大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰肆拾壱話

午前中の会議を終えるころには、軍服のしたのシャツも襦袢も袴下も、付襟も汗まみれで、嵩利は借りている部屋へ一度、着替えに戻った。

十五畳ほどの広さの会議室に、陸海の主要人物が加わって顔を合わせ、激論を交わしていれば、只でさえ残暑の折であり、秋雨の蒸し暑さのなかであり、熱気は嫌でも篭るわけである。

午後も、会議は大した進展もないままで、あっと言う間に陽が落ちる。

懇意にしている者同士、険悪な空気にならずに済んでいる。ただそれだけが救いであった。心中で弱音を吐きつつ、夕食前に暫しの休憩がてら再度着替えに戻り、軍袴をつけてシャツまで羽織ったところで、ひとつ大きく息を吐く。

やおら寝台へ身を投げるようにして寝転がった。議論が殆ど進まないでいる状況を思い返すだけで、頭が痛くなってくる。

机上の書類綴りに眼を向けるだけで、書記官をこなし切った疲労がどっと押し寄せる。このまま眠ってしまいそうであったが、それは当然許されないことで、天井を見上げているうちに、扉を敲く音がきこえた。返事もせぬうちに扉が開いて鷲頭の顔が覗き、嵩利は慌てて跳ね起きた。

「…いつになったら夕食の席におりてくるのかね?」

「わ…っ、ごめんなさい」

まともに軍装も纏っていない副官の姿を眼にして、鷲頭は呆れたような表情で部屋に入ると後ろ手に扉を閉めた。椅子の背にかけてある上衣をとりあげ、寝台をおりながらシャツの釦をとめている嵩利の肩へ着せ掛ける。

「食後の会談を終えたら、帰るぞ」

「ええ、できればそうして頂きたいです」

「何があろうと連れ帰る、と言っただろう」

重要な議題だというのは百も承知であるが、埒のあかない会議の為に、これ以上嵩利を缶詰にさせる気は毛頭ない。鷲頭はきっぱりと言って、背後から嵩利の両肩を励ますように叩く。有言したことは必ず実行する鷲頭のことばに安堵をおぼえて、ふ、と肩の力を抜く。

きちんと着替えを済ませて振り向くと、鷲頭の掌が頬を包んだ。褐色の肌に隠れて今まで気づかれなかった隈の浮いた目許を、怖い眼つきで覗きこまれて、たじたじとなりながら瞼を伏せた。

行き場のない苛立ちを発散させていながら、何かを言いかけた唇を結んでしまう鷲頭は、嵩利から身を離して扉へ向かった。あくまでも上官の態度を崩そうとしないでいるその背を追って、嵩利も部屋を出る。

テーブルへついてみれば、和やかな席であったが、会議の話はどうしても続いてしまったし、陸海軍首脳の、探り合うような会話に終始した席にいて、鷲頭は一層の不愉快を感じながら淡々と食事を済ませていった。

「鷲頭くん、ちょっと」

と、軍令部先任参謀の有賀大佐に呼ばれて、嵩利が食堂から出てゆくのを眼で追ったが、今すぐにでもその襟を掴んで引きずり戻したい、と言いたげなものを含ませて、鷲頭は眉間を嶮しくした。

「春美、その…今夜だがな…」

その隣に座っている加藤が、宥めるように鷲頭の肩へ掌を置いて、言い難そうに言葉を紡ぐ。鷲頭は加藤の言わんとすることを酌んで、黙って頷いた。幾ら纏まらなかったとは言え、会議の書記官を務めた嵩利が、このまま易々と退れる筈はない。厳しい表情のまま、席を立つ。

「―入るぞ」

嵩利の居る部屋へ迷わず足を向け、自邸にいるときと変わらぬ口調で言って、鷲頭は返事もきかずに扉を開く。

「すみません、春美さん…。今夜も帰れなくなりました」

扉の閉まる音をきいても、嵩利は机に向かったまま、鷲頭へ振り向こうとしない。書面へ丹念に万年筆を走らせているその姿は、近づき難いものを漂わせていたが、鷲頭は構わず背後から腕を伸ばした。筆を取り上げるわけにはゆかず、両手で嵩利の視界を覆って塞ぐ。

