大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  変わらぬ青空のしたで・第肆拾壱話

 それから大して時間が経たないうちに、惟之の言ったとおり、部下の佐官らが部屋を訪ねてきた。

 しかも川上まで一緒にいる。その様子を見る限り、どうやら不穏な事態―というには、大袈裟だが―にならぬよう、間をとりもつ積もりでついてきたようだ。

 友人でもある佐官らは、一様に神妙な顔で和胤へ謝意を示している。皆気のいい連中なのは、少尉のころからの長いつきあいでわかっているから、背中がこそばゆくなる。

 「何も、怒っちょらん。本当じゃ。これでも貴様らの気が済まんのなら、佐々井で牛鍋をたらふく食わせてくれりゃええ。それで帳消しじゃ」

 上官のまえでこのような態度をとるのは、多少気恥ずかしい。立っていって、まず竹内の肩を軽く叩いた。

 和胤はもともと穏やかな性格で、滅多に怒ったりしない。しかしその分、怒ると本当に怖い。友人らは、和胤が袋叩きにされた理由を知って、これではさすがに怒ったにちがいないとおもったのだろう。和胤のこのことばをきいて、ほっとしたのと同時に、やはりまだ済まなさそうな表情を崩していない。

 「よしよし、若い者同士で行ってこい。おれはくたびれたけぇ、ひと足先に帰るとしよう」

 寝転がったままその様子を見守っていた惟之は、ひょっこり起き上がって、いつの間にか身支度を整えている。扉の傍に立っている川上の隣へゆくと、副官を含む佐官らを振り返る。

 「このぶんでは夜まで碌に列車も動かん。明日は休日じゃけぇ、帰りは気にせず、気兼ねなくあそんでこい」

 にやっ、と意味ありげな笑みをつけたすと、川上と目配せして部屋を出てゆく。やはりいくら部下に慕われているといっても、上官がのこのこくっついて行っては、かれらは羽を伸ばせまい。

 最初、和胤が部屋にきたとき、深刻な表情でいたから内心冷や汗をかいていた。それが変にこじれずに済んで、惟之は胸を撫で下ろしている。

 「まったく、あんならときたら。普段はおれを、しょうのない悪戯坊主のように言うちょるくせに、これでは大して変わらんではないか。のう、川上さん」

 「そうですなあ。…じゃっどん、山口クンにはほんのこてすまんこつごわした。近いうちに、おいも詫びに行きもそう」

 眉をさげて、ため息混じりに言う。最初に惟之の拉致を謀ったのはじぶんであると、川上がいくら弁護しても、第一局の若手参謀らは聞き入れなかった。

 つい先日まで副官として手許に置いていた和胤を、川上が可愛がっていたことを知っていたから、庇っているという思い込みがあたまから離れなかったのだ。川上がそれを覆すまえに、和胤は瞬く間に袋叩きにされてしまったという経緯である。

 「うちの連中は、参謀のくせに血の気が多くていけんのう」

 「それだけああたと一緒に、ユッサをしたかったんやっどが、杉サン。お詫びとゆては何やっどん、今夜一緒に食事しんか。ああたの邸に料理人を招んで、作らせもそう」

 「おっ、そりゃァええのう。そんなら、このところ食うちょらんけぇ、洋食を馳走になろうかのう」

 ふたりで廊下を行きすぎつつ、そんな会話を交わして、習志野原の官舎を出る間際、恩田が入口で待っていた。
津田沼まで送ると言う。さすがに、雪のちらつく帰り路を、将官ふたりで歩かせるというわけにはゆかない。加えて惟之はまだ療養中なのだ。

 車に乗ってくださいと言う恩田だったが、惟之ははじめ断っていた。門の脇で他愛もない押し問答をしているうちに寒さが身に染みてくる。ぶるっ、とからだを震わせて、惟之は仔猫のようにちいさなくしゃみを連発した。

 「ほれ、言わんこっちゃーない。風邪でもひいてこじらせたら、新垣軍医長に叱られるちゃ。職務復帰を先延ばしにされてもおれは知らんよ。それが嫌なら諦めておとなしく乗りんさい」

