大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第捌拾壱話

 半月はあっという間に過ぎて、鷲頭と嵩利はふたたび陸と海へ別れた。

 第三艦隊旗艦香取、那智司令長官附という肩書で、艦上の海軍士官となって海へ出て行くが、横須賀軍港の桟橋には、それを見送る鷲頭の姿はなかった。一足違いで既に海軍省へ着任していたのだ。

 駆引きと策士の巣窟とか何とか、軍令部よりも参謀向きの連中がごまんといるとか、馬鹿馬鹿しいと半ば聞き流していた諸々を、実際目の当たりにして呆れたのが初日で、嵩利と滞りなく軍務をこなしていた、平穏で気持ちのよい日々を、鷲頭は早くも噛みしめずにいられなかった。

 駆逐艦くらいなら沈められるのではないかというほどの、雷の如き大喝を浴びせかけて、取り入ろうと現れた某大佐を執務室から退散させたあとは、碌な用事でもないのに訪ねてくる士官を、只のひと睨みで追い返していった。

 秘書官は前任に引き続き守本少佐だったから、自身が扱う軍務については何の心配もしていないが、問題は外野である。毎日このような状況に置かれては、堪ったものではない。

 初登庁を終える頃、ひょっこり藤原と城内がやってきた。このような一日だっただけに、鷲頭はふたりの御大がみせる温顔を、有り難く拝みたいような気持ちだった。

 「まあまあ、そんな顔をしないで。後で幾らでも聴くヨ。良いところに連れて行ってあげるから、一緒にお出で」

 相当情けない顔をしているのだろうか、鷲頭は眉間に千尋の谷を拵えながら、ふたりに導かれるまま、門外に停まっている車に乗り込んだ。

 車は青山へと着き、見覚えのある藤原の邸宅がすぐ近くに見える。降り立ったそこには、真新しい静粛とした日本家屋が建っており、白壁の間に構えられた門柱に、表札はない。その代わりに家紋が門扉につけられている。

 「―いつまでも煮え切らない様子でいるから、勝手に進めてしまったよ。家族を持って、主として構える家を持たないというのは、褒められることではない。きみは全く無頓着だよ」

 「は、それは面目次第もありません」

 それに関しては反論の余地がなく、藤原の前で鷲頭は初々しい少尉の頃と違わず、頭を垂れて畏まった。

 「最初に打診したときに返事が芳しくなかったから、仕方ないとは思っていたヨ。鷲頭くんは、根っからの艦乗りだからねェ。そうそう、あちこちにあるきみの隠れ家だが、もう必要ないンだから、家財蔵書の類は全部ここに引き揚げたからネ」

 と、珍しく城内がとりなした。

 音頭を執ったのは藤原のようで、鷲頭が海軍士官になりたての頃から見てきているだけに、建築から庭つくりの趣向に至るまで非の打ち所がない。一歩門を潜ってすぐに、土に水が染む如き感覚が心身に渡ってゆくのを感じた。まるで長年住んでいたかのように、しっくりとしている。

 「うむ…気に入って貰えたようだな」

 「ありがとうございます」

 城内を経由して住居については幾度か、それとなくつっ突かれていたのだが、のらくらとかわしていた。それというのも、嵩利の生家が片瀬にあるわけで、鷲頭は今まで通り官舎と艦とが公然の家で、私的にほんの時折、嵩利の生家へ、言葉通り甘えさせて貰いにゆくつもりでいたからだ。 そういった居場所があるのだという認識が生まれただけで、鷲頭にとっては充分だったのだが、やはりそういう訳にはいかないらしい。

 「ご子息には、家を構えるについて話は…、その顔つきでは、しておらんようだな」

 「…すぐに便りを出します」

 「ちょっと鷲頭くん、それはさすがに無頓着が過ぎるヨ。ご子息、もっと大事にしているかと思っていたのに」

 滅多に動じない城内が、呆れ顔をみせて、ふと口を尖らせた。

 「余り杜撰なことばかりしていると、本当にぼくが貰っちゃうからネ」

 幾分、本気で立腹しているらしい。藤原からも睨まれて、鷲頭は恐縮する外なかった。
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| 綿津見の波の色は・81―90話 | 20:54 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第捌拾弐話

 厳密に言えば、はっきりと任務内容の決まっていない辞令に不安はあったが、嵩利は司令長官である那智と、高木参謀長の連絡役のような、副官のような位置に就いて、栗鼠さながらに艦内を往き来している。

