大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  変わらぬ青空のしたで・第壱話

 市ヶ谷の自宅から、参謀本部までそれほど遠くはない。

 惟之は自宅を出て、今日は散歩にでもゆくかのように、ブラブラと歩いてゆく。軍刀を携え、濃紺の軍服に金色の参謀飾緒をつけた姿である。将官が、通勤に馬車も車も使わずに歩いている様は、あまり見られない。しかし本人は好きでそうしていて、あたりの風景を眺めながら、春先の晴れた朝の、この時間を楽しんでいる。

 道すがら、頭の中で今日の予定があれこれと浮かぶ。浮かぶそばから寄木細工のようにそれらが組みあがっていく。

 ―今日は新しい副官がやってくるそうだが、今度はどんな奴が来るのやら。

 内心でおもうなり、苦笑いをした。

 今までの人物は未来の将官たるべき佐官だけあって、みな優秀だった。が、みな一年も経たずに惟之の机上へ転属願を出している。

 ―おれはそう、無理は言っちょらんというに。若い者は辛抱が足りなくて困るな。

 参謀本部の門前にさしかかると、当直の兵卒が直立不動の挙手の礼をよこしてくる。それに答礼もせず、軽く頷き返すだけで通り過ぎる。惟之が軍の容儀や礼儀をまともに行わないのはいつものことで、また杉閣下はあんな風で…、と部下からは半ば容認の傾向があり、惟之より上の重鎮たちからも、あの杉ならば仕方あるまい、と諦め半分に見られている。

 身軽に階段をひょいひょいと上がって、三階の執務室に入る。部屋には誰も居ない。なにせ始業の一時間前だけあってこの部屋はおろか、参謀本部にさえ人は疎らである。樫で丁寧に拵えた執務机の上は、整然としている。その上に黒い板紙で挟んで綴じた書類が載っていた。開くと表書きには、

 「参謀本部第一局長・杉惟之少将宛。副官ノ異動。山口和胤少佐着任ニ付キ詳細附セリ」

 とある。どのような人物か、彼の上官が経歴など今までの任官の経緯を書いてよこしたものだ。それを、さほど身を入れて読むといった風でもなく、ざっと目を通すと無造作に抽斗の中へ入れた。

 ―川上さんには悪いが、おれァこんなもんは、まず当てにせんのじゃ。

 机と揃いの、それなりに威厳のある樫の椅子へ腰をおろすと、鼻先で小唄を唸りはじめた。新たな副官を迎える朝だというのに、全く威厳の欠片もない。そうしているうちに、足音や人の話す声が聞こえ、この建物にもぼつぼつと、人の気配が増えてくるのがわかった。

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| 変わらぬ青空のしたで・1―10話 | 22:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第弐話

 普段と変わらぬ参謀本部の朝、和胤はいつも通りのゆったりとした足取りで三階の廊下を歩いている。今日から新しい上官のもとで働くとなっても、平常心である。その上官が例え、“参謀本部の火薬庫”だの“昼間の肝試し”だのと呼ばれていても、眉ひとつうごかさない。

 やがて該当する扉のまえに立つと、微かに何か鼻歌のようなものが聞こえてくる。軽くノックして入室の許可を乞うとそれは止み、すぐに「どうぞ」と返された。「おう」でも「入れ」でもないことに、和胤は軽い驚きをおぼえた。杉閣下は磊落ときいていただけに、すこし拍子抜けがした。

 淀みない動作で扉を開けてから閉めるまでを済ませ、上官の座る席のまえで、厳正な挙手の礼をとった。

 「杉少将閣下。副官の命を拝し、本日異動して参りました、山口和胤少佐であります」

 その端正な挨拶にも、上官は席を立たずに執務机の上に両肘をついたまま、組んだ両手のうえへあごをのせている。そうしながら、赴任してきた和胤を見つめている。二重瞼のくるりとした双眸が、うすく差し込む朝の光をのせて生き生きと輝く。それがどことなく夏の青空をおもわせた。

