大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


web拍手 by FC2

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第玖拾壱話

 その頃、川上と和胤は、ささやかな書道の会をお開きにして、ちょうど書道具を片付けていた。渡り廊下を挟んだ向こうの茶室から、確かに“和胤”と呼ぶ声が聞こえて、俄かに立ち上がる。

 「惟之さん…!?」

 その声音が尋常でないことはすぐに聴き取れた。反射的に惟之の名をくちに乗せ、和胤は部屋から飛び出していった。川上も色をなして、すぐにあとを追ってくる。さすがに廊下を騒がしく走りはしなかったが、摺り足ながらも急いで駆けつける。

 まるでこどもが泣き喚いて、母親を呼ぶも同様である。惟之の声に和胤は胸が引き裂かれた。いま茶室で何が起こっているか、見ずともわかる。茶室の前で川上は和胤を制して、先に立つと茶室の勝手口へ手をかけ、引き倒さんばかりの勢いで開けた。

 「兄さぁ、なんちゆうこつ…!」

 川上が怒声をあげて飛び込み、和胤も踏み込んだ。

 大城は力づくで惟之を抱きすくめて、畳のうえに押し倒している。惟之が大声で喚きたてるのも構わず、そのからだから黒紋付を剥ぎ取ろうとしていた。

 「忠悟どん、ないすっとか。返しゃんせ」

 「返しん!兄さぁ、おいが、あいほどゆたんに!」

 悪びれず、困ったような口ぶりの大城に対し、川上の叱咤は苛烈きわまりない。

 紋付を乱されて上半身は殆ど晒されていたが、袴も解かれておらず、まだ肌身には触れられていないようだというのは見て取れた。大城の魔手から、川上の手で救い上げられた惟之は、和胤へ託されるなり、泣きじゃくって縋りついてくる。

 「和胤…和胤…っ」

 腕に抱いたからだは震えていた。次いで、放って寄こされた羽織を受け止めるなり、手早く着せ掛けて惟之の肌を隠し、そのまま抱き上げる。

 「山口クン、杉サンを落ち着かしてあげらんや。書会を開いた部屋の奥が、火をいれて休めるようになっちょいもす。早うそこいへ行きやんせ」

 「はっ、はい!」

 大城の前に立ちはだかったまま、振り向きもせずに命ずるように言う。和胤の代わりに、川上が大城を何とかする気でいるに違いなかった。

 余りの暴挙に、あたまが真っ白になるほどの怒りをおぼえたが、惟之をみた途端それは吹き飛んだ。すぐに茶室を出て、部屋へ入るなり、襖を全て閉めきった。泣きじゃくっている惟之を宥めるように背を撫でて、ひとまず大振りの座布団へ座らせてから、身形を整えて羽織の組紐を結い直してやる。

 「和胤…何故おれの傍に…居なかった。今日は居れちゅうたじゃろ…護るちゅうたじゃろ…馬鹿ァ」

 すかさず抱きついてくるも、からだが震えているのがわかる。それでもちからいっぱい縋りつき、和胤を罵ることばを喚き散らす惟之。かれを抱きしめて、からだをさすりながら、幾度も“ごめんなさい”と和胤は言い続けている。それしかしてやれなかった。今日この日に不安を感じていながら、惟之から離れた自分自身に腹が立って仕様がない。

 どのくらいそうしていたか、泣きやんで震えがとまったとおもったら、今度は一気にからだの重みが預けられる。呼吸も落ち着いて、ゆっくりとした息遣いが伝わってくる。

 「惟之さん…?」

 「すまん、和胤…当たり散らしてしもうた。おぬしだけが悪いわけじゃーないちゃ…、おれも油断しちょった。じぶんの身をじぶんで守れんとは、情けない」

 「いえ、どがいなことがあっても、離れるべきではありませんでした…おれのせいです」

 謝るひまがあるなら、もっとつよく抱いてくれ、と強請るとたちまち温かな抱擁に包まれる。長い長い安堵の吐息をついて、和胤の胸に顔を埋めて甘える。もうあのおぞましいものは、からだから消えていた。

 「ほんに…、怖かったんじゃぞ」

 「ごめんなさい、惟之さん…」

 ―よくも惟之さんを、こがいな目に遭わせてくれたな。

 できることなら、惟之に触れた大城の手を叩き斬ってやりたかった。それほどの怒りがうずまいている。ぎゅうっ、とからだを抱きしめて、また惟之のくちから、おい、今度こそ骨を折る気か、と苦しげな声が漏れる。腕を解いてやさしく抱きなおし、ことばの代わりに軽い接吻を幾度か交わした。

