大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第佰拾壱話

大学校から帰宅して、ひとたび家の門を潜れば、外でくっつけていた、”スマート第一、海軍士官”のうわべをかなぐり捨ててしまう。居間に腰を落ち着けるなり、脚を投げ出して座りこみ、眠たげに瞼を擦りながら盛大に欠伸をする。

奥の襖が開いて、とみが割烹着すがたのまま出て来て、ちょうどその欠伸を目撃した。

「あらあら、お帰りなさいませ、坊ちゃん」

「ただいま、おとみさん」

屈託のない態度で返事を寄越す嵩利が、かつて千早家で甘えん坊として名を馳せていたことをとみは知らないが、長年城内家に仕えるかの女から見れば、こういった無邪気な態度を見せる嵩利が可愛くて仕方がないらしい。たとえ相手が海軍中佐であっても、ついつい”坊ちゃん”と呼んでしまう。

「お八つに、大学芋をこしらえましょうか」

「ウン、お願いします。美味そうだなァ」

東京帝國大学の前で、三河屋という店が出している菓子なのだという。最近学生の間で美味と評判で、ずいぶん流行しているらしい。このところ、築地と青山の間しか往復していない。流行り廃りにいまひとつ疎いのは、職業柄というところか。

午睡をとるからと言って自室へゆくと、もう床が延べてあり、寝衣まで支度してある。居間で出された茶を啜っている間に済ませてくれたのだろう。無論、この位のことは毎日自分でやっている。海軍士官は誰しもが海軍兵学校で、身の回りのことは何でもひとりで、きちんと済ませられるよう躾けられてきたのだから。

それでも、とみのこういった気遣いはいたく身に沁みる。藤原家からはタエ、城内家からはとみいうふたりの家政婦が交互に面倒をみに来てくれるのだが、ふたりとも実に濃やかに気遣ってくれる。

脱いだ軍服を綺麗に衣紋へ吊って、浴衣を着るなり、干したてのふとんへ潜りこむ。枕へ顔を半ば埋めて、ものの数分も経たぬうちに寝息をたてる。


嵩利が青山の自宅で心地よい午睡におちているころ。

鷲頭はまだ築地の海軍大学校に居る。今日は呉から造船科の将校が招かれ、その講演を聴いている。英国で研究してきたという弩級戦艦から得た構想と、将来我が帝國が保有する艦艇についてが、主だった内容である。

やはり海軍上層部は、途方もない規模の艦隊を保有する腹積もりでいるらしい。建造計画を追ってゆけば、遠からず海軍軍事予算は、国家予算の三割にも上る計算になる。何処からどうやってその費用を捻出する積もりなのか。机上の空論でしかない。実に馬鹿馬鹿しい。

これらの与太話を、帰ったら聞かせてやろう。と、講演の終わりしなに漸く鷲頭の脳裏に嵩利の顔がうかぶ。

明日は抜き打ちの試験があるから、夜はその問題作りに没頭していて、鷲頭の相手をしてくれるとは到底思えない。だが、この講演に出席したことで、少なくとも部屋を訪ねるについて、正当な口実が得られたと言えよう。

まさか海軍大学校の校長が、このような不埒な考えを頭上に浮かべているとは思うまい。講堂からさっさと出てゆき、校長室へ戻るなり身支度を整えて帰宅する。

しんと静まりかえった邸内の空気は、けして冷たいものではない。ここには穏やかさと一抹の甘さとが満ちている。鷲頭が帰るすこし前に、家政婦のとみは藤原邸へ戻ったようだった。台所を覗くと、夕食の支度がすっかり済んでいた。

「―あ、お帰りなさい」

寝起きの第一声のような声音に振り向いてみれば、綿入りの羽織を着込んだ嵩利が、まだ眠たげに瞼をしばたたかせつつ廊下のむこうから歩いてくる。寝不足のうえに四つも講義を受け持ったのが、余程堪えたらしい。

