大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  或いは終わりと始まり・第壱話

 普段は何でもないように振る舞っていても、参謀総長となってからの惟之は、どこか追いつめられたような姿勢で職務をこなしている。この座に就いた経緯があるだけに、半ば意地になっているというのもある。

 ふたりきりで和胤の傍へいる時に、参謀総長なぞ辞めたい、と言ったのは偽りない気持ちであったし、いまもそれは変わらない。和胤が養嗣子として杉家へ来ることが決まって、心の大半はそれで安らぎを得ていたが、軍務―というよりも自身を取り巻く環境が監視されている檻同然で、うんざりしてきているのは否めない。

 元老となって陸軍から遠のいた尾木などが、お節介にも元帥の地位であるのをいいことに、ちょくちょくやってくると、もう機嫌が悪い。惟之の副官は藤井が変則的に一度離れて再度就き、大分この火の玉のような上官に慣れている、その藤井ですら手に負えないときが増えていた。

 職務上、第一部第二課へ足繁く通うのだが、藤井が毎朝のように顔をだすと、迎える面々はその表情で概ね、今日の惟之の機嫌がわかるといった具合になっている。

 「山口、貴様そろそろ副官を交代しろよ」

 別に藤井は、自身の働きに原因があって、参謀総長からとやかくと何か言われたことはないが、上官はとにかく手がつけられないところがあり、突っこんだところまで諌められるほどの器はないとおもっている。今の和胤ならば、誰よりもしっかりと惟之の手綱を取れるに違いなかった。

 懇願するような藤井を、和胤は心底困りきった表情で見返す。部長の恩田が何か考えあぐねている様子で、執務机についているのを、何とはなしに目の隅に捉えた。

 「そんなにひどいのか」

 「通算して一年とすこし、杉閣下の副官でいたが…おれには手に負えんよ。貴様ほどには、お世話ができている、とは言えん」

 昨日も腹立ち紛れの悪戯に振り回されて、困ったものだ、と藤井がぼやいたところで、恩田がそこへやってくる。強い髭面を撫でつつ難しい顔で、何かしたためた用紙をふたりへ見せた。

 「―今日から、山口は十日ほど参謀総長付になってくれ。名目は海外情勢を含む戦略についての相談役、兼副官ということで、これなら異論あるまい」

 戦略と言っても、別に欧米と戦争をするわけではないが、良く識っておかねばならないことであるし、取り巻く環境のせいで、内へ内へ篭りがちにならざるを得なくなっている今の惟之には、丁度よい気分転換になるだろう。というのが恩田の考えである。

 「頼むぞ」

 そのひと言に、すべて集約されている。

 藤井が入れ替わりで第二課に残ることになって、さっそく和胤は第一部から放りだされた。人事については、恩田が然るべきところへ連絡をとったらしく、そういったことに喧しい惟之から何も言われないように、配慮がなされている。先刻渡された用紙はいわば辞令に相当するもので、和胤は参謀総長の部屋を訪ねると、だまって執務机へそれをさしだした。

 「…何じゃこれは」

 電話か何かで、誰かと一戦交えたあとらしく、惟之は額に青筋をたてつつ、眦を吊り上げている。その名残りのまま、和胤へぶっきらぼうに訊く。

 「そこへ明記されている通りでありますが…」

 あくまでも平素通り振る舞っている和胤のすがたに、惟之はいくらか表情をやわらげた。ここで和胤に当り散らして、何の益になるというのか。ふーっと長い息をついたのは、憤懣やるかたない、というのと、多分にささくれ立っている気持ちを冷静に保つためで、そうしてから改めてその書類へ目を通した。

 「なるほどな、恩田のやつが見かねたちゅうことか。まったく、余計な世話じゃ」

 「そう言われましても、自分は仰せ付けられましたので、ここで使っていただきませんと困ります」

 小脇にかかえてきた、さまざまな資料などを机上へ置き、そこを挟んで対峙する。惟之は渡された書類のかげから、じっと上目遣いに和胤の顔をみつめた。珍しく、公務中にもかかわらず、疲れと苦しさがないまぜになったような色を、眼に浮かべて寄越す。

