大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  変わらぬ青空のしたで・第弐拾壱話

 この件が収まってほっとしたころに、もう一度振り返って冷静に考えたのち、どうしても胆の虫が治まらないのであれば、惟之をふん捕まえて百叩きでも、何でもすればよいと、川上はおもっている。大枠で見て言えば、今回の惟之の行動は軍規に違反していないし、そもそも、かれの働きはひとりで幾人分の参謀を凌ぐかわからない。

 温厚な川上が、顔を曇らせて苦言を呈せば、恩田と和胤の立つ瀬がない。それを恐れた惟之は長椅子のうえでじっと川上を見上げ、無言で訴える。

 「じゃっどん…、まあ、過ぎてしもたことはよか。ああたは、いま少しばかり眠ってくいやい」

 僅かに不満そうな色を眉間に残していたが、川上は惟之の訴えを酌んでくれた。それでも川上の気持ちがふたりに伝わったらしい。すこし肩をおとしつつ、恩田と和胤が連れ立って部屋をでてゆく。それを見送った川上は立ち上がり、壁際の衣装箪笥から毛布を取り出してくる。それで、長椅子のうえの栗鼠を、暖かいようにくるんでやる。

 「ごねんのいりました」

 それで安心したのか、深く息を吐くと、惟之は少し掠れた声で、郷里ことばを発した。薩摩人に長州人のことばが通じるか、そんなことは意識せず、自然と出てしまったにちがいない。

 芯からの謝意を告げられ、川上は惟之の丸いあたまをそっと撫でて、いつもの執務机へ戻る。微かに、長椅子から寝息がきこえて、それだけだ。何も騒がしい音は入って来ない、いつもの平穏な部屋にもどった。


 暫く経ち、料理の包みをかかえた恩田と和胤が戻ってきた。シチューの小鍋まで持参している。川上のはからいで、少しばかり無理を言って、惟之のために別にこしらえてもらったものばかりであった。

 部屋のなかに、洋食の旨そうな匂いが漂う。長椅子でねむる惟之は起きる気配もなく、身じろぎひとつしないで、深い寝息をたてている。

 「起きてたもんせ、杉サン。腹がへってはユッサができもさん」

 ふたりが食器を揃え、盛り付けているあいだに、川上は長椅子のうえへかがみこんで、毛布に包まれた惟之の肩を掴んで揺すった。

 うう、と呻いて顔を背けるが、起きる気配がない。軍服の襟から覗く首すじに、血管が浮いている。そこから辿って耳の後ろ、それからこめかみにも。疲労が溜まっているのがわかる。

 「杉サン、起きやんせ」

 気の毒だとおもったが、川上はそれでも惟之を起こしにかかった。

 「なんじゃァ…、もちっと寝かせぇやー」

 毛布に顔を埋め、やっとくぐもった声をあげる。それもかなり眠たげで、常時と違って快活さの微塵もない。恩田にしこたま尻を叩かれて、溜まっていた疲労も一緒に表へ叩き出されたかのようだった。そのうえ、大儀そうに起こした上体がゆらゆら揺れている。さすがにこれはだめだと、三人で目くばせし合う。

 惟之に支度されたものはどれも、胃に負担をかけないよう念入りに調理されている。食事中は毛布を傍らに置き、食べ終わるまで行儀の良さは崩れない。

 「ああたは、階上へ行ってぐっすり眠ることです。総長のところへは、ワタシと恩田サンと山口クンとで、ゆきます」

 食事が済んだところで、執務机の向こうから、有無を言わさぬ声が飛んでくる。俄かに惟之の目の色が明瞭になった。目つきが鋭くなり、眠気が掻き消える。

 「待て待て、爺さん。その一札にはおれの署名もある。行くに決まっちょろうが」

 しかしそれでも川上は頑として首をたてにふらない。惟之は長椅子のうえで胡坐をかくと忽ち膨れた。またここで利かん坊になられても困る、と、恩田と和胤がすかさず目の前に立ち塞がる。