夜は課題作りですから、午睡をとったところです、と、やや非難めいたまなざしを鷲頭へ向けつつ言って、先んじて牽制してくる。昨晩、羞恥の極みに漬けこんだことを拗ねているのか、純粋に軍務に対して真剣な故なのか、おそらく両方だろうが、つんとした態度をとる嵩利を手懐けるのも、鷲頭にとっては楽しみのひとつである。

「そう、冷たくしてくれるな」

触れたくて、つと伸ばした手は案の定、ぴしゃりと甲を叩かれた。形のよい眉を吊り上げ、据わった半眼で見あげて暫し睨めつけてくる。寝衣の襟まわりから覗く首すじに、昨晩咲かせた花弁が見え隠れしていて、ひどくそそられる。

睨みつけたその眼が、反省のいろを見せるどころか、妖しげな色を浮かべたのを、嵩利は敏感に読み取った。呆れるというほかない。その横面を張り飛ばすように、きっぱりと声をあげる。

「駄目と言ったら駄目です。今日は大事な軍務が残っているんですから」

こんなことを言っても、まず効き目はない。或る程度の時刻を過ぎれば、なにくれと注文をつけるかして、務めを早く終わらせろと部屋へせっつきに来るに決まっている。ここは心を鬼にして防衛に徹しなければ。
→【23話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・111―120話 | 21:04 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰拾弐話

ちりちりと小火鉢で炭が熾きている音と、紙面に万年筆をはしらせる音とが、室内で響いている。書籍の頁を繰る微かな擦れる音が時折混じるくらいで、嵩利は試験問題を練ることに没頭していた。

型どおりの、記憶に頼って答えを導くという形式でない、身につけた器量の程度を試せるような、柔軟な思考を引き出せる方法をとりたかった。試行錯誤して、問題が出来上がる頃には、もう夜の十時を回っている。

「嵩利、ちょっと、いいか」

廊下で微かに床板の軋む音がきこえた。間髪置かずに襖のそとで誰何の声がきこえる。やっぱり訪ねてきたな、と嵩利は苦笑を漏らしながらも、入室をゆるした。瞼を閉じながら、ちいさく息を吐く。午睡を取ったとはいえ、気力はこのために蓄えたに過ぎなかったことを、このからだが訴えている。

それでも、鷲頭を敷居のそとへ立たせたまま無碍に追い返してしまうのは、できかねた。軍務は成し遂げたのだから、話をする程度ならばとおもったのである。革鞄に出来あがったそれらを仕舞いこむと机を離れ、上座へ座布団を延べて、席を整える。それから小火鉢を間に置いて、対面に自身の席をつくる。万端整えて、冷え切った指さきを揉みながら、襖をそっと開けて、どうぞ、と促す。

夕刻はあんな風に鷲頭へ冷たい態度をとったが、嵩利とて甘美な暗闇へとけこみたいという気持ちは抱いている。例えば、褥に入ってねむるまで抱き合って睦言を囁きあうとか、甘く擽るような愛撫を交えて、唇をかさねるとか。

その程度の触れあいであれば、毎晩だって構わない。ひとたび嵩利に触れれば、からだの奥底まで貪り喰わねば治まらぬという、その旺盛な性欲に、繊細な目盛りを備えてくれさえすれば、とつくづく思う。

「春美さん…?」

廊下に立つ鷲頭は、予想に反して深刻な表情をしていた。何か考えに耽ったあとらしく、無口なかれには珍しく、物言いたげな眼を嵩利へ向けている。

「どうにも我慢ならんのでな、只の愚痴でしかないのだが、頼むから聞いてくれ」

と、夕刻に見せた好色なまなざしが、まるで一変している。やりきれぬといった憤りを発散させている鷲頭は、敷居を跨ぐなり、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「安心しろ、今夜はきみを襲いはせぬ」

