大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰弐拾壱話

百戦錬磨の海の名将、と那智は少なくとも海軍内部ではそう評されている。

明治四十四年と、大正元年から、本年まで二年の間、艦隊司令長官を務めた海軍大将が、次へ着く座はそう多くない。多くない上に、殆どが責任と名誉ともに比例する座ばかりである。しかし、通常であれば艦を去るはずの那智が、艦隊編成名簿から除かれる気配は一向になかった。

「さて、残るは―」

軍令部首脳を含んで、海軍省の面々が会議室へ集っていた。空席のまま置かれていた第一艦隊第一戦隊司令長官の座を、誰もが注視している。

「ううむ。ここは、那智大将に出ていただくべきでしょうな」

欧州の雲行きを常に覗っている政府から、有り体に言えば潮ッ気のつよい将官を立てろ、という要請が来ている。いつ戦時状態に入ってもいいようにと、そういう姿勢でいるのだ、政府は。戦に起つ将兵を将棋の盤上で動かす駒程にしか思っていない。

軍人は戦う為に存在している。戦をやれと言われればやる他ない。とは言え、国の存亡を賭けたそれに背を押されるのではなく、政局に利用されるとは。国益と称して侵略の機会を窺う大義なき戦に、誰が喜んで身を投じるというのか―。

「新見局長、他に推薦できる提督が居られるのであれば、是非とも、忌憚のないご意見をお聞かせ願いたいのですが」

軍令部第一部長の阿部少将が、眉間を嶮しく寄せている新見を気遣うように、水を向けてくる。かれへ顔を向けたときには、もう表情は和らげて、いつもの穏やかな面持ちになっている。

「―いえ、やはり、その案が最善かと」

きっぱりと言い切ってみせたが、これは本心だった。那智の同期、もしくはやや後輩にあたる将官で、第一艦隊の長官を務め上げられる人物は、他にいない。

「では、参謀長以下の推薦に移りましょうか」

「第一戦隊旗艦は、摂津。以降、戦艦は河内、薩摩、安芸と続きまして、それぞれの司令官と致しましては―」

準備した資料を読み上げてゆく声が、およそ自分のものとは思えなかった。別の自分が、帝國海軍軍人である人事局長、新見暢生中将を見ているような、妙な感覚だった。然しながら、軍務は一切疎かにはできぬ。

不満や何かを思考から切り離し、淡々としながら軍務をこなすも、内心では葛藤と軋轢に苛まれている。そんなものを抱きながら表面、いっこうに波立たぬ湖水の面を保っていた。新見の心のうちに潜む苦悩に気づく者は、この海軍省の中には一人もいない。

今朝まで漂っていた、甘い幸せな予感を掴みなおそうにも、双肩に圧し掛かる人員編成の責務がその隙すらゆるさず、退庁の時刻が酷く待ち遠しかった。時折懐中時計を引っぱり出すのも面倒で、遂には蓋を開けたまま執務机の脇へ置いて、軍務を執った。

会議のあとに課せられた人員編成という重責をこなしていて、益々憂鬱になった。これが為に東亜との協調への道が閉ざされつつあるというのを、嫌でも意識させられたからだ。

明日に回してもよさそうなものには一切手をつけずに、定刻となるなり、新見は人事局長執務室から煙のようにして姿を消した。真鍮の取っ手を掴んで押し開け、階段を降りてゆく。

廊下にも一階の広間にも人影は疎らだったから、新見は脇目もふらず、といった足取りで迷わずそこを突っ切っていく。その途中で、眼の端に白い影が動いたような気がして、顔だけをそちらへ向けた。

「よ、お疲れさん」

柱の向こうに、第二種軍装に身を固めた那智が立っていた。身形の割りに随分と気軽な姿勢で、ひょいと片手を挙げて寄越す。新見はその場で立ち尽くした。咄嗟に言葉の出てこない唇は半ば開いたままで、多分、随分と間抜けな表情をしているに違いなかった。

「家に居たってあんまり退屈だからよ、小峰御大ン所ィ行って、もてなしを受けてきたところさ。それにしても…、ん?おい、どうしたィ?」

ぴたん、とほんの軽く頬を打たれて、新見はハッとする。ちいさく頭を振ったあとに苦笑を漏らし、声をひそめて囁いた。

「あ―、いえ…。帰りましょう、早く…」

「おゥ」

つくづくと新見の顔を眺め、那智はにやっと笑ったあと何事もなかったかのように、歩き出した。ふたり並んで赤煉瓦の門を出たが、暫く歩くうちに新見は歩を緩めて二、三歩間を空けて進んだ。那智の後ろを歩きながら、夕色の陽に染まるその背を見つめる。