 「和胤、ちっとここへ来い」

 紙の束をぽんと放って、惟之は公務中だというのに憚らず名で呼んだ。和胤は心配に堪えぬ気持ちを抱きつつ、机を回りこんで椅子へおさまっている惟之をみつめた。先ほど発していた怒気はその身から嘘のように消えており、すっかり疲れ切った態で居る。

 「こがいなことは、後にも先にもこれっきりじゃ。のう、ひとつおれを抱きしめてくれんか」

 いつになく惟之がちいさく見える。心底から苦悩を滲ませて言うのを聞き終える前に、和胤は身をかがめてその身を抱きしめた。幾度も頭を撫でてやると、惟之はまた息をつく。

 もう、強がりも言えぬほど参っている。こんなすがたは初めてだけに、和胤は掛けることばが見つからず、ただただ、そうして包んでやるしかできなかった。
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| 或いは終わりと始まり | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  或いは終わりと始まり・第弐話

 離れがたそうにしていたが、和胤を促すようにして背を軽くさすって叩く。甘えるように頭を肩先へのせて、すこしの間そうしてから、やっと言葉を継いだ。

 「―もう、大丈夫じゃ。済まんな」

  何が大丈夫なものか、和胤はそれを言うのをぐっと堪えつつも、敢えてきっぱりと身を離した。椅子におさまっている惟之は、それでも先刻よりは穏やかさを取り戻したようで、それをみて僅かに安堵を覚える。

 「以前、おぬしに言うたことは間違っちょらんよ。おれは、もうここに居るべきじゃーないんじゃ」

 惟之はことし五十歳に手がとどこうかという年齢で、まだまだ気力旺盛であるし、軍人としても脂が乗りきっている。無理さえしなければ、これからいくらでも活躍できそうなものだ。しかし文字通り、粉骨砕身の働きをみせてきたが、ここにきて、それが虚しくて仕方がない。ひとえに憂国のおもいから、惟之は陸軍を支え続けてきたが、そろそろ身を退く潮時ではないかと考えている。

 過去に偉勲を得た軍人ならばなおさらだが、そうでなくとも中将大将が、いつまでもその栄光に浸っているのは、甚だ宜しくない。惟之とてそのひとりだと考えている。いくら若い参謀を育てるために、陰ながらの尽力を惜しまなかったといえ、世代の差というべき埋めようのない溝があるのを、はっきりと感じている。

 「そもそも軍人ちゅうのは、忘れ去られるべき者なんじゃ。有事に華々しく戦果をあげても、平穏なときには用はなくなる。そういうものだのに、上にいつまでも大きな顔をしてのさばって、過去やら前例やらを押しつけちょる。そうして若い者らを困らせて、縛りようることに気づいちょらんのじゃ」

 おれはもう、郷里に引っこんでいつかのように、土いじりでもして余生を過ごすよ。と、惟之はぽつりと呟く。

 この何とも弱気な態度を、和胤はもう以前のように諌める気はなかった。惟之が参謀総長の椅子に座って、半年あまりが経っている。実際もっと経っているように感じるほど激務であったし、惟之も畢生の職として励んできた。

 翳りがあるのは葛藤を抱いているからか、こうして惟之を見ていても、あっさり職を放りだしてしまいたくとも、責任感のつよさが影響しているのもあり、悩んでいるのがよくわかる。

 そうして、辞めたいということを仄めかすと、また性質のわるい我儘が始まった、と周囲には相手にされなかった。くたびれきった顔は和胤以外にみせることはなかったから、冗談と取られても仕方がない部分はある。

 しかし、段々とそれが単なる冗談ではないということに、周囲も気づきはじめ、引退の意思を嗅ぎつけた者が、説得にやってくる。日々懲りもせず、しかも惟之への理解が深い人間ばかりが執務室を訪ねてきて、参謀総長を辞めるなと説得して帰ってゆく。

