大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


web拍手 by FC2

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第陸拾壱話

 仕立て屋には、すこし珍しい椅子があった。小振りの抽斗棚と洋机とが、長椅子を割ったような二脚の椅子のあいだに据え置かれる、という拵えである。

 紅茶と焼菓子がのった机の縁に肘をのせ、のびのびと椅子へからだを預けつつ、向かいに座る和胤へ腕を伸ばして、戯れに互いの指さきを絡めあう。

 ベストの内ポケットへ移しておいた煙草入れから、細巻を一本取り出して咥え、燐寸を擦って火をつける。和胤は煙草を嗜まないから、煙がゆかぬように配慮しつつ横顔を向けた。

 「あ、惟之さん、煙草はまだあまり…喫まれんほうがええかと」

 くつろぎのひとときを台無しにしたくない気持ちが、ありありとうかがえる。遠慮がちに言う和胤へ、くちの端に細巻を咥えて、紫煙をくゆらせつつ、ふっと苦い笑みをうかべる。

 「心配せるな。これをゆっくり喫んだら、今日はもうやらんよ」

 写真屋が来て、ふたりとも椅子におさまったまま、姿勢を正して威儀を保つと、幾枚か撮影をする。
最後に身につけてきた和服一式をきれいにまとめ、着ていた燕尾服の上着と共に、使いに頼んで邸へ送ってもらっうまで、それらすべてを終えるまでに半刻が経った。

 よい写真が撮れました、出来上がるまでお待ちください。と言って写真屋が辞してゆくと、惟之は仕立て屋の主人へ、部屋を貸してくれたことの礼を述べた。そうして、古風なつくりの扉をくぐると、和胤とともに銀座の街路に踏み出した。

 「和胤、ついでに今日一日つきあえ。そろそろ昼になるけぇ、ライスカレーを食おう」

 「あ、あの、それは…」

 「なんじゃ、おれと並んで歩くのは、嫌か」

 腰に手をあてて、顔を見上げられる。幾度か右にくびを傾げて訊くようすに、いつもと違って不安げな色が浮かんでいる。何しろ、和胤の私生活―すなわち完全に軍務から離れている、唯一の定休日―に踏みこんだのは、実はこれが初めてであるからだ。

 「そげなことはありません。てっきり、すぐに自邸へお帰りになられるかと」

 「今日はめずらしいこと続きじゃけぇ、こうしてみようと思うたまでじゃ。たまにはええもんじゃろ」

 どこかほっとしたような笑顔で言って、楽な姿勢になる。いま着ている上着は、礼装と併せて誂えた薄手のフロックコートである。ポケットへ手を突っこんで、くる、と踵を軸にしてからだを半分ばかり回転させた。

 晩春のすこし重たげな、厚みを含んだ陽のひかりが、石畳の街路をあまねく照らしている。その白い街路のうえで、惟之は嬉しさを隠せず、ポケットに手をいれたまま、手をからだの側面でぱたぱたと仰いだ。

 そのすがたが妙におかしくて、和胤は、くっ、と喉の奥で笑いを漏らしてしまった。半ば背を向けながらのしぐさであったから、その笑みについては咎められることはなかった。やがて惟之は目を輝かせて、和胤へ振り向く。

 「あとはおぬしに任せるぞ、銀座なんぞ滅多に来んけぇのう。あちこち、連れていってくれんか」

 これは大任を仰せつかったとばかりに、和胤は銀座の地図をあたまに浮かべた。誂えた洋装のために、こまごました物も揃えねばなるまい。惟之の目にかなうような店を想像してみると、二、三件ぽっと出てくる。

 しかしまずは、とっておきの洋食屋で昼食をとることから、ふたりの時間をはじめることにした。

 自邸以外で食事をすることはほとんどないから、惟之は落ち着かない気分だった。それにくらべて和胤は慣れているようで、口数さえいつもと逆であった。といっても、話していることは、これからゆく場所に関してのことで、小道具を揃えるための店めぐりをするのである。

 「なるほど、若い者はよう知っちょるのう」

 などと、妙に爺くさいことを感心したようにいって、運ばれてきたライスカレーに匙をいれた。

 和食だろうと洋食だろうと、食事のしかたはきれいである。和食はともかく、洋食の作法はいったいどこで身につけたものか。中尉時代に独逸へ留学に行っている和胤は、惟之の所作をみて内心でくびを傾げた。それほど、作法がなっているからだ。