自分を迎えに来た訳ではないとわかっていても、それでも新見は嬉しかった。
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| 綿津見の波の色は・121―130話 | 00:25 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰弐拾弐話

「源さん…」

門を潜り、それを後ろ手に閉ざすと同時に、新見は俯いたまま那智を呼んだ。前をゆくかれの靴音はとうに止んでいる。新見に背を向けたままで、那智はずっと黙っている。軍務に関することで、女々しく愚痴を吐きたくなかった。それでも…。

「安心しろィ。暢を置いて逝きゃしねェよ」

いつもと変わらぬ声音に、新見はどきりとして顔をあげた。もうこのひとは知っているのだ、自身の前にどのような道が敷かれたかを。本日の時点ではまだ、艦隊、人員編成共に、内容については極秘である。たとえ小峰海相を揺さぶっても知り得ない筈のそれを、新見の顔色だけで察したというのだろうか。

「何てぇ面ァしてやがんでェ。大体なァ、何十年連れ添ってると思ってンだ」

お見通しなんだよ、と言ったその笑顔は颯爽としていながら、限りない愛情も含んでいる。門に背を預けるようにして立ち尽くしたまま、新見は頬に熱があがるのも他所に、那智の貌をまじまじと見つめ返した。

「…こうなることを、いつから、見越していらしたんですか」

「さァな、随分前過ぎて忘れっちまったよ」

と、思い出すのも面倒だと言いたげに吐き捨てる。こういうことに関しては気の短さを遺憾なく発揮させ、まだしょぼくれた様子でいる新見へ詰め寄った。この世で独りきりで居るみてェな面するンじゃねェ、とちいさく叱咤する。

「さ、縁起でもねェ考えを巡らせるのはよしな。今ゴチャゴチャ考えたって、答えは出ねェ。それに、暢が常に最善を尽くしてるってこたァ、おいらが誰より知ってらァ」

互いに一歩進むと、その距離は殆どなくなる。軽く唇を交わしたあと、新見は堪えきれなくなった心情を露わにした。

「海軍省人事局長としての立場から見て、最善の方法としては、それしかなかった。分かっていても、私は、あなたを征かせたくない。よりにもよってこの手で、あなたを―」

「そこまでにしとけ、暢。先刻からおいらの言ってることが、聞こえなかった訳じゃァあンめぇ」

「源さん、でも…」

「でももヘチマもねェんだよ。ったく、世話の焼ける奴だなァ。―ま、ツンケンされるよかァ、可愛がり甲斐のあるだけマシかも知れねェがな」

むんずと手首を掴み取ると、有無を言わさず歩き出す。玄関へは入らず、庭を横切ってゆく。居間も私室も通り越して、離れの部屋へ向かっている。

されるがままにして歩を進めていた新見だったが、その意図に気づいて慌てた。腕を引っ込めようとするのを、那智は振り向きもせず、手に力を籠めるだけで阻止する。

「―それ以上駄々こねたら、どうなるか分かってンだろうな」

気の短い那智が出した最後通牒に、新見はそれ以上逆らうのを止めた。

沓脱ぎ石に辿り着くまでの間に、これから身に降りかかることと、重要な軍務が残っている明日の半日とを、幾度も天秤にかけてみる。自信を持って、絶妙に均衡をとれるとは言い難く、新見は祈るような気持を抱きつつ、那智の手に導かれて、薄闇の支配する寝所へ引き込まれていった。

艶めかしい寝所へ入ったが、那智の態度は存外おちついたものだった。新見を促して隣へ座らせると、掴んでいた手を漸く放す。海軍将官の身形でいるふたりが、妖しげな空間にぽっかりと浮いている。そうやって寝台に並んで腰をおろしている姿は、まことに奇妙なものであった。

「お前ェさんを、そう弱気にさせちまうなんざ、おいらの甲斐性も高が知れてるってェ訳だなァ。…こんなことならやっぱり昨夜、先に手ェ出しとくンだったぜ」

ふん、と鼻を鳴らして言いながら、那智はちらりと隣の新見へ一瞥をくれる。抱いている気持ちを誤解され、途端に新見は慌てた。確かに、弱気と言われれば弱気なのかもしれないが…。

