大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾壱話

大正四年の夏に、海軍大将那智源吾は海軍大臣に就任した。

次官は引き続いて鷲頭、艦政本部長に新見、軍事参議官だった加藤は軍令部次長になった。城内は現役復帰を容れて海軍大将の軍装へ再び袖をとおすと、那智と入れ替わりに海へ出て行った。

軍備縮小の先鋒であるはずのこれらの顔ぶれが、海軍の首脳を占めたというのに、八八艦隊案を推進したのには周囲の度肝を抜いた。先に建造されることが決まっている姉妹艦の計画の予定を妨げることもせず、那智はそれらを見守る姿勢をとった。

欧州大戦に於ける日本の活躍に、政府も国民も、やや浮かれている時期でもあった。

海軍が制圧した南洋諸島が”委託統治”として預けられたことを受けて、先の汚職事件のことはなかったような態度で、減らされていた軍事予算がその額を戻しつつ、おりてきはじめる。

那智は内心で呆れたが、涼しい顔をしておいた。

艦艇の政務に関することは全て造船から切り離して、艦政本部長の新見に全て任せることにしていたし、最も苦手な記者会見は海軍次官の鷲頭に頼った。軍令部次長に就いた加藤には海軍省は勿論のこと、陸軍の作戦の要である参謀本部との緩衝役としても、微妙な均衡をとって貰っていた。

―おらァ、たぶん歴代海相の中で、一番楽な御輿に乗ってンだろうなァ。

と、海軍大臣の執務室で時々そんなことを思ったりもする。しかし那智が大臣執務室の椅子のうえに鎮座していることは殆どない。

「おッ鷲頭、ちょっと御寮を拝借するぜ」

朝の閣議を終えると、ぶらりと次官室へやってくるなり、気軽に言う。

そうして嵩利を従えて海軍省から出て行って、そのまま一日帰って来ない日もあった。概ねそういう時というのは、前触れもなしに、ひょいと横須賀の造船所や工廠に姿を現して、視察に回るのである。

黙って椅子に座っていてもいい官職というのは、言ってみれば艦長だけ―但し乗組が優秀な者揃いに限る―で、その他は休みなく動くべきである、というのが那智の信条で、海軍大臣になってもそれは変わらなかった。

「―また、ですか」

次官室を訊ねてきた新見が、ぽつんと独りで机に向かっている鷲頭を認めて呟いた。もう何度目になるか数えるのも面倒であり、わざわざ訊くまでもない光景である。

「ああ、多分夜まで戻らないのだろうな」

その目許に苦さを浮かせて、鷲頭はちらりと隣室とを隔てる扉へ目を向けた。嵩利が居る日は開けたままになっている扉である。

こうして那智が海相に就いて指針を明確にした以上、盟友たる鷲頭たちの心からも、迷いは消えていた。欧州大戦開戦前後は実に暗澹として、気の休まる日も、晴れる日も少なかったが、煌々と輝く光であるように振る舞う那智の姿に、つよく励まされたのだ。

「どうせ今夜も遅くまで帰って来ないのでしょうから、加藤くんも誘ってたまには牛鍋を食べに行きませんか」

「そうだな、久しぶりにそうするか」

クラスメートだけで食事をするのも、何年かぶりになる。どちらともなく海軍兵学校時代のことを思い出し、ふたりは顔を見合わせて困ったような擽ったいような微笑を交わした。


その頃。那智と嵩利は新橋駅に居た。昼日中の騒がしいホームに列車が着くと、ふたりは一等車に乗り込んだ。

「大臣、本当に行くんですか?」

「おゥ、行くさ。呉鎮にも連絡してあらァな。お前ェさんにしてみれば、懐かしいだろ。ちょっと足伸ばして行って来てもいいんだぜ。そう言やァ、江田島じゃ夏でも牡蠣が食えるってェのは、本当かィ?」

まるでこどものように生き生きと目を輝かせている海相を、嵩利は心配の二文字が浮かんだ表情で見返した。昼になるかならぬか、那智が突然、呉へ行くと言い出したのである。遊覧へ行くのではないし、意図もわかっている。

