大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第伍拾壱話

 養子縁組の手続きが無事に済み、海軍省から正式に通達が届いたのは、休暇があけた初秋で、鷲頭も嵩利も、相変わらず三笠の艦上にいた。

 第一艦隊はいわば海上の楽園―適切ではないが―で、誰もが“これぞ船乗り”を満喫しつつ、切磋琢磨にも余念がなかった。錬度は他の比ではないほど高く、優秀な人材が着実に育ってゆくのを、司令長官を始めとする幕僚全員が実感している。


 およそ浮世とは隔絶された“楽園”から、遠くはなれた帝都。霞ヶ関に在る軍令部の一室に、ひとりの士官がいた。

 僅かに翳りのある、生真面目そのもの、といった面持ちをしている。神経質そうな、独特の緊張感を漂わせているが、まなざしは時折、どこか虚ろに彷徨っている。自身が、危うい均衡のうえに存在していることを、自覚していた。

 軍令部参謀、山科忠之中佐は、いま届いた手紙へ目を通していた。便箋を掌中で握りしめて、机へ両手をつくも、わなわなと震えている。

 ―あのひとが、鷲頭さんが…。

 かつてかれと共有した清涼なひとときが、刹那脳裏に浮かぶ。この心身が汚され蝕まれたとき、とうに捨てたはずの思い出。それはしかし、山科の心から消えていなかった。戸惑うと同時に、苛立ちを覚える。

 「くそッ」

 便箋には、鷲頭が養嗣子を迎えたことを報せる旨と、その“掌中の珠”を密かに探れということが記されてあった。

 ―いまも、鷲頭さんはあのままでいるに違いない。変わらないはず…。厳しくて温かいあのひとが、一体、傍に誰を置いたのだろう―

 それは、山科がかつて仄かに夢にみて、いまや二度と仰ぎ見ることのできぬ、清廉な場所だった。否応なしに、胸は切なく圧される。

 手紙を寄越したのは、横須賀鎮守府参謀長、海軍少将纐纈智礼であった。かれの妹は、ある宮家に嫁いでいる。それほどの家柄で、秀でた人物を輩出しているにもかかわらず、纐纈智礼という男は、まるで違っていた。

 眉目秀麗、その振る舞い、身につけた教養は間違いなく本物である。紳士そのものの殻を纏って、周囲には裏の顔を見せたことはないが、纐纈の性質は傲慢そのもので、欲望が絡むと、そのうえに残忍さが加わる。自身の地位と欲望が満たされさえすれば、他のことなどどうでもよく、自堕落で退廃を好む男であった。

 纐纈ははじめ、これは、という人物を髣髴とさせるような紳士として、山科の目にうつった。

 裏の顔をみせはじめたのは、山科が密かに男色を好むと知ってからであったが、纐纈がそこに求めるのは快楽と歪んだ悦びのみで、およそ、あたたかなものは感じられなかった。

 かれの性質を知るにつけ、鷲頭と過ごした一夜をおもい、当然、山科はその関係に困惑した。故に、強く迫られても首を縦に振らなかった。

 なかなか手中に落ちないのを、纐纈が黙って引き下がる筈はなく、その本性を剥き出しにする。山科を手篭め同然にして篭絡し、犯すようにしながら、鷲頭との関係を無理に吐かせ、かれの心を支えていたものまで、踏みにじった。

 手に入れた山科を夜毎責め苛みながら、纐纈は心中で鷲頭へ強烈な嫉妬を募らせていた。山科がみせた鷲頭に対する想い、一途さ。それらを貶めることによってなお、濃さを増す妬み。

 堕落した行為に耽ろうとも、そこには愛情など欠片もない。纐纈にとっては道具に過ぎず、そうと判っていても、山科には為すすべもない。

 徐々に毒され、浅ましく変貌した肉体は淫欲を余さず飲み込み、応える。長く与えられてきた媚薬―おそらく麻薬を含んだ―に一度酔えば、山科は“忠実な道具”へと忽ち変貌する。

 手紙を受け取った夜、纐纈から呼び出され、帝都の別邸へ足を向けた。山科の隣には秘書官の真嶋中尉がいる。流麗な外見を裏切らぬ、優れた人材だが、纐纈と山科によって作りあげられた第二の“道具”でもあった。