「い、いえ…そんなことは―」

「ふゥん」

頬に滑らせた手で顎先を捉えて、顔を向けるように促す。多分に揺れているまなざしを探るようにたっぷりと見つめてやると、新見の顔が忽ち真っ赤になる。その狼狽ぶりに対して那智は意地悪い笑みを返した。柔術の寝技に転じるときのように、鮮やかな身動きで寝台へ引き倒され、抵抗すら許されない体勢へ持ち込まれる。

「げ、源さん…っ」

「もういい。暢、弁解なンざ要らねェ。わかってンだろ、言葉じゃ慰めにならねェときもあるンだ。…素直になれねェなら、させるまでだが…出来ればそうしたくねェ。譲歩するのは、これが最後だぜ、ン?」

「あ…!」

耳へ唇を触れさせながら囁き、最後にその縁を噛んだ。疼くような感覚がはしり、新見は反射的に声をあげてしまう。しかしそののちは体から力を抜いて、甘えたい、弱音を吐きたい、そんな気持ちを隠さず眼差しに含ませ、那智へ続きを乞う。この暗がりのなかで、新見は漸く心を晒した。
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| 綿津見の波の色は・121―130話 | 20:04 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰弐拾参話

哀しみや苦しみといったものを隠さずさらけ出した新見の姿は、まるで毀れもののようにみえる。疵ひとつ、つけさせるわけにはゆかない、と那智は限りない愛しさを覚えた。口づけを与えると新見はいじらしく応えたし、那智も機に乗じて、やや情熱的に過ぎるそれに徹して、かれを酔わせてしまう。

改めて寝台に組み敷いたが、新見は腕のしたでぴくりとも動かない。

恰も、目もあやな緋と金蘭のなかに、純白の羽毛に包まれた水鳥が憩っている。そんな絵画が描かれているかのように見えた。

真っ白な夏軍装の金釦を外してゆきながら、那智は傷ついた翼を看てやるように、その身を愛撫してゆく。ちょうど昨夜、そうして愛して貰ったと同じように。しかし那智としては、それ以上の想いを籠めていた。

赤く染まった頬へ唇を落としながら、那智は囁きかける。

「暢、おらァな…お前ェさんに背ェ押して貰って、良かったと思ってる。何があっても帰って来てやらァ、って、そう覚悟が出来たンだからな」

「もう、その話は止めてください…!」

悲痛な面持ちで、新見はちいさく叫ぶ。こんな風に激情をみせるのは、滅多にない。今回の人員編成はかれにとって、それ程強い衝撃なのだ。半ば脅しつけて素直になったかと思ったが、新見の心に張った根は、なかなか深そうだった。それでも那智は変わらず、愛児をみるようなやさしい眼差しを新見へ向けて、言葉を継いだ。

「いいや、聞いて貰うぜ、暢。ここに刺さったやつを抜いて、おいらの言うことを…信じて、ちゃァんと帰りを待つ気になるまでは、何度だってな」

「何度言われようとも、私の気持ちは変わりません」

「百戦錬磨のおいらが言ってるンだぜ?…それとも何かィ、海軍随一の提督が旗艦もろとも、海の藻屑になるって、そいつを信じて疑わねぇってのか?」

心に突き刺さると分かっていながら、那智は敢えてこんな問いかけをする。たちまち、痛みに耐えかねる、といった風に眉をしかめてみせ、新見の顔は憂いに満ちているというのに、不思議と一層濃く艶めいて、匂いたつ。

「私は…ただ、私を許せないのです。出るべきでない戦と分かっていながら、鷲頭くんと違い、不戦を訴えることをおざなりにして、碌に流れに逆らいもせず、結局は戦へあなたを遣ることを認めただけです…。こんな私に、源さん、あなたは安心して帰りを待っていろと言う…」

「…じゃァ、何かィ。よくも死地に追いやるような真似しゃァがったな、この碌でなし、ってェ恨み言を言やァ丸く収まるのか、え?そうじゃねェだろうが」

「ええ…収まりはしません。ですが、今日の会議後…私が決裁の判を捺した時点に於いては別です。少なくともあなたには、そう罵倒されるべきでした」

「へぇ、そうかい。あの伏魔殿で暢が、危ねェ橋をどうやって、何度渡ったかってェのを全部知ってる、って言ってもかィ?」

新見の顔を間近に覗いたままで、白軍装の上衣とシャツをはだけさせて現した、琥珀色の肌を指さきで探りはじめた。その妖しく蠢く指が生む甘さのせいか、唐突に告げられた言葉のせいか。新見は低く呻いた後、友禅の絹地をきつく掴んだ。