 「閣下…、お願いですから」

 「万が一こじれた場合、閣下に動いていただかねばならんと、川上閣下から伺ってます。ここは体を休めてください」

 口調こそ諭すようで、敬語を用いているが、ふたりとも目は脅迫寸前の真剣さである。チョッ、チョッ、と上目遣いで、惟之は交互にふたりを見遣る。くちを尖らせたままでいるが、これ以上の虚勢を張る元気はない。

 「おっかないのう…。わかっちょる、わかっちょる。階上でおとなしく寝ちょるけぇ」

 両手をあげて降参の意を示すと、長椅子から腰をあげるより早く、和胤の腕が伸びて惟之を抱き上げる。

 「お座りになられている間、あんなにふらふらなさっていては、到底階上まで歩かせられません。今度は手荒いことはしませんから」

 部下のことばに照れ切って、鼻のあたまを指さきで擦り、手を伸ばすと素早く毛布を掬い上げ、頭からかぶってしまう。見えないのを幸いに、すっかり体をあずけ、和胤の肩先にあたまを載せてしまう。川上の部屋を出る前に、既に和胤の腕揺り篭のなかで、ぷつんと糸が切れたように、惟之は眠りに落ちる。
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| 変わらぬ青空のしたで・21―30話 | 19:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第弐拾弐話

 「どうも、眠ってしまわれたようであります」

 恩田がすこしばかり笑んだ顔を困らせて、和胤の横からそっと手を伸ばした。惟之があたまから被った毛布を摘むと少しずらせて、顔を半ばまで覗かせる。

 「おぬしが、誰を抱えているのかわからんと、訊かれたときに面倒だろう」

 「それもそうでありますね。では、お部屋に…」

 恩田と川上とに軽くあたまをさげ、昼時で人影のすくないなか、和胤は上官を抱きかかえながら、目的の部屋へ向かう。そして、途中で幾人かとすれ違うが、恩田の指摘した通り、和胤が抱えている人物が惟之とわかると、却って労わることばをかけてくれさえする。

 部屋に上官を運び、上衣を脱がせて楽な姿勢で寝台に横たえさせた。上衣はきちんと壁に吊り、毛布を取り去ったかわりに、ふとんで包む。何か手落ちがないか、部屋を見渡してから、静かに辞した。

 参謀総長の部屋へ向かいながら、思い返してみれば、今日は大事な事案があるというのに、妙な半日を過ごしてしまったものだな、と和胤は手で口許を隠しつつ苦笑いを漏らす。つい一昨日、杉惟之少将の副官として赴任したばかりなのに、この密度の濃さはどうだろう。

 それに、噂ほど当てにならないというのを、改めて感じた。上官は“陸軍の火薬庫”などという、物騒な人物には見えない。むしろ茶目で愛嬌があり、それでいてどこか妙な人徳を醸し出している。

 おそらく本人は意識していない。だからこそ周囲は、様々な形で擁護や庇護をしてくれるのだろう。そういったものが、個室に上がるまでにすれ違った人々の反応を見て、感じることができた。


 総長の部屋に三人揃って出向き、川上から参謀総長へ一札が手渡される。総長の大城は川上と同じ薩摩人で、かれもいわゆる、“ウドサァ”であった。

 時おりふたりの会話には郷里ことばが混じって、長州人の恩田と和胤には、意味がなんだがわからないこともあった。それでも、かなり突っ込んだ話をしているというのだけは、察した。

 部屋を退いて帰り際、川上はもう、錐のように鋭い面差しではなく、いつもの茫洋とした雰囲気を纏っていた。

 昼行灯と揶揄されているかれの、直接の部下だったこともなく、あまり接点もなかった恩田だったが、今日の上官の一件と相まって、すっかり敬服してしまった。


 ―翌朝。

 参謀本部第一局室長の執務室に、杉惟之の姿はなかった。未だに四階、個室の寝台のうえである。

 「おれァ、いつまでここで引っくり返っちょればええんじゃ。朝っぱら副官だけでなしに、恩田まで押しかけよって。また逃げると踏んで、監視か?」

 ふとんの中から恨めしげに言う声にも張りがなく、顔色も優れない。昨日の会合のあと、川上の提案で軍医長の診察を受け、心身の酷使と過度の酒とで、血液や脳にも負担がかかっていると告げられた。