那智はいま、新造艦を如何にして世に送り出すか、そのことに腐心している。あちこちの造船所や工廠を見て回りたいという気持ちはよくわかる。しかしそれにしても、余りにも唐突である。海相がこんな風に身軽に動き回るなどというのは、見たことがない。

そう、素直に言う嵩利に向かって、那智は軽やかに哄笑する。

「いいンだよ。おらァ、いま一番楽をしている身分なんだ。赤煉瓦に居たって大した働きにもならねェのさ」

「毎日…、いつ休息を取っておられるのかと、次官室に来られる方たちは零していますよ。呉へ着きましたら、お願いですから、少しはお休みになってください」

「あァ、おいらが諾かねェからって、鷲頭にご注進ってわけかィ。しょうがねェ奴らだな…」

那智に何かあったら、新見は勿論のこと、鷲頭にも合わせる顔がない。嵩利の眼はそう言っているようであった。沈着さと精悍さが具わってきた秘書官の顔つきに、ふと新見の貌が脳裏に浮かぶ。

「わかったよ、そんな眼で見るなィ。お前ェさんの言うとおりにするさ」

ふ、と真面目な顔つきになって言い、那智は慈父のような笑みを浮かべてみせる。嵩利がそれで漸く安堵の息を吐くのを認めて、目を細めた。
→【2話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 18:18 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾弐話

呉の港から、夏霞につつまれるようにして浮かぶ江田島がみえて、嵩利は懐かしく眼を細めた。そうして横目に海軍の揺籃を認めながら、那智と共に鎮守府と工廠のあいだを往ったり来たりしていた。

これまで訪れたところとは、那智の眼のいろが違う。優秀な職人を積極的に米国などへ研修に遣っていると聞き、新型艦はこの呉造船所で受胎をするだろう、というのがまことしやかに囁かれ始めた。

海軍トップの単なる視察に留まらない那智の真剣さに、職工たちも“さあいよいよだ”と袖を捲って槌持つ手にも力が入る。まだ空っぽの区画に毎日人々が集ってくる、といった具合に一種独特の静かな熱気に包まれてゆく。

そんな呉に居て、嵩利は気が気でなかった。

那智はいつ眠っているのかわからぬほど、昼夜構わずあちこちへ出かけてゆくからである。或る日の朝も、一陣の風のようにして、ふっと居なくなっている。と言っても鎮守府附の副官と出ていったという言づてが残されている。

このところ嵩利は、帝都の赤煉瓦へ送る資料をせっせと拵える毎日で、殆ど鎮守府へ缶詰になっている。鷲頭を長い間上官にいただき、こういった根気の要る、且つ厳格な精密さを求められる事項を任せられる士官に、嵩利は育っていた。

“造船大臣”と、その揶揄に親しみと尊敬の篭った渾名をつけられている男が、嵩利が送ってきた資料に目を通していた。古賀友哉中将である。海軍に入ってからこのかた造船ひと筋でやってきたが、数学者としても有名で、海軍に身を置く傍ら、帝国大学で教鞭をとるということもしている。

「大臣は呉が良いと考えているようだね」

全て読み終えたあと、その呟きだけを残して古賀は帝大の教壇を去った。

瀬戸内の夏の海は、次々と呉を訪れる男たちの慌しさを迎えても穏やかなまま、眩しい陽の光をはじいて輝いている。

新造艦については、着実にことが進んでいる。鎮守府や工廠に出入りするにつれて、嵩利もいつの間にかすっかり惹き込まれていた。

帝都から馳せ参じた“造船大臣”古賀中将の引いた設計図、数々の資料がいくつも提示されるにしたがって、まだ見ぬ艦がここにいる大勢の男たちの手によって生まれるという瞬間が、近づいている。そう遠くないうちに、キールが据えられることになると知ったとき、嵩利の胸はわくわくと踊り、高鳴った。

さすがに寝食をかたえに置くようなことはしなかったが、嵩利は鷲頭に会えぬ寂しさが心に湧くよりも、この呉の熱気に夢中になっていた事は確かで、不思議とそれを後ろめたく思うこともなかった。かれこれもう半月以上帝都を離れているというのに、伴侶に宛てて絵葉書の一枚も出していない。