 その様子をみて堪りかねた恩田は、川上がいるにも拘わらず、丁重に接していた態度を普段のものにして、惟之を諭した。

 「噂をすれば、新垣サンが来もしたなァ」

 川上は別段、そんな恩田を咎めるでもなく、入口を振り仰いでのんびりとした声を発した。惟之はまた冗談かとおもったが、医務鞄を提げたひとりの将校がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 新垣も一緒に車へ乗り込み、恩田の慎重な運転によって三人は帰途についた。津田沼駅に着くと、列車が停まっていた。折りよく雪が小降りになってきたところで、発車までそう時間はかからないという。

 車中のひととなるや、あれよあれよと言う間に、惟之は迅速に自宅まで送られ、自室で新垣から濃やかに診察を受けたあとは、袴をつけた和服すがたで、すっかり寛いだかっこうになっている。

 辞そうとする川上や新垣をひきとめ、居間に座って茶をすすっていると、ここを明け方に和胤と出て行ったのがつい先刻のように感じられた。

 「しかし今日は、楽しかったのう」

 ずっと自宅療養で軍務から離れていただけに、今回の演習は督励のみとはいえ、充実したものだった。にこにこしながら言う惟之へ、新垣はやわらかい表情を向けて頷いた。

 「杉閣下、このまま、あとひと月きちんと養生なされば、職務に復帰していただいてもよろしいですよ」

 そう言われて喜色満面でいると、禁酒禁煙と申し渡されていたのも、却って好きなものを続けていたほうが、からだには活力になることもままあるとのことで、これからは少量に抑えれば摂ってよいとも告げられる。

 「今日はあの雪のなかを走りまわったが、よう動けたものじゃ。以前に比べると、どことなく身体が軽い。療養のおかげじゃろうな」

 改めて、健康の大切さを知ったおもいがしたのだろう、酒と煙草をゆるされたとはいえ、ここは少しばかり神妙な顔で言う。ふたりはそれで安心し、今度こそ杉邸を辞していった。
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| 変わらぬ青空のしたで・41―50話 | 00:18 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第肆拾弐話

 一陣の風のように去っていった上官を見送り、若手参謀たちは演習場を離れて佐倉方面へ繰り出していった。件の旨い牛鍋屋は、どちらかといえばかなり佐倉寄りで、雪景色に染まっているなかでも、しっかり店をひらいていた。

 大日本帝國陸軍御用達、などという大層なものではないが、店はやはり軍人に知られていて、ひそかに人気があるようだった。今日の演習をどこからか伝え聞いたらしく、若い将校が十人余りで押しかけても店主に驚いた様子はない。

 和胤を先頭に、座敷へ案内されるとめいめいに寛ぐ。竹内の隣に腰を落ち着けると、座卓についていた参謀らが、何か言いたげにしているのがわかった。

 「何じゃ貴様ら、そげな顔で。どうしたんじゃ」

 「いやァ…、あのな。おれたちは、貴様が羨ましくてならん。というのも、今日のことはそこにあるからさ」

 「羨ましい?」

 「ああ。杉閣下は、貴様を心底頼りにしておられる。以前まで居た副官とは、接し方がまるで違うからな。もともと貴様は、面倒見がいい。おれたちも何度世話になっているかわからん」

 「悔しいが、あの閣下をお世話できるのは、陸軍広しといえどもたぶん貴様だけだろう。おれたちは、貴様よりながく杉閣下のしたで働いているから、これだけは断言できる」

 あの瓢気た、悪戯好きで愛嬌のある上官は、ここにいる参謀たちだけでなく、第一局のだれもが慕っている。作戦に関して天分があるにもかかわらず、天才にありがちな独断的な行為を押し通すようなまねはしないし、部下を育てることに心を砕いている。

 そんな上官に、安心して寄り掛かられている和胤が、羨ましいという。しかもそのことで、何か軍務上有利に計らってもらうなどという、見え透いたものなど一切ないから、尚のことだ。