 「うん、山口少佐だな。おれが杉じゃ。副官が代わるのはきみで三人目だが、まァ、よろしく頼むよ」

 にこにこと親しげな笑みを浮かべつつ、そんな程度の挨拶で着任のやりとりを済ましてしまう。しかし惟之の頭のなかでは、様々な情報が物凄い速さで駆け巡っている。

 ―前に、あの川上さんのもとにいたのなら、能力面ではまず問題はあるまい。

 今目の前に立っている副官は、前任を川上宏信のもとで務めていた。
 
 川上少将といえば、維新を乗り越えて一途に陸軍を務め上げた人物で、数々の功績をうちたててきた。惟之とは中佐のころから参謀本部で職務をともにしてきた、いわば戦友であるといえる。だが川上自身は惟之とちがって、ある時期からうまく昼行灯を装い、近年はもう、これ以上の野心もないといった風情を醸しており、参謀本部の片隅へ隠居のようにして引っ込んでいる。

 人格を窺わせるのは、その穏やかさと包みこむような度量のある態度であり、それでいて威圧感というようなものが全くない。接するとどこか心が和む存在なのである。

 「さっそく、頼みたいことがある」

 と、惟之はおもむろに椅子から腰をあげ、机上の判―案件を許可する旨の、参謀長自身が捺すべき印―の入った黒い漆塗りの小箱を手に取り、新任副官の前に立った。命を受けるために改めて姿勢を正すかれを見て、惟之はほんの少し目尻のしわを深くして頷き返す。

 「きみの机のうえに、方々から届いちょる要請書の束がある。よっく目を通して、これはとおもったものに片っ端から判を捺してくれ。そうじゃな、できたらおれの机に置いといてくれりゃァええよ」

 どうということのない用件のように、上官は言った。

 これにはさすがの和胤もたじろいだ。が、表情には出さない。いかにも軍人然とした鍛えた体躯の、少々、異相といってもいい貌立ちの青年将校を、小柄な惟之はすこし見上げる風にしながら、その手に黒塗りの小箱を託した。渡すときに、ぐっと真剣な目つきをしてみせる。それで、この頼みごとの念を押したつもりだった。

 その目の意味を和胤がわからない筈もなく、手の内にある小箱どれほど重要なものか、知っているだけに冷や汗が出てくる。ちいさな箱がまるで、百貫の重さにも感じられ、おもわず両手で受け取り、にぎりしめる。

 「おれはこれから隣の陸軍省へ行く。小煩い尾木の爺ィの渋っ面を凹ませてやらにゃいかんのでな」

 いきなり爆弾を押し付けられた新任副官が、顔にこそ出していないが、大いにうろたえているというのに、上官は引き続いてのんきに言ってのける。どうみても、次の導火線に火をつけているようにしかみえない。それをきいた和胤は内心、泡をくった。

 ここで言う『尾木の爺』とは、陸軍の重鎮である尾木靖一である。明治日本における陸軍創成期に活躍したいわば元勲であるが、新しい発想に対して消極的な態度を取るのが気に食わない。故に惟之から見れば「ただの口煩い、頭の固い爺ィ」に過ぎないのだ。

 「ま、そういうことだ。昼には戻る」

 そう言ったときには、先ほどの真剣さは消えうせ、屈託のない笑顔を和胤へ向けている。今度は口笛を吹きながら、部屋を後にする上官の後姿をほんの僅か、呆然として見送ったあと。

 扉の閉まる音と共に我に返り、和胤は急いで小箱を上官の机上へ―もとあった場所へ違わず―そっと置いた。

 続いて近くを見れば、上官は軍帽も外套も長椅子のうえに脱いで放り投げたまま、置きっぱなしである。杉閣下の身辺の無頓着さは噂にはきいていたが、まさか本当に軍帽も被らずに出かけてゆくとは、おもっていなかった。