あの日、背広を脱いで夏軍装を着込んだ造船中将の古賀を、鷲頭と新見は新橋駅まで見送ったのだが、呉がそれから俄かに活気づいたというのは聞き及んでいる。ふたりは早朝の庁舎の食堂で、顔を合わせて食事をする習慣であるが、口数の少ない両人が、互いの伴侶について案じることが増えてきている。

「―いい加減に戻れと、大臣に言っても構わんだろう」

そう言いながら、眼を閉じて熱い紅茶を啜る海軍次官の瞼には、己が愛息の貌が浮かんでいる。その表情は傍から見れば、むっつりと不機嫌そのものにしか見えないが、深く心配している所以である。

「長くて三日で戻るなどと言っておいて…全く。それに、観艦式も近いというのに、大臣には困ったものです」

破天荒な海相に振り回されるかたちで、艦政を韋駄天の如く切り回している本部長は、疲れを滲ませつつ拗ねたようにくちを尖らせて、羞ずかしげもなく呟いた。

「幾らあれが良く気が利くとはいっても、やはり、那智さんの手綱は貴様でないと捌けないか」

旋風のような那智の立ち回りに、さしもの嵩利も目を回しているに違いないと、呉の状況を知らないふたりは、今朝もそんなことを思っていた。
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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 13:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾参話

海相とその秘書役の副官が帝都に戻ったのは、それから更に二週間が過ぎた週末の朝であった。新橋駅には海軍の関係者だけでなく、新聞記者や一般市民もつめかけて、大層な騒ぎになった。

海軍のトップが、曲がりなりにも戦時中だというのに、一体何処へ雲隠れしていたのかと、表向きはそういう批判を口にしていたが、耳聡い記者たちは呉での動きをそれとなく掴んでいるらしく、かれらの追撃をかわすのは容易ではなかった。

まったく仕事熱心なのは結構だが、軍事機密というものも存在するのである。揉みくちゃにされかけて、ふたりが何とか海軍省へ帰って来ると、今度は大臣執務室に次官と艦政本部長が待ち構えていた。

「おゥ」

ひょいと片手をあげて、那智はそれで挨拶を済ませた。

鷲頭と新見が赤煉瓦に於いて、海軍大臣の居ない間にどれほど奔走していたかなどは、改めて考えるまでもないことである。軍帽をとった嵩利は二人に向かってゆっくりと頭をさげた。こちらを見もせずに横顔を向けて、こめかみにぴりぴりと筋を浮かばせている鷲頭を、嵩利はただじっと見つめた。

ほぼひと月ぶりに、海相の椅子に落ち着き、那智は呉から持ち帰った資料をそっと机の上に置いた。新見は物言いたげに眉を寄せたが結局何も言わずに、那智の飄々とした顔を正面からひと睨みして、書類綴りを取り上げると表紙を開く。

その間に鷲頭が黙って長椅子へ腰を下ろし、その傍に嵩利が控える。向かいには新見が座って、熱心に工廠の資料に目を通している。こうして室内に四人の男が居るというのに、誰も一言も発しない。

奇妙な沈黙の時間が過ぎて、やがて"半ドン"が響くのを聞いた。今日は週末で軍務は昼までである。おもむろに那智が、ああ、うんと咳払いをしてから、口を開いた。

「鷲頭、暢…、この忙しいときに悪かった。古賀が来てから思ったより長引いちまってな」

いつもの、ちょっとした悪戯が見つかったときのような気まずさを含んではおらず、その声は静かにふたりの耳へ響いた。

―欧州各国の戦争はまだ続いている。

黄海に展開している我が艦隊の状況は刻々と変わっており、連合国軍との駆け引きがあり、国内では政府との折衝もあり、そして例年通りに近く行う事になっている観艦式、―規模は大きくないが、新造艦を含めたそれなりに意味を持つものである―そういった最重要といっていい事項を、那智も嵩利も呉に居るあいだ、ほんの僅か忘れていた。

