉をさえぎって、和胤はきっぱりと告げた。その毅然とした態度に、千代は気圧されながらも、胸中のときめきはおさえられなかった。

 じぶんの悪戯が発端だけに、千代は気が気でなかった。そんなやきもきとした気持ちで歩いているうちに、市ヶ谷の杉邸に着いてしまった。門の傍で少し躊躇いがちに歩みをとめる千代を、和胤はやさしく促して、ふたりは門をくぐった。

 庭先には、惟之が不動の姿勢で待っていた。が、現れた千代と、その隣にいる和胤をみて、たちどころにもとの好々爺の笑みになった。

 「なーんじゃ。どこの馬の骨が千代を送って来ようるかと思って待っちょったが。なんじゃ和胤、おぬしだったんか。それにしても何ぞ、解せんのう…。又四郎もおぬしを知らんわけでもあるまいに、何故におれに名を言わなんだか。…ん?千代、その手はどうした」

 隠しても嫌でも目立つ、白い手巾に包まれた千代の左手に、惟之は目をそそいだ。

 「惟之さん。実は―」

 和胤は婦女子に怪我をさせた責任を、重く感じていた。男として、軍人としてでもあったが、惟之の大事にしている姪ならばなおさらである。それも和胤自身も妹同然に可愛がっているのだ。そういったことも含んでいたから、深く愧じていた。

 本来であれば、このようなことは惟之にとって、瑣末な微笑ましい話として、受け止める性質のできごとである。しかし、その左手に結わえられた白い手巾。千代のおもい。それに加えて、諦めかけていたとはいえ、惟之がずっと望んでいたふたりの縁組への熱意。それらが一度に心のなかに噴出した。

 和胤に千代を嫁がせることは、悩みに悩みぬいていただけに、惟之の脳裏に閃くものがあった。話の糸口を掴んだと言おうか、その口実はいまここで見つかった。千代の怪我である。

 ひそかに“桜花の契り”と名づけまでする。風が呼んだ桜の悪戯の尻馬に乗って、いわば惟之は、それに拍車をかけて大騒ぎしてやろうと企んだ。どうせ春なのだからと、根拠のない理由であったが、例の悪戯好きが顔を出した。

 逐一、頷きながら聴く惟之の表情が、厳しいものになってゆくのを、千代はじっと見つめていた。叔父の態度はあきらかにいつもの、和胤に対するそれとは違っていた。

 「おぬしがついていながら、なんじゃその様は。千代に怪我をさせるとは、怪しからん。おぬしには責任をとって貰わにゃならんのう」

 一種、うそ寒いものがその声に含まれていた。和胤は表情を崩さずに不動の姿勢でいたが、頬を僅かに青ざめさせた。

 「そんな、叔父さま―」

 あまりのことに堪らず、千代は声をあげかけた。しかし、和胤がそれでも気遣うように、大丈夫だからと、やさしく目顔だけで告げているのを見て、黙った。

 「ええと言うまで、部屋から出るな。わかったか」

 「…はい」

 惟之の厳しい言葉を受け止め、和胤は僅かに悲痛の色を顔に浮かべたが、靴の踵を鳴らして姿勢を正すと、深くあたまをさげて邸へ入っていった。その背に、名状しがたい覚悟のようなものが漂っているのを、千代は感じていた。

 「惟之叔父さま、いくらなんでもあんまりです」

 親同然の惟之に口答えをするなど、以ての外であったが、和胤の身の上を案じれば、言わずにおれなかった。それが千代にとって精一杯だった。

 惟之は、顔も見ずに駆けていってしまった姪を横目で見送った。春たけなわの花咲く庭のなかで、ひとり小鬼のような笑みをそっと浮かべたのだった。この件を発端に、惟之の例の悪戯がはじまるのだが、それを二人が知るのは、のちのことである。
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