 最初は倒錯した快楽を得るためだったが、いまは纐纈の趣味に利用されている。権力を欲する者、欲望を満たしたいという者に真嶋をあてがうのだ。纐纈と山科とで、たっぷりと仕込んだ真嶋の肉体は、ある種の芸術品と言ってもよいだろう。

 かれらが真嶋との関係に堕ち、溺れてゆく様を見て、纐纈は唇の端を歪めて嘲笑う。

 勿論、纐纈ほどの家柄の者と交際があるだけに、堕ちてゆくかれらは、それなりの名士として世に知られた人物ばかりである。けして表には出せぬ、暗闇で蠢く醜い欲望を引きずり出させる。纐纈は二人を利用し、権力者の尻尾を握ることに快感を得ていた。

 飽くなき欲望と凶暴なまでの憎悪が、帝都にひっそりと息づいていることなど、誰ひとりとして知る者はなかったが、じつに幸いなことに、この時点で、“楽園”にいる鷲頭と嵩利が、その元凶に狙われはじめていることを、うっすらと察知できた人物がいた。

 呉鎮守府司令長官の城内と、同参謀長の加藤である。
→【2話】 →目次へ戻る

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| 綿津見の波の色は・51―60話 | 17:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第伍拾弐話

 「鷲頭、おい」

 いつものように夕食後の士官室で寛いでいると、肩を掴まれて揺すられる。嵩利はハッとして振り仰いだ。守本が呆れた顔をして見ている。

 「姓が変わったことに、いい加減に慣れたらどうなんだ。油断しているとすぐこれだ、参謀長の養子になったんだろう、貴様」

 手にしている象牙色の封書を、嵩利へ渡しながら隣へ腰をおろす。三笠へ乗組んでから、一年が経っていた。守本が持ってきたのは辞令だった。

 「まだ艦から降りたくはないんだがなあ…」

 ぼそっと呟く守本の言葉には、まったく嵩利も同感だった。三笠から異動になるにしても、陸の上―所謂霞ヶ関の赤煉瓦―だけは御免蒙りたい。艦はちがっても例えば駆逐艦の艦長あたりに就くのが理想だった。

 「そんな事を言って、見ない訳にもいかないよな」

 そう言って嵩利はちいさな手帳を取り出し、挟んであるペーパーナイフで封を切り、辞令へ目を通した。守本もそれに倣って読み始める。

 「良かった、まだ三笠に残るンだ。今度は通信長か、守本はどうだった」

 「ん、軍務局長の秘書官だ」

 「へェ、そうか」

 「しかし、おれが秘書官とは、正直言って意外だな」

 狐につままれたような顔をして、辞令を封書へ戻す。確かに守本は軍人らしい男だが、武骨一辺倒ではない。本人が気づいていないだけで、充分務められる。それを言うと、守本はこそばゆそうに椅子のうえで身じろいだ。

 「貴様もしっかり務めろよ」

 「うん」

 春の人事で、第一艦隊の乗組も三分の一ほどが入れ替わることになった。その中に、鷲頭参謀長の名も入っていた。辞令が届いた夜に、私室を訪ねて訊いてみれば、

 「異動か。次は横須賀鎮守府参謀長だ。これで陸と海とに別れるが、確り務めることだな」

 と、あっさり言い、心なしか寂しげな表情でいる嵩利のあたまを、無造作に撫でてやる。鷲頭とて寂しさはある。だが軍務であるから、そこは一切表に出さない。もっとも、便りなら幾らでも送る、という気でいるというのもあるのだが。

 ―帝都には行かずに済んだか、ひとまず安心できる。

 紅茶を淹れたカップに唇をつける嵩利の横顔を、眼の端におさめつつ、鷲頭は加藤との会話を思い出していた。今年の正月休暇に、嵩利の生家へ挨拶に行ったあと、加藤が一計を案じて、坂ノ下にある別荘へ友人たちを招いた祝いの宴を開いてくれた。

 だがそれはただの祝いの席ではなく、帝都で不穏な動きがあるから、嵩利ともども身辺には充分配慮するようにと、集ってくれた友人一同から、鷲頭はそっと忠告されたのだ。その不穏な空気というのが何なのか、わからないだけに不気味ではあった。

