大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第漆拾壱話

 探るような鷲頭の視線に気づいた。放っておいたら間違いなく今夜も、遠慮せずに嵩利を貪り尽くしそうな、そんな獰猛な色が見え隠れしている。

 「春美さん、今夜はさすがに、官邸へお戻りにならないと…その、明日は鎮守府へ出仕ですし」

 こういうとき、鷲頭の手綱を握る手段は心得ている。案の定、嵩利の言葉に、ぐっと眉を顰める。確かに、二日も外泊するわけにはゆかない。官邸住まいの身であるのを、この時ばかりは恨めしくおもう。

 「そうだな。ああ、昼間は明日に話を聞かせてくれと言ったが、辞令の発効は七日後だ。鎮守府へは出仕せず、明日はここで休んでい給え」

 「そうさせて頂きます。では、お話したいことは、論文に纏めておきますので」

 「無理をせずともよい」

 「はい」

 「…まだ痛むか?」

 「あれだけの事をしておいて、たった半日で治ると思いますか?あなたに愛されて、それは何よりも嬉しいですけど…、度が過ぎますよ」

 頬を膨らませて半ば呆れつつ、対面している鷲頭を見つめて言う。海軍では謹厳実直できこえているというのに、そこから切り取られた、嵩利とだけ居る、こういった時と場所に於いては、別人そのものである。叱られて、ばつの悪そうな表情を浮かべ、鷲頭は嵩利へ顔を向けた。

 「いくら何でも朝までなんて、酷すぎます。これから、また配属が変わって、半年どころか、海へ出ればもっと長い間、離れることも有り得るんですよ?どちらかが上陸する度に、あんなことをしていては、春美さんは兎も角、ぼくは身が持ちません」

 まったく、正論である。

 「すまん」

 眼前で、さッ、と潔くあたまをさげる仕草が、鷲頭に似合わず、朴訥ささえ漂っていて、どこか微笑ましい。本当はもっと懇々と、叱言を発するつもりであった嵩利の唇が、ふわりと緩む。

 「もう…、仕方がないですね…」

 嵩利の包みこむような大らかな笑顔を、鷲頭はまともに見られなかった。この愛情と温かさと優しさがあるが故に、どこまでもかれに甘えきっている。嵩利は、鷲頭を心の奥底から支えてくれている存在なのだと、今更ながらに実感する。

 何者にも代えがたく、誰にも触れさせたくない。この腕にずっと閉じ込めておくことが出来れば、どんなによいか―。刹那、衝きあげるような想いがこみあげ、ただほんの僅か、眉を寄せてそれを抑える。

 家を辞する前に、ふたりはやわらかく唇を重ね、それを挨拶がわりにして、鷲頭は官邸へ帰っていった。


 翌朝、普段より早い時刻に登庁する。

 昨夜はなかなか寝つけず、心に渦巻く熱情がまるで治まっていないのには、我ながら呆れてしまった。

 ゆったりと、いつもの時間に鎮守府へ現れた城内へ、手続きの完了した辞令を持ってゆく。城内は、ちらッ、と鷲頭の顔をみて、

 「やあ、お早う。一昨日と違って、随分こざっぱりした顔をしているネ、鷲頭くん」

 などと、始業時間前をいいことに、歯に衣を着せずに言って、あからさまに楽しむような表情でいる。それ以上は、言わない。下品に藪蛇を突くような無粋は嫌いである。

 それについては図星だけに、いつものように、ぎろり、と睨みつけて黙らせることはできなかった。極力、狼狽をみせないよう、難しい表情を保つので精一杯だった。

 「ところで、ご子息は今日、ここへは顔を見せに来てくれないの?」

 「辞令の発効は六日後です。荷も届いたばかりですし、今日はまず無理でしょう」

 「ふゥん、それは残念だネ」

 そう述べた理由を全く信じてはいないが、あの紅顔の美少年然とした、寵児の貌を見られぬというのは、誠に残念である。それだけは確かに、城内の声にこもっていた。

 それに、存外初心な鷲頭を、こうして透かし見られる機会は滅多にない。何か、宝物をみつけたこどものような気分になる。その意外さは鷲頭に限らず、友人たちの誰にでもある。そういったものを、密かに発見した喜びを楽しむのが、城内の妙な性癖でもある。

