大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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千尋に届く波の音・第壱話

 巡洋艦乗組となって、日々の航海訓練に励む少尉候補生たちのなかでも、暢生の長躯はよく目立っている。

 痩躯の類に入る体格は威風堂々、とは言い難いにしろ、その印象に脆弱さはなく、実にきびきびとよく動く。総員起しの直後から始まる甲板掃除から、訓練中のマスト登りに至るまで表情も変えずに黙々とこなす。そしてその成果は、他の候補生と比べても遜色はない。

 滅多に動かぬ秀麗な眉と、静かな光を湛える切れ長の双眸は、常に穏やかで冷たさは微塵も感じられない。しかも、万事控え目で、所作や声音もどちらかといえば、ひっそりとして優しげでさえある。

 そのように女性的なものを感じさせるにもかかわらず、クラスメートの中でまともに暢生と眼を合わせられる者は少ない。面差しにも体躯にも、未だ少年の名残を残す若者に過ぎないのだが、どこか達観したものを醸し出している、その異様さの所以であろう。

 それも背伸びをして取り繕っているのではなく、自然体であるだけに、意地の悪い上官などからは、軍人に適いていないとか、禅寺の坊主にでもなったほうが良かったのではないかとか、陰口を叩かれることも度々あった。

 航海訓練に臨むにあたり、暢生が乗組んだのは、巡洋艦比叡だった。

 候補生たちは幾つかの分隊に配置され、一糸乱れずに比叡を操ってゆくのである。五年も六年も先輩である中尉が分隊長となって、候補生の指導に当たる。各分隊に、候補生は四人か五人が配置され、暢生が配された第三分隊には他に、鷲頭春美、加藤康幸、纐纈智礼、有元誠志、が所属した。

 第三分隊の分隊長は那智源吾中尉であった。触れるだけで火花が散ると言われるほど、喧嘩早いことで有名らしい那智が、着任時に後甲板へ候補生たちを集めて、

 「本職只今より、第三分隊長に就任する。諸君の働きに大いに期待する」

 と大真面目にやったので、暢生たちは寒風吹きすさぶ艦上に立って更に身の引き締まる思いをした。だが、その日の夕食後に那智分隊長に呼ばれて、暢生たちが士官次室を訪ねてみると、あれが殆ど型どおりの、只の挨拶に過ぎなかったのを知った。あれはまったく、那智の茶目であったのだ。

 どこか型破りな第三分隊長の着任初日から数えて、ひと月が経とうとしていた。

 暢生たちが徐々に艦に慣れてきたころには、那智分隊長の口から威勢良く飛び出す江戸弁にも、目を白黒させなくなっていた。

 飄々とした身ごなしや気軽とも取れる挙措ばかりが目立って、その振る舞いだけを見れば那智はお調子者そのもので、いつ真面目に軍務を執っているのか、首を傾げたくなるような士官ではあった。

 艦上での雑務、短艇競技など艦に於ける技術全般にわたって、第三分隊は常に簡潔にこなしている。これだけを取っても、那智分隊長が如何にしてこの第三分隊を率いているか、また細心を払っているか、分かろうと言うものだ。

 それらは候補生である暢生たちが一番よく身に沁みている。にもかかわらず那智は、上官や他の分隊長から軽んじるような眼で見られているようであった。その空気を、暢生は敏感に嗅ぎ取っていた。 

 或る日、暢生は思い切って那智の私室を訪ねることに決めた。勿論、このことは同じ候補生の誰にも告げていない。それに加えていつもの、物静かな態度のまま過ごしているから、暢生がそのような不満を抱いていることに、気づくものは誰もいなかった。

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| 千尋に届く波の音 | 22:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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千尋に届く波の音・第弐話

 日を追うごとに、比叡に於ける第三分隊の扱いは、明らかに変わった。

 というと大袈裟だが、他の分隊から奇異の眼で見られていると言えばよいだろう。そしてその原因が分隊長である那智中尉だけにあるのではないことを、暢生は感じていた。原因は候補生たちにもあるのかもしれなかった。そう思い直して、分隊長への訪問をとりやめた。

 それというのも、暢生が所属した海軍兵学校第九期生、というクラスが既に異質な存在として注目を集めていたからだ。

 明治十三年に、暢生は海軍兵学校へ入校した。

 クラスメートには、現在同じ分隊員である鷲頭、加藤、纐纈、有元のほかに、三上、浅田らがいた。

 先のクラスと比べたら三分の二にも満たぬ少ない人数であったことなどから、次第に結束が強まり、結果として非常に固い絆で結ばれるのだが、その道程は決して平坦なものではなかった。