つよく、ぐっと手を引かれて嵩利はたじろいだ。有無を言わさず下座に延べた座布団へ座らされる。鷲頭はやおら、その傍でごろりと横になると、ぞんざいに頭を嵩利のひざへ預けてきた。鷲頭の振る舞いに、ただただ眸を丸くするばかりだ。

「―今日の午後にあった講演の与太話を、きみにしてやろうかと思っていたが、それどころではなくなった。あれはいかん、実に怪しからん」

「艦隊増設のことですか」

「ああ。陸軍は師団増設で、今年ひと悶着を起こしただろう。国と国民を守るべき軍部が、その守るべきものたちに糾弾され始めては、この先きっと立ち行かなくなる時が来る」

我が帝國の国力というのは、悲しいかな、必ずしも高いと胸を張っては言えない。いま、日本人が続々と外国へ移民として出ていっているのは、ひとえに貧しさからである。

盟友のひとり、杉参謀総長の考えでは、陸軍は満洲から軍政を退かせぬ考えで徹すという。

満洲の地から白人列強国の勢力を排斥し、その後に支那へこれを還し、支那の国力を取り戻すのを助けつつ、日本もその期に国力をつける。そうして共存共栄の道を探ることこそが、東亜の、有色人種の真の独立へ繋がる、と。

日露戦争後、明らかに欧米列強は日本―黄色人種―を警戒している。”黄禍論”そのようなものが広がっているというこの現状。利用できるときは利用し、用済みになった途端、眼の色を変えて敵視する。欧米列強が、まだ大日本帝國を対等な国家と認めていない証拠である。

わが日本は、もう既に自我を持ち、同じ国民が血を流した後に掴み取った維新の波濤を越えて、独立国としての舵を切っている。日清日露の大戦を乗り越え、これからは強かな諸外国と対等に渡り合える国として、起ってゆかねばならぬ位置に、世界のその立場に立つべくして立ってしまっている。

「とかく軍拡ばかりを叫ぶ前に、諸外国へ呼びかけてこれを抑えるということを、何故しないのか」

上を見ればきりがない。今も尚貧しさを抱えた国が、どうやって増設される師団を養い、次々建造されるだろう軍艦を走らせるつもりなのか。どこかで列強国の協定を作る機会を持たねば、我が国家の経済破綻は免れない。

結果、”平和的統治”をしている台湾や満洲を”不当に搾取”することになるのは目に見えている。そうなれば、東亜は混沌に陥り、我が帝國も後に退き返せぬ道への旗手となってしまう。

「私は、こういったことに軍部と軍人が振り回されるのは、我慢ならんのだ」

海軍大学校での日々は、まるで箱庭の如く在る。

佳き海軍を体現していもし、あの場所は実に清々しい、純粋な海軍の意志が宿っている。鷲頭は築地に居て、自身が若返ってゆくような気持ちに浸れた。それは何故かと言えば、一切、こういった余計な憂慮より解き放たれているからである。

「…春美さん…」

「杉参謀総長は、沢庵の重しなどと言って笑っておられたがな…。陸軍はもう、あのひとたちの手だけでは抑えられん。…と、私は感じている」

どきん、と胸が嫌な跳ね方をして、やにわに体から、すっと血の気が引くのを感じた。嵩利は、こんな風に鷲頭が烈しく論じるのを聞いたことがなかったし、それも、その悉くが的を射ている気がするだけに、別の意味でぞっとした。

軍務局長の職に在るとき、婉曲に婉曲に、あくまでも”軍政”の立場から艦隊増設を抑えに抑えていたが、それも後任にかわった途端、陰ながらの苦労は朝霧のように消されてしまった。

軍人、政治にかかわるべからず。

絶対に枉げない鷲頭の信条のひとつとしてこの文言が入っている。たとえどんな事態に陥っても、鷲頭は”海軍軍人”であることを捨てない。軍人として、国を守ることを捨てない。だから政治にかかわることは絶対にしない。