 惟之は軍人になって、将官になってからでさえ、一度も海外へ留学をしたことがない。

 大概の者は早くて尉官、遅くても将官になれば、一度は後学のためにと、欧州や米国へ行かされるのだが、国勢の風雲急を告げるときに忙殺され、ついぞ惟之にはその機会がなかった。

 食事や公の場での行儀のよさは、折り紙つきの惟之であるから、身につけたのは鹿鳴館の夜会であろう、と推察してみる。その夜会からしても、軍務におされてしまい、そう毎回毎回ゆけるものではない。しかし勘のいい惟之ならば、よく観察したうえで、身につけてしまっていそうである。

 こうして、和胤の気に入りである洋食屋でライスカレーに舌鼓をうったあと、食休みにすこし寛いで再び銀座の街をあるいた。あまり物を持ちたがらぬ性分であったが、外国の来賓も招待するような、国事と軍務とに連動する鹿鳴館での夜会とあっては、やむをえない。

 和胤のすすめで店をまわり、杖や釦飾りなどの買い物をしてゆく。気に入ったものがあったようで、惟之は上機嫌である。それをみて和胤は内心で安堵の息をつく。これで大役を果たせたというものだ。

 市電に乗って帰ろう、と言いだし、通りをゆっくりとあるきながら、惟之は感心したように、つくづくと街の景色へ目をやっている。

 明治の黎明期から生きてきたかれにとって、この繁栄はまさに夢の実現であり、守らねばならぬもの、そのものであるように映っていたのである。
→【6話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2
スポンサーサイト

| 変わらぬ青空のしたで・61―70話 | 22:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第陸拾弐話

 もっとも愛する花である藤を楽しむ間もなく、それも散りゆき、気づけば桜の青葉が陽に逞しく照り映えて、初夏をおもわせる南向きの風をうけ、大きく揺れている。

 参謀本部と陸軍省へ舞い戻った惟之は、八方から伸びる手にかわるがわる引っぱり出されて、設置される委員会という委員会に、必ずといっていいほど顔を連ねる事態になった。

 持ち前の面倒見のよさと、機敏さを見込まれてのことだが、そういったものを五つも六つもかかえていながら、鼻で小唄をうたうような顔をしていて、その点だけはいつもと変わらない。

 気が気でないのは和胤で、個人的な感情はともかく、副官としては上官のあまりの多忙さに、あたまを抱えたくなる状況だった。

 しかもこの二、三日ほど、陸軍省へ泊まりこんでいるらしい。惟之の療養が明けたから、和胤もいまは官舎へ戻っており、惟之の傍にはいない。

 くびに縄をつけてでも帰宅させ、からだを休ませるようにさせたかったが、軍務のこととなると、説得しても頑として諾かず、しかも理屈がとおっているだけに、渋々頷かざるを得ない。できるだけ負担を減らそうと、和胤も走りまわってはいるが、惟之はそれ以上で、吹き抜ける疾風のようである。

 そんな日々をこなしながら、窓からそとの景色をみて、一瞬呆気にとられる。桜の青葉がやけに眩しく、まったく時が経つのは、まことに早いものだ。

 執務机に向かっている惟之を、ちらと見る。心なしか、以前より白髪がふえているようにもおもえる。これまでも同年代の将官とくらべて、ずいぶんと白いものがめだつほうだったから、余計に感じるのである。

 もっとも、それに反して本人は至って闊達としているし、相変わらずの悪戯好きであるし、生き生きとしている。惟之の惟之たるゆえんである、少年のような元気とあかるさを遺憾なく発揮している。

 「まァおれもそろそろ、中将になるちゅうはなしじゃから、今のうちにこき使っておこう、ちゅう魂胆なんじゃろ」

 と、磊落に笑って冗談を言い、昼食の休憩時間のいまは、参謀本部の中庭で煙草を燻らせている。和胤が久しぶりに惟之のそばにいて、ふたりで並んで草のうえに腰をおろした。

 ついでに言うと、ふたりともかなり疲れきっている。いつもきっちり喫みきる煙草を、なかばで揉み消してしまい、つまんだ細巻を恨めしげに睨みつける。すきな煙草の味がうまくないなど、相当なものだ。