 忙しさはひとかたではなく、いつか赤煉瓦に居た頃を凌ぐようなときもあったが、やはり海へ出ていることもあり、格段にいきいきとしながら励んでいた。

 「おゥい副官、便りが届いたぞ。おらァ、いま暇なんだ。直ぐ来ねェと駄賃代わりに読んじまうからな」

 那智のからかう声が、隣室から聞こえた。どうやら、通信長から直接手紙を受け取ったらしい。司令長官公室に設えた、続きの間になっている控え室で、ちょうど手の離せぬ書き物に専念している。嵩利は口許を緩めて、隣室へ顔を向けた。

 「いいですよ。手が離せませんので、読みあげて下さると助かります」

 声に笑みが含むのを隠しもせずに、言う。

 「けッ、こまっしゃくれたこと言いやがって。人様の恋文を読む奴が居るかィ。おらァ、じぶんので腹一杯だ」

 と、那智は臆面もなく言いながら、控え室へやってきた。二通の書状を携えていて、嵩利の向かいへ無造作に腰をおろす。

 「…いつまでも、そんな野暮なものを広げてるンじゃねェよ」

 煙たそうな声で、那智にしっしっと払う仕草をされる。言われてみれば午後の茶をたしなむ時刻でもあり、嵩利はいそいそと店をたたんだ。

 受け取った鷲頭からの書状を開くまでもなく、裏書にまず眼を瞠る。差出人住所が赤坂区青山、とある。官舎であれば麹町区霞ヶ関の筈である。首をかしげながら、それを開いた。


 ―きみに先ず、詫びねばならぬことがある。文を開く前に気付いただろうが、実はこの度、居を構えた。貸家ではなく、私ときみが住まう為に土地を得、家を建てたのだ。

 私自身は今まで通り、生活を変える積もりはなかったのだが、やはりきみという家族が居る以上、鷲頭家の主としては最低限の体裁ということだ。

 と、ここまで偉そうに認めてみたが、実は藤原大将と城内大将に、散々喧しく言われての結果だということ、土地建物に関しても、殆どお二方に任せきりだったことを、きみにだけは正直に白状しておく。

 私がもたもたしていなければ、揃って新居で幾ばくかは共に過ごせたかもしれぬとおもうと、大いに悔やまれる。新居に独りで居ることに一層の寂しさを感じる故、この愚痴はもうこぼさぬことにする。

 今回の信は報告書の如き味気無いものになってしまったが、先ずきみに伝えねばならぬ事項故、我慢してほしい。時を空けずに次信を書き送る、待っていて呉れれば幸いだ。

 五月九日 春美より


 「…どうしたィ、何かあったのか?」

 さほど長くもない文面を何度も読み返しているし、眸は丸く見開かれたままであるのを認め、那智は訊かずにいられなかった。

 あれだけ端から端まで厳しい鷲頭がと、確かに驚きはした。しかし、かれの傍らに居て四年が経つ。物や金銭に執着がない性格だけに、ある意味では非常に鷲頭らしい振る舞いと言える。

 嵩利がまなこを丸くしているのは、こうして突如、公然としたふたりきりの居場所ができたと、それについてである。

 「その…青山に家を構えたそうです」

 「ほぉ、奴さんやっと腰をあげたか」

 那智はそれだけ言うと、嵩利の表情を酌んで、にやにやしている。内心まで見抜かれているようで、つとめて平静を装ってみても、嫌でも頬が火照っている。
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| 綿津見の波の色は・81―90話 | 21:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第捌拾参話

 穏やかな性格だが、無口で怖い顔つきの鷲頭は、軍務となると梃でもうごかない。赤煉瓦ではやくも煙たがられ、頑固で面倒な人物として扱われはじめても、かれの眼は周囲のそのような下らぬ批評などはいっていない。ひたすらに、正しく続くべき海軍のすがたを守ろうとしている。

 その姿勢に、襟を正すように気持ちを持ち直した士官も確かにいて、そういうひとびとは一種どこか、清涼な顔つきになって鷲頭に会いに来る。

 それについて特に何を言うわけでもなく、かれらの顔つきを見て、眉間を和らげるわけでもない。考え方が柔軟になったことは認めるが、そもそも海軍士官は、そのような姿勢であれと躾けられてきたではないか。

 鷲頭の心には、透徹とした眸の光とどこまでも無垢な意志を持つ、唯一無二の海軍士官の姿がある。それが自身の伴侶だからと、高く買っているわけではない。だれも、もしかしたら鷲頭でさえ、あの眼差しには届き得ないかもしれなかった。