 上目に和胤を見れば、額のこめかみあたりをぴくり、と震わせているのをはっきりと認めた。そこに潜む怒りの大きさを感じとって、すっと血の気がひく。

 「和胤、おぬし。いま何を考えよるんじゃ」

 「大城閣下に、二度と惟之さんに触れんでほしい、と言うつもりでおるだけですよ」

 押し殺した声音には、底冷えするようなものが含まれていて、こんな声は今まで聞いたことがなかった。ふたりとも押し黙ったまま、不気味な時間が過ぎてゆく。和胤の心中の怒りが沸騰しかけているころ、襖のむこうから様子を伺う川上の、心配そうな声がきこえた。

 「杉サン、落ち着かれもしたか」

 「うん、おれはもうだいじょうぶじゃが…。和胤の怒りがおさまっちょらんのよ、その、大城さんのとこへ行くちゅうてのう」

 「そいはもっともでごわす。…杉サン、山口クン、そこいへ失礼してもよかごわすか」

 どうぞ、と言われて入ってゆくと、憚らずしっかりと抱きあっているすがたが川上の目に入る。

 「山口クン、怒るはもっとも、わかいもす。じゃっどん…何とかおさめてたもんせ。兄さぁのこつ、おいがこん命に代えてでも、二度とこんよなこつ起こさせん。こらえっくいやい」

 静々とした口調でおごそかに言い、次いで川上は姿勢を正すなり畳に手をついて、ふたりに向かって深くあたまを下げたのだ。

 「苦言も含めて、何とか…おさめてたもんせ。おいに二言はごわさん」

 川上は真摯に、しかも階級も年齢も遥か下の和胤に、こうして額づいてまでいる。そのおもいがいかばかりか、察するに余りある。だが、和胤は黙ったままだ。

 それに、いまここで和胤が出ていったら、さすがに問題になるだろう。軍務に立ち戻れば和胤は中佐でしかなく、相手は元帥大将の大城なのだ。あとは川上に頼るよりほかない。惟之はそうおもった。何より、惟之を慰め、癒せるのは和胤しかいないのだ。それを忘れないでくれ、と言外に言われているようでもあった。

 怒りに駆られて、大切なものを見失うおそれも、ないとは言えない。普段が穏やかな性分だけに、本当に怒ったときは、和胤自身でその抑制が利かなくなるのは、まず間違いないだろう。現にいま、利かなくなりかけている。

 「言うたじゃろ、大城さんはああいう性分なんじゃ。確かに怖いおもいはしたが、おれはこれからもおぬしがずっと傍に居ってくれりゃァ、こがいなこともすぐに忘れられる。どうじゃ、怒りはひとまず川上さんに預けて、いつものようにおおらかに包んでくれんか」

 諭すことばを、和胤へ抱きつきながら耳元で囁く。頬と額と髪とを、やさしく何度も撫でて、その度に唇で触れて、惟之は何とか宥めようとする。

 そのいじらしさを、和胤に振り払えるわけがなかった。

 溶岩の熱が引くように、ゆっくりと怒りが消えてゆくのを感じつつ、傷つきながらもいまこうして和胤を癒してくれた惟之を、腕のなかに包みこむ。

 もう少しで我を忘れそうになるところで引き戻され、ようやく川上へ向かって、ご無礼を致しました、と手をついてあたまをさげる。

 「おはんは、おいの弟同然、杉サンはおいの親友でごわす。そいを守れずとあっては、どっこにも顔向けでけもさん」

 従兄の暴挙に対する措置と、“二度と惟之へ触れぬ”という約束は、川上が何としてでも―血判状を書かせてでもとりつける、とまで言ってくれた。
→【6話】 →目次へ戻る 

web拍手 by FC2
スポンサーサイト

| 変わらぬ青空のしたで・91―100話 | 04:32 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第玖拾弐話

 帰り途は、杉家御用達の俥屋を呼んでおいた。二人乗りの俥のなかで惟之はぎゅっ、と和胤の手を握ったまま離さない。自邸に帰るまで、その手を絶えずやさしく撫で続けながら、惟之の憂いに沈んだ横顔へちらりと眼をおとす。

 邸の門前で、川上に見送られるとき見せていた空元気は、すっかり鳴りを潜めている。

 もう涙はみせていなかったが、やはりどこか悲しげである。夕刻まえに帰りついた邸は、庭先でさえしんとしていて、まるでふたりの心を労るかのように、静けさが包んでくれている。そんな気持ちになった。俥からおりて門前に立ち、押し開けるうごきにも精彩を欠いている。和胤はおもわずその背へ声をかけた。