「何を頼まれたか予想はつくが…、今日は帰るんだ。支度しなさい」

「それはできません。これは、大事な務めなんです」

「海軍次官としての私が、帰宅せよと言ってもか?」

「そうです。…ぼくはこの会議で一切の書記を任されています。ここに及んで、記録に齟齬があってはそれこそ、明日も議論が進まなくなります。ですから、今日も帰りません」

両眼の視界を塞いだ手はぴくりとも動かない。しかし鷲頭の手を無碍に振り払うことはせず、宥めるように撫でながら掴み取る。鷲頭を振り仰ぐ嵩利はにこりともしていない。ふたりの時間を得るためには、今日を犠牲にして、明日こそ確実に進展させるのだという気持ちなのだろう。

「そこまで言うのなら、私も帰らんぞ」

「何ですって?」

「ここへ泊まる。差し支えなければ、記録の整理も手伝うぞ」

「幾ら春美さんでも…諾けません。それにこれは、次官のなさる務めではありません。ぼく一人で充分です。次官には、決議の次第で海相と軍令部長との間にたって頂かねばなりません。ですから今の内に少しでも―」

「心を穏やかに保てとでも言うのか?…きみが居ないあの家で、どのようにしたら心身が休まるというのだ」

「―同盟国の英国を援助するという名目であっても、今は戦時なんです。那智長官や橘田艦長は、いつ独逸海軍の襲撃があるか分からない海へ出ているんですよ。ぼくたちは陸に居るというのに、何ですか。あと一日くらい我慢してください」

目隠しは解いたものの、触れたくて、離れたくなくて、背後から回しかけた腕を解こうとしない。聞き分けのないこどものように拗ねて、不貞腐れた口調も隠さない鷲頭に嵩利は呆れながらも、諭すように叱った。

「我慢ならん、と何度言わせる」

「ぼくだって…」

言いかけた嵩利の唇を掠めとる。深く交わらせることはせず、啄ばむようなくちづけを一度だけ。押さえ込んでいるものを感じさせるには、充分すぎる行為である。

嵩利がいま手をつけている軍務に対して、鷲頭がそれを軽視しているだとか、この戦時に緊迫感を持っていない、ということではないのは良く分かっている。ただ、三度も約束を反故にされたことがやるせなく、嵩利を詰ることで甘い罪悪感を刻みつけたいだけなのだ。
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| 綿津見の波の色は・141―150話 | 12:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰肆拾弐話

詰られた理不尽さに苛立ちながらも、鷲頭の唇の感触に心身ともに疼いたのまでは否定できない。なかばまで几帳面に文字が認められているが、ぷっつりと途切れている余白。その、まだ書きつけられていない紙面をみつめてため息を吐く。

「…まったくもう…狡いんだから」

椅子の背に凭れかかって、天井を仰ぐ。日付が変わる前には終わらせ、筆を置くと言い切った手前、手を止めている時間はない。鷲頭を宥めて部屋から追い出したこととも相まって、遅滞は許されない。

と、いうよりも、きちんと有言を実行せねば、鷲頭の身勝手な我儘を叱ることができない。その目的があるからして、是が非にでも終わらせたいのである。しかし思い返してみればあの時、もう夕食も済んでいたし、厳密には軍務中ではない。相変わらずさらりと抜け道を作っていることに気づき、腹立たしさが増す。

一刻半を費やして記録の整理を済ませるころには、嵩利はすっかり不機嫌極まりない表情になっていた。応接室で待っていると聞いて行ってみれば、居るのは加藤と杉だけである。

「春美なら、随分前だが先に帰ったぞ」

父子喧嘩をしたことを察してい、鷲頭が辞していったときの珍しい慌てぶりを思い返しつつも、加藤は何食わぬ顔をしながら返事をする。明日もあるから早く帰れと、背を押して嵩利を部屋から出してしまう。