 だまっているのは真意を汲んでいる和胤で、あとは意外にも恩田であった。もっとも近しく、しかも直属の部下だけに、いの一番に諌めに来そうなものだが、何かおもうところがあるらしく、周囲から、あの我儘を何とかしてくれ、と頼まれても腰をあげようとしない。

 戦勝で気負うような気配に包まれつつある陸軍を、しっかり抑えられるのは杉参謀総長をおいて他にいない、と、先日会合で軍拡について激論を交わした折、一緒になって猛反対の側に回った松沢騎兵中将も、諌めに来た人物のなかにいた。

 松沢の説得は、最も惟之のあたまを悩ませ、また葛藤のもとになっている問題を突いてきただけに、途中から困りきった顔をして、ひとつも言い返せなかった。

 惟之としても、このまま陸軍が我が者顔をして、のさばるような方向へ転がってゆくかもしれぬのを、だまってはおれない。それを横目に見ながら、知らぬ顔を決めこんで退官してしまうのも後味が悪い。

 論旨明確、舌峰鋭い惟之が珍しくだまりこくっている。しかし松沢はそれに調子付いて、追い詰めるような物言いはしなかった。言いたいことだけを言うと、あとはいつもの瓢然とした顔にもどって、出された茶をすすっている。

 「…痛いところを突いてきたものだのう」

 やっとそれだけを言うと、惟之はすこし考えさせてくれ、と重々しく告げ、珍しく深刻なそぶりをみせた。振りだけでないその様子に、松沢はそっと執務室を辞していった。惟之のあたまには、様々なことが渦巻いている。それから数日経って、おもむろに和胤へ言葉をむけた。

 「のう、山口。その海外の情勢ちゅうものを、もう一度聞かせてくれんか。たぶん、なにか掴み出せるかもしれん」

 そう言いつつ、陸軍の構造からなにから、思考のなかで組みあがっていっている。今現在、何かが足りないような、そんな気がして、再度考え直す必要があった。何より、今の檻のような環境を生み出すもとから正さねば、安心してあとを預けられたものではない。
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  或いは終わりと始まり・第参話

 忙しい合間を縫って、惟之は陸軍士官学校と陸軍大学校へ足を運んだ。軍の中枢を担う将官、そして参謀たる者が育つ場所であるから、是非にも様子をみておきたかったのだ。

 教育の分野にはくびを突っ込んだことはなかったが、常々気に掛けていたことは確かである。各地の視察にまわって、士官の教育に対する自身の意図を隠さずに伝えていった。

 やや不安を覚えたのは、どの場所でもそうだったが、教官も生徒も軍拡について熱心である点、まことに無邪気に問うてくる始末で、惟之は馬鹿者、と怒鳴りつけたいのを堪えて辛抱強く、いま必要なのは強兵より富国であることを説いた。それには教育が重要だというのが指針であり、視察に同行した和胤は、惟之のこの言葉にもっともである、と心中で幾度も頷いていた。

 しばしの旅を終えて参謀本部へ戻ったが、惟之はどこかまだ考える部分があるらしく、その後も幾日か物思いに耽っている。和胤はそれを見守りつつ、副官のつとめを果たすため、職務に励んでいる。

 本部をから帰ってきて自邸にいるとき、これはあくまでもここだけの話じゃ、といって惟之はさりげなく和胤へ、考え抜いた答えのようなものをむけてきた。それは、今の第一部第二課の職務を継続しつつ、陸軍大学校の教壇に和胤を立たせたいというものであった。

 いまの和胤であれば充分に、生徒へそもそもの軍人とは何かという、大切なことがらをも含めて、教えることができるだろうというのが、惟之の期待であり、のぞみでもあった。

 そして惟之は惟之で、陸軍大学校の校長を、参謀総長と兼任でつとめるつもりでいる。自分はともかく、これ以上軍務に追われては、その身が持たぬだろうに、と和胤は杉邸に居て、軍服を脱いでいるのをいいことに、惟之への労りと心配のいろを隠さずにみせる。