 陸へあがったら、鷲頭はとことん鼬のようにして過ごすつもりでいる。嵩利に憂いを持たせるような事態は、何があっても避けたい。いまは、こうして嵩利が艦へ残り、海での務めに励めることを、素直に喜びたかった。
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| 綿津見の波の色は・51―60話 | 23:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第伍拾参話

 第一艦隊、旗艦三笠と共に洋上へ去る嵩利を桟橋から見送り、横須賀鎮守府の白亜の官舎へ、鷲頭は心持ち重い足取りで向かった。まず司令長官へ挨拶をせねば、と執務室へ向かう廊下の途中で呼び止められる。

 「何て顔をしているんだ、鷲頭くん。ぼくのところへ挨拶しに来るのが、そんなに嫌かネ」

 まるで拗ねたこどものような口ぶりに、鷲頭は内心で安堵しつつも、顔色ひとつ変えずに振り向いた。いつもの温顔に笑みを湛えて、城内がそこに立っていた。

 相変わらずの天真爛漫ぶりは健在なようで、執務室へ鷲頭を招じ入れても、頓着せずに手ずから茶を淹れて持ってくる。もっとも、副官に頼もうにも未だ着任していなかったのだが。

 「鷲頭くんが居るから、横鎮の長官でもぼくはのんびりしていられそうだ。…きみは雑事に構わんでいいから、久しぶりの陸での務めに励むといいよ」

 などと、すっかり寛ぎながら、傍で聞けばまるきり無責任、かつ丸投げ同然に言って寄越す。むろん額面どおりに受け取りはしなかったが、城内の行動は度を過ごすことも多々ある。そこを諌めることは忘れなかった。

 「言われずとも、無論そのつもりでいますが、のんびりするのも、程々になさってください」

 「相変わらずだねえ。千早くんが家族になって、少しは丸くなったかと思っていたのに」

 「かれとのことは、全く私生活の事情です。軍務について丸くなるつもりは、毛一筋ほどもありません」

 「ほほゥ、さらりと惚気るとはやるねぇ。一応、そのくらいの丸さは出たんだネ」

 相変わらずのらりくらりとしていて、鷲頭の剃刀発言さえも悠々と避けつつ、切り返す。惚気たと言われて鷲頭は狼狽し、一瞬言葉に詰まった。

 咄嗟に俯いて、優美なつくりをした純白のカップを掌中で弄ぶ。ごく稀に見せる、鷲頭のこういった態度が、城内には眩しく、微笑ましく映る。

 「本当に…何の心配もいらないよ。余計なことに煩わされる理由もない。きみたちには幸せになって欲しいからネ」

 そう言いながら城内の脳裏に、鷲頭と嵩利が覗き見るに到底相応しからぬ“闇”が、ちらりと閃く。相手が汚い手段を用いて卑怯に立ち回るなら、こちらもそのように立ち回るだけだ。

 ―まったく、あんなくだらないことに、血道をあげるとは呆れたものだ―

 城内は大切な者たちのためなら、自身がどのような立場に身を置いても、どのように振舞っても、まったく平然とできる男であった。そんな顔は勿論、鷲頭をはじめとする友人たちには、一切見せない。

 「明日は第二艦隊が寄港するがネ、準備は整っているから、今日はもう官邸でゆっくり過ごすといい。海上にいた疲れをとりなさい」

 「いえ、それは―」

 「いいんだ。頼れる秘書官、副官が着任するのも明日になることだし、今夜は一席設けようかネ」

 にこやかに言いながらも、言葉を継がせない。鷲頭は珍しく城内に圧されて、それではお言葉に甘えさせて頂きます、と言って引き退がっていった。

 官邸には、城内の縁故にあたる淑やかな令嬢と婦人が待っていた。鷲頭は何処へ行っても手の掛からぬ将官ではあるが、最低限の身辺の世話くらいは、という配慮からだった。彼女たちに丁寧に挨拶をしてから、さして無い荷を解く。