「まさに、触らぬ神に祟りなし、だな」

静かに扉が閉まったあと暫くして、嵩利の眉間を寄せた表情をさして、加藤は呆れたように呟きながら苦笑を漏らした。他愛もない父子喧嘩に口を挟む気はさらさらない。


音もなく降る小糠雨のなか、嵩利は参謀本部を出て、身ひとつで夜道を歩いてゆく。白い第二種軍装が、ぽっかりと薄闇のなかに浮いていて、青山の森閑とした緑のなかへ入っても、まるで嵩利自身が光を放ってでもいるかのように、その姿は白く際立っていた。

「ただいま、帰りました」

自邸の門を潜るころには、身に纏った軍装は霧のような雨に濡れそぼって、ひやりとした夜気に晒されて冷たくなっている。玄関で靴を脱ぎながら、しんとした廊下へ帰宅を告げる。さすがに凍みてきたものに体が震えて、くしゃみをしてしまう。

廊下の半ばあたりに光が漏れている。居間の襖が細く開いているらしいが、人の気配はない。普段ならば迎えに出てくれるのだが、鷲頭は今日はそうする積もりもないらしい。玄関先に腰をおろして両掌で鼻と口許を覆うと、嵩利はもう一度くしゃみをした。

おもむろに、ふわっ、と背後から温かなものに包まれる。毛布にくるまれたのだと理解すると同時に振り返る。そこには、いつもの和服に袴をつけた鷲頭が立っていたが、襷がけの出で立ちに、眸を丸くしてしまった。

「…お帰り」

「何を、なさっていたのですか?」

「ちょうど風呂を沸かし直したところだ。その身形では風邪をひくぞ」

何時に帰ってくるか明確にしていなかったのに、定期的に湯の加減をみていてくれたのだろうか。たとえこれが、理不尽に投げつけた我儘を省みたうえでの行為にしても、度が過ぎているのではなかろうか。

「小糠雨は、侮っていると後々体に障る。雨の加減を見て…きみの身を案じて、そうしていたまでだ」

毛布にくるんだ嵩利の身を抱き上げ、鷲頭は歩きながら言った。薄闇のなかで、表情はよく分からないが、声音は穏やかでやさしい。だが、喉の奥で唸るような咳払いをしたあと、逡巡をみせる。

「我儘をぶつけたこと…、まだ怒っているか?」

鷲頭の心遣いに、もうそんなものは溶け消えていたが、嵩利は敢えて不機嫌を装って、冷たい態度をとった。

「どうして、訊くまでもないことを訊くんですか。場もわきまえず、あんなことを放言するなんて。…見損ないましたよ。―でも、それとこれは別です。ぼくはもう、これ以上約束を破りたくありませんから、今夜は春美さんの好きにしてくださって結構ですよ」

「そうか…」

辛辣な言葉に、明らかに落胆のため息を吐く鷲頭。言い過ぎたな、と嵩利は毛布で口許を隠したが、伴侶の反省している様子に、胸が切なく圧されるのと同時に、このまま閨に入るまで、敢えて怒っているふりをし通すくらいしても良かろう、ひとつ良い灸になるだろう、とほくそ笑む。
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| 綿津見の波の色は・141―150話 | 00:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰肆拾参話

湯につかって、鷲頭と過ごす二人だけの時間を思い、確かに疲れが抜けてゆくのを感じたものの、明日の会議のことが、どうしても脳裏から離れない。

赤煉瓦の会議室で、独逸海軍の攻撃にそなえる作戦を立てる。その責任の一端を担っているということ。幾ら直に作戦に携わらぬ書記官とはいえ、無視できぬ重圧を感じている。

海上の戦友、上官たちの顔が浮かんでは消えてゆく。嵩利は両手に湯を掬って、顔へ叩きつけるようにして掛けた。そうして、妙な画策をせずに、帰宅早々素直に鷲頭へ甘えていればよかった、という思いが過ぎる。

元々、参戦に前向きでなかった鷲頭ら上官も、海軍が起こした不祥事の前には口を噤むしかなく、殆ど引きずられるようにして、成瀬海相の側近をつとめ、かれの提示する海軍運営を静観している、というほうが寧ろこの場合、正しいのかもしれなかった。