 「惟之さん、大丈夫ですか」

 庭の敷石をとぼとぼ進んでいた足をとめ、ふりかえる。なぜそんな意地悪なことを訊くのだ、と言いたげに、恨めしげな眼で惟之は和胤を睨みつけた。

 「おれが大丈夫なのか、そうでないのか、わかるのはおぬしだけじゃろうが」

 「そう…ですね…」

 ばつが悪そうな顔で言って、和胤はやおら真面目な顔つきになると、さっと惟之の手をとって歩き出す。強く引かれるままにあとをついていって、ふたりで惟之の部屋まであがる。切なくも、頼もしく和胤の背を見つめ、向きあっても視線を絡めるだけで、惟之は何も言わない。

 身を寄せるだけで抱きつこうとしないのは、和胤にすべてを託すことの表れである。その意を酌んだ和胤は、ぴたりと寄り添いながら肩を抱いて歩みを促し、惟之を寝台の縁へ座らせる。

 「今日は、どうしたいですか」

 「うん…、これがええな…」

 同じように隣へ腰掛けた和胤の膝へあがり、向かい合って跨る。“抱き地蔵”といえば、甘えたいときには欠かせない体位である。

 「わかりました。でも、背中に爪痕が残らんように、頼みます」

 快楽が過ぎると、惟之は必ずと言っていいほど仔猫のように爪をたてて、背にしがみついてくる。見つめあって互いにくすっ、と笑って、そのまま緩く抱き合う。

 「おぬしも、ひとのこと言えんじゃろ。毎度毎度、喰い散らかしおって―」

 「いつも小骨まで綺麗に喰うちょります。ほら、こうして…」

 黒紋付の袖から覗く手をとらえ、袖を捲りあげながら腕の柔らかな部分へひと口、何かつまみ食いでもするかのように、噛みついた。但し、ほんの軽く、やんわりとである。

 「ん…っ」

 温かな腕のなかで、惟之はからだを震わせるが、それはもういつもの甘さに包まれている安らかさと、心地よさゆえの反応だった。

 端然とした侵し難い和装であるのに、ひとたび―文字通り紐解けば―その重ねた衣は群雲のごとく、千々にみだれてゆく。雲のむこうに霞む月を愛でるように、隙だらけの絹地を掻き分けつつ、あちこちから手を差し入れて、肌へ指を這わせ、唇と舌で触れる。

 抵抗というよりも、時折は羞恥をみせていた惟之も、和胤の愛撫に身をまかせているうちに、段々と呼吸の間隔が変わってゆく。上下する肩のゆったりとしたうごきにつれて、黒紋付がずれ落ちる。そこからうなじや、華奢な肩先が覗くさまは艶かしくさえある。

 愛撫の合間に、ちいさく声をあげて鳴くのを見計らい、寝かしつけるように横臥させる。次いで袴紐を解いて床へ落とし、端折った裾が広がって緞帳のように脚をかくすのを許さず、絹地を掴みあげて暴いた。

 下帯を取り去ってしまうと、勃起なかばにして熱を秘めた一物が露わになる。指さきで雁首を挟んで捏ねるなり、惟之の肩がぴくりと跳ねる。掌中へおさめて、焦らすように裏筋を指の腹で擽ってゆく。

 「う、ぁ…ん…」

 くねらせたからだから、黒白の絹が滑りおちて、無防備に晒された脇腹へすかさず噛みついた。しなやかな筋肉の弾みを味わうように幾度も、緩急をつけて歯をたてる。その肉を、本当に一片喰らってしまうのではと思えるほど、和胤の唇と舌の動きは貪欲であった。じゅる、と唾液を含んで舌舐めずる音をたて、噛みついた脇腹から胸まで、存分に“喰らった”。

 この獣じみた愛撫こそ、憚らぬ和胤の愛情の表れであり、沸々と昂まる欲望のしるしでもある。喰われた痕が体中にくっきりと残されてゆくに従い、惟之も熱に浮かされて、和胤の為すがまま、与えられるその旨酒に酔う。

 やがて和胤は、臀を揉みしだいていた手をとめ、唇を寄せると後孔を舌先でつついて解しはじめた。何か別の生き物が這いまわっているように執拗で、熱い濡れた感触に侵食され続け、そこが慣れて疼いてくると、舌が孔へ潜りこんでくる。

 「いや…じゃ…焦らさんで…」

 しっかりと抑えこまれた腰を、じれったそうに捻り、溶けそうな声で強請ってくる惟之が愛らしい。

 「慣らしちょるだけでしょう、もう…感じやすいちゅうのも、困りものですのう」

 「意地悪じゃの…」

 和胤は身を起こしながら、熟れた果実のような惟之の半裸を、目をほそめて見つめた。からだのしたに黒羽根のように広がっている絹地を、袖と一緒にぎゅっと握り締めて、切なげなまなざしを向けている。