 「羨ましい、羨ましいと貴様らは言うが、療養の身でおられるちゅうことを、お忘れになったような振る舞いをやっさるけぇのう。お諌めすること日に何度あるか…」

 弱りきった顔で言うが、自身の上官に対する想いというものが、かれらのそれと比べて位置を異としていることを改めて思い知る。

 「そんなぼやきで隠せるとおもったら大間違いだぞ、和胤。毎日定刻になると嬉々として帰るくせに。そういうことでだ、閣下の拠り所が貴様なら仕方がない。おれたちは遠巻きに見守ることにしたのだ」

 「いや、その…それはだな―」

 「こいつ、覚られとらんとおもっとったのか。高をくくられておったとは、おれたちも甘くみられたものだ」

 そう言って、あたまやら胸やらを小突きにかかる友人らを前に、和胤は珍しくたじろいだ。というよりも、羞ずかしさのあまり、ことばが出てこないでいる。

 「貴様だけではない、杉閣下のことは、みんな愛しておるからな。…しっかり頼むぞ、和胤」

 軍務外での惟之とのやりとりを思い返すまでもなく、ただの上官と副官という線を、既に超えていることまで、かれらに言いはしなかった。言いはしなかったが、たぶん、かれらはそれをも察しているとみていい。

 こそばゆい心持ちをどこかに残しつつも、ひさしぶりに牛鍋をつついた。そうしながら、今頃上官は何をしているのだろう、とおもいを巡らせる。
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| 変わらぬ青空のしたで・41―50話 | 00:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第肆拾参話

 ちょうど和胤たちが佐倉の花街へ足を向けた宵の口、東京・市ヶ谷の杉邸では、約束どおり川上が訪れていた。

 料理人が腕によりをかけた洋食に、惟之は川上とそろって舌鼓をうちつつ堪能したあと。食後の珈琲を楽しむ段になって、惟之は漸く口をひらき、本領を発揮した。川上はよくうごく惟之の丸い眼を見つめつつ、聞き手に終始した。その殆どが和胤のことばかりで、ときには含羞みを覗かせつつ、語ってゆく。

 「しっかし、山口クンのことばっかい話しちょいなぁ。うわさどおり、音にきこえた仲ちゆうことじゃいなえ」

 微笑ましいことだ、と言わんばかりの川上のことばに、惟之はさっと頬に熱がのぼるのを感じた。

 「何じゃ、その音にきこえた仲、ちゅうのは」

 「おや、知りんやったか」

 「当たり前じゃ、知るわけなかろうが」

 まったく、しょうのない人だ。と、その反応をみて、川上は内心で呟く。参謀本部内での又聞きのうわさですら、惟之と和胤の親密さはまるで、兄弟のようだと囁かれているというのに、惟之にはそんな話など、耳にもはいっていないのだ。そもそも、惟之が和胤をどこまで想っているのか、考えたこともないにちがいない。

 「おはんの邸へ、山口クンは通い詰めどころか、泊まりこみしとるちゆうこつ聞いておりもす」

 「おれの我が侭を諾いて、そうしちょるんじゃ。今回の療養を含めて一連のことがあってからちゅうもの、山口にはいかい世話になったっちゃ。あいつはおれの血縁でもないちゅうに、我が侭を言ってもいやな顔ひとつせんでなあ…。実は礼をしようにも、どうすればええか悩んじょるのよ。あんたは山口をながく手許に置いておいたんじゃけぇ、何ぞ喜びそうなことは知らんのか」

 何につけてもあけっぴろげな惟之だが、肝心なときに照れきって行動がとれないことは、間々ある。中佐のころ、同時に参謀本部へ配属になったときからのつきあいだけに、川上には惟之の悩みぶりが手に取るようにわかる。