 「しかし、川上さんのように己の意思で昇進せんのとは、だいぶ毛色が違う。あっちこっちええように担がれて、流されるまま成り行きで昇進しちょるおれなんぞは、同じ将官でも中の下、ちゅうところじゃのう」

 昇進の可能性が高いと尾木からきかされても、惟之はちっとも嬉しくない。名誉もへったくれもないような、半ばお飾りで与えられる官位など、あってもなくても同じである。

 「あァ、もう今日はやめじゃ。まだせることは山積みになっちょるが、さすがにこれ以上無理はでけん。今日は帰るぞ」

 腹立たしさに紛れてか、草のうえへ仰向けにひっくり返って、惟之は隠さずに声をあげた。一度療養の憂き目にあっているだけに、弱音を吐くこともおぼえたらしい。ただし、それはいまのように、和胤とふたりだけでいるときに限られているが。

 「そろそろ鹿鳴館の夜会もあるけぇ、ゆとりを持たせんといかん。特におぬし、初めて招ばれちょるんじゃ。眉間に皺を寄せて、そげな怖い目つきでおったら、お偉方のご令嬢から舞踊の誘いも来んぞ」

 からかい混じりに言われてみて、はじめて己の相好を自覚した。眉間を指さきで揉みほぐしながら、次いで笑みが漏れる。惟之のあかるさには、何度助けられていることか。

 「閣下は逆に…、もうすこし窶れた顔をしてゆかれたほうが、よいかもしれません。放っておけぬものがありますから」

 実際、本人は自覚していないが、それは翳りがあるときの横顔などに垣間見える。無言の訴えとでもいうのか、面と向かって“疲れた”などと言われるより切実なそれは、別に和胤に限らず、庇護意識を嫌でも擽られる。

 「馬鹿、放っておけんのはおぬしだけじゃろ。まったく、油断しちょると何をされるかわからん。じゃけぇ、そうならんうちに、今日は早う帰るんじゃ」

 和胤の切り返しに心の片隅を擽られつつも、やはり疲れがおもてに出ているのか、と、内心で苦くもある。

 すこし前であれば、己の内情など他人に覚らせもしなかった。それも今となっては、和胤は別としているが、やはりこれまでのことを振り返ると、極力、弱いところは見せたくない。半ば意地もあるが、これ以上要らぬ心配をかけさせたくなかった。

 「おぬしも、今日はもう帰れ。おれに付き合ってずいぶん無理をしちょるじゃーないか。ここにきて倒れられても困るぞ」

 「あのくらい、無理のうちにも入りません。閣下こそ、今日はかならず帰宅なさってくださらねば、自分も困ります」

 「帰るちゅうたじゃろ、まったく…。ここまできて、おれを信用せんのか」

 「軍務が絡むと、閣下は私事など弊履のごとく打ちすててしまわれるので、それだけは信用を置くことが至難であります」

 「ふん、同じ轍は踏まん。しかし、そがいに言い切るなら四六時中、気の済むまで見張っちょりゃァええじゃろ」

 「では、明日は定休日ですから、そうさせていただきます。一指でも軍服に触れたら、一歩たりとも外に出させませんので、そのつもりでいてください」

 「勝手にせい」

 惟之のくちから、“泊まりにこい”のひとことが素直に言い出せぬのを汲んで、結局はこんな婉曲な言い回しで、久しぶりにふたりだけの時間を得ることにこぎつける。
→【7話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・61―70話 | 23:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第陸拾参話

 何もからだを求めることだけが、愛情をあらわすのではない、というのは惟之も和胤も同じ考えである。

 とはいっても、和胤はどうにも惟之が愛しくてならず、どんなに軍務に追われていても、閨のなか、和胤の腕のなかでだけみせる、惟之の媚態を三日に一度はおもい返さずにいられない。普段の天邪鬼ぶりが、いったん素直になると、何をとっても愛らしくてたまらないのだ。

 久しぶりに杉邸へ訪れて、居間でくつろいでいるいまも、甘すぎる衝動がこみあげてくる有様である。

 そもそも、激務で疲れきっているから、もう、休日中はこうして惟之のそばに居られるだけでよい、とささやかな幸せを噛みしめていたばかりなのに、やはり若さであろうか。疲労をおぼえていても、その方の元気は旺盛なようだ。