 別れる前に嵩利と交わした会話に、いまの鷲頭は励まされ続けている。

 ―難しいことは、ぼくの分を超えていますから、春美さんの支えにはなれるかどうか―

 謙遜しすぎだと、ここであたまを小突いた記憶がある。

 ―日本は海軍が守らねばならないようにできています。しかし、軍拡は結構ですが、四方の海にそれ程の戦艦がなければ日本を守れないとは、どうしても思えません。居たのは短いあいだでしたが、帝都の赤煉瓦は、ずっとローリングしながらすすむ戦艦のなかのようでしたよ。それにちっともスマートじゃありませんでした。とてもではありませんが、あれでは海軍士官とは言えませんね―

 陸の務めも、海の務めも、まったく同じ気持ちで励まなければということはわかっていても、あまりにも違いすぎたと嵩利はそう言っていた。やはりぼくの本分は海にあるんです、と切ないものを含ませながら浮かべた笑顔は、どきりとするほど颯爽としていた。この一年の間に、たとえ陸にいても、精悍な海の男として確実に成長していた。

 このたび洋上へ出た艦はすべて、日露戦争の名残をのこすクラス―所謂、前弩級艦―で、薩摩をはじめ今後は弩級艦の建造に移る。嵩利が乗組んだ香取は、国外へ発注した最後の艦でもあった。その艦で、洋上を狭しと疾駆してゆくのだから、それだけで立派な反骨の意思にもみえる。

 旗艦香取率いる第三艦隊は、一路欧州をめざして、佐世保を出た筈である。訪問先は英国。先の英国皇族の来朝に対する答礼訪問ではあるが、日英同盟でむすばれているいま、それに続く軍事面での援助について協議をしにゆくというのが真相だ。

 いま欧州は不安定である。そのなかに、日本がどのように立ち入ってゆくかにもよって、情勢は変わるだろうと、司令長官である那智にそのおもいを託すような手紙を、つい先日送ったばかりだ。勿論、嵩利にも遠慮のないことばを綴ったものを、諸々の書籍とともに送ってある。

 「鷲頭くん、今日は芝へ行きませんか」

 午後に訪ねてきてそう言ったのは、新見である。

 芝には水交社があり、帝都だけあってそこで起居できるほどの施設さえある。ちょっとの間雲隠れして息抜きをするには、最適の場所でもあった。

 「ん…、うむ」

 執務机へ肘杖をついて、ちょうど考え事に耽っていたが、敢えてそれを取り繕うとはしない。周囲のちょっとした動きでも、普段ならば即座に身を構えるのだが、友人のまえでは必要ない。それに新見は部屋も階も違い、同じ海軍省にいても顔を合わせることは少ないのに、鷲頭がこうして僅かに疲れを滲ませる頃になると計ったように訪ねてきて、誘いをかけてくれる。

 「ご子息に、禁酒令を解いてくれと打診しないと、愈々いけませんね」

 まじまじと鷲頭の顔をみつめたあと、新見はさも深刻そうな表情をして呟いた。無論半分は冗談である。

 嵩利は相変わらず鷲頭の飲酒については厳しい態度をとり続けている。海ほどあってもけろりとして呑んでしまうつわものに、禁酒は相当堪える。他でもない伴侶の言葉だから厳守しているが、どうも酒は鷲頭にとって、栄養源として体が要求するようになっていると、認識をした。だから、一升とは言わぬにしろ、その半分でもいいから許してほしい、と実は送った手紙にも書いている。

 「あれが、そう簡単に解いてくれるとは思えんがな」

 ふっと、遠い眼をしつつ鷲頭は呟くようにして言って、眉間を寄せた。脳裏に碧い波を蹴って進む香取の艦影と、受け取った文をどんな表情で読んでいるかと、嵩利の顔を思い浮かべた。
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| 綿津見の波の色は・81―90話 | 23:23 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第捌拾肆話

 初夏の匂いが桜の若葉を擽るころになっている。

 鷲頭と新見は海軍省を少し早く退いて、芝の水交社を訪れた。夕食にはやや早い時刻だったが、構わずに席を陣取る。しかも雲隠れどころか、堂々とめだつ場所にである。海軍では階級の上下があろうがなかろうが、こういう場所では構わずに席をともにするのが普通で、遠慮しない。どこへ座っていても誰かしらやってくる。

 定刻をすぎると、庁舎を引いてきた士官たちが憩いに訪れる。いつもと変わらぬその光景が広がってゆくのを見ているだけでも、鷲頭は内心の澱が縁から僅かばかり溶けてゆくのを感じていた。