 「間をとる、ちゅうのも大切ですよ…」

 それをさらりと流し目で受けとめ、袴紐と下帯を解きながら、自身の一物を晒す。触れずとも既に屹立している。惟之の淫れるすがたは、和胤の欲望を呼び覚ますのに、充てて余りある。いちど惟之をうつ伏させ、腰を浮かせたかっこうで仕上げにかかる。舌を這わせて、たっぷりと濡らした指を後孔へあてがい、ゆるゆると沈めて馴染ませてゆく。ひとつふたつと、内壁を拡げながら挿しいれて、潤滑にうごくようになるまで時間はかからなかった。

 和胤の膝へあがって跨り、ゆっくりと腰をおろしながら、屹立した一物を後孔へ導いて沈めてゆく。しっかりと抱きあって、腰遣いは和胤にまかせた。内壁を満たす棹がより深く挿しこまれ、熔かすように掻き混ぜられ、惟之の吐息は、憚らぬ悩ましげな喘ぎに変じた。いつものように、背に爪をたててしがみついてくる。

 ふと、鼻先に白檀の香りが漂った。和胤のにおいだ。ここには、嫌なことはひとつもない。苦痛、苦悩、悲しみ、怒り―そんなものなどひとつもない。あるのは、嘘偽りのない愛情だけだ。

 「あっ、あっ…ぁあっ、もう…堪え切れん…」

 「う…っ、惟之…さん…、おれも…っ」

ずるり、と体内から棹を引き抜き、向かい合って互いに絡ませた一物は、体液にまみれて淫靡な艶を放っている。和胤は濡れた手で、ふたつの棹をひとまとめに扱きあげ、雁首を包みこんで撫でたとき、ほぼ同時に吐精を果たした。

 射精の快感に抗わず、背を震わせたあと、くたりとからだを投げかけるようにして和胤へ抱きつく。快楽の余韻に酔いながらも、惟之はこみあげる切なさに堪えきれず、泣いていた。ぽろぽろ涙を零しながら、和胤の耳元へちいさく囁きかけ、“すまん”と謝った。

 和胤から変わりない愛情を心身に注がれて、惟之はいま、それを受けとめきれなかった。

 ちくりと胸を刺したのは、後ろめたさだった。大城の手に落ちたといっても、確かにあれは、ほんの僅かなできごとだった。唇を奪われたわけでも、からだをすべて暴かれて陵辱されたわけでもない。しかし、いかに抵抗できぬ状況だったとはいえ、和胤以外の男に目をつけられ、あまつさえ襲われかけた。

 それを許してしまったのは、ほかでもない、惟之自身だ。大城はその油断と心の隙を、見逃すことなく突いてきた。じぶんを許せないのだという、惟之の気持ちを和胤はよくわかっている。かれの性格を含めれば、生来からくる自己犠牲も、それに絡んでいるのはまちがいない。だから、余計に始末が悪い。

 どのようなことでも、例え自身が傷ついても、それを外へ向けずに内へ内へ閉じ込めて、心へしまいこむ。美徳でもあるが、悪徳でもある。大城とのことは惟之だけの問題ではなく、また、惟之だけが悪いのではない。

 「それで、謝ってどうにかなるとでも、おもっちょるんですか。そうやって、また勝手にひとりで背負って、飲みこんでええ問題じゃありませんよ、これは」

 わざと、冷たく突き放すように言う。和胤にも、あのとき惟之を護りきれなかった悔しさと、大城に対する怒りがある。確かにそれらは川上へ“預けた”が、完全に拭い去ることなどできない。

 だが、それを理由に惟之に対し、和胤は引け目を覚えて距離を置くような、そんなことをするべきではない。互いの愛が確かならば、途中辛くとも、共に乗り越えてゆくべきなのだ。

 惟之への愛は、微塵も揺らいでいない。いつもと変わらず、否、それ以上に大切にしたいと、和胤は今もそうおもって、その想いを伝えたい一心で惟之を抱いた。

 「う…、そうじゃな。おぬしも苦しいちゅうのに、おれは…また悪い癖が出てしもうた」

 「本当に解っちょるのか、怪しいものですのう」

 低く言って、狼のまなざしで、じっと睨みつける。途端に惟之は狼狽し、膝のうえでちいさくなってかしこまる。

 「そがいに、いつまでも黙っちょるなら、取る手段はひとつしかありませんよ」

 「ひゃ…っ」

 いきなり脇腹を掴まれ、頓狂な声をあげてしまう。さては擽られるのかと、慌ててからだを捻ると、寝台へ押し倒される。仰け反った喉元へかるく噛みつかれ、耳もとでくすくすと悪戯っぽい笑い声がして、そこでやっと、からかわれたことに気づく。