「予備役編入の城内はどう逆立ちしたって海軍の新鮮な情報は得られねェ。そこでお前ェさんが、極秘に海軍の機密を伝えていたってなァ」

これは露見すれば、即刻軍法会議へかけられる程の重篤な軍規違反である。規律の厳守については、鷲頭とともに並び称される程の、模範的士官である新見が犯した禁―。

「何故おいらが知ってる、ってな面ァしてるな。…言葉も出ねェかィ?これァな、お前ェさんが素直においらの言うことを諾いてりゃァ、知らなかったことにしとく積もりだったンだよ」

「…」

「前代未聞の軍規違反を犯した将官、元将官を生け贄に投げ入れて、海軍、政府、道連れにして巻き込んじまえば、来るだろう下らねェ戦への参戦を、なかったことにできる。…おおかた、極秘にとか言いやがって、城内と企んだンだろう」

「―!」

「どうなんだィ、え?」

貝のように閉ざした口を割らせるなど、朝飯前である。琥珀色の肌へ唇を触れさせ、きつく痕を刻んでゆく。それでいて、撫で回す手つきはひどくやさしい。疼く痛みと甘やかな感触とに耐えられず、新見は身を跳ねさせた。

「あ、ぁ…っ!」

「白状しやがらねェと、もっと酷ェ目に遭わせるからなァ」

仰け反った拍子に喉がひくり、と震えて、那智はすかさずそこへ咬みついた。口腔で、こり、と喉仏が鳴り、苦しげに呻く声が漏れるのを聞く。それを噛み千切りそうな気配すら漂わせているようで、背筋の薄ら寒くなった新見は漸く口を開いた。

「残された道のなかでは、そうするしかなかったんです。それに、城内閣下も―」

擦れきった囁きが、そう告げた。那智は、くっきりと歯型をつけて唇を離し、浮き上がった鎖骨の上へ容赦なく花を咲かせてから、凄味のある笑みを新見へ向けた。

「で、お前ェさんはそんな大それたことを企んで置きながら、自分が許せねェだの、おいらの帰りをしおらしく待てねェだのと、そう抜かしてやがったってェ訳だ」

「げ、源さん…でも、それは―」

「暢、明日の軍務は諦めな。ここまで来ちゃァ、夜通しお前ェさんを鳴かさねェと、おいらも腹ァ治まらねェからよ」

段々と那智の目が据わってくるのを、止める術はもうない。新見は”極秘計画”が一体どこから漏れたのか、目まぐるしく思考を回転させて探ろうとしたが、その思索の時間は、すぐに絶たれることになる。
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| 綿津見の波の色は・121―130話 | 21:49 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰弐拾肆話

どういう経緯か知らないが、あの計画の真相が那智に詳らかにされたのは、ほぼ間違いない。取りも直さず、那智を蔑ろにしていた新見の行状が暴露されたということでもある。

だのに、その意を酌んで、何も見聞きしなかったことにして、飲み込もうとしてくれていたのだ。であるからして、那智が昨夜―というよりも、つい先刻まで―あのように振る舞ったのは、ごく当たり前の結果なのである。

あのまま本心を偽って、心の深い場所に秘密を抱きながら那智の腕に甘えても、むなしいだけに終わったに違いないし、それが為に、那智との距離が離れてゆく虞も、無論あっただろう。結果的には、これで良かったのかもしれない。

と、新見はこれまでを顧みて、こんなことを脳裏に浮かべてみるのだが、殆ど意味を成していない。酔った感覚のなかで津波の如き快楽に飲まれ、抗えぬ引き波に攫われるようにして、理性を手放したのは、いつだったか―。

ふくふくとした寝具のなかで、新見は寝返りをうちながら、ぼんやりと考えた。

穏やかな朝の陽が障子にさすのを、見るともなしに眺める。書院造りの丸窓が淡い光を透して、室内は清廉な色の明るさに満たされてゆく。もうとっくに、登庁すべき時刻を過ぎている。

昨夜は夜通し”腰も立たなくなる位”抱かれて、その証拠に、いま微熱を発している有様である。肌のありとあらゆる場所に刻まれた痕は、痺れるような痛みを訴えているが、その疼痛すら、いまは愛しくおもう。