 「おれが医者嫌いなのを知っちょるくせに、呼んできおって。血は抜かれるわ、注射はされるわ。弱り目に祟り目じゃ。まったく情けない」

 「情けないとおもうなら、しっかり休んで養生なさってください」

 「このひと月、まともに睡眠もとっておられない。そのうえ本部で起居すること半月以上。それで陸軍省との問題を、参謀本部の誰にも相談しないで片をつけたわけですか」

 びしっと言ったのは副官で、恩田はその副官のことばに相槌をうつと、惟之以上の恨めしげな顔で、ふてくされたように言う。

 「しかたなかろう。おれァ陸軍次官でもある。ややこしい立場に立たされちょるんじゃけぇ、そこに転がってくる面倒ごとを、他の連中には投げられんよ」

 これには顔を見合わせて、さすがに二人とも黙るしかなかった。だが上官の、責任感と使命感の強さをこうも目の当たりにしてしまっては、ますますこの部屋から出すわけにはいかない。

 実は昨日出した案件が、議会でにべもなく拒否されてしまったのだ。それを告げれば上官は血相を変え、火の玉のような勢いで飛び出してゆくだろう。そんな状況になってしまった今、軍医長からの“暫くは安静に”という診断結果は、副官たちにとって天佑と言ってもいい。
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| 変わらぬ青空のしたで・21―30話 | 14:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第弐拾参話

 惟之は丸い眼をまっすぐ副官へ向け、ふとんから指先を覗かせて、手招きする。枕もとへかれが歩み寄って来るのを待つ。

 「山口、もちっと寄れ」

 身を屈めた副官へ手を伸ばし、瞬間、その頬を思い切り抓り上げるなり、ぱっと手を離すとふとんに引っ込め、くるりと背を向ける。

 「…薬を飲んで眠くなったけぇ、おれァねむる」

 抓り上げられた頬をさすりながら、呆然とその背を見ていると、恩田に肩を叩かれ、もと居た場所まで引き戻される。椅子に腰掛け、持ち込んだ書類が載った机のうえに身を乗り出す。

 「二足のわらじを履きこなして、片や次官は女房で。向こうで亭主には苦労させられているんだから、やさしくしろと。そういう意味だ」

 そっと耳打ちされ、和胤は後ろあたまを掻いた。

 軍医から、暫く安静に、などと言われるまで働き詰めておきながら、上官は素知らぬ顔でいる。その上、ちっとも自身を顧みない。周囲の心配など、意にも介していないように見えて、つい、きつい言葉も出ようというものだ。

 「惟之は…、ああいう生き方しかできん。せめておぬしが傍に居る間は、面倒をみてやってくれ」

 なに、半分以上、こどもだと思えば可愛く思えてくる。と囁いて、にやりとしてみせる。それから、恩田は寝台に近づいていって、覗きこむ。

 「ようねむっちょる。…山口、戻るか」

 上官のことだから、たぶん三日も寝転がっていられないだろう。何とかその間に、議会で通らなかった満州の防備問題を解決したいところだ。

 局長の惟之が倒れたとあって、自然そのあとの指揮は恩田が執る。和胤も惟之の副官だから、お鉢は多少まわってくる。兎にも角にも総員、躍起になって走りまわるしかない。


 ―しかし、その三日が経っても問題は解決せず、第一局の面々はあたまをかかえた。そして案の上、かれらの上司、杉惟之閣下は三日を過ぎると寝台から起き出してしまい、落ち着かない―というよりは、甚だ退屈しきった様子で個室をウロウロし始めた。