 慌ててそれらを手に取ると、和胤は上官のあとを追った。
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| 変わらぬ青空のしたで・1―10話 | 22:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第参話

 ―あのくらいのことは、やってもらわんとな。

 参謀という仕事は、よほど頭が柔軟でなければつとまらない。臨機応変に、時には規律の無視という、果断を厭わない勇気も必要なのだ。しかし、副官は律儀にあとを追いかけてきた。これまでの副官と同じように、惟之の軍装一式を携えて。

 「杉閣下、お忘れ物です」

 振り向いて惟之は立ち止まり、やはりな、と首を傾げながら副官を待った。惟之の行儀の悪さは部内で誰もが知っているのに、副官に就くと漏れなくこのようにして届けに来るのだ。そのようなことをしても、惟之が今更になって改めるはずがないことも、噂のひとつふたつを耳にしていればわかりそうなものだが。

 このまま陸軍省まで供をすると言いつつ、肝を冷やしたのを隠したいような、僅かな狼狽が見え隠れする副官の表情をまじまじと見つめて、惟之はにやりと笑い、

 「ははーあ、おぬしゃアレだな。このおれが、仕事を溜め込んじょると、そう思うておるな。その尻拭いはせんと、顔に書いてあるぞ」

 長い廊下に、軽やかな惟之の哄笑が響き渡る。ひとしきり笑い声をたてる上官へ、和胤は正直にあの小箱の重さに恐縮する旨を告げた。その言葉で上官の癇癪玉に、たちまち火が点いた。

 「たかが判ひとつで、なァにを言うちょるかッ、おぬしゃァ」

 下唇を突きだして、への字に曲げ、華奢な胸を少し反らせた。改めて副官を見上げ、眉を吊り上げる。まったく、ぜんまい仕掛けのように表情がよく動く。

 「馬鹿ァ、山口。おぬしゃ、この先将官にもなり、軍司令官にもなり得る男だろう。いつまでも参謀本部の机にしがみついて、決まった枠に嵌まり込んで、その仕事しかせぬようではいかん。戦場では刻一刻と状況が変わる。いくさは待ってくれんのだからな。部下を鈍らせんがための、これがおれの流儀だ。何かあれば責任はすべて取る。思い切って自分のあたまで考えてやってみろ」

 そう言って、いきなり癇癪玉を炸裂させた。

 そんな硬いあたまでは参謀はつとまらんぞ、と一喝を浴びせる。どう言われようとも、惟之はじぶんのやり方を変えるつもりはない。ほんのすこしばかり、たじろぎをみせた副官へ、目顔で部屋へ戻れ、という風に示す。

 「はっ、それは尤もでありますが…。あのようなことはさすがに、副官としてもできかねます」

 いくら肝の据わった和胤とはいえ、新任早々の副官へ重要な仕事を―というよりも、惟之自身がせねばならない仕事なのだが―気軽に放り投げて寄越す上官に、驚かないわけがない。そして、これに抗議もせず、すんなりと受け取ってしまったら、次から何を仰せ付けられるか、わかったものではない。

 仕事をこなせる自信はあったが、あまりに破天荒な上官のまえでは、ひとつ茫洋としたところをぶっておくほうがよかろう、ととっさに判断をした。これが緩衝になればよいのだが、果たしてどうなるか…。

 和胤はじっと上官を見詰めて、答えを待った。

 「判を捺すのがどうしても無理なら、いいとおもったものだけ選っておけ。おれは陸軍次官でもあるから、口煩い小姑を黙らせるのも、せにゃァならんのじゃ。すぐに戻って目を通す。なーに、供がいるほどの用事ではない。毎朝しちょる挨拶みとーなもんじゃ」

 上官はその表情と口ぶりから、およそ和胤の心情を察したらしい。

 弧をえがくような眉を片方、器用にあげると、ふっと口許にやわらかな笑みを浮かべた。怒らせていた肩の力を抜くと同時に、和胤の手から軍帽だけを取り上げ、無造作にあたまに載せる。