だがその機会がなくとも、政治を知らなくてもよいということではない。知ってなお関わらず。軍務局長である間ずっと、砂を噛むようなおもいをしていたに違いない。その鷲頭が、海軍大学校校長へ補されて、佳き海軍の姿をみたというのは、こういった経緯から考えると、必ずしも微笑ましいと言えぬ話である。

「―いいか、この話は…只の、愚痴だ。…きみの前だから零すのだぞ」

そう言って、まるで五体を捻り切られる苦痛に耐えるかのような表情をしている。悔しさと苛立ちと、歯痒さとが混ざった嶮しい眉間。話し終え、身を離そうとするのを制し、鷲頭の頭を胸に抱きながら、掌で労わるように何遍もその髪と額と、頬とを撫でた。

「今夜は、このまま一緒に居ますよ。…昨晩のようには受け止めて差し上げられませんが、これでも少しは、慰めになるでしょう?」

慈母の如き嵩利の囁きと慰撫に、鷲頭は安心したように体を預けた。そうしながら、ゆっくりと息を吐いたあと、不意に、くっくっと笑った。

「やさしいな、きみは。だが…一度引いた線を堅持せず、そうやって譲歩すると、つけ入る隙を生むことにもなる。攻め入られてからでは、遅いのだぞ」

剣呑な台詞をさらりと口にする鷲頭を、嵩利は変わらず、寛やかな笑顔で見つめ返す。

「今夜はその心配がないから、こうしているんですよ。春美さん言ったでしょう、今夜は襲わない、って」

不正に条約を破ったりしませんよね、という嵩利へ、言葉も返せない。一緒に潜りこんだ褥で抱きあうことはしたものの、唇を一度ゆるしてもらうのに、鷲頭は大層な苦労をする羽目になった。
→【24話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・111―120話 | 20:16 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰拾参話

寝具のなかで鷲頭は仔犬のようにからだを丸めて、嵩利の腕に抱かれながらねむっている。静かな寝息をたてている穏やかな寝顔に、嵩利は幾らか安堵をおぼえながらその頬へ唇をおとした。

只の愚痴だと言ったときの、悔しげな鷲頭の表情を思い返す。海軍内で一時は盛んに議論されたあの論文も、この時勢のなかで忘れられようとしている。波に洗われれば消えてしまう、砂に描いた絵のように扱われている。

陸軍でも、軍縮を唱える者は少数派に過ぎず、今や支那へ向ける熱意は只ならぬものになっているという。しかも海軍が先に、軍拡―艦隊増設を唱えて推進しているものだから、いくらあとになって鷲頭が軍縮の声をあげても、実際にその必要性を説く論文を記してみても、海軍内ではいざ知らず、陸軍の抑止にまでは成り得なかった。

これが逆であれば、まだ通ったかもしれないが、今となってはむなしい繰り言でしかない。欧州の情勢が不安定になればなるほど、政府と軍部は絶えず飢えた眼を動かして、そちこちに狙いをつけている。かつての北清事変よりも獰猛な姿勢であることは否めない。

政府の決定によって、軍は動かねばならない。避けられぬ過酷な航路へ舵を向けねばならぬときが、もうすぐそこまで来ているような気がする。若し、欧州の戦に我が帝國が出張ってゆくことになるとすれば、それはまるで奮い立たぬ、嫌ないくさになるのは明白で、嵩利は戦いに赴くについて考えたとき、これほど暗く澱んだ気持ちになったことはなかった。

きっと、鷲頭も同じ気持ちを抱いているに違いない。


考えを巡らせているあいだも、嵩利はずっと鷲頭の髪を撫でていた。ふっと眠りの縁に浮きあがって目を覚ました鷲頭は、やわらかな指さきの動きに擽られるまま、心地よい気分でいたが、すぐ傍にある嵩利の顔を目にして、ほろ苦く笑みを浮かべた。