 「ほんに、不器用なんじゃけぇ。そういうところも可愛ええちゅうのは困りますのう」

 「こらァ!」

 いつものやりとりで、惟之のなかにあった鬱屈が塵のように吹き飛んでいった。確かに今日のことで、互いに傷つきはした。ふたりいっしょなら必ず乗り越えられるはずだ。そう信じられる強さを持っている、惟之も和胤もそう思っている。
→【7話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・91―100話 | 22:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第玖拾参話

 新年祝賀会の騒動は、邸宅が広いことも幸いして、当事者以外に知られることはなかった。当の本人はまったく反省の色がなく、川上の追及をのらりくらりとかわす。また、松の内だけにまだまだ訪ねてくる人は多く、腰を据えて大城を叱る暇もない。

 あれから数日が過ぎて、川上はようやく別棟の私室へ、大城を引っぱるようにして連れていった。いまのかれには、普段の温厚実直、徳の篤い人物という顔はなく、ニセのころの、我が侭の限りを尽くした、“ボッケモン”そのものを川上にみせている。ふてぶてしいといった態度で、上座におさまった。

 惟之と和胤には深い絆があるのだと、それには触れてならないと、それでも川上は滔々と説きつづけるが、まったく動じる様子がない。

 「おいの懐いへ来て、ふらふらしちょって、襲ってくれちゆうとるのと同じじゃ。隙を見せちょるほうが悪い」

 「兄さぁ…そいは―」

 「そげん大切ちゆうのじゃったら、そいなりに然るべき手段を講じるべきじゃろ」

 「確かに、杉サンはちっと…無防備じゃったかもしれん。じゃっどん、論点はそこではありもさん」

 「知たん。こいに懲りんじ、栗鼠どんが隙だらけにしちょるようじゃったら、遠慮なく頂くまで。そんように忠告しやんせ」

 それでも、ふたりを庇っている川上の意志を汲んだらしい、一応“最後通告”めいたことを言って寄こす。兄同然の大城からこの剣幕で言われては、さすがの川上もことばを返せなかった。

 早速翌日になって、“ボッケモンの兄さぁ”を宥めきれなかったことを詫びに、川上は杉邸を訪ねたが、その大城とのやりとりをよく聞いてみれば、惟之も和胤も、軽率な振る舞いはあっただけに、耳が痛かった。

 「おはんな、元々可愛がられる性質ちゆうこつ、忘れたらいけもはん。山口クンも、杉サンがどげんお人か…言を俟たんでも解っどが」

 よくよく川上から忠告されて、改めて“索敵機”をうごかしてみると、何も大城からだけでなく大同小異、目を付けられている人物がたしかに思いあたる。それも一人やふたりではない。

 そら、ご覧なさい、と言わんばかりの顔でいる川上と、名を出さぬにしろ、危険人物を指折り数えている惟之とを交互に見比べて、和胤は天井をあおいだ。


 新年の休暇があけて、惟之と和胤は軍務へ立ち戻り、再び参謀本部での勤務に明け暮れる日々が訪れた。

 軍務上は差し支えがあってはならない。公的な部分には一切影響させることはなかったが、私的に警戒すべき事項が増え、しかも根本的に不器用なふたりだけに、平素通り振る舞うことに慣れるまで、いらぬ喧嘩に発展することもよくあった。

 そんな日々に入って、最大の“戦火”があがった。前もって言っておくが、火蓋を切った喧嘩の理由は、大したことではない。

 惟之の思考は公務が中心で、それは以前から承知していることだった。だが、私的な時間―和胤は自分が蔑ろにされているように思えて、嫌味めいたことを言った、そのひと言が発端である。

 和胤も忙しさにも圧されていたから、心に余裕がなく、つい、きついことばになってしまうし、惟之は売りことばに買いことばで、最大の短所である、癇癪玉を炸裂させてしまうしで、収拾がつかぬ有様になってしまった。

 元をただせば、温かな空間を守ろうとしているだけなのに、と、互いに心の隅ではわかっているだけに、始末が悪かった。

 今はちょうど、春に行われる艦観式と閲兵式がかさなり、陸海軍の合同演習を行おうという、多忙な時期にあたっていて、海軍の軍令部長、陸軍の参謀総長は責任者となっている。それをよいことに、あとは次長に任せて、ひと月ばかり先であったが九州の小倉へ、演習責任者ということで惟之は赴任していった。こう言えばきこえはいいが、要するに“家出”をしてきてしまったのだ。