 「これではええ加減、軟禁されちょるのと変わらんっちゃ。もう執務に就いてもええじゃろ、なっ」

 と、既に昨日から軍医長が訪れるそのつど、目を耀かせて、ちいさく首を右へ何度も傾げつつ、訊いているという有様である。そこでかれが“では、多少なら…”などとうっかり零してしまえば、あとはもう手に負えなくなる。昼の診察に訪れる軍医長を部屋の前で待ち、くれぐれもそれだけはしないでくれ、と恩田は頼みこみ、念を押して別れた。

 「なあ、新垣。この三日間一歩もそとへ出ちょらんが、参謀本部はいつもと変わりないか?」

 惟之にしてみれば、軍医長が何かおもしろい話でも拾ってきていないか、退屈まぎれに、何の気なしに訊いたことだった。

 何しろ恩田たちがあの満州の件を、ひとことも惟之へ報告していないだけに、まさか議会に通っていないとは毛ほどもおもっていない。というのも、あれは誰がみても―大げさに言えば、一般市民でも―火急的速やかに対処すべき問題なのは明白であって、いかに石頭揃いの議員連中でも、通すはずだと、そう信じていた。しかし…。

 「呉越同舟と言うんでしょう。満州防備のことで珍しく陸軍省と参謀本部が肩を並べて、議会と睨み合っているようであります。杉閣下がいなくなると、こうも計ったように問題が起こるものですかね」

 困っていいのか笑っていいのか、軍医長はそんな話をくちに乗せた。確かに陸軍省と参謀本部の仲がいい、というのは珍現象ではある。惟之はそれを聞いてニヤニヤしてしまう。

 「ははーあ、あの件か。いざ通したはいいが、今度は予算で揉めちょるんじゃな」

 「それが…。第一局にいる同期の話ですと、案件自体がまだ通過していないと、聞いておりますが」

 軍医長のそのひと言に、惟之の笑顔がそのまま貼り付く。椅子のうえで寛ぐ姿勢も変わらないが、早くも全身が殺気立っている。

 「何、そりゃ本当か?」

 「ええ、恩田大佐に近しい竹下中佐の話ですから、間違いではないか、と…」

 答えながら我知らず、冷や汗が額から吹き出てくる。軍医長は向かい合って座っている椅子から、腰を浮かしたいのはやまやまであったが、診察だけは、と最後まで済ませる。

 「どうじゃ、新垣」

 カルテに記入していく軍医長の手許を見つつ、惟之は訊いた。口調は談笑していたときと変わらない。対して軍医長は、すぐには答えられずにいた。

 完全に良好、とは言いかねる状態であるのだが、いまの殺気立った上官をまえにして、軍医長にくびを横に振る勇気はないし、それどころか、恩田から“くれぐれもそれだけは”と、頼み込まれているなどとは口が裂けてもいえない。

 「ええ、まだ完全に良いとは言えませんが…。今日から半日ほどでしたら、執務に復帰していただいても―」

 「よし、よう言った。恩に着るぞ」

 最後まで聞かずに、惟之は椅子からパッと立ち上がり、いつもの、栗鼠のように機敏な身ごなしであっという間に部屋から姿を消した。

 残された軍医長は、深くため息を吐くと、きつく瞼を閉じて眉間の間を指で揉んだ。まさか自分がきっかけで導火線に火が点くとは、夢にもおもっていなかった。
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| 変わらぬ青空のしたで・21―30話 | 22:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第弐拾肆話

 程よく暖房が効いていた個室から飛び出すと、廊下で途端に寒さに襲われる。

 病み上がりの身に外套なしでは、さすがにつらい。階段を軽快におりて、階下へ降りると局長室へ取りにゆく。部屋には誰もいない。洋服箪笥から外套を引っ張り出して袖をとおし、帽子掛けから軍帽をとると珍しくきちんと被る。