 性欲の捌け口など、すこし遊郭にでもゆけば解消されるかと、惟之とこのような関係になってから、悶々としたときなどは対処していたものだが、この衝動はどうも違うらしい。

 やはり惟之のことをおもうと、いくら堪えても抑えられぬものがある。これはいわゆる、髪のさきから爪さきまで惟之を愛している証拠なのだろう、と勝手にきめてからは、遊郭通いをやめている。

 対して惟之はといえば、和胤と確固たる繋がりを持ててからというもの、それまでと違って淡白に接するようになったのは、惟之の年齢もあるが、その性格だろう。

 やはり自らを戒めることは、国のまもりを第一に考える軍人であるからして、当然である。

 特に和胤との関係は、ふたりだけの固い絆であるから、節度もわきまえずにのぼせ上がってはならない。と、かたく心に言い聞かせている。むしろ信念に近いといえる。

 普段は実直で穏やかな和胤も、私的に接するとなると存外遠慮がなくなり、“腹を空かせたこども”同様で、無邪気に惟之を求めてくるのはよいが、時として歯止めがきかなくなりかけることも、しばしばである。

 場の空気を嗅ぎわけるのは、惟之の得意とするところで、程々のところで和胤を抑えねば、何もかも台無しになりかねない。だから、ふたりきりでこうして自宅に居るときでさえ、その感覚は常に研ぎ澄ませているほどだ。

 しかし、そんな惟之もひとりの人間である。いま、脳裏を横切ったあることに、内心では落ち着かず、不安と寂しさがじわりと滲み出してさえいる。その理由は何かといえば、陸軍省で小耳に挟んだ人事異動のことで、欧州の各国に配属になっている駐在武官の、大幅な配属変えを行うらしいのだ。

 その新任海外駐在武官のなかに、どうやら和胤の名が挙がっているというのだ。和胤は中尉のときに独逸へ参謀候補として留学していて、語学力と知識のたかさは他の同期とくらべて群を抜いていた。

 独逸の水があったのか、留学は予定よりながく許され、当時駐在武官だった某中佐に、あちこち連れて行ってもらい、中佐から副官にと切望されたが、本朝からの命令で帰国したという。

 尉官時代でそこまで見込まれていて、いまは駐在武官に適任の少佐である。小耳に挟んだ程度の人事とはいえ、辞令がくだる可能性は、極めてたかいと思わねばなるまい。軍務ならば、致し方のないことである。だが―。

 「―さん、惟之さん」

 椅子に凭れつつ物思いにふけっていて、和胤が呼んでいるのにも、気がつかぬほどだった。目の前に屈みこまれても目は遠くを見たまま動かず、肩をそっと掴まれて、かるく揺さぶられてから、ようやく顔をあげた。

 「お疲れでしたら、階上ですこし眠られては…?あとで起こしにゆきますけぇ」

 心配という字が顔中に書いてあるような表情で、和胤は惟之をみつめている。そんなかれに対して、どうにも顔を合わせられない。情けないことに、いじいじとしている自分に気づかされる。こういうじぶんが大嫌いなのに、なかなか直せない。苛ついて和胤に八つ当たりをしてしまいそうで、また心にもないことをくちに乗せてしまいそうで、怖くなる。

 「うん…。いや、そがいに疲れちゃァおらん。ただ、ちっと考えごとをしちょっただけじゃ。すまんが、ちと独りきりにしてくれんか」

 「あ、はい…。強引に押しかけるようなまねをして、すみません。おれ、やっぱり帰ります」

 「いや、居ってええ。ここに居ってくれ、すこしの間だけ独りになりたいんじゃ」

 申し訳なさそうに言ってあたまをさげた和胤は、踵を返してしまう。惟之は慌てて、椅子から飛び跳ねるように身をおこして、和胤の背へ声をかけた。ついでに、その背へ手をのばして軍服の裾を指さきで掴んでひきとめる。かるく引いて促すと、振り向いた顔は訝しげであった。

もし、和胤が独逸へゆくことになったら、向こう半年からの任務で、最低でも二年は帰朝できまい。惟之のなかを 温めている甘い時間はもちろん、こうしてそっと触れることも叶わなくなる。