 「ここだけのはなし、と言ってもどうせ惟之さんのことです、もうそうせる積もりでおるんでしょう。確かに、これはせねばならんことですが…惟之さんが陸大校長を務めずとも、ええとおもいます。今度もし倒れたら、どうなるかわからんちゅうに…。大学校校長の件について、おれは断固、頷きませんよ」

確かに、成そうとしているのは立派なことである。しかしどこか、自棄というのとはまた違うが、こうなったらとことんやれることをやって、それからさっさと引っこんでやる、と開き直っているところが否めないだけに、和胤は素直に頷く気になれないでいる。

 和胤の心配をよそに、惟之は参謀総長と陸軍大学校の校長を兼任することにした。

 このようにして、まずは教育からと陸軍の改革に着手したが、周囲からは賛否両論であった。そして満州の問題も含めて、軍部も政府も外へばかり目がゆこうとするのは、もはや止めようがなく、惟之の心中は一層重く塞がれようとしていた。

 こうして過ぎる明治四十三年、惟之にとっての春はまことに遅く訪れた。

 静けさ―というよりは惟之と和胤以外誰も居ない、一抹の寂しさが漂う杉邸に、姪の千代と甥の孝一がひょっこり帰ってきた。姪は女学校へ通っており、横浜から学舎が帝都へ移転するのを、甥は晴れて東京帝国大学へ入学するのを折に、示し合わせて叔父の邸へ戻ることにしたのである。

 桜が咲き初めるころ、毎年催している“桜の宴”は例年と違ってほんのささやかな、あたたかなものだった。
我が子同然のふたりが、またこうして傍に居てくれることは、いまの惟之には何よりの救いである。

 正式に叔父から和胤が養嗣子となる報せを受けていたが、こうして杉家の一員になっている和胤と、改めて顔を合わせることになったふたりだが、特に孝一はどこか照れながらも親しみのある、“カズニイサン”が遠慮のない間柄になったのを、屈託なく喜んでいる。

 うらうらと陽の照る庭先へ、和胤と孝一とで紫檀の椅子と机を運び出して、あとは頼んだ料理と、いくらかの郷土料理を自分たちで拵えて、それを味わいながら桜を愛でている。孝一は和胤から独逸駐在だったときの話を頻りに聞きたがり、まるで和胤を独占されてしまっているから、千代はすこし寂しそうにして、叔父の隣で桃の節句の雛のように行儀良く座っているだけだ。

 さて、野点をしようということになり、惟之は千代を促して一緒に茶道具を取りに行った。あまり物を持ちたがらぬうえに、整理整頓がゆき届いているから、目的の物はすぐに取り出せる。桐の箱をあけて中を確かめながら、惟之は千代の横顔を見つめた。

 「のう、千代や」

 「はい、叔父さま」

 姪の年頃らしい憂いが浮いた表情だけで、もはや訊くまでもないことだが、惟之は確かめるように言葉をついだ。

 「千代は、和胤を好いちょるんじゃろう」

 「…叔父さま」

 すっかり乙女らしくなった千代は、いきなり核心をつく惟之のことばに、ただ頬を染めて俯くしかなかった。

 十になるかならぬか、そのくらいの年齢に郷里を出て、惟之のもとへ預けられた。養育預かり、と言っておきながらほとんど放任に近く、兄の孝一ともども、国の大事に奔走する叔父を仰ぎ見ながら、自身を律することはもちろん、残されたふたりで健気に杉邸を守ってきた。

 親子ではないが、この血縁は奇妙な絆で繋がっている。惟之が過労のあまり危うく倒れかけたとき、三人を繋ぐ輪はなお一層堅固なものとなったが、そこに和胤がやってきて、しっくりとその輪に溶け込んだ。

 始めは副官として、のちにはまるで惟之の弟か息子のように。ふたりが代えがたい仲であるのを、千代も孝一も、改めて言われずとも承知していた。

 それに五年前みじかい間だったが共に暮らしたときに触れた、あの和胤のなんとも言えぬおおらかな温かさが、いつまでも千代は忘れられなかった。それはふしぎな淡いおもいとなって、いまも胸をあたためている。
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  或いは終わりと始まり・第肆話