 やたらと部屋数があるのには閉口したが、一番奥まった静かな一室を私室とし、あとは居間と幾つかの部屋のみ使うことにする。軍服を脱いで、和服に袴をつけると、漸く人心地つけたように感じつつ、文机に硯と筆を用意して、嵩利への手紙を黙々としたためてゆく。
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| 綿津見の波の色は・51―60話 | 21:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第伍拾肆話

 水面下の、およそ直視に耐えぬ醜い勢力との攻防を、鷲頭は見る機会もなく、伝え聞くこともなく、友人たちに護られていることを知ることもなく、横須賀鎮守府に於いて、参謀長としての責務を果たしていた。

 まめに筆を取り、羞かし気もなく嵩利へ手紙を送ることもしてい、その割に較べたら、かれからの返信は意外に少ない。このようなやり取りは、これまでしたことがないのだから、戸惑っているのだろう。

 三笠を旗艦とする第一艦隊は、いまは伊勢沖の作業地にてその任務に就いていた。“金枝玉葉の御身”をお迎えしての航海など、心身が引き締まるようなおもいをしていた。そのなかで嵩利は接待役に引き抜かれ、陪席を仰せ付けられ、思いのほか神経を磨り減らしていた。

 日の務めを終え、士官私室へ戻って鷲頭からの手紙をひらくのが、心の慰めになっている。


 ―先だって、君からの十二信目を拝見した。最も、返信を認めようと筆を取ったのは今だ。初めに読んでから幾日も経っていた故、今日は何度、君の手紙を読み返したか分らぬ。

 君の写真は机上に在って、早くも私を懐かしげに見て居るようだ。此方は桜も散り、藤がたわわに咲いているが、未だ寒暖は安定せぬ。君は洋上に居る故、きつい北東の潮風にやられぬ様、充分気をつけ給え。

 それから、随分と書を好む様になったようで何より。他に読み度い書籍があれば、遠慮せずに言ってくれ。次の便で送って上げよう。

 此れは郷愁を誘うことになり兼ねないが、伝えておく。鎌倉、江ノ島の明媚なる風景を、射影機に収め度い由、知人の写真家から便りを受け取った故、案内をしに近々、其の方面へ足を運ぶ積もりで居る。勿論君の御両親にも息災を伝えに行くから、安心し給え。

 出来れば幾葉か譲って貰い、君へ送って上げたいものだ。私はまた、君とあの海辺を歩く日を楽しみにしながら、彼の地を訪れようと思う。

 佐官になり、無理な酒宴などに付き合わされることも多々あるだろうが、君は左程酒精に強くないのだから、早々に切り上げて部屋へ引っ込んでしまいなさい。誰かさんが、酔い潰れる様な真似をしてよいのは、何処が唯一であるか等、言うまでもないことだ。

 呉々も身体を大事にし、気をつけ給え。

 五月十九日夜 春美より―


 と、概ねこのような文面の便りを落手する。何の臆面もなく、ちりばめてある気遣いと愛情の言葉が、嵩利の心をいたく擽る。それこそ、何度読み返しているかわからない。

 想いはこもごも溢れてくるのに、その癖に返信をどう認めようかと、悩んでいつも筆を取るのが遅くなる。弱音など吐きたくはないし、かといって強がるような真似もしたくない。

 そうやって返信の言葉を探すことも、充分心の潤いになっていたから、鷲頭には申し訳ないと思いつつも、遅筆を決め込んでいる。

 健康については毎回毎回、言葉を変えながらも気遣ってくれているから、嵩利は砲術長の西川少佐と一緒になって、運動不足になりがちな士官たち―自身も含めて―のために、新しい体操を考えて実施したり、後甲板で柔道ができるよう、うまく畳を敷設したりと、相変わらず細々としたところにも気を配っていた。

 乗組が三分の一程入れ替わったといっても、艦隊の雰囲気は以前と殆ど変わらない。一年とそろそろ半年になる海上での務めは、嵩利の器量を少しずつではあるが、確実に大きくしている。
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| 綿津見の波の色は・51―60話 | 00:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第伍拾伍話

 陸では梅雨がそろそろ明けようとしていた。そのころ嵩利は土佐沖にいた。緑美しい四国を遠くに見ながら、日々の鍛錬に励んでいる。そうしながらも、鷲頭との文のやりとりは続けていた。