 『杉閣下…!』

 最低でも五、六人の声が、惟之の名を呼んだ。振り返って見れば、開きっ放しにしておいた扉の向こうで、部下の将校らが鈴なりになってこちらを見ている。

 「もう、お起きになられても―」

 「君たち。この三日…よう踏ん張ってくれたのう。あとはおれに任せてくれんか、なっ」

 さり気なくことばを遮り、つかつかと彼らの前へ歩み寄ると、にっこりと微笑みかけ、右へくびを傾げる。童顔際立つ惟之の笑顔であったが、部下たちは気圧されて一斉に後退り、道をあけた。

 「では、議会へ行ってくるぞ」

 愛嬌のある、丈のちいさい上官が、この時ばかりは違って見えた。後姿を見送りながら、誰かがひと言呟く。

 「龍に噛みつかれるかと思った…」

 惟之の怒りは、自身と議会の連中に向いていた。体調を崩したとはいえ、のうのうと寝転がっていた自身の能天気さには、殊に腹が立っていた。第一局の連中は夜を徹して、この問題を解決せんと躍起になっていただろう。愛すべき部下たちの筆頭、恩田と副官の顔が涙の滲んだ目に浮かぶ。

 「あんならァ…、馬鹿者ばっかりじゃ」

 いつものように歩いてゆく時間もおしい。一刻も早く乗り込みたいが、間の悪いことに、所用で車の類はすべて出払っている。門前で逡巡していると、本部の横手から馬の嘶きがきこえた。

 「おい、騎兵将校か伝令使が来ちょるのか?」

 衛兵の詰所へ顔を出して訊くとすかさず、騎兵科の松沢少将がいらっしゃっております、と答えが返ってくる。帳簿を見れば、どうやら川上少将を訪問しているらしく、電話の受話器を引っ掴むと呼び出した。

 「川上さん、松沢さん来ちょるかな。ちとこれから急ぎで出かけるけぇ、馬ァ拝借さしてもらうちゅうといてくれませんかのう」

 「もう体はよろしいのですか、杉サン」

 「あァ、何てことはありません。あとで直にお礼に伺いますけぇ、待っちょって下さい」

 話を終えると、すたすたと厩舎へ歩いてゆき、ひとの手も借りずにさっさと馬を牽いてくる。馬はすらりとした栗毛で、よく目立つ。惟之は短躯の身を立てずに、前へ屈めて手綱を取ると馬と一体になって、あとも見ずに駆け出していった。その姿を、本部から飛び出してきた恩田と和胤とが、見送った。

 「こうなったら、閣下にまかせるしかない。しばらくしたらお迎えにゆこう」

 議会に乗り込んだ惟之は、猛然たる大風のごとく、議員諸氏を叱り飛ばした。彼らの言い分をきけば、国防は軍人が専ら担うべきであり、国会や議員には一切関与する必要はない。予算は次の半期まで苦しいから出せない、という。

 「貴公らは、敵艦隊が東京湾まで乗り込んで、尚且つ三十三糎の砲弾が頭上で炸裂せんと、この危機がわからんようですな」

 これには惟之も呆れ果てて、再度あたまから、懇々と説いた。国家がなくなれば政治も議会もない、国防は軍人のみが成し得るものではない、と言っているところへ、参謀総長の大城と、陸軍大臣の尾木と、海軍大臣の小峯とが、揃って顔を出した。

 当然ながら、両者とも議会の弱腰に腹をたてていた。杉くん、大いに言ってやりなさい。などと尾木が珍しく援護してくれる。

 「いやぁ、杉くん。過労で安静にしておると聞いていたが、川上くんから電話が掛かってきて驚いたよ」

 「これだけ頭数を揃えて睨んでやっと効くとは、議会も相当ですな」

 気味が悪いほど上機嫌で言って、尾木は惟之の肩を何度も労わるように叩きさえする。海軍大臣の小峯もほっとした表情を隠さないでいる。あの後、三時間に及ぶ議論を交わし、元老議員を筆頭にして、議会に約束を取り付けられたのだから、無理もない。

 「杉閣下…!」

 お歴々に囲まれて歩いていると、議事堂の長い廊下に明瞭な声が響いた。廊下は広くて長いから、聞こえてきたのが前からか後ろからかわからない。だが、声の主が誰かはわかる。