 千代が和胤へ想いを寄せているのは確かで、このことはひとまず、惟之の胸へそっと仕舞っておく。

 こうして花たけなわのころ、杉家は家族が一挙に四人になり、賑やかな日々が続いた。今まで和胤が細事仕切っていた家事のあれこれは、千代がそっくり受け継いだが、毎朝の食事を拵えるについては、和胤の作った“おつゆ”と握りめしを口にしたいと惟之が言ってきかないため、それだけは和胤がときどき受け持つことで収まった。

 ほぼ五年のあいだ、寂しがりの叔父を放って学業へ没頭してしまっていたから、千代はこのことはむしろ、申し訳なくおもっていた。だから敢えて和胤から、それらの作り方を教えてもらおうとしなかった。

 叔父と和兄さんは、ともすると父と息子というよりは、母親とこども―どちらがどちらなのか、言を俟たないが―のように見えることも少なくない。

 惟之が我儘を言う、膝枕に甘えるといったことは毎日のようで、和胤は持ち前のおおらかさで、それらを諾いてやっている。ふたりは千代や孝一の前では、軍務についての憂いなどは一切見せなかった。

 陸軍の頂点にいながら、気負いたつ軍部を抑えるのは、さながら荒馬の手綱を繰るが如くで、容易ならざる難事である。さすがの惟之も骨が磨り減るようなおもいであり、毎晩自邸にいてその辛さを露呈するかわりに、姪と甥の前であっても、和胤に甘えることを憚らずしている。

 他愛のない悪戯をして、気をまぎらわせているから、この最後の難局ともいえる事態に向きあっていられる。

 十日間の期限つきで、惟之の副官を務めていた和胤は案の定、第一部第二課へ呼び戻されることはなく、そのまま参謀総長付副官として正式に職に収まった。身辺に気心の知れた者がいると、惟之の信条としていくら私情を挟まぬとはいえ、やはり心はいくらか休まるらしい。

 特に惟之は遠慮会釈なしにものを言うから、聞くほうもそれなりの耐性のようなものがなければ、うまくやってゆけない。今のような事態となっては、なおさらである。その点について陸軍のどこを探しても、和胤以外に適任者はいないだろう。

 日々を過ごすうちに、いっそ和胤が千代を嫁に貰ってくれれば、と惟之はそればかり考えていたが、家を押し付けておいて、このうえ嫁まで勝手に決められては、和胤が不憫である。かといって、千代の想いを無碍にするまねはしたくない。面と向かっていきなり話を切り出すのは、さすがに躊躇われる。と、悩みっ放しである。

 「見ろ和胤、佐官あたりになると誰しも婚姻で何処かしらと繋がるちゅうぞ。おぬし、他所から嫁をとるのが面倒なら、いっそ千代を嫁に貰え。その方がしがらみがのうて、ええじゃろ」

 と、部隊から上がってきた、とある士官の結婚承諾書が手元に回ってきたのを引き合いに出して、それをひらひらさせながら快活に笑ってみせる。

 それでも頃合いは参謀本部に居るとき、それも昼食後のささやかな寛ぎの時間である。何か、はなしのついでのように、しかも冗談混じりに言ってみるのが、惟之にとって精一杯であった。

 実際、千代を他家へ嫁に出すということを画策するとしよう。すると間違いなく、“杉閣下の姪御”とかいう目で、千代は見られるわけである。貰い手は十中八九、軍人になろう。惟之は生の人間を挟んでの、そういったしがらみが大嫌いで、その点、和胤ならば心配がない。千代も、和胤を好いているのだから。

 ところで。

 和胤はいままで縁談というものを持ちかけられたことは、実は山のようにある。頭にはつねに惟之のことがあったから、ずっと独身を貫いてきた。

 出自もあきらかで、出世頭のひとりであるはずの和胤を、陸軍のみならず海軍も放っておくはずがなく、相変わらず食い下がる将官が幾人かいるが、そのつど、丁重に断り続けているということも、惟之はきいていた。それが、自分のためであることも、わかっていた。