 ―軍務じゃけぇ、仕方なかろうが。何をうじうじしちょるんじゃ、しっかりせえ―

 「そげな顔をして、何かあったのですか」

 「何もありゃせん。ただ…己が情けのうて、呆れちょる。それだけじゃ」

 そう言って、ため息混じりに和胤へ抱きつく。ぎゅっ、とからだに回した腕に力をこめると、その温かさがすぐに伝わってくる。

 ―いくら軍務とはいえ、こればかりは承諾できそうにない。たのむ、おれから和胤を奪わんでくれ―

 「情けないなんて、そんな…。軍務では甚だ頼りになりませんが、おれに話せることなら言ってください。それとも、何か別のことで?」

 「別じゃーないが、こりゃァ別じゃ。おぬしと離れにゃならん事態が起こりそうで、ただその可能性がたかいちゅうことを考えただけで、この有様よ」

 「また藪から棒に、なんですそれは」

 「うん…、人事でちっと小耳に挟んでな。和胤、こげな話はあとでええ。階上へ連れていけ、今日はおれががちまんでけんっちゃ」

 けして杞憂ではないこの事態に、和胤へのおもいがひと息に溢れ出してきて抑制がきかない。いまは、溶けるほどの甘さが欲しかった。
→【8話】 →目次へ戻る 

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・61―70話 | 22:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第陸拾肆話

 惟之から甘えるように求めてくるなど、滅多にない。俎上の魚も同然とばかりに、和胤がこれを貪るかにみえたが、そうはしなかった。というよりも、できなかったというほうが正しい。

 寝台まで運んだはいいが、将官の軍服を暴くのは、気がひけてしまう。身に纏ったままのからだを抱きしめるにとどめ、唇を交わすにとどめ、ひとつめの釦どころか、参謀飾緒すら外そうともしないでいる。

 そのかわり、膝のうえに座らせてやさしく労わり、普段はけして見せぬ、軍務に対する弱音と本音を吐き出させていった。

 真綿でくびを締めるようである、とはこのことだろうか、と惟之はぼんやりとおもいつつ、悩ましくため息を漏らす。そうして和胤のからだに身をもたせかけながら、気怠げに肩と襟もとへ手を伸ばし、吊っている飾緒へゆびを絡めた。

 「まったくおぬしはややこしい、妙なところで真面目じゃのう」

 「そ、それは…やはりできかねますので」

 金色の参謀飾緒を外すと、和胤の掌に手渡しつつ笑みを向ける。和胤をしてまごつかせる、小悪魔のような笑みである。受け取ったそれを寝台脇の机のうえへ置くあいだに、惟之は軍服の上衣を払いすてていた。

 「いまここでおれが、こどもみとーに駄々をこねたことは、おぬしの胸にしまっておいてくれ。軍務について、泣き言をたれるなんぞ、二度とあってはならんけぇのう」

 上衣のしたに着たシャツを、肩まで脱ぎかけたところで手をとめて、含羞みながら言う。

 「おれが、誰かに言うとでも…?」

 その言葉にすこしだけむっとして、たちまち半眼になる。惟之はこの目が苦手で、目を逸らせてしまう。それというのも大抵が、ささやかでも和胤の心を傷つけたことに起因するからで。

 「いや、そげなつもりではないっちゃ。すまん、ただ…異動のときがきたら、おれは躊躇わずに判を捺すじゃろう。普段と変わらずに、ひとつの私情もなく。それでもいま言ったことは本心じゃけぇ、忘れんでくれ」

 「…そういうことでしたか。もちろんですよ」

 すこし困った顔で、黒目がちな瞳に上目をつかわれれば、和胤もようやく目許をやわらげて、惟之が無造作に払い捨てた上衣を手繰り寄せると、きれいに畳んで飾緒と一緒に小机へ置く。

 惟之は甘えかかって、和胤の胸に頬をつける。仔猫のようなしぐさであたまを擦りつけていたが、隙をみて和胤の頬を両手で包むと、唇を奪いながらからだの重みをかけていって、寝具のうえに押し倒してしまう。和胤に馬乗りになって、顔を覗きこんだ。

