大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  変わらぬ青空のしたで・第拾壱話

 上官が上座に戻るのを潮に、もと居た席へ戻って、同期で友人の少佐たちと砕けた調子で話をしつつ、和胤は半ば他人事のようにそのやりとりを眺めていたが、突如始まった鬼ごっこに目を丸くした。

 ああ、やっぱり始まったな、などと、まわりはすっかり野次馬を決め込んでいる。

 「貴様、杉閣下の副官だから、おれたちと野次馬しとったらまずいんじゃないのか」

 赴任初日にこんな騒動に巻き込まれた同期を、半ば励ましつつ、半ば同情の意をこめて、隣の参謀少佐が和胤の背を勢いよく叩いた。

 「こんならァ、おれを殺す気かっ。こりゃァ、分が悪いのう。いけんなあ、山口ィ。逃げるか足止めするか何とかせえ。おれがつかまったら副官のおぬしもふとん蒸しじゃ」

 惟之はといえば、副官を顧みる余裕もない。まさに脱兎の如く座敷中を狭しと駆け、危うく膳や銚子をひっくり返しそうになりながら、それこそ鬼の形相で追いかけてくる、恩田大佐から逃げ回っている。

 鬼ごっこが四周目を数えたとき、恩田が手を伸ばせば惟之の襟を掴める距離にまで縮まり、窮地に陥った。和胤はその危機を察知し、豪傑で鳴らした恩田大佐の前へするりと割り込み、気のいい酔漢と化している大佐を、柔道の投げ技を応用して、なるだけ穏便に足払いを掛けて座布団のうえへからだを落とした。

 「杉閣下の助勢を致したいなら、今ですよ。この鬼を懲らしめてやってください」

 そうしてこの座興は、美妓らの手によって継がれ、恩田大佐は世にも羨ましい捕虜の身となった。その様子を、惟之は逃げこんで盾にした屏風の上から顔を覗かせて見物する。投げ技が鮮やかに決まって、芝居の見せ場を観たようなおもいで無邪気に手を叩いたまではいい。が―

 「あっ、恩田のやつ。ちゃっかり白藤の膝を枕にしちょる」

 ふとん蒸しなどという、下手をすれば失神しかねない仕打ちを思えば、安い代償だろう。しかし、あれなら、おれが鬼になりとうわい。と、麗しい芸妓らに囚われてまんざらでもない様子の鬼を、複雑な表情で見つつ、内心で呟く。

 敵に陣地を占拠されるとは、なんたることか。とお気に入りの芸妓、白藤へ微かな嫉妬と叱りを、甘さを多分に含めた眼差しで伝えてみせる。

 「―いやいや、今回は危なかったな。山口のおかげで何とか逃げ切ったっちゃ。しかし、おれの悪戯なんぞは、いつも可愛いもんじゃっちゅうに、おぬしらときたら。段々と洒落にならん仕打ちになりようる」

 惟之はまだ屏風を盾にしたまま、その上から顔を半ばだけ出して、鬼とその手先たちを睨みつける。警戒心丸出しである。

 余興代わりに一度くらい、大人しく捕まってもいいのに、捕まってくださらないから此方も手を抜きません。と、若い部下たちが口々に言う。

 「馬鹿かァ。おぬしらが何をするかわかったものじゃないちゅうに、おっかのうて今さらそんな真似ぁできんわい」

 そう、屏風の龍が吼えた。

 まさか素直に怖いと宣言されるとは、おもっていなかったらしい。若い鬼たちは堪らずどっと笑い出す。芸妓らも、鈴の鳴るような笑い声をあげている。

 その時ちょうど、柱に掛かった時計が時を報せた。

 惟之はじぶんの中で独自の規則をきめていて、何があっても夜九時には座敷を引き上げる。それに今日は、せねばならないことが残っている。

 「おっ、五ツ半か」

 江戸のころのくせが出て、つい、時刻を口にのせる。

 屏風のうしろから姿を現すなり、衣桁に掛けられている羽織を外すと手早く纏う。主催が居なくなろうとも、この賑わいは冷めない。惟之の性格から、宴席を冷ますようなことは勿論、見送りもさせない。