鷲頭の”愚痴”はこのような状況に取り巻かれては、文字通り只の”愚痴”でしかない。だのに嵩利は鷲頭のことばを真剣に受け取り、真剣に考えてくれているようだった。それは嬉しいが、幾ら考えても何か光明の見出せる問題では、もはやないのだ。

むなしくなる一方でしかないのなら、他に進むべき道を模索し、そちらへ舵を向ける努力をした方がよい。そう、例えば今ならば、海軍大学校での教育がそのひとつである。

ちらりと見上げて目にしたが、嵩利はまったく眠気の浮いていない顔でいる。しかもその表情は暗い。鷲頭が目を覚ましたことに嵩利はまだ気づいていない。こうも暖かな床のなかで、鷲頭は遠慮なくかれのしなやかな肢体を肌に感じているというのに、当の嵩利は心細げで、暗い眼をして、独りきりで沈んでいるとは。

怪しからんな、と心中で呟き、鷲頭を受け止めているその懐の、寝衣の隙へ手を差し入れてゆっくりと探る。肌へ触れる指さきには既に、滴る程の欲を絡めている。未だちいさくやわらかな胸の頂を捕らえ、きゅ、と抓りあげて弄ぶ。

「う…ぁっ…」

思考が遊離しているところへ不意討ちを掛けられ、剥き出しになっている無防備な感覚はあえなく蹂躙される。嵩利のからだは鷲頭の思惑通り、まるで初夜の褥で初めて男に肌をゆるす稚児のような敏感さで、びくん、とからだを震わせた。

考えに耽り、まるで水底のような静けさでいたものを掻き乱され、嵩利は千々に散って消えゆくもの―暗く鬱屈としたおもい―を惜しいとは思わなかった。寧ろその暗いものから引き戻してくれたことに、ほっとしていた。が―。

「あ…、は…ぁ」

おとなしく胸元へあずけていた穏やかな寝顔は、どこにもない。寝衣の襟を掴みとって暴き、肌へその隆い鼻先を埋めている。凝り固まらせた胸の頂に、薄くたてた口髭が触れるのがわかる。鋭敏なそこへ、さり、と髭が擦れるだけで、嵩利は肌をふるわせる。

やがて唇へ含んだそれを、摘み取った貴重な果実を味わうようにして、舌先でかたちを確かめながら幾度も愛撫する。そうしながら、もうひとつの頂に生る実にも触れ、その熟れ具合を確かめることも忘れない。

「だ、め…、今夜は、襲わないって、言ったのに…」

濡れた音をたてて、食していた実から唇を離すと、鷲頭は顔をあげて笑みを浮かべる。狡さと甘さを含んだ眼を、枕へぐったりと頭を預けたまま嵩利は恨めしげに見返す。不意討ちはまずまずの成功を収めたと言ってよいだろう。

「そうだな…、確かに言った。だが、いまはもう翌日だぞ」

柱にかかる時計を眼で示して言う。精緻な透かしのはいった真鍮の針が、室内にひとつだけ灯るランプの光を弾いて、鈍く輝いている。確かに針は、午前零時を過ぎたところをさしている。日付を考えれば、確かに翌日である。ここまで来ると屁理屈も立派な作戦と言わざるを得ない。

だが、鷲頭は表情を改めて、思いのほか真剣なまなざしで嵩利を見つめる。

「―あんな暗い表情をさせたままで、きみを眠りに就かせるわけにはいかん。…私の戯れ言を気にしていたのだろう。きみの姿勢は嬉しくおもうが、あれらはもう、どうにもならんのだから、考えずとも宜しい。一緒に探せば新しい道など、幾らでも見つかる」

新しい道。その言葉をそっと呟いてみると、胸にざわついていたものが消えていくのを感じる。鷲頭をみつめ返すと、嵩利は参りました、というように弱々しい笑みを浮かべて降参した。この夜のなかに鷲頭と居て、ひとりで暗い澱みに陥る必要などないのだ。