 先ほどの癇癪はどこへやら。もうけろりとしている。

 斜になった軍帽の庇が少し横を向いているが、意にも介していない。それを見て和胤は手を伸ばし、ほぼ無意識にその庇を指先でつまむと、素早く向きと角度とを正した。軍帽を正されて、上官はまた、ほんの少し下唇をつき出し、頭のうしろを指さきで掻く仕草をする。

 「―とにかくじゃ。ええな、これは命令じゃ。しっかりやれよ」

 きっぱりと言い放つと、上官はこちらにちいさな背中を向けて歩き出した。廊下を曲がって姿が見えなくなるまで、和胤はその場で見送った。内心で上官の豪胆さに半ば呆れ、半ば感心しつつ部屋に戻ると、着てゆかなかった外套を所定の場所へ掛けておく。

 「しっかし、なんちゅうごむしんをさーるっちゃー」

 おもわず、郷里ことばでぼやきが出た。

 職務中はほぼ、きれいな標準語をつかうが、和胤はそれ以外のときは、やはり馴染みのある郷里ことばが出る。だからこうして、ひょんなときにでてしまうこともある。

 有名な癇癪玉とは、あのことか。と、いまさらになって思い当たる。

 あんな火の玉のような上官に怒鳴りつけられるのは、二度とご免である。じぶんで置き直した小箱を、上官の机から改めて手に取るとそそくさと席につき、書類の束に向かった。
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| 変わらぬ青空のしたで・1―10話 | 22:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第肆話

 一方、惟之は陸軍省にあがりこみ、尾木靖一陸軍卿の部屋で散々舌戦を繰り広げていた。

 毎度のことながら、尾木と惟之の意見はかみ合わない。重要だというのに、尾木が面倒がって後回しにしている問題を、的確につっ突いて、相手が観念するまで遣り込める。

 矮躯などと陰口を叩かれるほど、惟之の体は小さいが、猛意を揮う嵐のように現れ、しかも地声が大きいだけあって、その叱責は文字通り雷の如く室内に響き渡った。ただの挨拶と副官に言っておきながら、その実、烈しい討論である。結局昼ちかくまで続き、尾木に約束をとりつけ、言いたいことだけ言うと惟之は清々したという心持ちで、あとも振り返らずに帰っていく。

 ―ええ天気じゃのぉ。

 敷地内の前庭を横切りながら、いまが昼であるのに気がついた。

 見上げた空に陽がたかく中天にある。このままぶらりと、満開の梅の花でもながめにゆきたい、そんなような気持ちにさせる陽射しの暖かさで、広がる青空も申し分ない。空を見上げたついでに、ふと参謀本部の、ちょうど自室のあたりに顔を向ける。確実に仕事をこなしているだろう新任副官の顔を思い浮かべて、惟之はくすっと笑みをこぼした。

 今朝の一喝を怯みもせずに受け止めた副官が、大いに気に入ったのである。

 大抵、惟之の雷が落ちたあとと言えば大抵が、顔色を窺うか、反発するか、萎縮するか、そのどれかであるのだが、山口和胤少佐はというと、そのどれでもなかった。しかも、惟之が無造作にあたまへ載せた軍帽に触れて、きちんと被り直させるということもしてのけた。惟之の不行儀を口では諌めていても、実際に手を出してまで正させた者はこれまでひとりとしていなかった。

 「ありゃァ、なかなか大したやつだ」

 嬉しげに独りごちながら、頷いてみたりする。

 それから帰りしな、参謀本部前の衛兵に使いを頼み、のんきに鼻歌をうたいながら自室へもどってゆく。扉を開け、部屋を一瞥する。副官が顔を上げて軽く辞儀を寄越すのを見て頷くが、何も言わない。かれが執務している机上には、遣り残した書類が殆どないし、木箱に幾つか手の付けられないものがあるのみだった。