 「おぬしが手を出さんけぇ、こうしてもええじゃろ?」

 「たまには襲われるのも、ええとおもいますが、やっぱり惟之さんは可愛ええですのう。堪らんちゃ」

 笑いながら惟之を見上げて言うと、脱ぎかけたままのシャツへ手を伸ばして臍のあたりから掴む。軍袴から引っぱり出して捲りあげ、裾から手をつっこんで肌に触れる。

 掌で触れている胸を指さきで擽ると、惟之は俄かに身じろぐ。その動きが触れ合うからだに伝わり、愛しさが増す。ゆっくりと撫でさすると、くすぐったさに耐えかねてか、軽く身震いをする。

 「何しようる、こら、ぁ…っ」

 「あっさりと強襲成功ですのう、無防備すぎますよ。降伏せるなら手を止めても、ええですが。いかがされます、惟之さん?」

 きゅう、と指さきで捕らえた乳首を摘んで弄ぶ。緩急をつけて指のあいだでころがされ、惟之は反射的にからだを竦めるが、降伏などと言われては素直に応じる気など微塵もおきない。

 とにかく元凶である手を引き剥がそうと、シャツのうえから押さえにかかる。しかし既に時遅し、である。羞恥と悔しさで、頬が熱くなっているのは自覚している。

 「なんちゅう言い草しようる、けしからんやつじゃ」

 押さえても、亜麻の布のしたで貪欲に動き続ける、和胤の指づかいに、滴るような甘さを感じる。と、同時に仄かに残酷な気配すら感じてしまう。

 「徹底抗戦ちゅうわけですか。…降伏せんのなら、手加減なしですのう。あんまり惟之さんが可愛ええので、今日まで堪えてきたぶん、じっくり隅々まで襲わせていただくであります」

 これ見よがしに唇を舌で湿し、空腹の狼そのものの眼つきで宣言するなり、“総攻撃”に転じていく。

 「ぅ…あぁっ、こ、この、けだものがァ―」

 惟之の悩ましい悲鳴が部屋中に響きわたった。

 手加減なしだの、隅まで襲うだのというのは、誇張でもなんでもない。和胤は惟之に対する愛情に関してだけは、羞ずかしげもなく口にするし、行為にも示す。

 それにしても、今日はことのほか強い。惟之が懸念して漏らした話を、来るべき別れと確信してのことだろう。

 そんなことは惟之も同じで、今日はじぶんから主導権を握って、和胤を酔わせたかったのに、あっさり逆転されてこの有様である。悔しいにも程がある。

 “まァ、ええ。そのかわり次は覚えちょれよ―”

 と、内心で逆襲を誓ってみせる。
→【9話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・61―70話 | 21:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

  変わらぬ青空のしたで・第陸拾伍話

 春と夏の境目であったあの日で、和胤との甘い時間はぴたりと止まっていた。うっとおしい梅雨のさなかにあって、惟之は陸軍次官として地方の視察にもゆかなければならず、必然、軍務以外で和胤と私的に会うこともなくなってしまった。

 その日程はといえば嵐に揉まれる木の葉同然、休みも碌にないという有様。

 嵐が過ぎ去ったあとには、嘘のように晴れ渡る、“台風一過”が訪れたのはよかったが、そのころにはまるで状況が一変していて、ふたりが別々の道を進みはじめている現状に、気づかされることになった。

 早朝の、まだだれも居ない参謀本部。惟之はすでに出勤していて、第一局長室の机の前にすわっていた。そこには、いつか見たような場面があった。

 和胤が副官として赴任してくる日も、同じようにこの机上に黒い書類挟みがのっていた。ずいぶん前のことのようにおもえて、惟之のくちの端にかすかな笑みがうかぶ。

 いま目の前にあるそれは、開かずともわかる。和胤の異動に関する書類だ。惟之はそれに、然るべきところへ判を捺せばよい。

 ―ついに、来よったか。

 その感慨はあったが、それだけだった。いつものように手を伸ばして、板紙を開いて頁を繰り、抽斗から判を出して捺した。

 書類を作成したのは、川上だった。まちがいなく気を遣ったのだろう、期限いっぱいまで和胤を副官留任のまま居させる積もりで、後任副官の人事はそのなかに含まれていなかった。

 正直にいえば気遣いは嬉しかった。しかし、そんなものは私的なおもいで、軍務に照らせばどうでもよいことだった。とにかく、これで和胤は向こうひと月半、渡独のためにあれこれと支度をせねばならない。不備があってはならないから、とてもではないが何かの片手間にさせるわけにはゆかない。