 「あとは、みんなで宜しくやってくれ。酒はいくらでもあるから、遠慮いらんぞ」

 言って快活に笑い声をたてつつ、座敷を横切りざまに、わざと恩田の脇腹を軽く蹴っとばしてやる。かれはまだ白藤の膝に憩ったまま、離れる気配がない。長いつきあいだけに恩田も、この白藤が惟之のお気に入りだということは重々承知の上だ。

 へへっ、と恩田から小憎らしい笑みを向けられるが、そこに嫌味はない。かれの人柄とでもいうのか、不思議と腹が立たない。座敷を出る間際、ぴたりと足を止めて、頼れる律義な副官へ顔を向けた。

 「山口、明朝は隅田川まで迎えに来んでええよ。但し、参謀本部まで“丁重”に送ってくれりゃァのはなしだが」

 首をかしげてにやっと笑み、意味ありげに目配せをして言う。

 副官と廊下で交わした言葉を思い出し、とっさに悪戯をおもいついだのだ。くるりと芸妓らを振り返り、ふたつの丸い瞳に憂色をうかべて、心底から悲しい顔をしてみせる。

 「こりゃ、大和撫子たちや。そこな捕虜を労るのは、国際法に則り大変よろしいが、おぬしら、肝心の勝った大将の祝賀を忘れちょる。おれァ寂しゅうてかなわん」

 副官が傍に立ったのをしおに、腰に緩く腕を回して、甘えかかるようにかれへ身を寄せた。構ってやればよかったと後悔をさせるように、彼女らの庇護意識を刺激するような仕草で、惟之は副官の胸へ頭をつける。

 「寂しいけぇ、今夜は山口に慰めてもらうっちゃ。危ないところを助けられて、ごっぽう惚れてしもうたけえのぅ」

 そうして切なげに言ってのける。
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| 変わらぬ青空のしたで・11―20話 | 13:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第拾弐話

 しなだれかかる上官の小柄なからだを、和胤はそっと包むようにして肩と腰とに腕を回して抱きとめる。不覚にも一瞬、この上官が可愛いとおもってしまったついでに、ここは一つ悪乗りしてやれ、と和胤は勢いにまかせて腹をくくった。

 「惚れられたとあっては、その言葉に応えぬというわけにはいきますまい。男が廃りますからね、幾らでもお慰めいたしますよ。では閣下、失礼して―」

 まるで女に向けるような甘い慰めの言葉を、それに見合った表情とともに、言ってのける。このやりとりに、部下連中はにやにやと笑っているだけであったが、まごついていた美妓らは一斉に、きゃあ、だの、あれえ、だのといった黄色い悲鳴をあげた。

 和胤は周囲の反応に吹き出しそうになるのを堪えて、少し腰をおとすと、軽々と上官を抱き上げてしまう。

 副官に抱き上げられて衆目の的になっても、惟之は安心しきったように体のちからを抜いている。今頃になって鬼ごっこのツケ―酔いが回ってきた所為ではない。寛いでいるといっていい。宴席で憂いもなく、大人げなくはしゃぎまわったのが久しぶりで、楽しかったのである。

 やがて副官に抱き上げられたまま座敷を辞し、暫しの距離を進むうち、堪えきれなくなった惟之は肩を震わせてくっくっと笑いを漏らした。和胤もつられて、喉の奥で抑えた笑い声をたてる。

 「いやぁ、傑作じゃ。しかし、あの投げ技。ありゃァ見事じゃった。これでおぬしの株は一気に上がったぞ。五条橋のうえで弁慶を翻弄する牛若見たり、ちゅうところか。あの妓たち、目を丸くしておぬしに見惚れちょった」

 お互いに漸く笑いを引っ込めると、人目のつかない廊下で和胤は上官をおろした。

 「牛若とは、また言い過ぎです。ああでもしなければおれまでふとん蒸しにされるところでしたからね。いつもあんな風に騒がれるのでしたら、三度に一度くらいはみて見ぬふりをしますよ。あれでは身が持ちません」