 実質、鷲頭と嵩利へ、おぞましい魔手が伸び切る前に救ったのは、城内の働きに依ること大なのだが、そんなことは一切言わない。ただその駄賃代わりに、少しばかり鷲頭の羞恥を煽ってやり、隠されたものを引き出して楽しむ。それで充分だった。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 04:10 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第漆拾弐話

 横須賀鎮守府での時間は、帝都と違って穏やかに過ぎてゆく。どうやら身辺に漂っていた不穏な空気が、すっかり晴れたことを漠然と感じながら、嵩利は日々の軍務に励んでいる。

 その相談役兼副官に、煩瑣で重要な事項まで任せきって、鷲頭は愈々軍備に対する意見を固め、微に入り細に入り、論文を綿密に仕上げることに没入していた。

 長官の城内が、参謀長執務室を訪ねてくることも増えたが、それは概ね副官に就いている嵩利を、片時も傍から離さずにいる鷲頭に対する冷やかしで、からかうような言葉をちらつかせて、面白がっている。無論それは、本心から思っているわけではない。

 ある朝も、始業前にぶらりと訪ねて来たが、めずらしく面を改めている。

 「今日はネ、真面目な話。ぼくンところの秘書官が今日は所用で居ないんだよ」

 それを聞くなり、嵩利はすっと消えるように席を外して、奥の扉から出てゆく。いつもは秘書官が淹れるはずの、長官が嗜む紅茶を支度して戻る。

 「長官、どうぞ」

 「おッ、いつもながら気が利くネ。副官、一寸だけ手伝いに来て欲しいンだが、参謀長、ウンと言ってくれないんだよ。午前中ずっと論文の執筆をしているっていうのにネ」

 あたたかい紅茶を注いだカップをとりあげながら、執務机と本棚の間を往き来している鷲頭を、眼でさした。

 散々、持論を表へ出すのを渋っていた鷲頭が、論文を纏めようと筆を取ったのも、嵩利の報告と、以前かれがここへ届けた、有元軍務局長からの書簡が決め手だった。

 帝都の赤煉瓦に少なからず蔓延る、慢心と驕り。欧米へ駐在武官に出ている士官たちは、諸外国が、わが国の急激な軍国主義への傾倒の兆しに、多かれ少なかれ危惧を抱いているという。

 しかし外国の顔色を窺って、国を守ることを疎かにするわけにはゆかない。そもそも陸海軍は侵略戦争など、毛頭するつもりはなく、また海軍も、その様につくられていない。内外へ帝國海軍としての意思を、示しておくべきだろう。その為の指針として、鷲頭はいま論文に取り組んでいる。

 「午前中だけでいいから、頼むよ。…つれないねェ、何も取って食おうという訳じゃないのに」

 「あなたには一度、前科がありますから。簡単に頷くというわけには参りません」

 ふたりの将官の遣り取りに、何か微笑ましささえ感じて、嵩利は紅茶を運んできた銀のトレイをとりあげて、笑んだ口許をそっと隠した。

 過去に一度だけ、軍務に私情を持ち込んだほどだ。鷲頭は慇懃な態度で、城内の頼みの重要性を吟味するかのように、改めて訊く。嵩利のこととなると城内に対してだけは、こうして庁舎に居ようとも、鷲頭は感情と警戒を露骨にみせる。裏返せばそれは、鷲頭と城内とが肝胆相照らす仲であるということでもある。