 「オイ、山口。昼だぞ。めしを食ってこい、めしを」

 任せた仕事について全く心配していない。故に惟之が副官に対して言ったのはそれだけだった。

 「あの、くそ爺ィが、やっと折れて清々したっちゃ。ちゅうことで昼寝せるかのう。ごっぽう眠うてかなわん」

 暖かな陽気に促されるまま、窮屈な五つ釦の上衣を払い捨て、軍帽とひとまとめにして長椅子に放り投げる。

 実はここ数日まともにねむっていない。その原因である尾木との決着がつき、ほっとしたのだ。眠くもなろうというものだ。

 「ちと、階上で寝ころがっちょるけぇ。あとで起こしに来てくれ。午後は午後で、喧しいのが来るけぇ、相手をせにゃならんのだ」

 くあーっ、とひとつ、猫のような欠伸をしながら、惟之は涙の滲んだ瞼を軽くこすった。まったく眠たそうなことこの上ない上官の、その一連の動作を見ていた和胤は、席を立つとまず放りだしてある上衣と軍帽とをきちんと壁へ掛けなおした。

 しかし、そのような眠たげな様子でありながら、すぐには寝にゆこうとせず、上官は自分の椅子に腰をおろしている。ひとまず、処理しきれないものは何が残ったのか、それだけを確認しようというのか、木箱に入った書類を手にとった。

 和胤はそれを見て、小火鉢のうえにかけてある薬缶の湯で茶を淹れる。濃いめではあるが、飲み易いように湯加減は温く。

 「では、昼食をとってきます。目を通して頂いたあとであれば、遅滞なく処理致します。後ほど起こしに参りますので、これにて失礼します」

 茶を淹れた湯飲みを盆にのせると、そっと机上の邪魔にならぬ手の届く所へ置き、和胤は軽く一礼する。そうして扉へあるいてゆく。

 「うん、残りは後でたのむ」

 言葉は明瞭ではあるが、眠気が多分に含まれており、どこかふわりと浮いた、こどものような声音で返事をしつつ、手にとった湯呑からひとくち、茶をすすって顔をあげた。ちょうど出てゆく副官の、広い肩と背を見送る。

 便箋に書かれた内容は、説明を受けずとも簡潔で非常にわかりやすかった。この点でも惟之は大いに満足していた。何気なく長椅子をみれば、先程放り出した上衣と軍帽はなく、きちんとあるべき場所に仕舞われている。飲んでいる茶の濃さといい、熱さといい、副官のそつのない、しかもさりげない気遣いが嬉しかった。

 「よし、今日は日本橋にゆくとするか」

 何かにつけて宴会を催すのは参謀本部第一局の、というより惟之の慣例になっているから、近日中には副官の着任を口実にして、料亭へ繰り出すつもりでいたのだ。

 柳橋か日本橋か、はたまた新橋か築地か―。

 贔屓にしている芸妓はそれぞれの料亭に、それこそ星の数ほどいるが、宴会で芸妓たちと一緒になってうたったり踊ったり、騒ぐのが何よりすきな惟之は、およそ偉ぶったところのない軍人らしからぬひと、とみられて芸妓たちから好ましくおもわれている。

 主催の惟之がこのようであるから、自然、和やかな宴になる。しかも連れてゆく部下達には遠慮なくやれ、と言って憚らない為、半ば無礼講がまかりとおっているくらいだ。揃いに揃ってみなで、大いに騒ぐ。そういう座である。

 惟之はひとり局長室で、上機嫌である。

 心もち眠気も手伝って足元を浮つかせつつ、四階の寝室へあがってゆき、短靴をぬぐと寝台にもぐりこんだ。短時間の昼寝であるとはいえ、ぐっすり眠れそうだった。

 そうしていくらもたたないうちに、もう、聞こえるか聞こえないかくらいの微かな寝息をたてている。二六時中喋っているような惟之だけあって、豪快な鼾でもたてそうにみえる。が、意外なことに、ねむっているときだけは静かなのである。
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| 変わらぬ青空のしたで・1―10話 | 23:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  変わらぬ青空のしたで・第伍話