遣る瀬無さを抱きながら、赤煉瓦で作戦の源泉を汲み上げるという、責務を負っている。この矛盾に、鷲頭も嵩利も苛立ちを隠せなかった。しかし、海上へ征った友のことを思えばこそ、軍務中は一切おもてに出していない。

そうして押し込めているものを、ふたりの間でぶつけ合うことだけは、してはならない。嵩利はそこまで思って、やっと思考から、明日の軍務についての憂慮を追い出して素直な気持ちになる。

湯上りのぬくもりを逃さぬよう、手早く和服に着替えて居間へ戻ると、鷲頭は座卓に向かっていて、書類を書いていた。小声でそっと呼びかけてみる。

「お風呂いただきました」

「―ああ、きちんと温まってきたか?」

「はい。あの…、ありがとうございます」

真剣そのものの表情をしている鷲頭の横顔を見つめながら、茶を淹れてこようとおもいたち、嵩利は台所へゆこうと踵を返した。

「茶なら、先刻淹れてきたぞ。…飲むか?」

「あ―。ええ、頂きます」

「きみは何もしなくて良い…。もうすぐ終わるから、待っていてくれ」

「はい」

座卓にひろげているのが、重要な書類のようだというのはわかる。墨の香りがふわりと漂ってきて、嵩利は眼を細めた。筆先を滑らせてゆく端正な姿勢に見惚れ、口許が綻ぶ。

「もう、こうなっては規則も約束もないな。私もこのざまだ」

「いいんです。戦時なんですから、仕様がありませんよ」

包み込むような、限りなくやさしい声が鷲頭の耳を擽る。嵩利の態度は帰宅したときとはまるで違っていた。顔をあげると、座卓の向かいで両肘をついて、嵩利は組んだ手のうえに顎をのせて、鷲頭を見ている。

「先に…部屋へ行っています」

茶を飲んだ後、嵩利は囁くように言って微笑む。座を立って居間を出てゆくとき見せた顔に、どこか羞じいるような色を認めて、鷲頭の胸をざわつかせた。猫のような静かな足音が遠ざかってゆくのを聞いて、密かに息を吐く。

部屋へ入ると床を延べて、上掛けを足元に畳んでおく。

敷きふとんに寝転がってうつ伏せると、枕へ顔を埋めた。そこはかとない眠気がやってくるのを、振り払うようにして寝返りをうつも、気怠けな姿勢で横臥するのがやっとだった。こうして自室に居ると、抑えていた疲労が溶け出してくるのだな、と思う。

「嵩利、眠ったか…?」

束の間、眠りの淵に落ちていた。囁かれた声に慌てて半身を起こすと、すぐ傍に跪いていた鷲頭に抱きとめられる。労わるように髪を撫でられて、嵩利は逆らわず肩へ頭を預けて体から力を抜いた。

「ごめんなさい、春美さん」

「なに、謝らずともよい。お互い様だ」

「お互い様…じゃありませんよ…」

「そうか?」

また拗ねてしまったかと思ったらしい。鷲頭は珍しく探るようなものを声に含ませつつ、訊き返してきた。嵩利は伴侶の腕のなかで、身を預けたまま黙っていたが、そろりと頭を擡げて鷲頭の耳朶へ唇を触れさせた。

「先刻はあんな物言いをしましたけど、いいんです本当に。ぼくがいっとう初めに約束を破ったことは違いありません。だから言った通りに、春美さんの好きにして…」

甘い囁きが鼓膜を蕩かす。鷲頭は返答のかわりに腕に抱いた嵩利の唇を奪いながら、寝具へ傾れこむようにして組み敷いてゆく。襲い掛かるような勢いはなく、まるで愛し子を寝かしつけるかのような、やさしい所作であった。

「―不安を起こす虫は、出ていったか…?」

深いくちづけを終えて離した唇は、微笑を浮かべている。穏やかに笑ませた目許を見上げて、嵩利は鼓動が高鳴るのを感じながら、しおらしく頷き返した。
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| 綿津見の波の色は・141―150話 | 00:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰肆拾肆話