 このように、惟之が誰にも言えぬ悩みを抱えているころ。

 和胤は杉家に身を置くことになって、改めてひとつ屋根のしたに暮らし始めているが、まるで大きなこどもと大差ない、我儘な惟之の世話を焼くについては、千代と毎日のように結束して取り組んでいる。

 まったく五年という年月は侮れないもので、妹のようにおもっていた千代が、いつの間にか女らしさを備えていることに、和胤は胸中を擽られるおもいがしている。

 しかも杉家の特徴なのか、乙女らしく控えめでもどこか茶目を忘れず、その明るさが小さな太陽のようで、接していてほっとする。千代はさながら、惟之を反面教師にして良いところのみを得て育ったようであった。初めこそ、和胤に対してどこか遠慮がちであった千代も、いつかみせていたような快活さを遺憾なく発揮している。

 和胤が千代を憎からずおもうようになるまで、さほど時は要らず、だからこのとき、参謀総長の執務室に於いて耳にした惟之の軽口風のことばに、内心でただならぬ動揺が生まれていた。長い付き合いのある和胤にも、このことに関しては、惟之の意図がどこにあるのか、さすがにはかりかねていた。

 桜の花が盛りになった、ある日。ちょっとした事件が起きた。それというのも、齢は十九のうら若いむすめである千代の、和胤に対する想いが今日を盛りと咲く桜花のように、胸中に咲き初めてしまったからで。
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| 或いは終わりと始まり | 20:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  或いは終わりと始まり・第伍話

 和胤は、先日より勤務をはじめた陸軍大学校から帰宅する道の途中で、ひとつの俥に追い越された。別段、気にするほどのことではない。俥などはよく見かけるものだ。

 しかし、その俥は和胤を追い越して少しゆくと路に寄せて停まった。それを見ながら、内心くびを傾げた。三宅坂をおりたすぐの道である。このようなところで停まるというのは珍しい。迎えにしろ送りにしろ、乗り降りする場所では、少なくともなかったからだ。

 「和兄さま」

 澄んだ、可愛らしい声が俥から発せられた。

 うさぎのような身軽さで、ぴょんと跳ねて俥から降り、路に立ったひとは、妙齢の乙女である。乙女は和胤の前に立つとにこにこしている。どこか剽気た身振りと、屈託のない笑顔。そしてよく動く愛嬌のある目が、和胤を見つめている。言うまでもない、惟之の姪、千代だった。和胤は軍帽をとり、千代に挨拶をした。見かけたからといって、わざわざ降りたのだろうか?

 「千代さんは学校のお帰りですか」

 「はい。和兄さまは俥には、お乗りにならないのですか?」

 「毎日歩いて通っちょります。体が鈍らぬようにせるには、ちょうどええですし。季節の花を愛でる路にもなっちょりますけぇ」

 「まあ…」

 そんなふうにやりとりを交わしていると、筋金いりのバネのような体躯をした、壮年の俥夫が―このひとは度々、杉家へ俥屋をつとめに来ていて、もうずっと顔馴染みである―ひょいと半身をふたりのほうへ乗り出して、威勢のいい下町ことばを発する。

 「千代お嬢様、そいじゃあっしは先に戻りやすんで。叔父上にはご都合で遅くなると言っておきやすから、安心しておくんなまし。和胤さま、千代お嬢様をくれぐれも頼みます」

 何のことかと思っていると、俥夫はその人のよさそうな顔を笑い皺だらけにする。そして言うだけ言って、さっさと俥を出して行ってしまった。

 「…ということですので、お帰りご一緒してくださいませんか?」

 唖然としている和胤の前で、にこりとして言うさまは、まさにいたずら好きの叔父・惟之の血を引く証であるとおもった。それにしても、憎めない策略家である。

 「いたずらが過ぎませんか、千代さん。悪いところも叔父上に似ましたね。しかし、このことが惟之さんに知られたら、おれはきっと八つ裂きにされるに違いありませんのう」

 無論冗談である。笑いながら両手を軽く挙げ、和胤は降参の意を表した。だが、並んで歩くことは避け、和胤は千代のうしろを守るように、すこし下がって道を進んだ。どこもかしこも桜ばかりである。大小あわせて並木道がいくつもあり、和胤は黙ってそっと手をのべて、その道のうちのひとつを、千代へ示してみせた。