設計書へ古賀中将の手によって、迷いなく描かれる新型艦の姿を、まるで少年のように目を輝かせて、息を飲んで見守っていた事は確かである。

しかし、将来を担う艦が生まれることの意味と、その責務。多くの人の手によって、これからも海軍が動いてゆくことの現実を那智と嵩利は、古賀のえがく緻密な設計図のなかに見たのである。

海軍の舵をどう取ってゆくか、むしろ帝都を離れてみて那智はそのことに深く向き合えたと思っていた。秘書官として同行した嵩利の眼にも、那智の背に一種名状し難い強い覚悟のようなものが浮かんでくるのを認めていた。

「お前ェさんたちのお陰で、この先もやって行けらァ」

しゃんと、海相の椅子のなかで姿勢を正しくして、那智はぴしゃりと言った。かれの強く透き通った眼差しを受けて、鷲頭と新見に、かつての候補生時代に見た"分隊長"の振る舞いを思い起こさせた。

ふたりが、どちらともなく顔をあげて、視線を交わして小さく頷きあうのを、嵩利は黙ってみていた。

それから鷲頭は、隣に座している副官の顔をつくづくと見詰めた。ほんの僅か、嵩利の唇が微笑を浮かべて、よく光を弾く黒い眸が鷲頭を吸い込むように受け止め、柔らかく包む。

まったく、今まで軍務に追われて赤煉瓦でくさくさしていたことが、たったそれだけのことで一気に吹き飛んでしまった。それと同時に、心に渦巻いていたこもごもの言葉も、溶けるように消えていった。

「おい、半ドン聞こえただろ。退散だ退散」

ひょい、と席を立った那智がそう言いながら、新見の手から無理やり黒表紙の書類綴りを取り上げるのを見たのは、鷲頭が嵩利を伴って海相の執務室を辞する間際だった。


呉へ那智が赴き、ことが一挙に動いた分、艦政本部長である新見の双肩には、何の前触れもなく様々なものが重く圧し掛かってきていた。それらはまるで主砲から撃ち出される砲弾の如き勢いで止まる事を知らず、"名刀"と評されている新見もその光を鈍らせつつあった。

海相の型破りな言動に振り回されることについてだけは時折、鷲頭の居る次官室へ来て零しはしていたが、己が預かる軍務については何一つ愚痴を言わず、水も漏らさぬ姿勢で全て受け止めていた。

「暢、帰ェるぞ」

この男ならと恃んで一切を任せておきながら、まるでそののちは苦労を推し量る様子もないような、ぶっきら棒な物言いだったが、それを聞いた新見は安堵するように小さく息を吐いた。些か顔色の宜しくなかった頬に、心持ち赤みが差していた。

―そして、時は過ぎてゆく。

国全体がこの頃から戦勝に浮かれて騒ぎ出し、それに連れて軍部は徐々に危うい道へ歩き出さざるを得なくなってくる。

このあとに来るシベリア出兵では陸軍将兵の士気は一向に上がらず、世界をして"軍の鑑"とまで言わしめた日本軍の規律紊乱は、汚点をくっきりと、ロシアの白銀の地に残すことになった。

幸か不幸か、海軍がこういった政府国民―国家が生み出す騒動めいた波に、あからさまに引きずりこまれるのは、随分先のことになる。

今はただ、将来を切り拓く"希望"の誕生を一丸となって支えることに、その心血を注いでいる。そして不思議な事に、あれだけ内輪で物議を醸していた軍拡軍縮の論が、ぴたりと止んでいた。

海軍の舵を取る那智の確固たる態度が或いは、それらをも抑えて凌ぐほどであったからかもしれない。
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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 02:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾肆話

欧州大戦の連合軍の一員として、帝國陸海軍はその役割を果たしている。

そうして、少なからず海向こうの戦火が燻り始め、これは日本の視点からみての話だが、アジア方面の海上が穏やかになりつつあったのは、この年であった。

大正六年―。

海軍にとっても嵩利にとっても、様々な面で記憶すべき出来事が続いた。自国で戦艦の建造が出来るようになって六年目であるが、欧州大戦の真っ只中にあって海軍の軍備にまで手の回らぬフランスから、駆逐艦の建造依頼が舞い込んできたのである。