 こうした、ある意味において平穏な日々の中で、鷲頭は海軍を揺さぶることになる論文を完成させ、海軍大臣である小峰眞次大将へ、それを提出した。

 陸軍の尾木とならぶ、海軍の重鎮である小峰は、海軍大臣就任二度目で、しかも慎重な姿勢ながら、艦隊を新たに拡張することについて、賛成の意向を示している。なまじ理知的で穏健派なだけあって、説得するのは至難の業である。それを承知の上で、鷲頭は敢えてこの挙に出たのだ。


 明治四十三年、冬。

 一年半以上に及ぶ、第一艦隊司令長官の務めを果たした藤原格中将が、大将へ進級するとともに、旗艦三笠をおりた。司令長官の働きを認められ、御附武官として宮中に召喚される。

 横須賀へ帰港した三笠から登舷礼式で見送られ、内火艇から降りてくる藤原を、城内と鷲頭をはじめとする、鎮守府の面々はあたたかく迎えた。

 「鷲頭くん、とうとう腰をあげたか」

 端正な姿勢で挙手の礼を交わすと、藤原は訛りのきつい言葉で言って、鷲頭の肩をぐっと掴んだ。その手にこめられた力はつよく、感慨を含んだ眼差しとに、無口な藤原の心情が伝わってくる。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 20:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第漆拾参話

 着慣れぬ海軍の礼装が落ち着かない。まるで正月か節句に晴れ着で飾ったこどものように、居間へ出て来てもじもじとしている嵩利を、鷲頭は呆れながら見遣った。

 しげしげとあたまからつま先まで眺め渡して、その着こなしを厳しく確かめる。

 今日は大将に進級した藤原を祝う催しが帝都にて開かれるのだ。招かれているのは、かれの知己だけあって錚々たる顔ぶれである。だからと言うわけではないが、曲りなりにも帝國海軍士官の身で、礼を欠くようなことがあってはならない。

 「少しは落ち着きなさい。まったく…、海にばかり遣っているのも、良い事ばかりではないな」

 海に出ると、まるで郷里の腕白坊主のようにいきいきとして職務に励む様子は、みていて誠に気持ちのよいものだが、いざこうして陸にあがると、慣れぬことが多すぎて、つい地金が出る。

 確かにその点は、何も言い返せない。“船乗り”だけに、陸より海にいる方が格段いいに決まっている。こういった集いや何かというのは、嵩利にとっては場違いもいいところで、最も苦手としているものだからだ。所謂、不調法者の類に入るのかもしれなかった。

 「こら、襟紐が捻れたままだぞ」

 厳しい眼差しが、一点を定めて止まる。間近に詰め寄られて、くっ、と耳を抓りあげられた。

 「遣り直し」

 ぴしりと短く言い渡す鷲頭の礼装姿は、非の打ち所がない。さすがに踏んできた場数が違う。身に漂う紳士然とした匂いが、言わずともそれを物語っている。

 海軍士官としての礼節や軍紀は心得ていても、嵩利には洗練といったものは備わっていない。しかも、もうそういったものを備えていても、おかしくない年齢であるのは本人もわかっている。どうにも、取り繕ってみせているようで、いっこうに身につかないのだ。

 その代わり、いかなるときでも、天衣無縫の純朴さを全身から醸している。それが嵩利の最大の魅力になっているから、何事にも厳しい鷲頭だが、それについては口喧しく、場慣れしろなどと指摘しないし、殊更に躾ようともしていない。

 叱られた仔犬のような眼差しで、チョッと上目遣いに鷲頭を見て、嵩利はくるりと背を向けた。一歩、部屋へ戻りかけたのを、腕をとって制する。

 「身形は正しくあらねばならん。次からは一度で、きちんと着るように」

 振り向かせて襟紐を解きつつそう言ってから、我ながら甘くなったものだと、怒ったような顔のまま、内では苦笑を漏らしている。手早く蝶に結わえ直して顔を覗きこむと、嵩利はまだ、恥入ったような表情で瞼を伏せている。