 入校時、暢生と鷲頭はほとんど差のない抜群の成績で、双璧を成していた。このことは喜ぶべきことであるが、それは同時に、好む好まざるにかかわらず、ふたりがクラスを率いてゆく存在になることを意味していた。

 ここからが問題で、如何せん暢生も鷲頭も、その性格に闊達さというものを持ち合わせておらず、成績に於いて一、二を争う存在であっても、クラス全体を率いてゆく位置に立つ者としては、甚だ似つかわしくない性質であったことだ。

 特に暢生はごく物静か、万事控え目で全く目立たない存在であったし、鷲頭には、思い詰めたような悲愴さ、そして一種の諦観めいたものが漂ってい、近づき難さを周囲に感じさせていた。

 このような両雄を持って、苦労したのはクラスメートである。

 ある意味で厄介なふたりを、周囲は根気よく支えた。そして時には拳を交えた喧嘩をし、やや強引に引っぱり回すことも辞さなかった。そうして三年間の学舎で寝食を共にし、苦楽を分かち合ってゆくなかで友として認め合い、いまに至っている。

 そうして艦に乗組んでふた月が経とうとしていた。

 これまでを顧みても、軍務について学ぶべき姿勢に落ち度があったとは思わない。暢生たちを指導する那智分隊長は、軍務となると別人ではないかというほど、的確に合理的に思考を働かせ、行動をとる男であった。かれが指導してきたことに、間違いはない。

 訓練に於いても、作戦に於いても、第三分隊は群を抜いている。そのことが何よりの証明である。

 そこかしこから僻みや妬みが向けられているのを感じている。陰口程度であればそれこそ、気に留めねばよい話なのだが、ものには限度という言葉がある筈だ。その癖に表面で何食わぬ顔をしているかれらが、暢生は嫌で嫌で堪らなかった。

 しかしその嫌だという不満を、暢生は一切表に出さない。友人たちに対してさえ、吐き出したことがない。同じ穴の狢になりたくはない、という意地よりも、普段から私心を表に出さない暢生の気質から出ていることである。まるで石木とおもわれているが、人情に無関心というわけではないのだ。

 ―これから、かれらとうまくやってゆけるのだろうか―

 総員起しのあと日課である甲板掃除を終えた頃、ちょうど東の方、払暁の雲が赤く染まる。続いて四方を照らす陽の光が群青の空を払うのをみるとき、暢生はその光に向けて手をあわせた。

 比叡の舷傍に立って、そうして旭日を拝む者は他にも居た。ごく自然に毎日欠かさずしている者もいれば、戦友に倣ってたまには、という者もいる。何故そうするのかなど、理由は様々にあるだろう。敢えて、誰もその理由を訊くことはしない。暢生の場合は、己の心を静めたいときに、そうする。

 常に平静でありたいと思いながら、ままならぬことが疎ましい。もっと精進せねば、と心の中で呟く。顔をあげると、もうそこには先ほどまでの群青色の空はなく、澄みきった冬晴れの蒼穹がひろがっている。水平線に輝く陽が、暢生に温もりを伝えてくる。それを頬に感じて、束の間、解放されたような安堵感をおぼえて、ゆっくりと息を吐いた。

 作業衣から軍服へ着替えに士官私室へ戻ろうと中甲板へ降りてゆくと、ラッダーのしたで那智が立っていた。暢生が端正に敬礼をすると、さッ、と気軽に答礼を寄越す。その顔つきはいつもと同じく涼しげである。どこか茶目の浮いた眼を笑ませて、那智は口をひらいた。

 「新見候補生。朝餉が済んだら、おいらの部屋ィ来ねェ」

 「はい、分隊長」

 答えてから、暢生は名状し難い焦りを覚えた。その間に那智はもう士官食堂へと足を向けている。その後姿はごく自然体で、ある意味で軍人らしからぬ匂いがあるが、第三分隊の者たちにとっては頼もしい背中でもある。

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| 千尋に届く波の音 | 20:06 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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千尋に届く波の音・第参話

 言われたとおりに、朝食を終えてから部屋を訪ねると、那智は長椅子のうえに寝転がって本を読んでいた。起き上がりもせずに、端正な姿勢で佇んでいる暢生の顔をまじまじと見つめてから、にやりと悪戯っぽく笑いかけてくる。

 「あのなァ新見、ああいう手合いは放っておくに限るぜ」

 開口一番、暢生が抱いている不満に対して、切って捨てる那智。

 胸中を見透かされたような言葉に、暢生はほんの僅か目を瞠った。那智はお見通しだとでも言いたげに、鼻を鳴らすと手枕をして暢生を見返す。だらしのない姿勢とは裏腹に、その眼差しは厳しくなる。