 「鷲頭局長、お隣失礼します」

 「あれっ、新見局長、まだ鰹は召し上がっておられないンですか」

 「なんだ貴様、気が利かないな。そういうときは黙って持ってくるに限るだろう」

 「おれは副官向きじゃないって、気が利かないのは、部長の折り紙つきだよ」

 どっと笑い声が混じり、鷲頭と新見の居るテーブルに、あけっぴろげな態度をみせて士官たちが同席する。旬の魚といい、副官の云々といい、それらは鷲頭の耳に入ると、悉く嵩利の面影に結びついてしまう。徒に恋しがっている訳ではないし、その積もりでもないのだが、もうこればかりはどうしようもない。

 テーブルを囲み、自然と和やかな空気に包まれて夕食に移ろうとしている鷲頭たちを、どこか暗いまなざしで捉えているひとりの士官がいた。少し離れた窓際の席から、半ば呆然としたような表情でいる。

 軍令部参謀の証である金の飾緒を身に帯びている。いまは第一部第一課に身を置く、山科中佐であった。

 纐纈の策略に嵌り、踊らされた挙句、自暴自棄になって深い闇の淵へ一度落ちこんでいったが、自身に備わった才覚と、未だ残る善きものへの思いとが身を助け、辛うじて山科を海軍へ繋ぎとめてくれていた。もし居るのならば、神が見捨てなかったのだと、時々ぼんやりと考えることもある。

 今の山科は、もう纐纈の傀儡ではなくなっている。その代償に強力な後ろ盾を失ったが、欲と金に塗れているような、そんなものはどうでもよかった。

 フォークにのせた料理をくちへ運ぶが、咀嚼しているのに味もまともに感ぜられない。何か、山科はからだと意思が切り離されでもしたかのように、淡々と食事を進めながら、時々視線を鷲頭の居るテーブルへ向けた。

 全く食べた気のしない夕食の、食後の茶もそこそこに席を立つ。件の席はふたたび、鷲頭と新見だけが寛いでいる。そこへ山科は吸い寄せられるようにして、近づいた。

 「鷲頭局長、お久しぶりです」

 発した声はつとめて静かなものだった。そのことに自分でも驚いた。

 かれに対してどのような企てをもったか、そしてそれらを半ば為そうとしていたか、先ずそれを詫びるべき身であるというのに、こうして平静な態度でいる。厚かましい自身の面の皮に、今回ばかりは感謝した。

 悔いるのも、罪科を負うのも、いまここでなくとも、あとで幾らでもできる。それよりも今は、どうしても鷲頭に伝えなければならないことがある。

 「すこし、お時間拝借してもよろしいですか」

 柔和な口調と、どこか寂しげな表情のなかに切実な光を宿す眼を、鷲頭はしっかりと捉えてい、即座に頷いた。嘗て淡く想いを交わしあった男は、あの大戦の直前、不安に震えていた夜にみせていたのと寸分違わぬまなざしをしている。
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| 綿津見の波の色は・81―90話 | 00:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第捌拾伍話

 所謂、”外向き”の軍務に就いたのは、嵩利にとってこれが初めてで、一年に何度も着ることのない大礼服に身を固めることには、内心うんざりしていた。もっとも、これを着るについて、そう悪い思い出ばかりがあるわけではない。

 横須賀鎮守府へ務めに出ているとき、鷲頭の友人である写真家に頼んで、ふたり一緒に大礼服で写真を撮った。言ってみれば婚礼写真に相当するようなものだ。あの写真もきっと、青山の新居に飾られているのだろう。宿舎で煩瑣な礼服を纏うあいだ、嵩利の口許から微笑が消えなかった。

 英国に着いてからこのかた、毎日が答礼訪問に関する催しばかりであった。

 普段一緒に居るとつい忘れがちだが、司令長官の那智の供をして陸にあがると、周囲に寄る人波の多さに吃驚する。辟易したのは、初対面の英国人が悉く、嵩利の容貌と肩章とを見比べることくらいで、かれらから見れば恐らく、嵩利はこどものように見えたのだろう。これには苦笑を禁じえない。

 昔、海軍兵学校を受験する際、担当官から年齢を詐称していないか、厳しく問い詰められて調べられたことがある。まあ、そのようなものだろうと、それ以降は気にも留めなくなった。

 今日は日本を訪問してくれた皇族殿下主催の歓迎会がある。

 いざとなると肝が据わるのか、幾つかの式典などをこなしたあとは、嵩利は特に緊張もおぼえずにこういった席に列していた。いきがっているわけでもなく、平素と変わらぬ態度でいるのを、同期の佐官たちは感心したようにみている。