 和胤には言づてどころか、書き置きすらしていない。

 最低限の手荷物だけで、いつかのように風の如く、ふいっとすがたを消した。惟之も惟之で、歳甲斐もなく家出をしたことで、ますます引っ込みがつかなくなった。よくある、犬も喰わぬ喧嘩、であるが、当人には深刻な問題なのだ。

 小倉へ着くまえに、ふた晩ほど名湯とうたわれる温泉につかりに寄り、あいつの顔を見んで済む、清々したわい、などと言いつつ腹立ちまぎれに、派手な芸妓あそびをしてから別府を発った。これには同行した副官も目をまるくしたが、いざ小倉へ着くと、普段と変わらぬ勤勉ぶりで、大演習までの日々をほとんど書類や視察に埋もれて過ごした。

 もういっそ、このまま忘れてしまえたらいいのに、とさえおもいつつ、やはりどこかで和胤がどうしているか、考えていて、また腹が立つ。素直になれず、未だに電話のひとつも掛けていない。向こうからも音沙汰がないということは、怒りがおさまっていないのだろう。


 前触れもなく、大城が惟之を訪ねてきたのは、半月を小倉で過ごしたころだった。もうそろそろ、帝都から先任参謀が赴任してくる時期にさしかかる、多忙の頂点であった。

 大城が陸軍の要職から離れたといっても、大演習には元帥も列席することになっており、ここへ来ることは至極当然であった。二月に勅命がおりて、春になる前に宮中御付武官、いまは元老となった身である。その挨拶まわりに、当然、参謀総長である惟之のもとにも訪ねてくる。

 ふたりきりで大城と対峙したが、かれから向けられるまなざしは、普段と変わらない。型どおりの挨拶を済ませ、よそよそしい空気で隔ててしまっている。もうあのことは、和胤のおかげでかなり癒されているが、それでも大城と顔を合わせると、胸が痛みに疼く。

 「―杉サン、あん日のこつ、おいは謝るつもりはなか」

 辞する間際に、大城は扉の前で振り向いて言った。いつものように、くちの端に笑みを溜めて、ゆったりとした姿勢をくずしていない。まだ諦めていないのか、ちらりと視線で探られて、惟之は背にうそ寒いものを感じるとともに、微かな警戒を抱く。

 卓を挟んだ向こう側で佇んで見送る惟之が、何ともいえぬ複雑な表情をしているのを認め、大城は内心でほくそ笑む。こうして見ていても、そこはかとない“香”を醸しているが、自覚しているのだろう、さすがに以前のような隙はみせていない。

 「そいでは、失礼しますせ」

 たっぷりと、惟之の立ちすがたを眺めわたしてから、大城は出て行った。握りしめた掌に、いやな汗をかいている。人と対峙してこんな気持ちになるのは、生まれて初めてかもしれなかった。胸にわだかまるものを抱えているのが、堪らなく嫌だった。

 起居している官舎へ戻ってからも、不機嫌というより、考えこんで、押し黙ったままでいる。大城が現れたことで、あたまから冷や水を浴びせられたも同然で、いまさらひとつひとつ、考え直すまでもない。誰が居てこその、自分なのか…。

 しかも大したことのない理由で、和胤に対してここまで意地を張ってしまったことを、惟之はいまさらながらに後悔した。
→【9話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・91―100話 | 23:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第玖拾肆話

 少しさかのぼって、惟之が“家出”をした日。

 怒りを覚えるどころか、和胤はこころの灯りが、ふっと消えたような、ひどい悲しみに襲われていた。

 大演習の公務で、参謀総長が小倉へ赴任したことを受けて、第二課の参謀は俄かに職務に追われた。ひとくちに演習といっても、そこに至るまでの段取りは実戦さながらなのだ。

 この忙しさに、悲しみを感じる暇がない点は救われたと言ってもいい。先任参謀に推された和胤は、惟之とのことをおもう間もなく、残り少ない時間のなか、あちこちへ奔走していた。

 いつかの雪中演習での手腕が印象にあったらしく、中佐になったのだし、ここでひとつ大きく出てみろ、という恩田の推薦だった。

 それからほぼひと月。公務に揉まれて、互いに離れてしまっているのは距離だけでは済まされない。内心にそんな感覚さえ生まれた。

 それでも惟之のことなど、もうどうでもよいと思っていたわけではないが、手紙もしたためず、電話のひとつを掛けるわけでもなく、愛想を尽かされても仕方のない状況になっていた。