 この道は花隧道が長く続くだけでなく、その種類も多い。先ほどの距離を保ったまま、ふたりは桜並木を歩いた。花房が付きすぎて、枝垂れて目の前まで下がっているものもかなりある。

 おもわず手をのばして桜と戯れる千代を、和胤は微笑ましく見つめた。ちょうど風が吹いて、枝が一斉に揺れる。不意に千代が、戯れていた桜の花房の付いた細枝から手を引っ込める。指先をひっかけたのか、左手の人差し指に切り傷ができている。

 「千代さん、いらっしゃい」

 既に中程まで歩いてきたふたりは、すこし路を戻った。幸い、近くに井戸があった。和胤はとっさに、千代の手を引くと井戸まで連れていった。絆創膏などないから、よく傷を洗って乾かしたあと、持っている手巾で代用した。

 「早う帰って、きちんと手当せんといかんです」

 千代はうつ向いたまま、しおらしく頷いた。自分がついていながら怪我をさせてしまい、和胤は恥じた。惟之にどう詫びたらよいか、思いつかないまま、とにもかくにも帰らなくては、という思いにつきうごかされた。


 そのころ杉邸では、惟之が千代の帰りを待っていた。

 珍しく仕事が早く片づいたから、参謀本部から飛ぶように帰宅したのだ。たまには帰ってくる姪を迎えようと、庭の花を愛でつつ、散歩している。

 程なくして俥が到着し、笑みを浮かべていたが、俥夫がこちらにやってくるのみである。明らかに様子がおかしい。惟之は俥夫にあれこれと訊くが、千代から、和兄さまとのことは固く内緒に、と頼みこまれており、苦しい板挟みに遭う羽目になった。

 和胤の名を出さず、かといって嘘を吐ききれず、たまたま居合わせた将校と桜を愛でながら帰宅する、という話をするしかなく、俥夫はそそくさと引き上げていった。

 腹がおさまらないのは庭先に残された惟之である。着流しの和装に身を包んではいたが、先ほどの好々爺然とした風貌とはうって変わり、仁王立ちで待ち構えるその様は、かつて日露戦争のときに満州軍を叱咤して凍土を駆け回った、鬼神の如き迫力があった。

 父親がわりの惟之としては、どこの馬の骨が千代を送り届けてくるのか、面を拝まずにはおれない心境である。そんなふうに待ち構えている惟之のもとに、ふたりは帰宅しようとしていた。

 千代は自分を気遣う和胤の様子が、いかにも誠心に溢れていて、それを感じるにつれてますます、この青年将校に対するおもいを熱くさせていった。

 「すみません、おれがついていながら怪我をさせてしまうとは」

 たおやかな指先に、手巾を巻きつけ加減よく結わえると、和胤は開きかけた百合の花のような千代の手を、そっと離す。ここから杉邸までは、歩いていっても十分ほどである。千代に詫びると、沈痛な面持ちを残したまま、和胤は案じるような眼差しで見つめた。

 「わたしこそ、こどものような真似をしてしまいました。たいした傷ではありませんし、どうかお気に病まないでくださいませ」

 ぺこり、と頭をさげる千代はうかつさを恥じ入るようにしながらも、どこか含羞を含んだ表情でいる。千代の手にしていた風呂敷の包みを、和胤はそっと取り上げて持った。書物が入っているのか、重さがある。これは持たせられないと、そのまま持って帰りの道を進んだ。相変わらず、千代のうしろである。