 「すみません」

 「うむ」

 顎先に指を添え、押しあげて上向かせて眼を合わせる。もう鷲頭は表情を和らげている。いつも嵩利にだけ向けている微笑を含んだ眼である。何か言いたげにしている唇がいじらしい。紅い花弁のようなそれを、鷲頭はそっと包みこむようにくちづける。

 たまに、こうした小さいながらも大事な所でへまをやらかすが、けして二度はしないのだ。この、“海の子”は何よりも鷲頭の誇れる伴侶であり、恋人であり、副官である。

 「今夜は私の傍に居なさい。慣れぬ場で必要以上に気を遣うことはない」

 「…はい」

 過保護だと笑われるかもしれないが、肌に合わぬことを無理にさせなくともよいと、そう鷲頭はおもっている。それに下手に出て行けば、招かれた来賓のいい玩具にされるのは目に見えている。それが最も我慢ならない。

 いまは嵩利の宿舎にもなっている、横須賀の別宅を出て、列車に揺られて帝都へ向かう。山の手の穏やかな丘のうえにあるという藤原の邸が、祝賀の会場である。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 21:27 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第漆拾肆話

 大将へ進級し、華族に列せられても、藤原は贅沢や華美を好まず、広い敷地を所有しているのに、そのなかに建つ邸は主を表すが如く、瀟洒ではあるが質素な雰囲気のつくりであった。

 しかも、他に離れが二つあるが、そのうちのひとつは、苦学している青少年たちのための宿舎になっている。かれらはここから、それぞれの学び舎へ通っているという。

 それらの洋館が、侘び寂の効いた深沈とした日本庭園のなかにあるのがおもしろい。いつの頃から始めたのか、その前庭も中庭も、藤原家へ厄介になっている少年たちが、つねに清浄に掃きととのえてくれているらしい。かれらが自発的にはじめたことだけに、藤原は何も言わずにいるという。


 邸へ通されると、そこにはやはり海軍士官の姿が多く見受けられる。

 さながら、観艦式のあとに旗艦で催される艦上の宴か何かのようである。その中には、“元内大臣”とか“元侍従長”とかいった肩書きを持っている長老もいた。

 見渡してみても、嵩利ほど若い士官は他にいないようだった。気後れした様子でいるのを庇うように、混み合ったところを避けつつ歩を進めてゆく。鷲頭はすぐ傍を並んで歩く嵩利へ顔を向けはしなかったが、一瞬触れ合った手を繋いで、強く握ってやってから離した。

 歓談で賑わっている人々のあいだを通ってゆけば、見慣れた顔の揃っている一角が見えた。城内、那智、新見、有元、浅田、三上―かれらは鷲頭と嵩利を認めると、待ちかねていたように手招きをする。引き入れるようにして輪に加えるなり、鷲頭のうしろに庇われている嵩利を、那智が引っ張り出した。

 「お前ェさんは、ふた言目にゃァ名士名士と言うが。三上よゥ、この別嬪を軽く見ちゃァいけねえよ」

 人事局長をながく務めていた三上へ、那智が自慢げに言う。これまでの嵩利の―海軍の人事は、この将官が最終的に左右していたわけで、紆余曲折の末、今こうして鷲頭の傍へ置いて貰っていることもあり、感謝の念も含めて、嵩利は三上へ挙手の礼をした。表情こそ崩さないようにしていたが、微笑を堪えられなかった。

 三上はそんな嵩利の挙動に、戸惑うように細い目を瞬かせたが、すぐに短く端正な答礼を寄越してきた。

 「な、こういう奴なんだよ。可愛いだろ」

 恰も自身の身内を褒めるかのような口ぶりで、嵩利を評する那智へ、三上は渋々頷き返す。

 「ああ…、まあ、そうだな。それは認めるよ。可愛気のあるということは、確かに美徳だからな。だが、鷲頭少佐が大湊から始まって、才覚が芽を出してきていることくらい、私も気づいていた。だから、これまできみたちが推すことも成る程とおもって、諾いてきたんじゃないか」