 「そぉですなあ、山口クンは…何か遣ったり貰ったりちゆうようなことで、喜ぶ男ではありもさんなあ。おはんな、何かしてやりたいちおもうことねのじゃいや?」

 それを知っていて、敢えて行動を促すようなことを言ってみる。惟之は真剣な表情のまま、珈琲をちびりと啜り、暫くことばをとぎらせた。

 「…それは、あいつに困っちょることや何かあって、それがおれに何とかしてやれるちゅうなら、すぐに飛んでいってやるが…。そうそうあることじゃーないけぇのう。でなけりゃァ、おれの出来る範囲であいつの願いごとを叶えてやるしか、報いる方法が思いつかん」

 さらりと惟之は言ったが、これはこれでまた凄い発言でもある。いつもの冗談かとおもえば、真剣な表情を崩さないでいる。二言はない男だけに、川上は本気であることを訊き返しはしなかった。

 「左様でごわすか」

 それだけ言って、深く頷くに止めた。これ以上背中を押す必要はない。
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| 変わらぬ青空のしたで・41―50話 | 23:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第肆拾肆話

 川上との会話を、自室でぼんやりしながら思い返す。

 すっかり和胤に寄りかかっていることを、まさか嫌味などで言ったわけではなかろうが、和胤に対して、何かしてやりたいとおもうことはないのか、と川上に訊かれて、とっさに答えられなかったことに、後ろめたさを感じていた。

 「してやりたいこと、か…」

 呟いてみて、思いつくことは幾らかでてくる。しかしそれらはほぼ軍務に関することで、たとえば戦術を学ぶ足しになるような、外国の書物を購入してやるといったようなものでしかない。

 これならば物を遣るといっても嗜好品の類ではなく、実益を兼ねているのだから、受け取らないことはないはずだ。和胤がしてくれたことに比べて、なんと味気ないものかと、ため息をもらす。

 籐の椅子の、肘掛けに頬杖をついていると、細く開いた扉のむこうから、仔犬の吠えるこえがきこえた。珍しく頻りに吠えていて、惟之を呼んででもいるようだ。

 「小太郎のやつ、このくそ寒いちゅうのに何ィしちょるんじゃ…」

 惟之が腰をあげて廊下へ出ると、小太郎は三つ先の扉の前に座っていた。そこは和胤が使っている部屋である。

 「これ、こげなとこに居ったら寒うていかん。おぬし、今夜は山口が帰って来んのが、わかったんか?」

 屈んで抱き上げると、くぅん、と切なげに鳴く。それでいて惟之がそこから動こうとすると、引きとめるように吠えるので、部屋に何かあるのかと取っ手を掴んで扉を開いた。

 あかりをつけると、小ぎれいに片付いた室内が目に入る。いかにも和胤らしいといえる部屋のつかいかたである。小太郎は腕のなかからおりて、寝台のうえに畳んで置いてある綿入りの羽織のなかに潜りこんでしまう。くるりとした尻尾だけがみえて、それがぱたぱたと左右に振られる。

 いくら惟之に慣れているといっても、やはり主人が不在となると、寂しいのだろう。すこしでも主人の匂いがするところに居たいにちがいない。だからといって、こんな寒い場所に仔犬一匹を放っておくわけにはいかない。そこで惟之は自室の暖炉を消しにゆき、今夜は和胤の部屋で過ごすことにした。

 薪をくべなおして、小太郎を羽織ごと暖炉の暖かな場所へ運んでやる。暖炉の前に陣取って本を読んでいると、ふと鼻先に仄かな香りがかすめた。いつもの、和胤の身に漂う白檀のそれである。見ると、書棚のうえに香木らしきものが置かれている。鼻をうごかして、その香りを吸いこむと、安らぐのと同時に、どこか切ないものも湧きあがってくる。

 この療養が終わるまで、あとひと月―。

 体調をくずすこともめっきり少なくなったから、こどもを看病するようにあれこれと手を焼かせて、かれの貴重な勉強の時間を費やさせることもなくなるだろう。その間に、和胤に何をしてやれるだろう。

 「ん…」

 再び本に目を落とすも、眠気がそれとなく全身を包みはじめているのを感じて、すぐに閉じた。自然ともれる欠伸を仕舞いまでしてしまうと、暖炉の前で羽織に挟まったまま寝息をたてている小太郎と、寝台とに目をやる。