あくまでも、政府の一員として連なることに終始してきたが、そこに身を置いてみる光景は必ずしも本意に副うものではなかった。

止まることなく膨張した政府の意思に、鷲頭は落胆を隠せなかった。このまま、海軍が引きずられてゆくことになるのは明白で、何としても避けたいという思惑が通用しないのも、また明白であった。

議事堂と海軍省を往き来するこうした日々のなかに、副官である嵩利が傍に居ない。そのうえ自邸へ帰ってもひとりである。たった三日だけのことなのに、鷲頭は暗澹たるものに埋め尽くされてゆく心を抱えながら、それらを押し込めて軍務を執っていた。

そして、今朝から参謀本部へ赴いたわけだが、思いのほか厳しい嵩利の表情を目にして、かれを慰めたまではよかった。

夕食の後に、降って沸いた急務に阻まれ、嵩利に帰宅を退けられたとき、鷲頭は形振り構わず苛立ちをぶつけた。抱えているものが屈折した怒りとなって現れ、あろうことか嵩利へ向かってしまったのだ。

理不尽に詰っても、嵩利はあくまで軍務を脇に置かなかった。説かれて宥められ、部屋から出たあと暫くして、鷲頭はひどく後悔した。嵩利をどんな気持ちにさせたか、いたたまれなくなって、逃げるように参謀本部を辞した。

嵩利の帰宅後、甲斐甲斐しくその世話をしたのは、罪滅ぼしに他ならない。

「―先刻、きみが言ったことだが…全くその通りだ」

寝具のなかで抱き合いながら、鷲頭は低く呟いた。甘い刻にそぐわぬ、暗さを含む声音に、嵩利の口許から笑みが消える。

「何です…?」

「私を見損なった、と言っただろう」

ぎゅ、と腰へ回しかけた腕に力をこめて伴侶を抱きしめながら、鷲頭は答えた。あたたかな嵩利の体が強張るのがわかった。言葉を紡ぐのに逡巡しているのか、僅かな沈黙が二人を包む。

「それは…、あの時の、ほんの少しだけです。でも春美さんの気持ちは、わかっていますから、今はもうそんな気持ちはありません。でも、せめて自邸へ帰るまで、我慢して頂きたかったというのは、本音ですけど」

「そうだな…。だが、わかっているからいいというのか、きみは。それで済む問題ではない。きみを落胆させておいて、私は…」

「それ以上、言わないで…。軍務にかこつけて苛立ちをぶつけたのは、ぼくも一緒です。あのとき本当は、あんな風に言って春美さんを追い出すつもりはなかったんです。だから、もういいんですよ」

やさしい言葉を囁かれ、鷲頭のなかに巣食う暗いものが解けてゆく。甘えかかってくる嵩利だが、かれをいいように扱ってやろうなどという気持ちは、ほんの少しも湧いてこない。

「いや…、言わせてくれ」

「だめです。謝るというのなら、そのぶんだけ確りと、ぼくとの約束を守ってください」

身を離そうとする鷲頭の腕を掴み取ってそれを拒む。きついながらも潤んだ眼を向けた嵩利は、拗ねた顔をして暫し鷲頭を見つめていたが、その顔から一向に暗さは抜けていかないようだった。