 「和兄さま、叔父さまもきっと兄さまと一緒だとわかれば、このくらいのことは何も―」

 「千代さん、あなたはなにも言わんでおってください。おれがいけんのですから、お叱りは受けます。あなたはすぐ家に入って、傷の手当てをしんさい。ええですね」

 振り返りたそうにして言う千代の言葉をさえぎって、和胤はきっぱりと告げた。その毅然とした態度に、千代は気圧されながらも、胸中のときめきはおさえられなかった。

 じぶんの悪戯が発端だけに、千代は気が気でなかった。そんなやきもきとした気持ちで歩いているうちに、市ヶ谷の杉邸に着いてしまった。門の傍で少し躊躇いがちに歩みをとめる千代を、和胤はやさしく促して、ふたりは門をくぐった。

 庭先には、惟之が不動の姿勢で待っていた。が、現れた千代と、その隣にいる和胤をみて、たちどころにもとの好々爺の笑みになった。

 「なーんじゃ。どこの馬の骨が千代を送って来ようるかと思って待っちょったが。なんじゃ和胤、おぬしだったんか。それにしても何ぞ、解せんのう…。又四郎もおぬしを知らんわけでもあるまいに、何故におれに名を言わなんだか。…ん?千代、その手はどうした」

 隠しても嫌でも目立つ、白い手巾に包まれた千代の左手に、惟之は目をそそいだ。

 「惟之さん。実は―」

 和胤は婦女子に怪我をさせた責任を、重く感じていた。男として、軍人としてでもあったが、惟之の大事にしている姪ならばなおさらである。それも和胤自身も妹同然に可愛がっているのだ。そういったことも含んでいたから、深く愧じていた。

 本来であれば、このようなことは惟之にとって、瑣末な微笑ましい話として、受け止める性質のできごとである。しかし、その左手に結わえられた白い手巾。千代のおもい。それに加えて、諦めかけていたとはいえ、惟之がずっと望んでいたふたりの縁組への熱意。それらが一度に心のなかに噴出した。

 和胤に千代を嫁がせることは、悩みに悩みぬいていただけに、惟之の脳裏に閃くものがあった。話の糸口を掴んだと言おうか、その口実はいまここで見つかった。千代の怪我である。

 ひそかに“桜花の契り”と名づけまでする。風が呼んだ桜の悪戯の尻馬に乗って、いわば惟之は、それに拍車をかけて大騒ぎしてやろうと企んだ。どうせ春なのだからと、根拠のない理由であったが、例の悪戯好きが顔を出した。

 逐一、頷きながら聴く惟之の表情が、厳しいものになってゆくのを、千代はじっと見つめていた。叔父の態度はあきらかにいつもの、和胤に対するそれとは違っていた。

 「おぬしがついていながら、なんじゃその様は。千代に怪我をさせるとは、怪しからん。おぬしには責任をとって貰わにゃならんのう」

 一種、うそ寒いものがその声に含まれていた。和胤は表情を崩さずに不動の姿勢でいたが、頬を僅かに青ざめさせた。

 「そんな、叔父さま―」

 あまりのことに堪らず、千代は声をあげかけた。しかし、和胤がそれでも気遣うように、大丈夫だからと、やさしく目顔だけで告げているのを見て、黙った。

 「ええと言うまで、部屋から出るな。わかったか」

 「…はい」

 惟之の厳しい言葉を受け止め、和胤は僅かに悲痛の色を顔に浮かべたが、靴の踵を鳴らして姿勢を正すと、深くあたまをさげて邸へ入っていった。その背に、名状しがたい覚悟のようなものが漂っているのを、千代は感じていた。

 「惟之叔父さま、いくらなんでもあんまりです」

 親同然の惟之に口答えをするなど、以ての外であったが、和胤の身の上を案じれば、言わずにおれなかった。それが千代にとって精一杯だった。

 惟之は、顔も見ずに駆けていってしまった姪を横目で見送った。春たけなわの花咲く庭のなかで、ひとり小鬼のような笑みをそっと浮かべたのだった。この件を発端に、惟之の例の悪戯がはじまるのだが、それを二人が知るのは、のちのことである。
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