 副官の抗議ともつかぬ言葉を聞き、心外とばかりに目を丸くしてかれの顔を見上げる。

 「今頃あの妓らは、居なくなった爺なんぞより、颯爽と去っていった牛若の話題で持ちきりじゃ。聞けばおぬし、あまり宴席は好かんちゅうて、料亭には碌に顔を出さんそうじゃないか。こりゃ、ええ契機になるっちゃ。あの妓らはやさしい女子衆じゃ、ちっとは懇意にしといても悪くないぞ」

 「そこを突かれると、痛いところであります。しかし閣下のそのお気遣いはありがたくあります。では、お帰りの手配をして参りますので、暫くお待ちいただけますか」

 照れたように頭を掻くと、和胤はやおら真面目な顔つきになり、そう言うと帳場のほうへ廊下を歩き出した。このまま副官を帰してやるつもりでいる惟之は、帳場へ向かおうとする副官についてゆき、門の見えるところまで来ると呼び止めた。

 「待て、山口。送れとは言ったが、あれは只の方便じゃ。おぬしも適当なところで退散したかろう、席にはこのまま戻らんでええよ」

 そう言って示した料亭の門の表には、杉家御用達の俥が待っている。意気な法被姿の俥夫が、黒塗りの笠をとってぺこりと辞儀をした。

 「ほれ、永田町行きの荷物はあの俥に乗るちゅう寸法じゃ。おぬしの任務は完了じゃ。大いに恃んじょるけぇ、明日から宜しくな」

 にこにこと笑いながら言い、雪駄をつっかけて俥の方へあるいてゆく。上官の用意の周到さに、和胤は内心舌をまいた。まさか副官が宴席の苦手なことも、頭に入れているとはおもわなかった。

 席におさまり、帰路に着かんと車夫に声をかける前に、それじゃあな、と惟之は上機嫌で副官へ別れを告げる。
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| 変わらぬ青空のしたで・11―20話 | 14:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第拾参話

 俥に揺られて、永田町の参謀本部へ戻ってゆくその道すがら。夕方、帰りしなに届いた電文が一言一句違わず、鮮やかに脳裏に浮かびあがってくる。

 先の戦いで獲た正当な戦利の証、すなわち海むこうの国にある一角の占領地―満州。その防備が甘いという。

 何とかしたいのは山々だが、悲しいかな予算がない。こればかりは陸軍卿である尾木の禿頭を叩いても、打ち出の小槌のようにどこからか、金が沸いて出てくるというわけにはゆかない。

 あとは知恵である。

 夜風に吹かれて酔いは次第に醒め、透明になっていく頭の中に白地図を描き、そこへ鮮やかな朱と青の線を縦横無尽に走らせている。

 参謀本部に着くと、相変わらずの鼻歌混じりで門を潜り、執務室へ入ると軍服に着替える。一分の隙もなく、栗鼠のようにちょこまかと部屋を駆けまわり、大机のうえに白地図を広げ終え、膨大な資料から的確に要るものだけを引っ張り出し、鬼神の如き勢いで作戦を構築してゆく。

 こうなるともう、何かに憑かれでもしたか、別人のようである。しかし、目を輝かせながら地図と向きあっている様子は、見ようによっては、遊戯に熱中している風にも見えるかもしれない。

 気がつくと、窓のそとが白んでいる。点けているランプの灯が小さくなって、消えた。朱と青で埋め尽くされた大小の白地図が、大机のうえに所狭しと散らばっている。

 「これで議会を説得するしかないのう」

 座ったまま伸びをすると、長時間身を屈めていたせいで、背と肩の骨が鳴った。そうして将校用の毛布を肩から掛けなおす。まるで戦場の作戦本部にいるような出で立ちである。おれも歳じゃなァ、などと独り呟いて椅子のうえで膝を抱え、蓑虫のような姿で身震いをする。梅の咲くころとはいえ、明け方はまだまだ寒い。

 赤鉛筆を耳に挟むと、背もたれに体を預けて大机を眺める。そのうえに載った地図を見ているというよりも、物事に集中し過ぎた反動と徹夜の眠気も相まって、半ば放心の態でいる。


 上官を見送った和胤は、そのまま宵の日本橋をひとりでぶらぶらと歩いていたが、ふと、上官の言葉が脳裏に浮かび、はたと足をとめた。

 俥夫に永田町へやってくれ、とそう言ったのを確かに聞いた。あの杉閣下のことだ、本当に参謀本部へ戻ったに違いない。きっと何かあったのだろう。軍務に人一倍熱心なのは、先刻廊下で二人きりのときに交わした会話と、何より上官の表情が物語っていた。