 食堂で昼食をとったあと、軍医の高柳中佐の部屋を訪ねた。そこで一冊の本を借りると中庭で熱心に読み始めた。すこし経つと、昨日まで直属の上官だった川上がそこを通りがかり、和胤に声をかけた。

 「おお、山口クン。そげんな難しい顔して、いけん、したとな?」

 のんびりとした薩摩ことばが、すぐそばできこえて、和胤はあわてて本を閉じると振り向いた。

 「あっ、これは川上閣下。いえ実は…、職務中なので大きな声では言えないのですが―」

 この悩みはあるいは、川上が最も頼りになるかもしれないとおもって話し始めたが、案の定熱心に聴いてくれた。

 「ほうほう、そぉいうことか。それじゃれば、いつでもおいのとこいへ来んか」

 聴き終えると、相変わらずの好々爺然とした笑顔で言ってくれさえする。中庭で川上と別れ、執務室に戻ると午後の職務に就く。便箋に書いて提出した案件は、判り易いように裁可されており、あとはちまちまとした補足を簡潔に付け足すのみであった。

 上官のあの眠たげな様子からして、ともすれば夕刻ちかくまで睡眠をとったほうが疲れもとれるだろう、とおもった。すこし躊躇いはしたが、結局はそうした。

 ―午後は午後で、喧しいのが来る。

 そう上官が言っていたのは、官僚や政党のお偉方であった。かれらが幾人か、杉はいるかと訪ねてきたりもしたが、剣幕のわりには大した用件ではなさそうである。乗り込むようにして来た客を、ひとまず和胤の特技とでもいうのか、そのひとつである、よい加減の茶を淹れて飲ませ、ひと息つかせる。

 そうして落ち着かせてから話を聴くと、相手は副官の和胤に言いたいことを言って、すっきりした顔で帰ってゆく。聴き上手の役得とでもいうのだろうか。和胤はどうもひとを宥める役がうまい。

 最後の来客がひきあげてゆくのを見送りながら、この特技は杉閣下のもとにいる間、大いに発揮されるにちがいないと、和胤は妙な確信をもった。そろそろ、上官を起こしにゆかねば。柱に掛かった時計を見上げると、ちょうど終業の十五分前であった。


 ふと目が覚めて、だいぶ傾いた茜色の陽が部屋に射しこんでいるのを眺める。どのくらい眠ったのかそれでわかったが、寝台の毛布の中で惟之はわずかにくびを捻った。

 ―何じゃ、あいつ。起こしに来んじゃないか。

 しかも更にくびを捻ったのは、自分がここで寝転がっていても、どうやら無事に部署が機能していることである。主に政府官僚が、阿呆面とくだらない苦情を引っ提げて、惟之が何時どこで何をして居ようがおかまいなしに訪ねてくるというのに、今日は珍しくそれがない。

 ―まぁええ、狸寝入りしちょるか。

 そう思って瞼をとじたとき、間違いなく副官だろう規則正しい足音が、扉のむこうから聞こえてきた。

 部屋に入った和胤は、まだ寝台のうえで毛布に包まれている上官の寝顔をみて、躊躇った。寝息の静かさは意外であったが、熟睡しているだろうかれを、どう起こそうか悩んだ。が、結局は寝台から少し距離を置き、上体を十五度程前に傾けてちいさく声をかけた。

 「杉閣下、起きてください。終業前に引継ぎの指示、伝達などはしませんと。残りあと十分ですので、どうぞ上衣をお召しに」

 その言葉を受けて瞼を閉じたまま、上官は毛布のなかで身じろぎをした。それを見て、ああ、起きていたのだなと和胤は内心で微笑んだ。その直後にぱかっと瞼を開いた惟之は、眠たさを微塵ものこしていない目を副官に向け、いきなり問いかけた。