「仕舞いまでは…駄目ですよ。ほんの少し、だけに、して…」

「わかっている。そのまま、眠ってしまえる程度に、な」

それから。強襲をかけてきたときのような、情欲に粘りつく愛撫はぴたりと止んだ。嵩利は鷲頭にからだを預けながら、温かく大きな掌が絶えず肌を撫でてゆくのを、まどろみと満ち足りた気持ちのなかで味わっていた。

それは、春の陽にあたたまった、遠浅の海辺の波間に身を委ねて、たゆとうのと似ている。互いの温もりのなかで、溶け合うような愛撫を交わしながら、ふたりは共に眠りへおちていった。
→【8章・1話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・111―120話 | 15:28 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰拾肆話

いっかな通らぬ持論とはいえ、それを鷲頭は完全に棄てなかったし、己が無力だと打ちひしがれもしなかった。悔しさも何もかも愛する伴侶にだけ、時折その心を明かすことで、随分と救われたからだ。

いつかきっと論を唱えることができるはずである、と、一種の祈りめいたものを抱きながら、海軍大学校で教壇に立つ日々を送っている。

領土拡張主義、帝國主義、軍国主義、といったものが主流のなかで、鷲頭が唱える協調論はそれこそ、馬鹿げた夢物語のようなものとしか世には映らなかった。

だが、よく咀嚼し、突き詰めて考えればこれは、人類の底にねむる倫理と良心に訴えかけるものを含んでおり、いつか、戦に明け暮れて疲弊しきった者たちが、結局はとる道になるのではないか、と、嵩利のなかで結論に至っている。

そして、この先どんなことがあろうとも、この鷲頭の論を消させることは誰にもさせない、と固く心に決めた。かれの意志がそのまま、嵩利へ引き継がれて、胸中へ密かに仕舞われたのだった。

こうして、”箱庭”にいて国の守りの為に修練に励んでいても、肌を刺すようないくさの気配が日々高まってい、それが海向こうの支那へ押し寄せつつある、というのを嫌でも感じる。帝都でも、軍部首脳が慌しく動きを見せ始め、大正二年の夏休暇を最後に、安穏と過ごしていた日々は終止符をうった。

秋にさしかかる頃、慌しく第三艦隊も横須賀に帰ってきた。潮に揉まれて逞しくなった男たちを迎える街の空気も、一種異様な熱気を孕んでいて、いよいよ戦か、これで我が帝國も名実共に一等国か、とあちこちの街角で囁く声すら聞こえていた。

「けッ、いい気なもンだなァ、おい。国民にとっちゃ、このきな臭ェのも平気の平左か。なんだ、アレか。吾妻橋から見上げる大川の花火と一緒かィ、えぇ?」

と、各艦隊の司令長官以下、幕僚が集った料亭、”小松”の座敷で、那智は暗にこの時流を嘲ってみたのだが、酔ったうえでの言葉であったから、座に居た者たちは冗談と受け取って笑っていた。

その真意を汲んで内心で冷汗をかいたのは、鞍馬座乗の浅田長官と、筑波艦長の橘田と、香取副長の守本くらいだったであろう。

国防の見直しを計ったうえでの、艦隊再編成だとか銘打ってはいるが、意図は見え透いている。国の存亡にかかわりもしない、火事場泥棒のようないくさになどに、出てゆきたくはない。だが、英国との同盟があるからして、そうもゆかないのが現状なのだ。それに那智自身、日英同盟に附す軍事協定を結びに行った身である。

何も、那智や鷲頭たちだけではなく、海軍に身を置く者は多かれ少なかれ、政略に軍部が利用されていることに矛盾したおもいを抱いている。その性質上、海軍士官というものは外交官の代理でもあるが、儀礼的なものに過ぎない。所謂、抑止力の体現者として、すぐれた勇武と紳士的素養と高い教養とを備えた、軍人としての姿勢を保ってこその、”外交官”なのである。