 概ね、こういった絢爛きわまりない催しが一通りすむと、それらをスマートにこなした褒美とばかりに、英国海軍を退いたかつての提督が香取を訪れた。かれは日本海軍の士官たちを集めて、英国海軍のネルソン提督のはなしを語ってくれたのだ。このときばかりは嵩利はまるきりこどものように眼を輝かせて、熱心にそれを聴いた。

 日英同盟がもたらすものだけでなく、それ以降はあちこちで英国と日本の海軍士官の交流がはじまり、まさ盟友との蜜月、というべき光景がみられていた。

 その最中、嵩利は突然、大使館から招待をうけて、那智とふたりで急遽赴くことになった。

 英国大使館に駐在している吉田大使は回りくどいことがきらいで、用件を前置きなしに述べた。物腰が柔らかいのに押しが強い。むしろ大使というより、大店を切り盛りする商人の風格があるように感じた。

 用件というのは、嵩利を駐在武官に欲しいということだった。日本には帰らせず、このまま置いてゆけというのだ。今まで催されてきた式典などを、どこからどうみていたのか、大使は嵩利の物怖じしない態度が気に入ったらしい。流暢な英語と、なかなかに明晰な頭も買ったのだという。

 「いやいや。急にこんな話を突きつけて、甚だ無礼を致しました。お詫びといってはなんですが、今晩官邸でご一緒に夕食をいかがですかな」

 ということになって、夜に再び大使館官邸を訪れた。招かれたのは那智と嵩利だけかとおもっていたが、他に海軍将官、士官があわせて三人、顔をそろえていた。嵩利にとってはまったく見慣れない顔ぶれであったのも無理はなく、かれらは艦政本部から派遣されている士官たちだったのだ。

 那智はかれらを知っていて気軽に紹介してくれたが、それを終えると珍しいことにほんの僅か、意に沿わぬようなことをした、と言いたげな眼を嵩利へ向けた。たとえ気に食わぬ人物が居ても、いつもなら席上では知らぬ顔をしている那智がである。

 ”宮様”とからかわれて紹介された纐纈少将は、参ったなという茶目を含んだ表情を浮かべたあとは、またもとのような深沈とした態度でいる。嵩利からみて、かれにはどことなく、鷲頭を思い出させるようなところがあった。あとの二人の士官は、現在英国に駐留している武官だった。

 先任武官の橘田中佐が、どうにもからだが思わしくないということで、日本へ帰って療養したいと、わざわざ軍医の診断書まで携えてきていた。

 それはそのまま、那智と嵩利に対する嘆願書になり、いっぺんに断わりきれぬ状況へ持ち込まれてしまった。艦隊の指揮系統にもかかわることだからと、その晩は早々に大使館官邸を辞して、那智と嵩利は宿舎へ戻った。

 「実は英国へお前ェさんを置いて帰るつもりは、これっぽっちもねえ。だが、ああ頼まれちゃァなあ。ちぃっと明日から大使館へ出向いて、先任武官の補佐をしてやってくれや」

 苦りきった顔をして、那智は策を捻り出した。嵩利はどちらにせよ、命令どおり動くしかないのだが、なぜ那智がこれほど渋っているのか、どうしても訊きたかった。

 「あの”宮様”な、鷲頭や加藤と同期なんだが…、どうも益々いけすかねェ。お前ェさんの眼にどう映ったか知らんが、おらァあいつらの少尉候補生航海訓練のときに分隊長だったんだ。これでいて行状はよく見ていたつもりだぜ」

 那智から言わせれば纐纈は、鷲頭とまったく正反対の性質をしているように見えたらしい。傍目にも家柄を鼻にかける素振りなどはなかったそうだし、同期連中からも鷲頭と同様頼りにされる存在で、将官の卵に相応しいことは確かであったという。

 「うまく言えねェが、あれァ一生直らねェなと。ま、周囲に迷惑さえかけなけりゃ放っておいても大したことはなかろうと。おらァそれ以降、あの”宮様”には関わってねェってこった」

 こうして再会しても、那智の纐纈に対する印象は変わっていないらしい。嵩利は腑に落ちない表情で首を傾げた。まだまともに会話もしていないうちから、上官に対して偏見をもちたくないというのがあった。

 「アア、すまねえ。お前ェさんはそんな眼で上官をみる訳にゃあいかねェか。そンじゃ、ついでに纐纈の偵察もしてこい。あいつがどんな奴か自分の目で確かめてみな」

 それから那智は、つい陰口を叩いてしまったことを、ここだけのはなしだぜ、と言って悪巧みでもするような笑みを浮かべてみせた。
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| 綿津見の波の色は・81―90話 | 09:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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