 そんななか、宮中御付武官として、大城が小倉へ赴任したことを小耳に挟んだとき、惟之の身に何か起きはしないだろうかと、ちらりと嫌な予感がした。

 後日、恩田から小倉行きを命じられるやいなや、和胤は即刻帝都を発った。ちりちりと胸を灼くような不安が消えなかったし、何より惟之に早く会いたかった。

 大城が惟之の近くに居るということだけで、嫌でもあの日のことを思い出してしまう。


 閲兵式と大演習の手はずが整ってくると、それに対して、惟之の仕事も減ってくる。まるでひと月で一年分は働いたかとおもうほどの疲れが押し寄せてくる。

 それと同時に、堪えてきた和胤への、こもごもの想いがいっぺんに噴き出して、どうにも始末にこまった。

 疲れきっている身をおして、ある夜に街へ出ていって、目立たぬ小料理屋へ足を運んだ。官舎に居るのには、もう耐え切れなかった。

 このたびの一連の行事は、言ってみれば一大事だから、何かあったときのためにと、惟之にしては珍しく、副官に居所を告げておいた。

 狢か栗鼠が、棲み処に穴蔵をもとめるのに似た行動を、惟之はひっそりと、ひと息つきたいときに起こす。

 小料理屋の奥まったこの部屋は、心地よい温かさがあって、まさにうってつけだった。店の女将には、きちんと名を告げてあるから、借り切っているも同然というのも手伝っている。

 結局和胤からは、何の連絡も来ていない。あの心配性が、である。今までなかったことだけに、その不安と寂しさは言い表せないものだった。そのくせ萎縮してうごけないじぶん自身を叱咤できず、惟之から連絡を取ろうともしていない。

 気持ちを紛らわせるのに、徳利で五、六本ばかり飲んだ。久しぶりで、しかも度のきつい焼酎だけに、疲れている体にはこたえた。

 「まったく、何をしよるんじゃろ。これが全部夢じゃったらええのにのう…」

 料理をきれいに平らげて、また少しばかり酒を運んでもらったあとは、横になりたくて屏風を隔てて床をのべてもらう。泊まるわけではないが、いま少し、眠りたかった。

 小倉は演習を行うこともあり、街全体が軍御用達といった風で、行儀のよい軍人には寛容だったから、惟之の素性をきいている女将は、遅くともお送りしますから、ゆっくりお休みください、と労ってくれる。

 そのころ、惟之の副官である藤井が街をあちこち歩きまわって、上官の所在を探していた。どうしても裁可を仰がねばならない事項が出てきてしまい、もう先任参謀が赴任してくるだけに、このままではおさまりが悪い。

 街へ行くとはきいていたが、肝心の店がどこに在るのかわからずに困った。あちこちの目ぼしい店へ入って聞いて歩きまわっている。

 夜の街だというのに、飾緒と軍刀を吊ったすがたでいるのは嫌でも目立つ。何軒目かで、律儀なかれを気の毒におもった主人が、心当たりへ電話をかけてくれた。上官本人ではないが、陸軍のお偉いさん方が来ている店を教えてもらい、そこへ行く。

 訪ねた料亭の女将は、藤井の厳しい身形をみて、只事ではないとおもったのか、自ら買って出て、座敷で寛いでいる大御所を呼びに行ってしまった。止める間もなく、通された別室でまごついていると、現れたのは元老の大城と陸軍次官の吉田だった。

 「おお、藤井クンか。いけんしたとな?」

 呼びつけた形になったというのに、ふたりとも意にも介してもいないようで、目許を笑ませている。そろって恐縮している藤井へ気さくに声をかけ、かれの前に居並ぶ。

 こういった事情が斯くありまして、と藤井が何とも困った顔で言うのを、大城はご苦労でした、と頷いて、

 「こげな時間まで、藤井クンが働っこともなか。そん店ならば知っちょるし、ここはおいが預かりもそう」

 参謀総長の副官に就いて、しかもこれだけの行事である。初めてのことばかりで、いささか気張り過ぎているようだった。藤井を任から解放してやる気で、やんわりと背を押してやる。

 よろしくお願いもうします、と深くあたまをさげて、藤井は辞していった。今日は官舎へ戻っても、軍服を脱いで落ち着けるのはまだ先だった。これから駅頭まで先任参謀を迎えに行くのである。
→【10話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・91―100話 | 12:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第玖拾伍話

 相変わらず、惟之は小料理屋の一室でささやかな休息に浸っていた。四半刻ほどねむったあと、起き出してきて、軽く腹に入れられそうな豆いりの卯の花などを頼んで、それを肴にまた飲み直しはじめた。