「―長官、いくら酔ったとはいっても、あんなことは軽々しく言わないでください。冷汗が出ましたよ」

いつの間にか座をするっと抜け出して、姿をくらませた那智を、守本は難なく見出した。何のことはない、三つ四つ離れた空き部屋で、持ち込んだ酒を傾けつつ肘枕をしてごろりと横になっている。

「守本、おい待て。おらァそんな説教は聞きたかねェぞ。そんな、―あいつみてェな口ぶりで、おいらに説教するンじゃねェ」

端正な白い第二種軍装のままでいるのに、寝返りをうって大の字になると、癇癪を起こしたこどものようにして喚く。相当酔っているな、と守本はふとい眉を下げつつ、ため息を漏らす。

「今日ばかりは諾いていただかないと。軽々しく抜け出してよい席ではありませんから…、戻りましょう、長官」

「ああ、こんな所に居たのか。まったく、これでは守本くんも苦労する筈だ。―こら、那智。いい加減にしないか」

温厚でとおっている浅田が珍しく、やや色をなしている。浅田も酒に酔っていて、普段抑えているものが滲み出ているからなのだろう。剣呑な空気が、さっと室内に流れる。

「煩ェやい、おいらに構うンじゃねェ」

「―この、馬鹿やろうッ」

大の字のまま、酒に灼けたどら声を放った那智へ、浅田が怒鳴りつけながら掴みかかっていった。止める間もなかった。というよりも、まさか浅田がそんな挙に出るとは予想もできなかっただけに、制止しようと伸ばした守本の手はむなしく空を切った。

浅田は、餓鬼大将のようにして膨れている那智の胸倉を掴んで引き起こし、睨みつけた。浅田と那智は進級の時期に差こそあれ、あの混沌とした明治初期の海軍兵学校に於いては、ほぼ同期に近い存在である。

「そうして不貞腐れていて、何になる」

「なンにも、なりゃしねェよ」

「帝都で、鷲頭や新見がどんな思いで軍務に就いているか、それを―」

「煩ェ!そンなこたァ百も承知でィ」

こどもの喧嘩のような応酬のあと、浅田は拳に固めた右手を振り上げる。兵学校での鉄拳制裁をおもわせる遠慮のない一撃が、那智の頬を見舞うかにみえた。だが浅田はその拳を震わせたのち、振り下ろして畳に叩きつけた。

「―何でィ、殴らねェのかよ」

「身内で殴り合うなど、それこそ不毛だからね…」

燃えた怒りは刹那のことで、浅田の身から抜けていた。上衣の金釦を千切りそうな勢いで掴んでいた胸元から手を離すと、浅田は大きく息を吐きながら那智の前へ腰をおろした。那智もすっかり毒気を抜かれたようになってい、決まり悪そうに頭を掻く。胡坐をかいたままだったが、ぺこり、と浅田へ頭をさげた。

「…よゥ、おいらが悪かったよ。久しぶりの陸と酒の席で、ちっと気ィ緩め過ぎたンだ。まさか、お前ェさんに叱り飛ばされるたァ、おいらも情けねェなァ」

酒に酔ったとはいえ、内輪もめの、それも下手をすればとっ組み合いの喧嘩に発展するところであった。海軍将官が、天下の料亭”小松”でそんな真似をすればどうなるか、火を見るよりあきらかである。

軍縮派の盟友たちは、皆どこか気分がささくれ立っている。

こんなとき新見が傍に居れば、那智もこれほど荒れはしなかったのだろうか。それとも、帝都で嵐の渦中にいる新見を思えばこそ、こうも荒れたのか、と、両者の仲裁に入るべく身構えていた体のちからを抜きながら、守本はふたりの長官を労わるようにみつめた。
→【2話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・111―120話 | 19:52 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第佰拾伍話