 どうせ今夜は帰ってこないのだから、和胤の部屋でねむっても構わないだろう。寝台に潜りこむと、胸元に小太郎を抱くようなかっこうで横向きに寝相をとる。ふとんを肩まで掛けると、やはり白檀の香りに包まれる。

 「…和胤…」

 そっと密やかに、小声で初めてその名を呟いた。和胤がひと晩居ないだけだというのに、寂しいのは惟之も小太郎と同じだった。しかし、小太郎がいなければ、この寝台でねむることはおろか、部屋に入ることすらしなかっただろう。

 いまこうしてふとんにくるまっていると、和胤に抱きしめられているようにおもえて、ほっとしているじぶんがいる。

 療養が済んでも、そしてこの先、異動になって惟之の副官の任から外れたとしても、和胤には傍にずっと居てほしい。軍人として前途ある有為の青年であることは、惟之も認めている。しかしそれを抜いて、軍人としての立場でなく、ひとりの人間として傍に居てほしかった。

 いつも切なく胸を圧す気持ちの正体が、果たして和胤が惟之をどうおもっているのか、という不安からであるというのを、眠気に霞む意識のなかにあって、はっきり認識した。
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| 変わらぬ青空のしたで・41―50話 | 19:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第肆拾伍話

 夜半まえに雪はやみ、しんと沈んだ夜の中にあって、寒さだけがその重さを増す。花街はこのような天候のなかでも、その輝きをうしなっておらず、むしろ雪のむこうに霞む、花魁たちの艶めかしさは一層引き立つようであった。

 恰も彼女らは漁火の如くそこに居り、その灯りを求めて、男たちは吸い寄せられる。和胤もご多分に漏れず、格子越しにいくらかことばを交わした花魁の、その表情や仕草に惹かれて、小綺麗な庵へ入っていった。

 しかし庵に入っても、すぐに奥の間の、枕を並べた絹地の寝具のうえへはゆかず、座敷で小料理と温かな酒を花魁と楽しみ、もっぱら彼女の話に耳を傾けた。なかなかに機知に富む、それでいて控えめな話しぶりは、男心を擽ってはなさない。

 やがて花魁を膝のうえに抱き、すこし長く唇を交わすと、それだけで若い和胤の血は騒いだ。

 このふた月、惟之のために私事を棚上げにしてきたが、折りをみて吉原へ通うことはできた。しかし、花街や花柳界へ出られずにいる上官を差し置いて、それはできなかった。

 惟之はそういった和胤の心境を知っていて、送り出したにちがいない。その配慮に甘えて、朝方までここで一夜を明かそうと考えていた。艶めいた絹につつまれて、閨房の秘めごとを味わい尽くした。そうして、女のやわらかな肌身を抱きしめていたとき。

 「おい、和胤。無粋だが失礼するぞ」

 座敷の更にそと、庵の入口だろう。聞き慣れた竹内の声がきこえて、身を起こした。声の調子が軍務に就いているときのそれと、大してかわりない。素早く軍服に袖をとおして着替えると、襖を開けて対峙する。

 「どうした、何かあったのか」

 「帰るぞ」

 「何じゃ、藪から棒に」

 この雪の中を運行した影響か、架線の調整で明日は始発から列車を動かさぬというはなしが、どこからか飛び込んできたというのだ。平日ならいざ知らず、明日は休日であるから、あながちあり得ぬはなしでもない。今夜半すぎに出る列車があり、それに乗り遅れたら明日は丸一日あるいて帝都へ帰る羽目になる。

 「む…。そういうことなら、帰らんわけにはいかんのう」

 唸るようにしてことばを絞り出すと、もと居た奥の間へちょっと引っ込み、花魁に非礼と別れを告げた。今後も演習で佐倉へは来るから、そのときにきっと埋め合わせをする。そう生真面目に言うと、事態が事態だけに、花魁も笑って見送ってくれる。