 程なくして仲居が襖のむこうから声を掛けてくる。大城と吉田が揃って訪ねてきたらしい。別段、誰も通すなとは言っていないから、承諾の旨をつたえる。

 「珍しいこともありますな、杉さんがお一人とは。それに、随分飲まれておるようですが、お体に障りやしませんか」

 大城を上座に据え、その前に並んで座った吉田から、多分に心配そうな目で見つめられる。顔色こそ変わらないものの、いつも明瞭にことばを発する惟之が、すこしばかり舌足らずに話すのを、ふたりは聴き取った。

 例の藤井から預かってきた案件に惟之は目を通して頷き、すぐに署名と花押をしたためた。ひとまずこれで主な所用は済んだ。せっかくだからと、半刻ほど杯を交わそうということになったが、訪ねてきたふたりは、惟之が時折、針鼠のように気配を荒くしているのを感じていた。それはどちらへ向けてのものでないことは、見てすぐにわかった。それに、寂しげであるのにどこか自棄になって快活さを装っているのが、奇妙でもあった。

 「こいは、いけんしたこっじゃろか。何か、あっちゅうとか。そげん、酔っとるちゆうこつ…、どっちにしろ尋常じゃなか」

 言ってみれば、荒れた飲みぶりであった。

 その原因が和胤との喧嘩であるなどとは、ふたりとも夢にもおもわない。しかし療養の前例もあるだけに、これ以上酒をあけさせることは許容しかねた。官邸へ引き上げさせてしまおう、と吉田は大城へ目配せし、利かん坊のように膨れ面をしている惟之を立たせたが、酔いが回って足元がおぼつかぬ有様である。

 「さ、杉サン。帰りもそう、こげん飲みかた見るに堪えん。帰るまでいっとどま、おとなしゅうしやんせ」

 と、宥めるようにあたまを撫でたあと、惟之の腕をとるなり、ひょいと横抱きにしてしまう。抱きあげたとき、身をかたくしたのがわかる。

 「何、襲いやせんよ。今はおはんなからだのほが大事ちゆうこつごわす。おいとて、分別はあっど」

 呵々と笑って、そのまま帰途につく俥まであるいていって、乗せてしまう。官邸近くで降りると、惟之は言うことの利かぬからだを、大城に預けきっていて、情けないやら苛立たしいやらで、すっかり惨めな気持ちになっていた。

 官邸の廊下で、小倉へ赴任してきた先任参謀―和胤を迎えに行っていた藤井が、泥酔の態でいる上官を、あいた口が塞がらぬといった表情で見て、大城に案件のことも重ねて礼を述べると、すぐに和胤を呼びに行った。総長の執務室から出てきて和胤が見たのは、大城に抱きかかえられている惟之であったが、ここまでの経緯をなにも知らぬだけに、内心の狼狽はひどかった。

 惟之は虚ろになりかかった眼を刹那、和胤へ向けただけで、それきり見もしなければ、口も利かない。しがみつくように羽織の襟を掴んでくる惟之を、大城は腕揺籃であやすようにしてやる。

 「おはんら、いつまでんそげんな格好で居らんで、早うからだを休めなされ。おいは乗りかかった船、こんまま杉サンを介抱しもす」

 和胤の刺さるような視線を受け、これは勘違いされても仕方のない状況だけに、大城は苦笑いをうかべ、あとの説明は吉田にまかせて、惟之の私室へ引っ込んだ。

 心中穏やかでない和胤は、ともすれば吉田にさえ敵意のまなざしを向けかねなかった。それを察して、別室に和胤を連れてゆくと、こと細かに惟之のことを語り始めた。

 「何があったか存じませんが、酷く荒れておられましたよ。何か心当たりはないのですか」

 信のおける吉田になら、と和胤は恥を忍んで惟之との諍いを吐露した。それならば大城が去ったあと、即刻和解すべきである、と吉田は仲介まで買って出てくれた。新年の大城邸での出来事は、吉田も当事者のひとりであるし、川上と同じく、惟之らを擁護する側にいるからだ。

 それとなく吉田も惟之の私室へ入ってゆく。それを見届けて待つ間に、先ほど預かった案件へ、目を通しておいた。もし吉田がいなければ、くだらない諍いが元で、惟之との仲は、修繕の効かぬものになっていたかもしれなかった。この喧嘩で八割方、非があるのは和胤である。ひどい慙愧に見舞われながら、やがて呼びに来た吉田のあとについて、惟之の私室へ足を踏み入れた。
→【11話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・91―100話 | 16:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。