 寄り道をしようとおもっていた足を、ためらうことなく自宅へ向ける。

 翌朝―、といってもまだ夜が明けきらないうちに起き出すと、身支度をし、他にも二、三用意をして手に携え、自宅を出る。底冷えのする群青に沈んだ街のなかを、ひたすら歩き詰めて、参謀本部へ入ってゆく。

 当直の兵卒が驚いたような顔で詰所から出てくるなり、挙手の礼をとる。和胤はそれに正しく答えると、階段を素早くあがって三階の第一局長室を目指した。


 最初は、扉をノックする音も耳に入っていなかった。

 しかも反応をみせたのは、姿をみせた副官の、きびきびと室内を動くようすが視界に入ってからだ。思考に浸りすぎると、周囲を遮断してしまうほどの集中力を持っている。

 副官は室内のあかりを入れ、小火鉢の炭をつぎ足して、熾き火を起こしたり、燐寸を擦ると石炭の暖房器具に点火したりと、ちまちましたことを一通りやっている。

 それらの身動きは、とても士族の生まれとはおもえぬ、馴れたものだった。

 「なんじゃ、えらく早いのう。さては朝帰りか?」

 かれが何故こんな早朝に来たのか、わかっている。わかっていながら、軽口を飛ばしてしまうのが、惟之の悪いくせでもあった。からかうような冗談を飛ばしながら、蓑虫は姿勢を崩して椅子にもたれかかる。

 「まさかとおもって早起きをして来たんですよ。案の定、いらしていたんですね。閣下はあれから、夜通しここに居られたのでありますか」

 「うん、まあな」

 副官は、惟之の気軽な返答に眉根を寄せ、腰に提げていた風呂敷包みを、惟之の脇に置いた。

 「閣下、ここに朝食を持参してきましたから、召し上がってください。この寒いなか、うっかりそんな所で居眠りなどされて、風邪を召されても困ります。これから階上の個室へ行って然るべき時間、睡眠をとって頂きたいものであります」

 士族の生まれであろうが、維新を過ぎればただの人である。そのため和胤は何でもひとりで出来るように育てられてきたから、釜でめしを炊くなど、日常茶飯事なだけに、起き出して弁当のひとつを拵えるくらい、造作もないのである。

 椅子のうえで身じろいだとき、毛布が半ば落ちかかり、上官の華奢な肩があらわになる。いつもは軽やかに揺れているだろう金色の参謀飾緒が、やや重たげに吊られ、その肩と胸とを圧迫しているように、和胤の眼に映る。

 肩からずれて落ちかかった毛布を、そっと後ろから掛けなおされながら、物思いに沈みかけていた意識を引き上げた惟之は、ゆっくりと副官をふり仰ぎみた。

 「昨夜からおれの行動を察していたとは、ええ女房ぶりじゃのう。めしはともかく、ねむっちょる場合ではない。別段、三日くらいねむらんでも、死にゃァせん」

 くちを軽くとがらせて、言う。

 副官の甲斐甲斐しさが、徹夜の身にはそれこそ、骨にまで沁みるほどありがたいだけに、変にこそばゆかった。もぞもぞと毛布にくるまりなおし、視線を副官から外す。そのまま、地図を目でさし示した。見れば、朱線と青線が引かれ、陣形まで描かれている。

 「満州で、何かあったのでありますか」

 和胤は室内に入ったとき、上官と、大机のうえに所狭しと広げられている地図が真っ先に目に入ったが、その尋常でない光景に気圧され、じぶんから事情を訊くのを躊躇っていた。

 地図を見つめる上官の顔は真剣そのものだった。すこし顎をひいて、半眼で見ている。そのまなざしは、まるでつい先刻に、前線をみて来でもしたかのような気迫がこもっている。こころは敷島を飛び越え、満州へ飛んでいるのだろう。出来得ることなら今すぐに駆けつけてやりたい、という気持ちが地図の上に現れている。風の吹きすさぶ凍土が白地図を透かして見えるようだった。