 庵をあとにすると、一緒に来ていた佐官らも、そちこちから出てきて集まってくる。結局全員が帰途についた。


 「まったく貴様は真面目すぎる。いや、いつまで経っても初心が抜けんのう。あの花魁、眼をまるくしちょったぞ」

 確かに、彼女は約束など期待していないだろう。それでも和胤には、一夜の情がほんの淡くではあるが、どこかに残る。その気持ちを言わずにおれないのだ。

 「ええんじゃ」

 道すがら、竹内にからかわれると、和胤は少年のように照れくさい顔をして、ひとことだけ言った。


 夜半すぎに佐倉を出て、新宿に着いたころには深更になっていた。もともと借りている陸軍士官の宿舎へ帰ろうか暫く悩んだが、身の回りのものを殆ど杉邸へ持ち込んでしまっているから、そっと忍んでそちらへ帰ることにした。

 かなり西に傾いている月と雪あかりのおかげで、さほど物音をたてずに杉邸の玄関をくぐる。ほっとしつつ、足音を忍ばせて階段をあがり、首をかしげた。階上の廊下に明かりが漏れている。しかも見れば和胤の部屋からである。扉がほそく開いていて、そっと中を窺う。

 惟之は和胤の寝台でねむっていた。それも小太郎といっしょにである。

 寝台のそばに置かれた小机のうえに、白硝子の間接照明があり、それがともったままになっている。炭火の薪が暖炉のなかで消えかかって、燻っており、これではとても朝まで火種がもちそうにない。

 特に明け方は雪のあとだけに猛烈な寒さになるから、薪をとってうまく炭火をつかって、火を熾しなおした。
暫し暖炉のまえに屈みこんで、再び踊る火を見つめた。薪がぱちりと爆ぜ、はっ、と顔をあげる。

 漂っていた意識が引き戻され、寝台を振り返ってからあたまを掻いた。まさか、惟之が寝台を占拠しているとは夢にもおもわなかったから、寝場所もないまま、和胤は着替えもせずに、絨毯のうえへ座りこんだ。

 起こして自室に連れてゆくこともできたが、ふとんから覗く惟之と小太郎の寝顔があまりにも無垢で、そんな気にもなれなかった。微笑ましさに笑みを誘われ、自然とくちの端があがる。

 「ぅん…、和…胤」

 仰向けに寝返りをうって、惟之のくちから漏れた寝言をきいて、我が耳をうたがった。

 軍務外で私的に接していても、けして名で呼ばれることはなかったから、聞き間違いかと苦笑いを漏らしつつ立ち上がって、寝台の枕もとを覗きこんだ。惟之はじつに幸せそうな寝顔で、ふとんの縁を両手で掴むと、顔の半ばまでひきあげてうずめる。

 和胤は覗きこんだ姿勢をそのままに固まる。

 何か見てはならぬものをみてしまったような気持ちになり、ついでながら顔が一気に耳まで熱くなる。惟之に少なからず憎からぬ感情を抱いているだけに、気持ちの対処に困った。

 もともと和胤に男色の趣味はない。惟之にはそういった感情などでなく、純粋な尊敬と愛情の念を抱いているつもりでいたが、正直にいえば、時折どうしようもなく擽られる庇護意識が高じて、妙な感情になることもあった。

 いままさにそのような感情に、足を突っ込んでしまっている。劣情も甚だしいと、熱くなった頬を両手でぴしゃりと叩き、かぶりを振って打ち消しにかかる。惟之との間柄を、こんなことでぶち壊しにしたくなかった。

 このまま部屋を辞してしまおうかとおもったが、暖炉には煌々とした炎を継いでしまっているし、それを消すわけにもゆかないので、暖炉からすこし離れたところへ椅子を一脚ひっぱってきて、惟之に背をむけて腰を落ち着ける。

 足を踏ん張り、腕を組み、ついでに軍帽の庇を思い切りひきさげて視界をかくしてしまう。思考を無我の境地へもってゆくといったら大袈裟だが、ともかくも心中のながい戦いは続いた。それは演習において参謀長の任にあたるより、ある意味では和胤を大いに苦悩させていた。
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