 「まァ、そう不貞腐れるなって」

 確かに最初こそ、奇行のめだつ大尉のひとりを、いい厄介払いができたと言わんばかりに、三角定規で融通の利き難い、厳格な鷲頭の副官に附けて、洋上へ遣ったわけだが、その後の海軍士官としてのふたりの実績は、これでもきちんと見守ってきたんだぞ、と三上は不満げな顔を那智へ向ける。

 どうやらそのことで、随分と那智と城内からチクチクと苛められたらしい。元来、気の強いほうではないだけに、三上はそんな後ろめたさからか、ちらりと嵩利へ顔を向けても、細い眼を泳がせて逸らせてしまう。

 「正直に言うとヨ、お前ェさんを半ば目の仇にしかけていたンだが。まッ、これで仲直りできたわけだ。海の男は、いつまでも前のことに拘らねェで、お互い水に流して美味い酒を飲もうじゃねェか」

 那智はそう言って親しげに三上の肩を叩き、磊落に笑った。三上は安堵を含んだため息を漏らして、きみには勝てないヨ、とその言葉に、漸く顔を綻ばせる。ふたりはそのまま、輪から抜け出ていった。

 「どうやら、やっと悶着がおさまったようだな」

 噛み殺し切れぬ笑みが、苦笑いに変じて、鷲頭はそう呟きながら嵩利の隣へ立った。今日は軍務ではないからか、鷲頭はいつもより優しげで、嵩利を守るような寄り添うような姿勢でいる。人前でこんな態度を取っているのは、初めてである。

 もう籍をうつしたのだし、鷲頭の養嗣子―子息―なのだから、こうした態度は少しもおかしくはない。それでも改めて自身の立場を顧みると、嵩利は鷲頭の何であるかが今更のように沁みてきて、ひどくこそばゆくなる。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 21:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第漆拾伍話

 ホールに集っている、五十名はくだらない招待客のあいだを、藤原は大将の礼装すがたで丁寧に挨拶をしてまわっている。そのあいだに、鷲頭たちは勝手知ったる他人の家、と、中庭に面した静かな和室へあがりこむ。

 大勢から離れたそこへ、わざわざ訪ねてくる者が幾人もいる。そういった面々は大抵が同じ軍縮派の仲間か、もしくは賛同者で、続きの間までいつの間にか人で賑わっている。

 そこへ、遅れてきた加藤がひょっこりと現れて、うしろから陸軍の将官が顔を出した。このころ陸軍は濃紺縅の軍服から制式が変更されてい、カーキ色のものになっている。陸軍は通常礼装も軍服に勲章を吊った姿である。

 黒いフロックコート型礼装の海軍士官、その他文官、財界人なども概ね似たような色合いの洋装だけに、妙に浮いて見える。

 「いやいや、えらく遅れてしもうた。加藤さんには済まんことをしたわい。…それにしても久しぶりじゃなァ、皆元気にしちょったか」

 あかるい声を張り上げたのは、陸軍参謀総長の杉中将で、小柄なかれの後ろには、山口中佐と、陸軍大臣の川上中将が壁のようにして立っている。席を勧められ、三人は城内のとなりに座すと、たちまち、駆けつけ三杯、とばかりに祝いの枡に酒がなみなみと注がれ、運ばれてくる。

 「オイ、和胤。これは飲んでもええな?」

 「ええ、遅れてきた非礼がありますから…。自分も頂きます」

 杉はその三杯を、如何にも旨そうに飲み干した。どうやら暫く控えていた酒であったらしく、かれにとって罰には該当しないようだった。杉は枡を置くと、二重瞼のまるい瞳をくるくるさせて、身を乗り出した。

 「きいたぞ、海軍は軍縮の論戦についてとうとう火蓋を切ったそうじゃな。陸軍は頭が固い連中が多くて、なかなか巧く進まんよ。で、あれァ誰が書いたんじゃ?よう書けちょる。長船みとーな豪い切れ味じゃ」