このころ日本海軍は、嵐の前特有の波に漂っているような状況のなかで、その舵をとっていた。ざわざわとして落ち着かぬ、気持ちの悪い揺れを生む波に揉まれているも同然であった。

それを素直に、船酔いしました、と宣言して下船できれば言うことはないのだが、と、新見は赤煉瓦の食堂で味気ない朝食をとりながら、詮無いことを思い浮かべている。そんな思考を漂わせていられるのも、ごく僅かである。

始業前だというのに、もう副官が呼びに来る始末で、あたたかい牛乳を啜る間もない。開戦して交戦中ならまだしも、これでは先が思いやられるな、と新見は首を振りながら呼び出された先―海軍次官室へ向かった。

主要艦隊の司令長官たちを帝都に招んで、新艦隊編成の会議を開くらしい。その膳立てをしろというのだろう。今の海軍次官は、以前人事局長だった三上で、いわば新見とはツーツーの間柄である。

「新見、一昨日”小松”で那智長官が随分荒れたそうだ。詳細は知らんが、気を悪くした長官も居るようで、その、困るんだがなァ」

と、第一声がこれであった。

那智の手綱を握れるのは新見しか居ない、というのを三上は知っている。余り気の強くない性格から、このように婉曲な言い回しをするしかない。故にその語尾に”頼むから、なんとかしてくれよ”と付いているのを、新見の耳はしかと聴き取っている。

「さすがに長官全員だからねえ。新橋はごった返すとおもうが、そこは迅速にな」

と依頼され、艦隊司令長官たちの上京の手筈を、新見は一手に引き受けたのだった。


翌日、朝早く、新見は赤坂の家を出た。今日の手配は抜かりなく済ませてあるから、あとは駅頭で長官たちを出迎えるだけなのだが、ひどく落ち着かない。

ひとつは、この赤坂の家にその理由がある。

ある大店のあるじが、七年ほど前まで構えていた妾宅だったもので、譲渡されたか、どういう経緯か知らないが、那智が好きに使っている”隠れ家”のひとつである。

妾宅、というだけあってつくりは一々艶めかしい。那智が最も気に入っている場所だから、帝都滞在の折は、殆どここを自宅のようにして、ふたりで過ごしてきた。付け加えて言うと新見は普段、官邸住まいである。

小松で”イモ掘り”をやりかけたことや、立場に応じて自重せぬ相変わらずの振る舞いに対して、どう叱言をぶつけてやろうか、その方面に思考を傾けてみるが、それにはかなりの努力を要した。

―私としたことが。こんなことならきちんと官邸から来るべきだったな―

と、脳裏に那智の人を食ったような笑顔を思い浮かべて、ぽっと目許を赤らめながら、呟く。普段は那智の”べらんめえ”を厳しく諌めている新見だが、今回ばかりは、論旨鮮やかな説教が出来る自信はない。

それというのも、大正に改元されてから発令された辞令のもと、陸と海とに別れて以降、一度しか顔を合わせていないうえに、外海近海問わず、各艦隊に於いて事故が非常に多発していた時期もあり、事故の報が舞い込んでくるたびに痩せ細るようなおもいをしてきたからだ。

幸い、那智が率いる第三艦隊には事故は発生しなかったのだが、説教ができるのも、ひとえに無事に生きているからこそである。あのような事故だのという事態が頻発していたのを思えば、叱る文句も減ろうというものだ。

だから、那智が横須賀の料亭で多少のやんちゃをしたくらい、実は新見にとってはどうでもいい問題なのであった。寧ろ、普段と変わらぬそういった素振りをみせているについて、嬉しくさえおもっている。

もうすぐ、あの声が聴けるのだと思うと、自然と笑みが零れてくる。列車から降りてくるときも、いつもの粋な身ごなしで現れるのだろう。そうして無造作に、ひょいと敬礼をして寄越すに違いなかった。
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| 綿津見の波の色は・111―120話 | 23:04 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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