 「今、海のむこうで友軍が苦境に立っちょるんじゃ。それでな、―ちと作戦を考えてみたんでな、参考にしてみい。金はともかく―、一人の将兵の命もむだに出来んいまの状況にあっては、参謀の腕を見せる所じゃ、皆が揃ったらここぞと知恵を絞って案を出せ。これは演習ではないぞ。時間がないんじゃ、期限は本日の正午まで」

 あとはかれらの知恵の結晶を携えて、惟之が言うところの大城の熊坊―参謀総長。参謀本部の最高責任者―のもとへゆくだけだ。
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| 変わらぬ青空のしたで・11―20話 | 20:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第拾肆話

 「ならば、閣下は今すぐ睡眠と、そのあと食事を摂ってくださらねばなりません。あとの作戦会議に支障をきたします。自分は副官として、閣下の身を案ずることも責務と思われますから、何があろうとも、これだけはして頂きたくあります」

 すかさず、和胤は明瞭な口調で言いわたす。

 副官としての責務である、という意識を表に出してこそいたが、その実、このように戦時中でなくとも、己が身を顧みずに砕身して、働くことを平然とこなしている上官の身を本気で案じている。

 戦場とはいかなるものなのか、実はまだよく知らない。明治に勃発した二度の大戦。確かに和胤は戦地へ行った。あちらで従軍はしたが、卵から孵ったばかりのような新品の参謀であったから、補佐の補佐として後方の本部でほんの一握りの軍務をこなしたに過ぎない。

 例えば、副官として前に仕えていた川上少将のような軍司令官のもとで、前線に立って数々の作戦をうち立てる如き、精鋭の参謀任務には、少なくとも就いていない。

 そのような器が自分にあるかと問われれば、それは返答に窮する。そうなりたいとおもっても、なれる者となれぬ者とがいる。和胤は、後ろを向くのが大嫌いであるから、精一杯足掻いている。

 ―おれも、いつかは―

 そのおもいは、常にある。そのためには、この上官のもとで多くのことを学ばねばならない。いま和胤に出来るのは、己が身を顧みない上官を労わることだ。



 副官のことばに、首のうしろがますますむず痒くなる。

 軍人のくせに、なまぬるいことを言いやがって、という気持ちもあるが、それとは全く別のものが八割がた占めている。そのせいで、何事も当意即妙に答えるのに、どこかいつもの調子ではない。普段は面白半分に、張らなくてよい意地を徹してみたりするのだが、いまは違う。

 「な、なァにが責務じゃ。戦地に居ったらそんな悠長なことは言っちゃおれんぞ」

 そう反論してはみたが、この状況を切り抜けられる自信がなくなってきた。何しろ、正午まで第一局室の長椅子にでも丸くなりながら、作戦に従事する部下達を督励しつつ、軽く睡眠をとる腹づもりでいたからだ。

 このあとに仕事の予定などは最初からない。

 つまりこれ以上、言い逃れができる要素は手許に残っていない。それに督励といっても、部下達には全幅の信頼を置いているから、作戦会議に自身が首をつっこむわけではない。居ても、のんびり終わるのを待つだけである。

 「これから第一局室で、おぬしらの督励に専念するに決まっちょろうが。具体的に立案できんことには、議会を説得しにもゆけんっちゃ」

 相変わらず毛布にくるまって、椅子のうえで膝を抱えるような格好でいる蓑虫は、わざとしかつめらしい顔でそこまで言う。言って、ちょうど漏れる欠伸を噛み殺した。我ながらだらしのない体になったものだ、と内心でぼやく。

 あとで裏庭の井戸の釣瓶をひと汲みして、頭から浴びれば、目も覚めるだろう。と、のんきに考えもする。ねむらないと言った手前、手っ取り早く睡魔を追い払う手段を講じるべきであり、そうするよりほかない。しかし、毛布から離れがたいほど、早暁のいまは冷え込んでいる。

 互いのことばが途切れ、ふと副官を見上げれば、何か思うように眉根を寄せている。それをちらりと上目に見て、居心地の悪さを隠すように再び机上の地図へ手を伸ばす。耳から鉛筆をとりあげて、浮かんだ最後の案を余白へ書き記して置き、再び毛布に手を引っ込める。