廊下から那智のかすかな足音がして、新見は枕へ顔を埋めて隠した。那智が傍へ屈みこむのがわかる。

「まァだ起きてンのか。暢、お前ェさん、これまで碌に休暇も取っていなかったらしいな。…赤煉瓦に連絡したが、十のうち二も言わねェうちにゆっくり休んでくれって言われたぜ」

そっと髪に触れる手の動きはやさしかった。昨夜の行為が嘘のようである。閨からこの部屋へ運んでもらってからというもの、まともに那智の顔が見られない。

「渡りに船たァ、このことだな」

隣に並べて延べてある床へ潜りこみながら、那智は悪戯っぽく含み笑いを漏らした。自身の肌に刻まれた痕を思い返して、新見はほっとする。とてもではないが、一両日で跡形もなく消えてくれるような代物ではない。寝具と枕の隙から眼を覗かせて、漸く那智を見つめた。

「さ、せめて昼までは眠らねェと」

おずおずと伸ばしてきた手を、那智は確りと握り返しながら微笑をむけた。いつもと変わらぬかれの表情に、新見は長く息を吐いて瞼をとじた。ねむりの淵へ落ちていって、書斎をかねた瀟洒な居室は静けさにつつまれてゆく。


―握っていてくれたはずの手がそこにない。

目覚めて触れたかったひとのぬくもりが消えている。ふと隣へ眼をやると、上掛けが半ばまで捲れているだけで、那智の姿はなかった。ごろりと転がって那智の居ない寝具へ潜りこみ、占拠してしまう。やや慌しげな足音が聞こえてくるも、眠りに落ちかかった耳には、それすら心地よく響く。

「暢、風呂に入れてやるから、起きなィ」

すっと襖を開けて那智が眼にしたのは、そのようにして眠っている新見の姿であったが、残念ながら、微笑ましくいつまでも眺めているというわけにはいかない。

「嫌…、あとで…」

「そうは問屋が卸さねぇンだよ。…しょうがねェなァ…。よっ、と」

那智は宥めるようにやさしく起こしにかかるが、寝床を占領したまま、新見はそれに従う様子はない。手を拒みながら、もう少し寝かせてください、と言う。眠気の篭る声で甘えられて、那智は上掛けを剥がそうと伸ばした手をひいた。

「鷲頭が、今晩夕食を一緒にどうだって誘いに来てるンだが、断るか…?お前ェさんがこんな様子じゃ、あいつらきっと、目ン玉剥くだろうしなァ」

「いえ…、断らないでください。皆が揃う機会は、これから暫くなくなりますからね。偶には、明るい席にしましょう」

「ふゥん、そうかい。それじゃァお招きにあずかるとするかィ。と―、あのことは、あいつらにも暴露するからな。城内の野郎がどんな面するか、今から楽しみだぜ」

と言いつつも、那智としては思う壺で、艶っぽい新見を見せびらかせる、またとない機会であり、内心ではほくそ笑んでいる。それに、城内と新見の二人が企んだことを暴露するといっても、酒の入る席になるのだし、笑い話にしてしまえる。

「その件は、源さんにお任せします。…でも、あと少しだけ…」

「おゥ、わかったよ。あいつらを帰すまでだからな」

「はい…」

安心したように瞼をとじ、ふわりと微笑んだまま、寝息をたてる。那智はつくづく寝顔を眺めながら、こんな風に眠る新見の顔を見るのは、随分久しいことなのだと気づく。海へ出る前にもう一度、今度はやさしく抱いてやりたい、と切なくも温かなおもいに満たされてゆく。
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| 綿津見の波の色は・121―130話 | 19:56 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰弐拾伍話

赤坂の別宅で過ごす那智と新見は、概ねこのような様子であったが、そこから遡って五日前。ちょうど那智が小松で駄々っ子の如き振る舞いをした日に戻る。

城内が秘書官の山科を伴って、ぶらりと鷲頭邸を訪ねてきた。このところの政局に相反して、珍しく楽しげな様子でいる。

「ちょっと、面白いことを思いついたんだがネ。ひとつ、話に乗ってくれないかなァ」

と切り出したのは、何かとあれば催している、盟友の集いのことだった。なァんだ、そんなことならお手伝いしますよ、と異口同音に言った鷲頭父子へ、城内は茶目の利いた笑みを向ける。