そして、小峰から成瀬、成瀬から那智へと引き継がれてきた、八八艦隊の誕生を意味するその一番艦の起工式が、八月二十八日に行われた。海軍省の主だった面々は揃って呉工廠へ赴き、"長門"と命名された艦の萌芽を見届けたが、式典の列に嵩利も加わっていた。二年前に那智と一緒に呉へ来て、古賀中将の手で描かれてゆく図面を覗き込んだあの艦がと、しみじみと深い思いを抱いていた。

大正六年五月に、嵩利は海軍大佐へ進級している。既に海軍省を出て、いまは戦艦榛名の艦長である。そして次官をつとめていた鷲頭は海軍大将となり、榛名を含む第一艦隊司令長官として、嵩利とともに海上のひととなっている。

海軍のみならず各界の人々が入り混じって賑わっていた式典会場をあとにして、呉の水交社へ引き揚げてくるとそこには、海へ戦いに出ていた盟友たちの姿があった。橘田と守本は青島の戦いでの陸軍との共同作戦に従事し、城内と浅田は黄海の哨戒任務にあたって、有元は南洋諸島へ赴いた―。日本へ帰還したのはつい先月か先々月のことで、皆、幸いにも怪我ひとつなく祖国の土を踏んでいた。

「何だ何だ、おィ。まさかお前ェさんたちァ、幽霊じゃねえだろうな…」

かれらの顔をそれぞれ認めたものの、驚きを隠さずに言ったのは那智だけであったが、赤煉瓦に残っていた面々は信じられないものをみた、という表情で一言も発せないまま、通された室内で寛いでいる友たちの姿を穴のあくほど見つめている。

「いや、存外幽霊かもしれませんよ」

寛いだ姿勢のまま、燻らせていた煙草を指さきに取って、真面目くさった顔つきで慇懃そのものの物言いをした有元は、ふっと紫煙を吐き出して椅子から立ち上がった。煙草の煙が薄く部屋に漂い、鼻先をかすめたその香を嗅いだとき、嵩利はひどく懐かしさを覚えた。たったひと月ほどだったが、有元が軍務局長だったときに先任副官を務めた。その時のことを思い出したのである。

「これはちょっと珍しいな。鷲頭と新見が絶句しているのを、海軍に入っていま初めて見た気がするぞ。なあ有元」

感に堪えないといった様子で浅田が言って笑い、有元の傍へ寄って肩を叩く。どちらかといえば軍政畑ひと筋だった二人だが、すっかり陽に灼けて、潮に磨かれた精悍な顔つきをしている。戦いの名残のようなものを漂わせた男たちの笑顔は、何故かくも眩しく頼もしく目にうつるのだろうか。

「いやはや、珍しいこともあるものだな。城内さんの尻馬に乗って正解だったよ。…おい、鷲頭、新見。おれたちは幽霊なんかじゃあないぞ、いつまで呆けて見ているんだ」

痺れを切らせて、同期生であるふたりが立ってそこへ行き、鷲頭と新見の手を取って引っぱると、肩を抱き寄せた。石のように固まって突っ立っていたかれらはそれで漸く呪縛が解けたようだった。導かれるままに、帰還した友たちの憩いの輪へ入ってゆく。

帰還後のかれらの動向を、海相である那智をはじめ、鷲頭、そして新見が全く知らないでいたのは、ひとえに城内のちょっとした悪戯心からで、長門の起工式典のあとを狙って、不意討ちのようにして出ていってやろうというのが真相のようだった。よくもまあひた隠しに隠したものだと、稚気に溢れつつも周到な企みに嵩利は感心していた。

「また、あいつの仕業か」

横に立っている那智が怒気を含ませた声で呟くのを聞き、嫌な予感を覚えてかれへ顔を向けかけたとき、嵩利は背後からいきなり抱きすくめられた。

「よかったよかった。削り過ぎの鉛筆みたいになっているかとおもって心配したけれど、海へ出て少しは元気になったみたいだネ」

悠揚とした声がきこえて、それが城内であるとわかる。しかしそれ以上長く抱擁はせずに、ぽんぽんと頭と肩をやさしく撫でるように叩いて、城内は腕を解いて嵩利から離れた。いつもの、那智の説教を避ける為というような素振りではない。那智の前に立つと、頭からつま先までひとわたり眺めてから、