「春美さんが、包み隠さず本音をぶつけてくれるのは、ぼくだけでしょう…?違うんですか?」

「…その通りだ」

「それなら、いつまでもそんな顔をしないでください。…いいですか?うんと言ってくださらなかったら、今度こそ怒りますよ?」

先刻のやさしい囁きから一転して、ひやりとしたものを言葉に滲ませて詰め寄られ、鷲頭はたじたじとなって頷いた。

「あ、ああ、わかった。だが、今夜は…きみに手を出すような、そんな気分には到底なれん。だから…こうしているだけで、許してくれないか」

「それは後ろめたくて、ぼくを抱く気になれないということですか?」

据わった眼を向けられ、今度こそ鷲頭は観念して頷いた。

「だが、それはきみに、見損なったと言われたからだ。初めてだったからな。…自業自得とはいえ、あれは少しばかり堪えた」

少しばかり、とは言っていても、とてもそう思っていないのは、表情の暗さからもわかる。今度は嵩利が慌てる番だった。

「そんな…あれは…ただ、良い灸になるかと思って、春美さんを少し困らせるつもりで言ったんです。確かに言い過ぎたと思いましたが、そんなに傷つけていたなんて」

「なに…?」

「ごめんなさい」

僅かに色をなした鷲頭に、嵩利はちいさくなって謝った。しかし、すぐにその色は沈み、思い直したように翳ってゆく。

「随分と、きつい灸を据えてくれたものだな。だが少しでも、きみに軽蔑されたことには、変わりあるまい…」

「軽蔑なんてしていません。違うんです、本当に。どうすれば、信じてくださいますか…?」

先刻とうって変わった狼狽ぶりをみせる嵩利を、鷲頭は黙って腕に閉じ込めた。横臥して抱き合っていたのを、再び組み敷く姿勢へもってゆく。嵩利は白い敷布のうえで身じろいで、不安げに鷲頭を見上げている。

「きみは悪くない。私があのような振る舞いをしなければ、こんな事にはならなかった」

「春美さん…」

静かな口調で言われ、嵩利はちいさく返事をする。間近に顔を覗きこむと、潤ませて泣き出しそうな眼をしている。震えている唇を啄ばんで、長いくちづけを交わす。

「たった三日、きみが傍に居ないだけでこの体たらくだ。私はもう、きみ無しではたちゆかぬ。我儘とわかっているが…今の状況は余りにも…」

苦しげに言うも、言葉が途切れて続かない。鷲頭が言葉を濁すことはそうない。海軍次官の立場で、どのようなものを見聞きしているのか、それだけで推し量るには充分であった。
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| 綿津見の波の色は・141―150話 | 01:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰肆拾伍話

閨のなかで、ぽつりぽつりと零す鷲頭の言葉を、嵩利は聴いていた。緩く抱き合う、というより、鷲頭を抱きとめるような恰好でいる。髪を撫でながら、鷲頭が言葉をとぎらせるたびに、耳へ囁いて続きを促す。

「海軍次官など、就くのではなかったな…」

「ふふ…、ぼくだって赤煉瓦に居るのは嫌です。海へ出たくて堪りません」

胸に溜め込んでいたものを全て吐き出したあと、鷲頭はひと言、しみじみと呟いた。こんなことは嵩利の前でしか言えない。それに応えて、嵩利も本音を囁く。視線を絡めて、何か犯してはならぬ一線を、そっと跨いだような気持ちで笑みを交わした。

「でもね、春美さん…。橘田艦長が仰っていました。きっと、もう一度立て直せる時が来る、と。それまでは、何食わぬ顔をしておきませんか?」

「見て見ぬ振りをして過ごせというのか」

「いえ、諦めたわけではありません。ですが今、流れのなかで立ち止まれば、この内に抱いているものが打ち砕かれてしまいそうで…。眼をそむけると言われれば、それは確かに否定できませんけれど。…このままでは、いかに春美さんでも身が持ちませんよ?」

巌も流れに晒され続ければ、次第に削られてゆくものである。そう譬えてみせると、鷲頭は忽ち不機嫌そのものの表情をして、大袈裟なことを言うな、と跳ねつけた。

「怖い顔をして怒っても、無駄ですよ。春美さんが、本当は繊細だということは、ちゃんと分かっているんですから」

鷲頭の強情を溶かす甘い囁きを耳へ吹き込んで、唇を盗む。焦らすように口腔を探ってみせ、中途半端なくちづけをして離れる。話の節目には、鷲頭を焚きつけることも忘れない。

「…きみは、外見に見合わず豪胆だな。どのような事態になっても落ち着いている。私に微笑みかける余裕すらある。きみが傍に居て軍務に就いていると救われる気持ちになる」

「そう言っていただけるのは嬉しいです。次官を確り支えられなくて、何の為の副官か、と陰口を叩かれては堪りませんからね。それに何よりも、あなたと一緒に居て、ひと言たりともそういった口を差し挟まれたくありません。ただ、それだけです」