気兼ねなく、ということで集った居間で四人は顔を合わせることになり、そこで城内はとっておきの作戦を披露し始めた―。

「ええッ!なんです、それを…山科さんとぼくが、本当にやるんですか?」

嵩利も山科も、畳から膝ごと飛び上がらせそうなほど驚きながら、眸を丸くして城内を見つめると、満面の笑顔でこっくりと頷き返してきた。

きっと眦を吊り上げて反対するに違いない、と期待をこめて鷲頭へ助けを求める眼差しを向けたが、予想に反した不埒な笑みを浮かべつつ、嵩利の視線を受け止めている。

「ふむ…。いいんじゃないか、たまにはそういう余興も」

ふと、かるく値踏みするような目つきで、端座している伴侶を眺めてから、鷲頭は城内へ軽く頷いてみせる。 それで一切が承諾されたことになり、嵩利は半ば思考を停止させたまま、城内が打ち出した作戦の内容を反芻した。

―それから。

翌日から土曜日―つまり、鷲頭父子が赤坂にある那智の別邸を訪れるまで―、作戦が展開されてゆく。

嵩利は山科と、午後は必ず城内邸で落ちあった。

初日は、訪ねると離れへ通され、程なくして置屋から幾人か芸妓と男衆がやってきた。城内に相談を持ちかけられて、置屋の女将が話に乗ったのだという。大掛かりな支度を前にして、ここまで来てうろたえるのは情けない、と胆を決める。

一方、依頼を請けた芸妓たちも真剣である。居並んだふたりの対照的な印象を崩さぬよう、きっちりと水化粧から芸妓の着付けまで仕上げていった。

嵩利も山科も、ひとことで言えば、容姿端麗である。背から体格から殆ど同じで、元来が華奢なつくりであるから、所謂、女形と同じで違和感がない。最後に島田の鬘で仕上げてみれば、どこからどうみても、みごとな美妓がふたり、そこに立っていた。

見てくれは一先ず合格と相成ったが、本題はここからである。

裾引きに左褄、といった独特の―そもそも女装なのだから当たり前だが―芸妓の所作を覚えねばならない。

しかし、海軍兵学校に入校して、頭左の敬礼から始まる一切の厳しい礼法を覚えこんだ身である。そのつもりになってやれば、三日もあれば身につけられる筈だ、と嵩利は持ち前の負けず嫌いと、感覚の鋭さを発揮していった。

「ウンウン、いいんじゃないかネ。せっかくだから名前をつけなさいヨ」

と、”美妓”の噂を聞きつけてうずうずしていたらしい城内が、前日になって離れへやってきて、穴のあくほど芸妓になり切ったふたりを眺め、無造作にそんなことを言った。

名前とはつまり芸妓のそれである。結局、嵩利は伴侶の鷲頭の名から一文字、”春”の字をもらって、”春千代”。山科は城内の諱から一文字、”光”の字をもらって、”清光”、ということにした。

所作を覚えるついでに、小唄の舞踊をひとつ身につけることになったが、稽古をしていて嵩利の脳裏に浮かぶのは、およそそぐわぬ回想ばかりであった。

明治の終わりから大正の今までの間に、明らかに変わりゆく海軍の空気のこと。抗えぬ流れに歯噛みしつつ足を踏み出さざるを得ない、敬愛する上官たちの苦悩。藤原、城内、那智、鷲頭、新見、浅田、三上、有元、橘田―。

盟友たちが集う、気兼ねのない筈の食事会や祝いの席に於いて、これまではどこかに必ず希望とあかるさが散りばめられていた。それが今や見る影もない。しかも、次の辞令が出たが最後、陸のうえで皆が揃って顔を合わせることは、二度とないかもしれないのだ。

せめて、一時だけでもいいから、心から笑って欲しい、と嵩利はそれのみをおもって、城内の提案したこの作戦を引き受けている。その点では山科も全く同じ心境である。

海軍士官が余興に芸妓の真似事をするなど、全く馬鹿げていると誰もがおもうだろう。しかし、当のふたりは実に真剣だった。

大正二年の秋。続く先には混迷の闇が、隧道のようにぽっかりと口を開けて待っている。

その暗い道へ進むは、もはや言を俟つまでもなく必至である。ならば、余興の上だけでも、行く先の幸を祈念する舞を舞う積もりで、芸妓になり切ってみせよう、と、一種の透き通った心持を抱きながら、”春千代”と”清光”のふたりの美妓は、青海波も美しい揃いの扇を、無心でうち振った。
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| 綿津見の波の色は・121―130話 | 22:01 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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