「問題は海相のきみだよ那智くん。避雷針になるのは結構だけれどね、そろそろ高さを低くしてもいいんじゃないかな。これでいてぼくも、きみを案じていたんだからね。このくらいの悪戯は笑って受け取ってほしいな」

と、思ったより真面目な口ぶりで言う城内を、那智は振り上げた拳のおろしどころに困ったような顔つきで見ていたが、仕様がねェなと呆れつつも笑顔を向けて、長年続いてきた友情を酌むほうを選んだ。

「ほらほら、鷲頭くんもおいで」

将官たちの再会をやや遠慮がちに見守っていた橘田と守本が、待ちかねたように嵩利の手を取って室内へ誘った。唯一、青島で本格的に戦闘へ参加し、死線を潜り抜けてきたふたりはすっかり固い絆で結ばれているようだった。どれ程の艱難辛苦を乗り越えてきたのかと、それを問おうとすると、守本はちいさく首を振りながら問いを遮って嵩利の前に手を翳した。そのまま真剣な顔をして指折り数え始め、

「海相、次官、参議官と、貴様、このお三方の副官秘書官、二年の間殆ど任されていたっていうんだろう。幾ら戦時で人手が足りないとはいえ…、とてもおれには真似のできない芸当だぜ」

「全く…、一昨年から段々と便りが減ってきてどうしているかと思っていたが、やっと海へ出て行ったときいて、安心したんだよ」

慈父のような顔つきで、橘田が隣で相槌を打っている。かれは少将に進級しており、聞けばこの九月には横須賀鎮守府の参謀長に就くことが決まっているらしい。鎮守府長官の新見にとってこれほど頼もしい片腕はいない。

このころ既に日本海軍の主力艦は大正に入ってから、河内、金剛、比叡、榛名、霧島、と堂々たる戦艦が海の城として生まれ出で、万里の波濤を疾駆している。嵩利と同じくして大佐へ進級した守本も、一国一城の主としてこれから、戦艦霧島の艦長をつとめるのである。

「―ところでねえ」

と、歓談が落ち着いてきた頃になって、のんびりとした口調で城内が切り出した。

那智と入れ替わりに海へ出て、最後の務めを全うしたという感慨でいるかれは、あと二年で海軍を退く身となったこともあり、若いふたり―嵩利と守本―へ観音さまのような笑顔を向けた。頼もしい海軍の後継であるかれらが、いつまでも独り身であることについて、そろそろ物申したい気持ちになっていたのだ。

「ああ、そうだな。お前ェさんたちの跡継ぎが、まあ謂わば、おいらたちの跡継ぎみてェなものだからなァ」

特に、嵩利は養子へ行った身であるから、鷲頭家を守ってゆかねばならない義務がある。これまで十年という長い間、鷲頭と嵩利は深い絆を紡いできたわけだが、このように城内や那智から言われなくとも、家の存続について薄々とではあるものの、何か手立てを講じなければなるまいという思いは抱いていたのだった。

"嫁探し"の件はその場で、それ以上の段階へ話を持って行くことはなかったが、城内は例のお得意であちこちに手回しを始めて、このあと何かにつけて嵩利たちを然るべき場所へ引っ張り出すのだが、嵩利はというと、結局、一番身近な人物―城内顕範その人の末娘、顕子を妻に迎えることとなる。
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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 13:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰伍拾伍話

こうして、盟友たちは生きて再び相見えることが出来たわけだが、軍務に勤しんだ場が海にしろ陸にしろ、間接的な立場ながら欧州大戦を経験したことによって、それぞれの物の見方、考え方が変わりつつあるのを認識した瞬間でもあった。

世界の情勢が大きな変革を遂げたことに、これから日本がどのようにして動いてゆくのかについて、軍に属する誰もが胸中に抱く関心事になった。

各国へ大戦の視察をした陸海の観戦武官たちが、続々帰国してくると、かれらのもたらす話によって愈々その意識は揺さぶられる。もはや時代は、植民地保守の為の限定的軍事力発揮には止まらず、国家対国家の総力戦へと突入したのである。