「軍務の為にそうしているのではない、ということか。だが、それを今さら咎めることはするまい。私は薄々それを知っていて、きみに寄り掛かっているのだからな」

「それこそ、ぼくの思う壺です」

どこか自信たっぷりに言って、微笑んだ表情は、慈母のようなそれではなかった。嵩利の妖しげな色を湛えた眼に見つめられ、鷲頭は何も言えなくなる。嵩利の企みになら、幾ら陥れられても構わない。そこには安息と甘美な驚きとがあり、必ず鷲頭をあたたかな場所へ誘うのだから。

「怪しからんやつだ」

ふ、と視線を逸らせて、ぶっきらぼうに吐き捨てる鷲頭の顔を、嵩利は微笑を浮かべたまま見ていた。矜持に隠れきれずに、こうして照れている姿は愛しくてならない。

「果たして、そうでしょうか…?」

小悪魔の笑みを向けて訊くのに答えず、甘く絡み付いてくる伴侶のからだを三度、組み敷いた。

「ぁ、あっ」

鷲頭は今度こそ嵩利の身をつつむ浴衣の襟を掴み取って暴いた。肌を晒すそばから唇が胸の頂に吸いついて、食してゆく。舌の這い回る音が耳朶をうつ。遠慮のない、欲望を孕んだ舌の動きに、嵩利は痺れるような感覚をおぼえた。

ときどき、膨らんだ乳頭を甘く噛まれて疼くような熱を生む。腰へ滑った手が滑らかに動いて、するりと帯が解かれる。ぞんざいに枕の傍へ帯が放られるのを、嵩利は眼の端に捉えた。漸く唇を肌から離して、鷲頭はじろり、と熱の篭った怖い眼つきで嵩利を見据えた。

「ん、ぅんん…っ」

臀をぐい、と鷲掴みにされ、腰を跳ねさせてしまう。嵩利がその感触に反応をみせて身を捩らせると、鷲頭はその腕をとって半身を起こさせた。

胸に受け止める恰好で抱き取るなり、嵩利はすかさず首へしがみついてくる。胡坐をかいたうえに嵩利の臀が乗って、体はぴたりと密着している。鷲頭は再び力強い掌でしっかりと臀を包んで、武骨な指で肉を揉みしだいてゆく。

「あ、ぁ―」

引き締まった肉体の感触を味わっていると、時折、ふるふると体を震わせたり、もどかしげに腰をくねらせたりと、精一杯の訴えをしてくる。首へ絡ませた腕が伸びて背に回され、きゅ、と和服を握り締めてしがみつかれ、愛しさとともに嗜虐心が擽られる。

「いつまで、弄るの?」

「さあ…、いつまでだろうな」

六尺を締めたままでいる臀を、鷲頭は嬲るようにして撫でた。嵩利の持ち物は前袋のなかで既に熱を持ってかたちを成している。それは鷲頭の下腹に触れてい、情欲を訴えているのを認識したうえで、答えを返す。

舐めるような手つきで、臀から腰を探られ、無防備な背筋を指さきで撫であげられては、堪らない。低く囁いてくる声に、嵩利はすっかり身を弛緩させて、浅く息をつきながら鷲頭の肩へ頬をつけた。

「…春美さん、焦らさないで。お願い」

すっかり上気した顔は、息を飲むほどの色香が漂っている。何時までも焦らし続けたかったが、嵩利の懇願を退けるほど、鷲頭にその余裕はない。妖花の甘い蜜を貪りたいという欲が、何よりも強く鷲頭を衝き動かした。

「仕方がないな…」

眉を寄せて如何にも渋々、といった風に返事をして、そろりと六尺を解くなり秘所へ手を伸ばした。嵩利の雄はすっかり勃ちあがってい、雁首を指さきで少し弄るだけで、とろりとしたものを溢れさせた。臀の奥へ、軟膏を絡めた指を沈めてゆけば、忽ち、嵩利の唇から甘い囀りが漏れる。

”下手をすれば、空が白むまで離せぬかも知れんな…”

明日の軍務のことが脳裏にちらついたが、それすら、嵩利の媚態の前には霞んでゆく。鷲頭は敢えてそれを追おうとはしなかった。今この時を、伴侶と分かち合うことを選んだ。
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| 綿津見の波の色は・141―150話 | 22:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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