大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第陸拾弐話

 紫檀の円い洋机には、擦り硝子の笠が鈴蘭のようなかたちをしている、ちいさな照明が据えられ、栞の挟まった本と、その隣には小振りの桐の箱があった。

 そういった部屋の様子から、鷲頭がこの家へかなりの頻度で訪れているのがわかり、やはりあまりに華美なあの官邸では、落ち着いて過ごせていないのだと、思い当たる。

 庭へ目を向ければ、午後の傾いた陽が芝生に降りそそいでいる。鼻をくすぐる草の匂いに、ふと、乾いた草へ足をつけてみたいと思い立ち、テラスで靴を脱ぎ、跣で踏み出してゆっくりと歩んだ。いつか片瀬の丘のうえで、ふたりでこうして土と草の感触を楽しんだことを思い出す。

 幾ら夏の名残があるといっても、やはり秋である。庭の真ん中で腰をおろしてみれば、あちこちに咲く秋桜が微風に揺れていた。淡い花の色と、繊細な茎と葉をもつ姿は儚げで、いまの嵩利の心をいっそう切なくさせた。

 休暇を貰っても、天真爛漫に咲く向日葵はしおたれたままで、いっこうに生き生きとした姿に戻れない。幾らか体の疲れは取れても、こもごもの物を抑えて飲み込んでいる心だけは、最も逢いたい人に癒して貰わねば、完治は難しい。

 ため息と共に仰向けに寝転がれば、風景は一転して、秋を告げる高い雲のたなびく青空が広がって、そこだけ見つめていると、何とはなしに海を連想させてくれる。それが慰めとなって漸く心地よさを感じ、掌で短く剪り揃った草を撫でながら、陽の温もりを感じながら、それらに身を委ねて、瞼を閉じた。

 ―もうすこし陽が翳ったら、中に入ろうかな。

 このまま、ここに居て夜を過ごせば、確かに余計寂しくなるだろうという予感はする。けれども、今日訪ねて会えなかったことを手紙へ書いて、ここへ置いて帰ったとしたらどうだろう。

 幾日も経たずに、鷲頭はきっとそれを読むに違いない。そうすれば今度こそ、必ず逢う時間を作ってくれる。そのことは期待しても、裏切られることはまずない。

 そう考えると急に気持ちが軽くなった。今まで塞ぎ込んでいたのが嘘のようである。ほんの少し口許を笑ませて、風がさやかに吹き渡り、草や樹々をざわめかせる音を聴きながら、心地よいまどろみに落ちる。

 夢の中で、嵩利は片瀬の浜辺にいる。こんもりと緑の繁った江ノ島が、陽炎のようにゆらぐ海の向こうに見えている。すぐ近くで、ちりん、と澄んだ風鈴のような音が時折きこえて、それは何故か耳に鋭く届く。

 「嵩利」

 はっきりと名を呼ばれて、それが為に意識が表層へ浮かぶのを、歯痒くおもう。いまここで振り向けば、逢えるのに、そう都合よくゆかないのが夢の常である。

 掌に触れる草の感触に、肌に感じる陽の温かさ。そうした感覚が体へ戻ったとき、夢のなかで聞いた、ちりん、と澄んだ音が間近で響いて、嵩利は薄く瞼を開いた。

 眼前に揺れる金色の飾り紐に提がる、四つ桜花と二つ錨の意匠が彫られた石筆。それが揺れて触れあい、もう一度澄んだ音をたてるのを、浮かんだばかりの意識のなか、聴き取る。

 ―あァ、なんだ…この音だったのか。

 その権威の象徴は、眩しい白の夏軍服に映えている。未だ夢を見ているのかと、また瞼を閉じて、触れられぬそれに手を伸ばせば、今度は熱い掌に確りと掴み取られる。存在を確かめるように何度も握り直され、包まれた。

 「瞼を開けたら、居なくなったりしませんか?」

 「馬鹿者。それは私が言いたいことだ」

 錆のある深い声が、上から降ってくる。低く叱咤する、囁くような声は確かに震えていた。自然と、堪えきれない涙が溢れて、目尻から零れ落ちる。そう易々と涙を見せる軍人が何処にいるかと、呆れられても、怒られてもいい。

 未だ瞼を閉じたままでいたが、ぐっと腕を引かれて抱き起こされ、次の瞬間には痛いほどの抱擁を受ける。いつか手紙に臆面もなく書かれていたことがあったが、全身全霊を込めた愛を、嵩利へ注がんばかりの強い抱擁であった。

 「心労をかけさせて、済まなかった」

 漸く身を離して言った言葉がそれである。もう何の心配も要らない、不安に怯えることもない、そう言う鷲頭の顔を、嵩利は今度こそまじまじと見つめた。徽章の輝く日覆いの掛かった軍帽のしたには、嶮しい眉間に、切れ長の眼が僅かに揺れている。

 隆い鼻と少し削げた頬、鋭敏さを示す少し先の尖った耳と、薄くたてた鼻下の髭に、への字に結んだ唇。毎夜ねむるまえに思い浮かべていたその貌を、伸ばした指先で順に撫でて、微笑む。そこまではいい。あとは唇が震えて、肝心の言葉が出てこず、瞬くとまた涙が零れた。そんな嵩利をみても、鷲頭は怪しからんとも何とも言わない。

 涙の伝った頬を掌で包み、顔を寄せると唇を攫う。確かめるような柔らかなもので始まり、やがては深く交わる。しかしいつかのように、ただ翻弄するような強引なものではなく、嵩利が継げないでいる言葉を受け取ろうとするかのような、甘くやさしいものだった。
→【13話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・61―70話 | 20:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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