 そうしながら、妙な意地を張っているのを呆れて見ている、もう一人のじぶんがいたりする。

 「てこでも動かないおつもりでありますか、閣下。それならば、閣下を万全な体調で送り出さねばならないという、副官の責務を強引にでも行使するしかありませんね。自分なりに閣下をお守りしますと、昨夜言いましたから」

 副官は説得するのを諦めたかわりに、まるで良妻の鑑のような宣言を、淀みなくしてのける。気恥ずかしさが頂点に達したとき、副官はそんな惟之のおもいを他所に、毛布に手をかけて、きっちりと惟之のからだを包みなおしにかかった。それからおもむろに、椅子の前に屈みこむ。惟之が訝しくおもった次の瞬間―。

 軽々と抱きあげられて、さすがに慌てた。

 しかも毛布で包まれて身動きがとれないという情けない有様で、顔を朱に染めて声をあげる。

 「なんじゃ、おいっ、おろせ。なんちゅう扱いをしようる、おろさんか」

 ここで、貴様、上官を何と心得るか、などということばを出せば少しは状況も変わったかもしれないが、如何せん、将官だから偉ぶるというような性格ではないし、惟之にはそういった類の、くだらない階級意識の持ち合わせがない。

 副官は柳に風、といった様子で―あるいは、こどもじみた意地を張る、惟之のお守りに閉口したか―おろせということばに従う様子は微塵もない。黙々と廊下を過ぎ、階段をのぼってゆく。夜が明けたばかりで、もちろん参謀本部には誰もいない。目撃されることはないが、そうでなくともこれは珍事である。

 おとなしく、副官に抱き上げられたまま―この状況では、そうせざるを得ないのだが―我ながら馬鹿なことをしたものだと、内心で笑う。なにごとも、ひとの好意は素直に受け取る性質であるのに、一体何をしちょるか。とじぶんでじぶんを叱り飛ばしさえする。

 白状してしまえば妙な意地を張り徹さずに済み、ほっとしているが、そんな心情を微塵も出さず、むくれた顔をして郷里ことばで文句を呟く。和胤はその文句の意味を、余さず理解していたが、敢えて聞こえぬふりを通した。

 やがてされるがままに、個室へ運ばれ、副官の為すがまま、惟之は寝台に身を預けた。横たえた身にのしかかる疲労感と睡魔は予想以上だった。これでは井戸の水浴び程度では、到底払いきれるものではない。

 いままでの副官―というよりもまわりにいる部下―の誰が、このような類の気遣いを、こうも堂々と見せたことがあっただろうか。枕もとに置かれた風呂敷包みを、眠たげな視界におさめながらふと、そんな感慨に耽る。

 「自分が起こしに来るまで、しっかり睡眠をとってください。それと、食事もです。もし、逃げ出していたりしたら、いくら相手が閣下とはいえ、許せることと許せないことがあります。その点は自分にも考えがありますから、覚えておいてください」

 しかし、最後に言ったこの副官のことばに、ようやく引っ込んだ意地が、また顔を出す。このあと対峙する大城の熊坊と、尾木の狐爺の顔が、惟之の悪戯心を押しとどめたが、とどまらない。

 「そりゃァ、脱走しろちゅうことだな。後はどうなるかは兎も角、してみる価値はありそうじゃな」

 副官の生真面目極まりない顔に向かって切り返すと、にやりと不敵な笑みを毛布の中から返しておく。警戒していることを隠しもせず、施錠までして出てゆく副官の足音が遠ざかると、惟之は鼻を鳴らした。

 「あれで済んだ積もりか、甘いのう。中から開けられるちゅうに。さーて…ひと眠りしたら、川上さんとこに隠れるとするか」

 この広い参謀本部の中でかくれんぼ、のつもりである。もしも、自身の居場所を副官に探し当てられたら、さすがに今後は、かれのこそばゆい甲斐甲斐しさも、素直に受け取る努力をしなければならないだろう、と心のなかで覚悟を決める。