 「そンなことに眦吊り上げてる暇があるなら、この新型艦の性能と操作を、今のうちに頭と体に叩き込んでおけ。あとで苦労してェなら別だが、そうはなりたくねェだろう」

 「どういうことですか?」

 「おいらたちァもうすぐ、比叡、金剛から追ン出される身ってことさ。お偉いさんの方針とは雖も、いつまでも新型艦に候補生を乗っけて、遊ばせとくわけにはいかねェ状況ってことらしいぞ。来月の頭には、東海鎮守府に繋がれている練習艦、肇敏と浅間に分乗するンだとよ」

 「そうでしたか…」

 それを聞いても、暢生は眉ひとつ動かさない。静かな光を湛えて那智へ眼差しをむけたままでいる。まだ二十歳を越したばかりのくせに、何につけても敏感で思慮深く、胆の据わり具合も申し分ない。

 「ああ。だから、一々くだらねェことで悩むな!」

 「は、はい…」

 有無を言わせぬ強い口調と眼差しに気圧され、尻すぼみに答えつつ口篭る。周囲から軽んじられるような態度をとられようが、那智中尉にとってはどうでもよい問題らしい。暢生は益々、己の器の小ささを感じて恥かしくなった。

 そんな暢生の態度をみると、いつも一瞬、横っ面を殴り飛ばしたい衝動に駆られるのだが、これは不思議と直ぐに引っ込む。口より手が先に出ることも少なくない那智にしては、数少ない例である。

 ―しょうがねェな…、まったく。

 内心で、呆れたように呟くのが常であった。

 候補生の教育を受け持つことに決まっていた那智も勿論、海兵第九期生の噂は聞いていたが、些細なことと気にも留めていなかった。

 この風変わりなクラスヘッドたちが、少尉候補生として那智の分隊へ配属になったときも、色眼鏡でみることはしなかったし、そうしてかれらを指導してゆくにつれ、頼もしく成長していると感じたことに一片の偽りもない。

 ただ、この新見候補生だけは違う。

 私心、私欲の片鱗を全く見せないということが、気になった。それも些か度を越してい、自身のこととなるとまったく無関心、無防備極まりない。非の打ち所がないような男だけに、唯一それだけが際立っていて、目に付く。

 ―どうも、危なっかしくて放って置けねえンだよな、こいつァ。

 那智はかれから眼が離せなくなっていることについて、特に自身の心に理由を求めなかった。手間のかかる弟を見守るような心境に似ているとおもっていたからだ。

 「で、おいらの言ったことは、分かったのかよ?」

 「はいっ」

 じろり、といくらか苛立ちを篭めて上目に睨みつけられ、暢生は畏まって返事をする。

 「おゥ、…今日も確り頼むぜ」

 長椅子のうえで胡坐をかいて、ウンと伸びをしつつ言う分隊長に向かって、暢生は正しく敬礼をする。もうその後は何も言わずに、那智中尉の私室を出て行った。

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| 千尋に届く波の音 | 23:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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千尋に届く波の音・第肆話

 それから、那智の言葉どおり、比叡と金剛にて艦上訓練に励んでいた候補生たちは、それぞれ横浜の東海鎮守府に繋留されている練習艦、肇敏へ乗組むこととなった。まだ遠洋航海には出たことがない士官の卵たちは、ゆったりと風をはらむ白いマストを見上げて、それぞれに思いを巡らせる。

 二隻の新型艦に分乗していた九期生だったが、元々が生徒数の少ないクラスでもあり、全員が肇敏の艦上に立った。このことは暢生たちを喜ばせ、俄かに生き生きとし始めたのであるが、一方の教官である那智は日が経つに連れ、不機嫌そうな雰囲気が増していった。

 その気配は暢生だけでなく同じ分隊の誰もが感じていた。しかし、那智が極力それを抑えようとしているの察して、第三分隊の候補生たちは黙っていることにした。以前、くだらぬことに構うなと那智から叱咤されたことを、暢生から聞いたというのもある。

 「…なあ、どうして那智中尉はあんなに神経を尖らせているんだろう?金剛の連中が乗組んできてからもう、ずっとだぜ」

 とうとう半月が経った或る日、昼食後の休憩時間に有元が堪えかねたように口をひらいた。暢生、鷲頭、有元、三上、浅田、といった面々でひとかたまりになって、後甲板に円座をつくる。加藤と纐纈は他所の分隊へ顔を出しに行っていて居ない。