 先ほど議会で見せた、堂々とした振る舞いはどこへやら。その声を聞くと俄かに首を縮めて、きょろきょろと辺りを見回す。まるで悪戯を見咎められたこどものようである。

 「松沢さんに馬を拝借しちょりますけぇ、お先に失礼します」

 これもまた珍しく、お歴々のまえで挙手の礼を素早く正確にとると、廊下を小走りで駆けてゆく。その何ともいえぬ軽妙な後姿を、尾木たちは微笑ましく見守る。

 灯りを落としたものにしている議事堂の、暗さに慣れた目には、開いた出口の扉から射してくる外の白光が目に眩しい。駆け足を緩めて、軍帽の庇を少し下げる。

 「はい、大役…ご苦労様でした、閣下」

 「お…、ぉ…?」

 馬の鞍のうえに脱いで放ってきた外套を、肩から掛けられる。庇の陰から恐る恐る見上げると、他の誰でもない、副官だった。

 「アー、あのなぁ…。これには訳があって…」

 病み上がりの身を気遣って、副官は何も言わずに惟之を抱き上げる。嫌でも三日前を思い出し、からだを縮めて腕に収まる。

 「それは、帰ってからお話しましょう。みんなでお帰りを待っていますから」

 惟之はそれを聞き、途中で思わず耳を両手で覆った。和胤は何か勘違いをしている様子の上官を、目を丸くして見つめた。ふたりで、馬の背に揺られて参謀本部まで戻る。第一局の部屋に入っても、惟之は借りてきた猫のようにおとなしくしていた。
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| 変わらぬ青空のしたで・21―30話 | 16:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第弐拾伍話

 おそらく、二日は徹夜しているだろう。居並ぶ部下たちはその名残で、目がやたらと鋭くなっている。その目つきで以って、こぞって惟之を見つめているのだから、堪らない。針のむしろもいいところで、椅子の上で茶をすする。

 「戻ってこられもしたか。議会が納得してくれたそうですな、杉サン。病み上がりに無理はいけませんよ」

 川上と松沢が部屋に入ってきた。ふたりとも穏やかに微笑んでいる。およそこの部屋の雰囲気にそぐわない。

 「ああ、いや…。おれァ付録みとーなもので。尾木さんと、小峯さんと大城さんが、来てくれましたからのー」

 惟之を挟んで、それぞれ椅子に座る。将官三人が並んだところで、部下たちは机の前に並んで立ち、姿勢を正した。仕事の手を止め、誰も口を開かない。

 惟之にはこの沈黙が、罵声を浴びせられるより辛く、重くて仕方がない。顔を顰めそうになるのを、辛うじて堪え―それでも沈鬱な面持ちにはなっているだろう―ゆっくり立ち上がると、彼らの方へ歩み寄る。

 「―おぬしら、今日はもう仕事はせんでええから、帰ってからだを休めろ。二日三日徹夜して、いらん負担が掛かったろう」

 肩をおとして、小さな声で言う。言いながら、自身の不甲斐なさを痛感し、情けなくなってくる。議会も通すだろう、と気楽に考えていたから、結局は参謀総長にも、泥を塗るような真似をしてしまったと言える。

 「…すまん、おれが至らんばかりに。もしこれが戦中なら、この三日の間、前線に居る将兵がどれほど命を落としたか知れん。おぬしらの何人か、失っていたか知れん。それをおもうと―」

 あとのことばが出てこない。とっさに軍帽をとって、部下たちへあたまを下げた。

 「杉閣下…」

 昼すぎにここを、龍のような威風を纏いながら、猛然と単騎で駆け去って行ったとは、到底思えぬ変わり様だった。その姿はちいさく、打ちひしがれているように見えた。

 実はあの早駆けを、第一局室はおろか、今度の件を知っているほぼ全ての関係者が、喝采を以って見送っていたことを、惟之は知らない。

 ある者は“鞍馬天狗”といい、ある者は“羽柴秀吉”といい、元寇に立ち向かった一番名乗りの武者、“竹崎季長”のようだ、といった者までいた。

 「杉サン、よっく顔を見ておやんなさい」

 川上と松沢に、励ますように肩を叩かれ、惟之はのろのろと顔をあげて部下たちを見る。するとそこには、予想もしていない含羞の笑顔が一様にあり、半ば俯いて涙を堪えている者もいる。