これからの国防について、再び海軍内でも議論が持ち上がり始めていた。

呉の造船所で、職人たちの手によって日々"育って"ゆく次世代戦艦の長門が、これからの日本海軍にとって最も重要な位置を占めることに疑いはなく、改めて八八艦隊の重要性を説く必要が出てきた。那智は海軍大臣として、指針を明確にせねばならぬ立場にあり、もう一度深く吟味した上で答えを出す決意を固めた。

それらについて那智を始めとして、有事には聯合艦隊司令長官となる第一艦隊指令長官の鷲頭、横須賀鎮守府長官となっている新見、主力戦艦艦長を務めるようになった嵩利や守本も、この論戦に躊躇わずに加わっていった。

これまでのような構想はもう通用しないだろうということを、以前軍備について論文を書き上げた鷲頭は良く理解していたが、海軍内にまたひと波乱生まれる事態を考えると、これは些か頭の痛い問題であった。

基本的な姿勢こそ変えないものの、これまで軍備について足並みを揃えていた盟友たちの"軍縮派"の輪が崩れはじめてゆくのを感じつつも、守るべき国の為と、敢えて誰もそれを繋ぎ止めようとしなかった。若し戦いとなったときに如何にして備えるか、綿密に練り上げてゆくこと、それは軍人の為すべきことのひとつだからだ。


―鷲頭の率いる第一艦隊は海上へ出ていて、日本の国土防衛に専念している。

長門の起工式典のあとに盟友たちと再会を遂げて宇品を出港してから、いまはその半月後である。嵩利は旗艦榛名の艦長室に居ることは少なく、前甲板の艦橋のしたにある演習の時などに使う艦長休憩室に居ることが殆どで、そこで執務に就いている。

士官や水兵たちの声が聞こえ、きびきびと立ち回る様子が感じられるここのほうが、嵩利は好きだった。初めて副官として仕えたときの鷲頭のように、中甲板の艦長室で静かに書を解いて己の鍛錬に励む、というような真似は到底できそうにないと、榛名の乗組となってたった三日で悟ってしまったからだ。

戦艦クラスの艦長だからという訳ではなく、ひょいひょいとあちこちに顔を出す艦長というのは役職柄まず稀で、嵩利は"艦長大尉"という妙な綽名をくっつけられた。元気に艦内を走り回る士官は大尉クラスがせいぜいだからというのもあるが、もう不惑に手が届こうかという年齢だというのに、嵩利は相変わらず活発で昔と少しも変わりがない。だから、"大尉"なのだろう。

それでいて、訓練の時などになるとガラリと変わる。戦意に漲った一個の結晶のような輝きをみせ、良く徹る声で厳しく檄を飛ばす姿を見ると、士官水兵の誰もが身も心も引き締まる。面倒見の良いところも相変わらずで、十年以上潮に揉まれた叩き上げの兵曹長などの中には少なからず、昔の嵩利を見知っている者もいて、

「あのな、うちの艦長が三笠に乗ってた頃にな…」

と、昔話を持ち出してどこか自慢げな顔つきをしている。新米の水兵たちなどはそれらが何だかよくわからないまま、榛名のハンモックに揺られて日々の訓練に励んでいたが、段々と"艦長大尉"の天衣無縫な振る舞いを見るにつけ、嵩利に対して親しみを覚えてゆくことになる。

艦長と司令長官の間には、少将の参謀長というポストがある。

榛名の参謀長は、軍令部先任参謀大佐だった有賀友秀少将で、嵩利とは以前、青島作戦の際に一緒に陸軍省へ缶詰になっていて、有賀としては嵩利をよく知っているつもりでいたのだが…。陸でみせていたのとは全く違う、鷲頭艦長の振る舞いに呆れるやら感心するやらで、毎日が飽きないと言って笑っているような人物だった。

司令長官の鷲頭春美はというと、これもまたこれまでと大して変わらず、口数は少なく、方々へ向ける気配りには手抜かりなくといったいつもの姿勢で、中甲板最後尾の司令長官室に居ることが殆どである。