 「分隊長の性格からして、あれの原因がおれたちにないことは、まず間違いはない筈なんだ」

 有元が言うと、皆の視線が自然と暢生に集まる。何か知らないのかと問いたそうな眼差しを受けて、暢生はゆっくりと首を振った。遠洋航海に出る前であり、那智に言われたとおり暢生はそのようなことを考えるのは控えて、軍務に専念している。

 余裕が無いわけではなかったが、いざこうして実地訓練に臨むとなると、那智が苛立っている原因が何なのか、というようなことに思考を巡らせている時間は殆どなかった。

 「わからないよ…。それに、こんなことを話しているのを分隊長に聞かれたら、間違いなく鉄拳が飛んでくるぞ」

 もうやめよう、と言って暢生はそれきり口を噤んだ。

 「ん…?お、おい、誰かがこっちへ来るぞ」

 三上の声に皆は振り向くこともせず、咄嗟に立ち上がり、端正な姿勢をとった。中甲板から上がってきたらしい士官がひとり、ゆったりとした足取りで暢生たちの方へやってくる。その長身と中尉の袖章とを認め、かれが誰であるか暢生は思い出した。

 「きみたちが、九期生のクラスヘッドか」

 候補生たちの正確な挙手の礼に、きれいな答礼をしてから、中尉はにこりと微笑を浮かべる。那智と並んで大黒柱と言われ、同じ分隊長を務めている、城内顕範中尉であった。堂々とした体躯に見合う鷹揚な態度と、落ち着いた話し振り、それに何よりも惹きこまれるのは、嫌味のない微笑を浮かべる穏やかな面差しである。

 「なかなか、声を掛けられる機会がなくてね。本当はもっと早くきみたちと話をしたかったんだ」

 持って生まれたものなのか、どこか人を惹きつけるものを醸している、と暢生は肌で感じた。なるほど魅力のある人物というのは、こういう男のことを言うのかもしれないな、といつもの静かな眼差しを城内へ向けながら、感心していた。

 「九期生は随分と優秀な生徒ばかりで、成績も殆ど甲乙つけ難かったらしいね」

 「そんなことは…。九期のクラスヘッドは新見候補生であります」

 浅田の答えに、暢生はかっと頬に熱が上るのを感じた。窘める眼を浅田にちらりと向けてから、その言を正した。海軍兵学校の教官たちは試験の数値で”首席”の判断したに過ぎず、海軍の諸々の面での適正で言えば、鷲頭や有元の方が余程優れている。候補生になってから、暢生はそのことを痛感している。

 「いえ、クラスヘッドとは名ばかりです。それは…、それは机上の演習や、筆記試験に於いてのみの話です。実質は鷲頭候補生がクラスヘッドであると、私は思っております」

 水を向けたつもりはなかったが、鷲頭は暢生からそう言われて眉間を更に嶮しくしただけで、むっつりと黙りこくっている。ひとには得手不得手があるのだから、無いものを補いあって切磋琢磨してゆけば良いだけのことで、鷲頭にとってはこのクラスの誰がクラスヘッドだろうが、どうでも良いことであった。

 「ふむ…成る程。面白いねえ、きみたちは」

 と言いながら、城内の眼差しが先刻までの、慈眼を以って衆生をみるようなものではなく、暢生だけに注がれていた。穏やかで温かい、という印象は初めと変わらなかったが、暢生は一瞬怯んだ。

「色々あるだろうけれど、負けずに頑張るんだよ」

 励ますように、城内は暢生の肩に掌を置く。その掌が離れたと思いきや、するりと滑って指が頬へ触れた。暢生は表情こそ変えなかったものの、ぴくり、と体が震えて硬直するのを制することまでは、できなかった。しかしそれはほんの僅かな、数秒のことであった。

 城内は暢生から離れると、元のように大らかな笑顔を候補生たちへ向ける。暢生は詰めていた息をごくゆっくりと吐き、それから息を整えた。名状し難い緊張から解かれたのを、何だったのかと詮索する余裕はなかった。

 「おい城内!そこで何ィしてやがる」

 ぱん、と弾けるような小気味いい声が響いて、暢生たちは背中に鉄板でも突っ込まれたかのように、ぴしりと姿勢を正して固まった。浅草寺の仁王さまのような形相をしている那智を見ても、城内は動じない。