 横須賀鎮守府の参謀長官邸に、便りは幾つも届く。

 鷲頭の世話を焼いてくれている婦人と令嬢は、見慣れた封書がその中にあると、束の表にしてソッと私室の文机のうえに置いておく。鷲頭は何も言わないが、その気遣いがいたく沁みているのだ。庁舎から帰ってきて、嵩利からの便りを目にすると、務めをこなした疲労は跡形もなく吹き飛ぶ。そういうときは概ね、半刻は部屋から出てこない。


 ―貴方からの心尽くしを受け、どんなに嬉しいことでしょう。しかし、伝え度いことは数え切れない程あるのにもかかわらず、返す手紙の筆が進みません。

 どうやらぼくは、紙上に文字を綴って気持ちを伝えるのが大変不得手な様です。貴方の眼をみて言葉や表情を交えながら伝え度くて、こうして机に向かっていると、其れを出来ない事がもどかしくて、堪らなくなります。筆先が鈍るのはその所為ですから、どうか気長に待っていて下さい。

 先だって、両親からぼくの写真を受け取ったそうですが、何故貴方の写真を送って下さらないのですか。此方は艦上ですから、士官私室とは雖も人の出入りはあります。ですから、写真立てに収めて机上に飾りなどしませんと、何度伝えたか覚えていますか。ぼくは只、毎晩眠る前に貴方の顔をそっと見つめ度い丈なのです。

 切なくさせる丈させて置いて、陸にあがってきたときに、貴方の傍へ四六時中居させた方が、ぼくの教育になると、そんな風にお考えなのですか。此の儘では、艦に居る間に貴方の顔を忘れてしまって、横須賀で貴方を探し回る羽目になりますよ。上陸休暇は短いのに、そんな事になって傍へ居られなくなっても、ぼくは知りません。

 こんな風に拗ねても、きっと貴方はまた笑って済ませて、送っては下さらないのでしょうね。ぼくがどんなに貴方を慕っているか、最早言を俟たない程です。其の内、此れ迄頂いた便箋の、其のなかに居る春美さんの方が良い、と言ってしまう日が来ますよ。

 此れから、送って頂いた書籍をじっくり読みます。明日は土佐へ補給の寄港をして、薩摩の沖へゆきます。

 言うまでもない貴方のことですから、お体の為に酒精は控えて居られると思います。ですが、薩摩には美味いと評判の焼酎があるそうですから、折角ですので少し丈送ります。

 貴方は日頃から難しい顔をして居て、苦難を苦難と思わず、ご自身の不調すら黙って飲み込んでしまうので、周囲の者は其れに気づけません。夏の病は長引きますから、どんなに忙しくても、確りと寝食を摂って下さい。

 ぼくは貴方の心身が、少しでも穏やかであって欲しいといつも願っています。其れ故の苦言ですから、諾いて下さい。

 今度横須賀へ帰るのは、夏の終わりから秋の初め頃になると思います。此のひととき丈は、貴方のことのみを想って過ごしていますが、其れ以外は、精進鍛錬の日々を送っていますから、其の点は心配なさらないで下さい。

 遅筆に重ねて拙文の手紙を、何時も隅々まで読んで下さっている優しい貴方を、誰よりも愛しく想っています。

 七月一日夜 嵩利より―


 たとえ離れていても、こうしていると不思議と嵩利を傍に感じる。几帳面な文字が便箋に認められていて、それはそのまま、かれ自身の姿となって鷲頭の眼前に現れてくる。

 女々しいのとは意味合いが違う、何か大きな温かい愛情が嵩利にはある。便箋の言葉から、ひしひしとそれが伝わってくる辺り、艦上で如何にかれが乗組へ配慮を心掛けているか、目に見えるようだった。

 明日は、城内と共に帝都へ行くことになっている。と言っても、城内お得意の、例の達観したような口ぶりで、

 ―鬼退治には、守り刀が是非とも欲しいからネ。一寸、芝居の舞台にでも出ると思って、ひとつ頼むよ―

 などといって同行を求められた。何が何やら、鷲頭にはさっぱり見当がつかない。ただ、帝都で蠢いているらしい、怪しげな気配のことを、少しでも探れるのであれば、と承諾したのである。
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| 綿津見の波の色は・51―60話 | 23:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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