国土の沿岸警備、近海警備に専念しつつも、各艦の艦長以上の士官が招集の信号を受けて旗艦へ内火艇で乗りつけて、諸々の事項を会議で取り決めしたり、はたまた論議をしたりということは、かなり頻繁にあった。

霧島の艦長である守本もそうして必ず榛名へ来艦してきた。そのたびに、嵩利はかれとよく持論を戦わせた。大戦を経験して以来、海軍士官の意識は大きく揺らいでいたし、また互いに深くではないにしろ、"軍縮派"、"軍拡派"のやりとりを見てきている。城内や那智をはじめとする上官たちの思いや、自分たちの進むべき道のことを考えると、語らずにはいられないのである。

政治に関しては、知らぬで知らぬ顔をするのは宜しくない、知って知らぬ顔をせよというのが暗黙の決まりになっているが、嵩利は時々そうした暗黙の決まりを破って、腹蔵のない意見を守本に述べることも少なくなかった。

ここだけの、二人だけの話であるからとそうしているのだが、降った雨が苔に染みて水滴を生むように、どうしてもチラリとそういった話は漏れる。そしてそれらは全て、鷲頭の耳に入ってくる。どんな話をしているのかまでは伝わって来なくとも、概ね想像はつく。

「きみのことだ、軍務を疎かにしているとは言わん。だが少々、余分なことに熱が入りすぎてはいないか」

すっかり居を艦橋下へ移してしまった嵩利が、就寝前になってやっと艦長室へ戻ってくるのを見計らって、鷲頭は一足先に艦長私室に来て待ち構えている。今ではそのようにして訪ねては、時々嵩利を諌めるようになった。鷲頭が危惧しているのは、余計な争いに嵩利が巻き込まれて欲しくないということで、要するに心配で仕方がないのだ。

「ぼくたちの間だけですから、大丈夫です」

と言いつつも、父にして伴侶である鷲頭にならと、交わした持論を打ち明けようとしないのは、やはり"禁じ手"を破っていることについてどこか後ろめたい思いがあるからで、辛抱強く見守ってくれている鷲頭の目の前で、嵩利はしおらしく小さくなっている。

「そうか。だが、これだけは約束しなさい。何か気がかりなことがあったらいつでも私に言うこと。それがどんなに切り出し難い問題であってもだ…」

「それは…長官、どんなことでも、ということですか」

「当たり前だ。…私をきみの何だと思っている」

苦しかった海軍次官の務めを終えて、解き放たれるようにして海へ出た鷲頭には、これ以上何も怖いものはないというような胆力と気構えが滲み出ている。もし、この愛すべき伴侶が危ういところへ足を突っ込んだとしても、我が身がどうなろうと助ける覚悟でいる。こうしてかれを諌め、案じはしているものの、その覚悟はとっくに決めているのだ。

「約束できるか、嵩利」

「はい、約束します。必ず…打ち明けます…」

ジッと見詰めてくる厳しい眼差しのなかに、何があっても揺らがない信頼を見て取り、嵩利は救われたおもいをしていた。そうして誓う言葉を乗せた声に多分の安堵を含ませて、やっと体から力を抜いた。

「いつまで経っても、やんちゃ坊主なところは変わらないようだな。艦長になって少しは落ち着きをみせるかと思ったが」

緊張して対峙していた嵩利だったが、椅子へ身を落ち着かせてほっとしているところに、席を立って部屋を辞そうとする鷲頭がすれ違いざまに言葉を投げかけた。その声音は叱っているようなものではなく、からかいを含めた慈しむもので、嵩利はいつまでも子ども扱いをする鷲頭を恨めしくおもって、かれを振り仰いだ。

「それだ。そういう表情をするところもな」

つと手が伸びて顎先に指さきが触れ、唇を軽く啄ばまれて盗まれる。ほんの一瞬甘い視線を絡めたあとは、何事もなかったかのようにおやすみと言って、鷲頭の背が扉の向こうへ消える。
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| 綿津見の波の色は・151―160話 | 19:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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