 欠伸をし終える間に、深いねむりに引き込まれていった。

 分割して睡眠をとらねばならない状況など慣れっこだから、始業時間の頃には、本部のあちこちからうまれる雑多な音を目覚まし代わりにして、惟之は起きだした。枕もとの風呂敷包みをもって、造作もなく個室の施錠を外すと、風のように姿をくらました。
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| 変わらぬ青空のしたで・11―20話 | 20:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第拾伍話

 いつもの朝、電話の鳴る音や話し声、ひとびとの行き交ううごきが織り成す、一種異様な活気に満ちた騒がしさが響く参謀本部。そのなかにいて、惟之はひとり、目に見えぬ道を迷わず進む。縫うように辿って、すぽん、と喧騒から抜け出した。

 そこは、川上少将の執務室だった。枯れ山水を配した、古寺にでもあるような苔むした中庭を臨む、一階のそのあたりだけは、本部のなかにおいて別世界を切り取ったようにひっそりとしている。

 「おーい、川上の爺さん。居るかァ」

 悠長に、まるで囲碁仲間でも訊ねるような調子で言う。

 扉を叩くと、すぐに内側へと開かれる。副官ではなく、川上少将そのひとが顔を出した。長身で、熊のような大兵の身を肋骨服で鎧っている。白髯のめだつ風貌が、好々爺の印象を強くする。目の光も穏やかで、いつも笑むようなまなざしである。

 誰がみても、これが維新期~明治期の二度の大戦時に猛者として名を馳せたあの人物とは、即座に合致しないだろう。

 「おお、杉サン。入ってたもんせ」

 それだけ言って、にこやかに惟之を部屋へ招じ入れた。

 階級こそ惟之と同格だが、功績、年齢からしても本来ならば、とうに中将になっていてもおかしくない人物である。

 権威や階級に拘らないかれは、明治三十七八年戦役を境に、ひっそりと陰で陸軍を支える側にまわった。有り余る人脈を持ちながら、己の保身や栄達に利用することはなく、誠実な他人が難儀しているときにしか動かない。

 「いやはや。爺さんとこからきた新しい嫁から逃げて来たんよ。ありゃァ…なんちゅうか…とーじが据わっちょる」

 座卓のうえに風呂敷包みを解いて広げてから、惟之はことばを濁してまるい頭をぽりぽりと掻いた。包みからは、紐で結わえた竹皮の包みがでてくる。そのなかには、計ったように同じ大きさで結ばれた握りめしが、きっちり揃って鎮座していた。

 「これじゃものなァ、こそばゆうてかなわん。山口ときたら、このおれにまったく躊躇しちょらんのよ。今朝方もなあ…きちんと寝ろだの食えだの。挙句の果てに抱き上げよって、個室に押し込められるちゅう始末でのう。あねぇなやつは初めてじゃ」

 ぐったりと長椅子に背をあずけて、ぼやきを漏らす様子を、川上は微笑ましげな顔でみている。やがて、川上が手ずから淹れた茶をひとすすりしながら、もぐもぐと握りめしを咀嚼していく。食事中は姿勢を正し、たべることに専念して、けして言葉を発しない。惟之が起きているとき、唯一黙る間でもある。

 握りめしは美味かった。あっという間に平らげる。

 「ところで今日は、大事な会議があるのではごわせんか?」

 「うん。まあ、山口なら、時間までにおれを探しに来ると思っちょるけぇ。川上さん、それまで居さしてつかされ」

 そう言って懐から、昨夕届いた電文と徹夜でたてた作戦の一覧を取り出して、さりげないものでも渡すように川上へ差し出す。

 「いざとなったら川上閣下を恃むつもりで、お願いしに参ったというのが本題でしてなあ」

 「なに、おはんが遊びに来られただけとは、おもってはおりもさん。成っほど、こいが―」

 昼行灯をぶっていても将官、こどもじみていても将官。

 紙片をまえにした二人の少将は、やおら真剣な顔つきになると、その本領を顕した。

 いまごろ階上では、惟之の部下たちが智力の限りをふりしぼって、この件の策を練っているだろう。無論それを疑うわけではないが、手の内は幾重にも折り重ねておいて間違いはない。しかしあくまで見えぬように、こうして隠れてやる。あとが無いようにみせておいて、部下を奮励させるやり方も必要なのだ。
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