大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第漆拾漆話

 この一幕のあと、那智は事情を聞いても城内を睨むのを止めなかった。そんな灸の据え方があるか、卑怯な手ェ使いやがって、と、鷲頭の微々たる失態を口実にしたことを、厳しく叱りつける。

 「だって、参謀長ちっとも副官を傍から離してくれないンだもの。午後にお茶飲みにお出でって言っても、遣さない位」

 と、酔った那智にしつこく説教されて閉口したらしく、拗ねっぷりを隠さず開き直っている。

 「長官は欲張りですなあ」

 城内が大層もてる男だというのは、周知のとおりで、同席した者たちは呆れながらそんなことを言って、笑っている。

 嵩利はまた鷲頭の隣に戻ったが、場の和やかさにも助けられて、先刻までみせていたような、沈んだ表情は消えていた。鷲頭も微笑を浮かべて杯をとっている。

 そこへ藤原がやってきて、漸く腰を落ち着ける。那智が改めて乾杯の音頭をとると、続きの間まで一斉にそれは響き渡った。暫くすると、あちらこちらで人が入れ替わり座って、軍務柄、暫く会えなかった者たちが、懐かしそうに語らっている。

 「参謀長、昔きみが使っていた部屋へ行ってご覧」

 そう耳打ちしてきた藤原の言葉に、鷲頭は懐かしげに眼を細めた。少尉になりたてのころ、この家に厄介になっていたのだ。嵩利を連れ出して、賑やかな宴を抜け出した。談笑の声がさほど遠くもならぬうちに、その部屋に辿り着く。

 「藤原大将には、随分とお世話になったものだ。あの頃、何一つ不自由なく、安穏と過ごさせて貰えたのは、まったく贅沢としか言いようがない」

 部屋を見回しながら、鷲頭は感慨を含みつつ、しみじみとした口調で呟く。幾度か改築はしたようだが、殆ど記憶の中にある場所と変わりない。部屋の隅に、古びた行李と、何か細長いものとが、丈夫な絹地の織物に包まれて置かれている。

 鮮やかな葵色の布に包まれていたのは、箏だった。丁寧に絹地を畳むと、鷲頭は隣にある行李をあけて、ちいさな木箱を取り出してくる。

 「嵩利、一寸そこへ座りなさい」

 「は、はい」

 振り向いたその顔に微笑を湛えたまま、鷲頭は憚らず嵩利の名を呼んだ。今は二人きりでいるとはいえ、このような所でよいのだろうか、と案じもする。しかしそんな考えは、今この場に満ちている清涼なものに吹き消される。

 箏の前に端座して、鷲頭はその弦に指を滑らせてそっと触れる。いくつか爪弾いて音を確かめ、調弦をしてゆく。それらは澱みがなく、流れるような所作を、黒い眸を丸くし、瞬きもさせずにじっと見つめている。

 嫋々と鳴り響く箏の音と、箏を弾く鷲頭の静謐な表情と、流麗な所作とに、嵩利は仄かに甘いため息を漏らして、うっとりと眼を細めながら浸ってゆく。

 弦をひとつ弾くたびに生まれる音は、耳に入るというよりもむしろ何か、身体の内側に響いてくるようだった。四季の風やあらゆる草花の色や容や、においに擽られてゆくような、一種の懐かしさを掻き立てられる。

 竜田川 錦おりかく 神無月

 しぐれの雨を たてぬきにして

 錆のある低い声が、箏の音をなぞるようにして謡う。その詩は間違いなく古今和歌集からとったものだ。嵩利は今更ながら、祖父によって培われた古典の教養を有り難くおもった。箏については何も知識を持たないが、この和歌は、この曲に付随していたものなのだろうか。

 白雪の 所もわかず 降りしけば

 巌にも咲く 花とこそ見れ

 と、なおも続く鷲頭の謡いと箏の調べに、いつの間にか届いていた歓談の声が止んでいたが、嵩利はそれに気付かず、聴き入っている。

 み吉野の 山の白雪 ふみわけて

 入りにし人の 音つれもなし

 不意に、海と陸とに別れたときのことが蘇る。文の遣り取りをしていたときのことだ。嵩利に対して言うのなら、

 敷島の 四方の海原 波立てて

 征きにし人の 音つれもなし

 ではないのかと思いつつ、その詩にこめられた鷲頭の想いに、胸中は切なくもあたたかく満たされ、かれを慕う甘い気持ちが心身を愛撫してゆくようだった。

 きのふと言ひ けふと暮らして 飛鳥川

 流れてはやき 月日なりけり

 ひくい声で謡う詩の響きと、さいごの弦を弾く指さき、余韻を残す箏の音とを、嵩利は余さず心に焼き付けて、端座した姿勢を崩さず、ほんの少し上向いて眸を閉じた。滲んだ涙が、頬を転がるようにして落ちていったが、止めようがなかった。

 「春美さん…」

 ひとの立ち動く気配がして、傍に温もりを感じる。微かに震える嵩利の華奢な肩を、鷲頭はしっかりと抱きとめてやる。頬を零れる涙滴を指でそっと拭い去ったあとも、何か語りかけることはしない。互いの想いが融けあってゆく、代えがたいひと時が、今ここで過ぎてゆくのを、無心に感じ取るだけである。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 16:31 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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