 問いを受けて加藤が手を挙げた。

 「鷲頭です。あの物言い、わんさと敵を作ることになるのは火を見るより明らかなんですが、この男は信念を枉げるということをしませんので」

 論戦の火蓋を切って落としたのは、正しく鷲頭の作成した論文なのだが、これが如何にも鷲頭らしいもので、簡潔で厳しく―つまり、身も蓋もなく―現状の国力や軍備についての事実が認められている。世界で認められつつある我が日本海軍、と誇りに持ち始めている者の鼻っ柱をへし折るような内容である。

 「ほーゥ、おぬしか。相変わらず利かん顔しようるのう。おぬしほど冷静で胆の据わった男がおるようなら、海軍は安心してよさそうじゃな。しかし、あれだけの量を、よう書いたもんじゃ。水も漏らさぬちゅう言葉がぴったりじゃが」

 その言葉に、集った者たちは頷きあう。言われてみれば、横須賀鎮守府の参謀長という激務にありながら、海軍大臣へ論文を叩きつけたわけで。その意志と根性がどこから来ているのかと、しげしげと見つめる視線が鷲頭へ集まった。

 鷲頭としては、ひとりの海軍士官として当然の行為をしたまでであって、そのようなことで感心され、こうして注目されるのは心外だった。それに、鷲頭ひとりの力であの論文を仕上げたのではないのだ。陰で支えてくれる者がいるからこそ、成し得たことだ。

 「何も、私ひとりで成したことではありません。城内長官が時々片目を瞑ってくださらねば、もっと延びていました。それに―」

 いつもの、素っ気ない物言いで始まり、ふッと鷲頭の言葉が途切れる。嵩利はその隣に居て、珍しく言い澱んだのを、顔を向けて窺う。眉間に寄るもどかしげな皺、逡巡に彷徨う眼。しかしその眼は、嵩利の澄んだ双眸に留まると、忽ち凛として定まった。

 鷲頭のその沈黙は僅かであった。伸ばした手で嵩利の首根っこあたりをぐっと掴む、粗雑な仕草をしつつ、

 「ここで白状しますが、これに殆ど煩瑣な事項を任せておりました。参謀長失格です。これが居らねば、あれだけのものはまず、提出できなかったでしょう」

 つとめて表情を変えぬようにして言う鷲頭と、まるで猫の仔のように扱われて、ほんの少し困ったような表情でいる嵩利とを見、皆の口許にあたたかな微笑が浮かんだ。その様子は、愚息を褒める父親そのものであったからだ。

 ふたりの深層の絆までは知らずとも、嵩利が鷲頭の養子へ行ったことを、この場に居る者で知らぬ者はない。

 「えッ、何だって?参謀長、きみそんな狡いことをしていたのかい?ぼくを騙すなんて、酷いなあ。…ああ、だからあのとき頼みを蹴ったんだネ」

 城内にもその事実は初耳であった。かれ自身が鷲頭に論文を勧めただけに、軍務について少々の遅延は眼を瞑っていたのだ。それがまさか、副官である嵩利に任されていた部分が大であったとは…。

 滅多に変わらない温顔だが、忽ち厳しい顔つきになる。きゅっと目尻と眉とが吊りあがり、唇がへの字に曲がって、暫し鷲頭を睨めつけた。だがその表情とは裏腹に、城内はちっとも腹を立ててはいない。

 「きみたち父子はけしからんネ。このまま傍にくっつけとくと何をしでかすかわからない。長官を出し抜くとは実にけしからん、罰として副官は、ぼくンところで再教育」

 何のことはない。よい口実が出来たとばかりに、鷲頭から嵩利を取り上げてしまう魂胆なのだ。二人で一体になっている、その割り込めぬ間に入れる機会など、そうそうない。
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| 綿津見の波の色は・71―80話 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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