 「きみに言うのを忘れちょったが、今日はフロックコートを着た、間抜け面の連中は来なんだのか?」

 すると一瞬間を置いて、思い当たったのか、緊急を要する程でもなかったので、言い分を聞くだけ聞いて帰しました。と、さして大した問題でもない、というさりげなさで副官は返答を寄越してきた。

 その途端、惟之は毛布の中から改めて顔を副官へ向け、キラキラとよく光る目を輝かせる。嬉しさが極まると、却ってことばが出てこないものだ。

 和胤は上官の目を見て、すこしばかりこそばゆい気持ちになりながら、どうかなさいましたか、という風な表情で返事のかわりにする。

 そのまま副官の顔を暫く見つめていたが、やがて惟之は満面の笑みを浮かべながら毛布をはねのけると、栗鼠のような身軽さで寝台のうえから飛び跳ねるようにして起きあがる。

 「一眼の亀浮木に逢う。ちゅうのはまさにこのことじゃ。いい女房をもらっておれは嬉しいぞ」

 そう言いながら手早く上衣に袖を通す。着替えを済ませ、珍しく五つ釦をきちんと掛けた姿になると、階下へ向かう。そのあとを追いながら、一体何がそんなに嬉しかったのだろう、と和胤は心のなかでくびを傾げている。

 「あの官僚の阿呆共を、おれ抜きでいなした副官は、きみが初めてじゃ」

 部下たちの待つ部屋の前で立ち止まり、副官を振り向いて惟之は言った。

 それを聞き、和胤はなるほどと得心がいった。嬉しげに目を輝かせた理由は、それだったのだ。ところが上官は足元へ視線をおとし、躊躇う素振りをして、そこでことばが途切れる。

 「閣下、どうなさいましたか」

 この問いに、惟之はウン、と唸ったまま次のことばを探していた。実を言えば、この副官がそこまでやってのけるとまでは、思っていなかった。また、以前と同じような士官が来たのだろうな、というおもいが頭の片隅にあったことは否めない。惟之には自らの人物眼を誤ったという恥ずかしさと、かれに対する後ろめたさがある。

 「すまんな、山口」

 そういう思いを込めて、少し含羞んだ笑みを口許に浮かべて顔をあげると、副官に向かってみじかく謝った。

 ひとつも飾るところがない。まっすぐな上官の気持ちはすぐに伝わってきた。含羞みつつ部下に謝意を表す上司など、少なくとも和胤は今まで見たことがない。

 これには何とも返答に困った。是とも非とも返せない代わりに、眉間に手をやると指さきで掻いた。こちらもありのまま、含羞をみせる。

 そんな副官を見やり、目尻に甘酸っぱい笑みを残したまま、惟之は扉に向き直る。

 「諸君、今日は日本橋じゃ。仕事なんぞ途中でええから、とっとと帰って七時までに支度してこい」

 いきなり第一局室の扉を開け放つと、よく通る快活な大声を響かせた。部屋にいた部下たちは、惟之のこういった突発的な挙行には慣れっこだから、こんな無茶な言われようでも、一向に平気である。

 歓声をあげて喜ぶ将校らが、潮の引くように退室してゆくのを、惟之は笑顔で見送った。参謀が天職であるだけに、もうそのあたまのなかは、今夜の宴会をどう盛り上げるか、作戦が駆け巡っている。

 「それじゃ、おれも帰るとしよう。山口、また後でな。七時だぞ」

 副官の腕を叩いて言い、踵をかえし、きびきびと廊下をとって返す上官の後姿を、和胤は唖然として見送る。大人数の宴席は、どうにも苦手なのである。しかし今日のそれは、どう考えても自身の歓迎会のような位置づけだから、行かないというのは失礼になる。最低限のつきあいだけで、退散させてもらおう。

 そう決めると軽くため息をついた。
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| 変わらぬ青空のしたで・1―10話 | 23:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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