 きちんと日本から独逸へ送り出すために、惟之は今朝和胤に辞令を持たせて、ここから放り出すときめていた。

 その惟之にしても、恩田が同格の少将となったいま、第一局長の椅子をかれへ渡すときめていた。それに秋を待たずして、中将へ昇進することになっており、智将できこえた惟之を、師団長に推す声が大きいことも知っていた。おそらく、参謀本部を去ることになるだろう。

 それについて寂しい、つらい、などといった感情は湧いてこない。軍務のうえで当然であるからだが、ふしぎなのは、さいごに和胤と触れあってから半月が経っているが、それに対して感情がうごかないことだ。

 無意識に抑圧しすぎて何も感じなくなったか。

 とにかく、それを何の抵抗もなく受け入れてしまっている。否、触れたいのに触れてはならない、本当に大切なものだから、心の檻とでもいう場所へ放りこんでしまっているせいだ。それをとうに認識しているけれども、認めるのが嫌だった。

 万が一でも傷つきたくないがために、逃げ込んでしまっていることにも気づいている。我ながら卑怯なものだ、と惟之は自嘲する。

 豪胆で磊落な部分は惟之の性格の大部分だが、毀れそうなほどの繊細さがその奥に隠れている。心の檻へ追いやってしまったものに、触れようとするときまってこの独白が漏れる。

 ―まぁ、そういうものだ。

 と、いまこの間にも無関心を装って、何でもないような顔をしている。他人どころか、自身でさえ煙にまくことは朝めし前である。

 局長室にも、となりの第一局室にもひとの出入りや、電話の鳴る音がして、始業の時間が刻々と近づいていた。

 「おはようございます」

 と、いつもの挨拶の声を耳にして、やっと顔をあげる。惟之はほうぼうから引っ張り込まれた、例の、“委員会巡り”のための書類作成に没頭していた。装備に関することは特に直接関与する立場に立たされるだけに、責任がおもい。

 「うん。山口、これを持って陸軍省の吉田閣下のところへゆけ。渡独までふた月を切っちょるちゅうに、せることは山ほどある。今日から世話になってこい」

抽斗から板紙に挟まれた書類を取り出すと、もう一度内容を確認してから、和胤へ差し出した。

 「辞令通達―」

 そこで惟之は真面目な顔つきになると、声音を改める。和胤も直立不動の姿勢をとって、次のことばを待つ。

 「ただ今を以って、第一局長付副官の任を解く。これより貴官は監軍部、吉田中将閣下の指示に従うように。…以上だ」

 「謹んでお受け致します」

 両手で書類挟みを受け取り、一礼をよこす和胤へひとつだけ頷き返すと、惟之はとりかかっていた書類へ目を落とした。流れるように、紙面へ鉛筆をはしらせていく音だけがしていて、和胤は何か惟之へひとこと言おうと、扉までさがってそこで足をとめた。

 「閣下、お世話になりました」

 まだ始業ではなかったから、くだけた物言いもできたが、ことばが詰まって、結局はこんな言い方しかできなかった。

 「うん、おれも世話になった」

 顔をあげて言うと、惟之は微笑む。完全に他意のない笑顔をみせていた。ふたりのあいだに刹那どこか空虚なものが流れたように思えて、和胤は僅かに唇を引き締めた。

 ―惟之さん、いま何を考えちょるんですか。

 心のなかでそう問いかけつつ、和胤はじっとその眼をみつめた。周囲の状況に押されて、その渦中に飛び込まねばならない時がきて、和胤も次第に私的な感情を抑えるようになっていた。

 ―おれは惟之さんを愛しちょります。そげな、何もなかったような顔でいても、惟之さんも心では同じおもいでおられるちゅうことを、信じちょります。

 時の流れというのは、良くも悪くも作用する。

 あれだけ切なく心を占めていた惟之の存在が、こうして眼前に立ってみても、僅かに思考を疼かせ、温まる程度におさまっていることに気付く。しかし、胸の奥にある想いの深さは変わりない。和胤は惟之へ端正な挙手の礼を送ると、躊躇いのかけらもみせぬまま部屋を辞した。
→【10話】 →目次へ戻る

web拍手 by FC2

| 変わらぬ青空のしたで・61―70話 | 13:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。