 「おぬしら、なァにを笑っちょる。寝不足でおかしくなったんか!こちとら泣きたいちゅうに。これ以上何かやらかしたら、おれァ辞表を出すつもりで、こうして―」

 眉を吊り上げながら、ごそごそと懐から取り出した辞表を、葵の印楼のように突き出してみせると、それは即座に取り上げられてしまう。振り仰いでみれば取り上げたのは松沢少将だった。

 「あっ、松沢さん。返してくれんと困る。冗談でも何でもありませんぞ、それは。あっ!」

 手を伸ばして取り返そうと、背伸びをしてみるが届かない。松沢は何食わぬ顔で、おもむろに辞表を掌中で破ってしまった。

 「辞表なぞ出させません、私がゆるしませんよ」

 しれッと言い、破った辞表を、騎兵の象徴である金条茜色の軍袴のポケットへ突っ込んでしまう。

 「えー、そうですなァ。これはひとつ今日の馬の貸し賃ということで。異論はありますまい」

 松沢少将が言った途端、第一局の中にどっと笑いが湧き起こった。

 「部下おもいはよいことですが、ああたは、もうちっと寄りかかってよいと思います」

 のんきに言う川上に呼応して、こちらに向かって一同、揃ってウンウンと頷いてみせる。実際そうしても、全くこの連中には苦にならないだろう。何しろ満州の問題が通らなかった時、同時に上官の惟之が倒れたのを嘆いたが、すぐにかれらなりに行動を起こしたのだから。

 その鮮やかな手並みを、川上と松沢とで、明かしていく。聞くにつれて今度は惟之が含羞に顔を染める番になった。

 「ばっ、馬鹿かァ。部下に寄りかかるなんぞ、そんな真似ができるかっ。ちゅうことは…何じゃ、要するにあれか、みんなしておれを担いだわけか」

 照れ隠しに態と恐い顔で睨めつける。怪しからん、三日間なにもおれのとこへ報告もせんで、と言ってふてくされたのも、本心ではない。

 「おい、山口!おぬしが議事堂まで迎えにきたときから、そういう魂胆だったんじゃな」

 和胤は突然自分が名指しで非難されて、最初こそ目を丸くしたが、上官のその態度が単なる照れ隠しだと、分かってくるにつれて、笑みを堪えられなくなる。

 「素直じゃありませんの、栗鼠将軍は。担がれたとお思いになりたいのなら、担がれたということにしておいてください」

 意地っ張りのこどもを、微笑ましげにみつめるような、川上のやんわりとした言い草に、惟之はまごつく。

 「ふん、もうええわい、その話は。で、明日から本格的に始動じゃろ。満州に参謀を派遣するのか、どういう概況になるのか、決めにゃならんっちゃ。しかし、今日は最大の難所を乗り切ったからのう。ほれ、ニヤニヤ笑っちょらんで、おぬしらとっとと帰宅せえ。各々待っちょる女も居ろうが」

 しっしっ、と両手で扉の方へ仰いでみせる。帰宅の許可は受け入れた様子で、寛いではいるが誰も動かない。

 「おれァ、また軍医長の世話になってくる。執務は当分半日だけにしちょけと、忠告されちょるからな。その間だけは仕方ない、おぬしらに寄りかからせてもらうけぇのっ」

 ぷいっ、と顔を背けて帽子を被り直すと、外套を肩に引っ掛けた姿でさっさと部屋を出て行ってしまう。照れている上官の振る舞いを見届けると、第一局の面々は漸く帰り支度をはじめたのだった。
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