 「やあ、那智くん」

 「手前ェ…!近寄るなと、言っただろうが!」

 「そうだったかな?」

 「けッ!」

 無邪気に首を傾げる城内の前に立って、那智は荒々しく息を吐いた。それから、やや色をおさめて、暢生たちに顔を向ける。

 「…お前ェさんたちゃァ、中へ戻ってな」

 その声は普段と変わりなく、却って不気味である。暢生たちはふたりの分隊長を残して、そそくさと中甲板へ降りていった。士官室へ入ってからも、候補生たちは互いに目配せをしただけで、何も口に乗せなかった。

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| 千尋に届く波の音 | 17:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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千尋に届く波の音・第伍話

 暢生たちが姿を消すのを見届けると、那智は城内へ向き直った。やおら胸倉を両手で掴んで、力任せに引き寄せる。那智の表情は嫌悪と怒りに染まってはいたが、そこに幾らか案ずるような色が浮かんでもいる。

 城内に対して怒りをぶつけても、あくまでその性癖に対してだけであって、那智は城内自身を嫌悪し、蔑むことは一度もしていない。どうしようもない放蕩息子だが、友として認めているのだ。

 「―きみはどうして、ぼくを見捨てないんだ?」

 今にも拳が飛んできそうな状況であるのに、城内はまったく平然としている。

 そうして如何にも腑に落ちないといったように、心底から不思議そうに訊いてくる。間髪入れずに、馬鹿野郎、と那智は眼を剥いて叱りとばした。耳を劈く雷のような音声だが、まず城内に効き目はない。

 「手前ェのことなんざ、これっぽっちも案じちゃいねえ。言いてェのはな、優秀な候補生が、手前ェの気紛れに振り回されるのだけは我慢ならねえってことだ。おいらン所の候補生を誑しこみやがったら只じゃ置かねェぞ」

 「誑しこむって、那智くん。ぼくは今まで一度も、相手に対して無理強いなんてしていないよ」

 「そういう問題じゃねェ!好色漁色も大概にしろって言ってるンだ。陸で何やらかしたンだか知らねェが、手前ェなァ…このままだと碌な死に方しねえぞ」

 秀でた額に血管が浮いているのを認めて、城内は笑みが零れるのを禁じえなかった。胸倉を掴まれたままだというのに、気にも留めていない様子である。那智は眦を吊り上げて、何か言おうと口を開きかけた。その唇から言葉が出てくる前に、城内は遮る。

 「それは、ぼくを案じているのではなかったら、何なんだい?」

 ニコニコしながら訊かれ、那智は面食らった。その瞬間に生まれた隙を城内は見逃さず、つと腕を伸ばして那智の豹のような体躯を閉じ込めて、抱きとめた。体格だけでなく、腕力に於いても那智を凌いでいるだけに、逃れようが無い。

 しかしそうして城内の抱擁を受けても、那智は不思議と嫌悪をおぼえない。

 その触れ方が、色好みの遊蕩者の戯れや、からかいではないことがわかるからだ。もしかしたら、もう少し那智が城内の心に踏み入れさえすれば或いは、のらりくらりと振舞っている城内の中に潜むものを、掴むことができるかもしれない。

 そのような気もするが、この人を食った態度だけはどうにも我慢ならなかった。多分これからもそれは変わらず、那智がそこまで至ることはないのかもしれない。

 「おいらはただ、クラスから碌でなしを出したくねェだけだ!」

 「嘘が下手だね、那智くん。素直じゃないのは、今に始まったことじゃあないけれど」

 愛しい者へ囁きかけるような仕草で、那智の耳もとへ唇を寄せた。忍び笑いが那智の神経を逆撫ですることもわかっているが、堪えられない。そうして笑っている城内の腕が緩んだのを見計らって、那智はするりとそこから抜け出した。

 「煩ェ…!陸は兎も角、海のうえで色沙汰めいたこと起こしやがったら、承知しねェってだけだ!憶えとけッ!」

 この悠揚とした色男には、まったく効き目がないとわかっていても、言わずにおれない。城内の好色というのは大袈裟に言ってしまえば、めしを食うのと同じようなもので、意識せずにしていることなのである。たとえ本人が自覚していても、自身の意思で控えない限りは何を言っても無駄である。

 城内を見捨てることができないのは、那智の性格、気質に他ならない。友として認めている者を、見捨てることなど那智にはできないのである。

 それを、城内はありがたいと思っている。那智はクラスで唯一、こうして本音をぶつけてくれる存在であり、だらしのない私生活を諌めてくれる親友でもある。こうして他愛もない悪ふざけをしただけで、真剣に叱りつけてくれる。

 ―ぼくは、きっと何時までも、きみに甘えてしまうんだろうな

 肩を怒らせて去っていく那智の後姿を見送りながら、城内は微笑を浮かべた。

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| 千尋に届く波の音 | 02:31 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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