大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

2011年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年06月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


web拍手 by FC2

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

千尋に届く波の音・第弐拾陸話

 明治十八年、七月。

 筑波は丁度南半球のニュージーランドから南米方面へ航路をとっており、その季節はまさに冬へ向かっている最中であった。

 春に航海へ出たと思ったら、南へ行くにしたがってまた冬へ戻ってゆく。こういった感覚には慣れてきているといっても、やはり月日を数えるにつけ、少し蒸すような夏草の匂いとか、かっと照る陽と蝉の声。はたまた、祭礼の囃子の音と、青空に揚々と翻る八幡様の赤い幟とかいったものが、しきりと恋しくなってくる。

 乗組のなかにこうして多かれ少なかれ、郷愁の想いが漂ってくるのは、致し方のないことでもある。特にこの度の航海には、そのような思いに浸れるほどの余裕があった。

 少尉候補生たちを乗せた筑波の遠洋練習航海は極めて順調で、予定航路を半ば以上過ぎた今も、問題はひとつも起こっていない。

 そんな穏やかな艦のなかに、暢生も那智もいる。暢生は分隊士、那智は航海副長と分隊長を兼任していて、同じ第二分隊である。

 三ヶ月前に陸にいたころの、病み上がったばかりという印象は、今の暢生にはない。柳のような、すらりとした無駄のない体躯には活気が巡っていたし、何より艦上にいて暢生は実によく立ち働いている。

 琥珀色に陽灼けした貌に精悍さが増すとか、そういったことはなく、相変わらず控え目で物静かな青年のままであったが、変わったことがひとつだけある。

 それは、那智が上官であるにもかかわらず、かれに対して臆さずに物を言うようになったことである。磊落なところのある那智の振る舞いを、ぴしゃりと窘めるようになったのは、この頃からと言っていい。

 ことの起こりは、ニュージーランドの漁師たちが"鯨の寝床"と呼んでいる海域のすぐ近くを、筑波が通ったときのことで、那智は丁度その時当直をしていた。全く順調な航海であるから、穏やかな海原を見詰めているだけで、言ってしまえば退屈でしかない。

 ―いっそ、鯨の大群でも出てきてくれりゃ、退屈凌ぎになるんだがなァ―

 と内心でぼやきつつ、望遠鏡を時折覗きつつ航路を確かめていた。そのとき、左舷のほうで人のざわめく声がきこえて、那智はひょいとそこへ出て行った。

 「航海副長、鯨の群れが―」

 ひとりの少尉候補生が指差した先の海は始め、何か波が隆々と盛りあがってゆくように見えただけであった。太鼓を打ち鳴らしたかのような音を立てて波を掻き分け、黒い大きな頭がいくつも海の上に現れ、次々に鯨たちは潮を吹き上げた。

 見るも壮観な群れと、距離を置いているとはいえ筑波は並んで航行していることになった。

 「おいおい、こいつァ奴さんたちに、日本海軍の艦がここに居るぞって伝えてやらねェと。万が一でも接触したら大事だからな」

 と言った那智の顔つきは、言葉とは正反対にまったく悪戯小僧のそれである。航海士官の詰所の隣室には、砲術士官たちの部屋がある。

 那智と顔を合わせたその場の水兵、候補生、少尉たちは、瞬時に那智の目配せの意味を理解して、素早く伝令に飛んでゆく。

 砲術士が目標までの距離を計算し、弾を撃っても鯨たちを傷つける恐れがないと判断するまでの時間は殆ど掛からなかった。さながら実戦に挑むが如き真剣さで、

 「撃ち方ァー、始め」

 という声が掛かるまでおそらく、数えて十分の間もなかった。

 静かな艦内へ唐突に響いた砲声に、艦長を始め、事を知らぬ大部分の士官は当然ながら驚いた。そのなかに、暢生も含まれていた。研修中の候補生を連れて、航海長の傍に侍していたのである。

web拍手 by FC2
スポンサーサイト

| 千尋に届く波の音 | 01:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。