大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第肆拾壱話

 酒宴を終え、それぞれの起居する場所へ戻り、寝台へ潜り込んだ。波の音が心地よい眠りへ誘う。総員起しの前に、嵩利は目を覚ました。

 目覚めたとき、まるで夏祭にゆく朝に感じるような気持ちだった。そのような気分のまま起き出して、まだ夜明け前の薄闇に浮かぶ艦の、前甲板を散歩していると、誰かがラッダーをあがってくる靴音がした。

 振り返ってみていると、すぐに守本がその長身を現し、上甲板に立つなり、窮屈そうに気持ち屈めていたからだを伸ばして、解している。嵩利を認めると、守本は相好をくずして傍へやってくる。

 「早いな、きちんと眠れたのか」

 「うん」

 こどものような返事を寄越す、嵩利の天真爛漫な表情を、守本は好ましく感じていた。そして、嵩利がこのような態度をしているのを初めて見た気がして、何か照れくさかった。

 ―そうか。こんなに、可愛気のあるやつだったのか―

 顔を見合わせて、眠気が欠片もないのを確かめると、どちらともなく笑いあう。

 このひと月ばかり、守本に引っ張り出されて、短艇競技の訓練に出ていたが、実に日々が飛ぶようにして過ぎ、充実した毎日であった。別に副官稼業が嫌というわけではないが、やはり嵩利は海に触れているほうが適いている、とつくづく感じたのであった。

 「なあ、千早。おれは貴様を見直したし、好きになった。面倒見はいいし、何と言うか、貴様が居ると分隊の奴ら、ほっとしているんだ。うまく言えんが…、そういうことだ」

 嵩利から滲み出る、ひとを包みこむようなやさしさを、下士官水兵たちは感じ取っていたのかもしれない。小柄なからだの奥で、江ノ島が生み育んだ、綿津見の申し子の魂が輝いている。一種底知れぬ力が、嵩利にはある。

 「よせよ、守本。しかし、兵学校のころは話もしなかったのに、こうしてみると不思議なもんだなァ」

 「ああ…、そうだな。―千早、もし困ったことがあったら、必ず言えよ。今度はおれが助ける番だからな」

 嵩利の華奢な肩を両の掌で確りと掴んで、向かい合った。真剣なまなざしで、守本は宣言をする。まことに侍の気風を受け継いだ男であった。かれが、嵩利の親友になったのは、このときからと言っていい。


 総員起しの喇叭が鳴り響き、毎朝の日課が終わると、いよいよ各艦、順次海上へ出てゆく。

陸海軍合同の大演習は、お上の天覧がある。だからという理由ではないが、大層熱が入る。観艦式のあと、赤軍青軍に分かれての陸海軍合同模擬戦闘、複雑な艦隊運動を披露し、無事に演習を終えた。

 いよいよ、艦隊対抗短艇競技である。艦から短艇を海へおろすときも、他の艦と違い磐手は手際がよく、艇に乗り込んだつわものどもは、眼を輝かせて、どこか楽しむような様子すらあった。嵩利は舷からかれらを見送るなり、ぱっと身を翻す。

 「千早!どこに行くんだ」

 「うん、あいつらの応援にさ。指揮をとったぼくたちが行かないでどうするんだ。艦から高みの見物なんて嫌なこった。守本も行くべ、な?」

 「それは構わんが…おい、応援団長に一言ことわったのか?」

 「あ、言ってねえ。支度してくるから、頼む」

 まるで言葉まで普段と違う、腕白坊主のような嵩利の振る舞いに、守本は眼を白黒させながらも、頼みを引き受け、大わらわで来た方へ戻る。磐手の艦上は乗組でごった返しており、砲塔もマストも人で埋め尽くされていた。日の丸の旗と磐手と書かれた旗が、あちこちで振られている。

 応援団長は一期上の澤村少佐で、急遽海上に出ると言うとやはり、予定にないことだと少し渋い顔をした。それでも、守本と嵩利が熱心で、日々の指導に打ち込んでいたのを見ていたから、

 「しょうがないなァ、救護用のボート一艘まわしてやるから、行ってこい」

 と、許可をおろしてくれる。守本が綺麗に巻いた日の丸の旗竿をかついて戻ると、嵩利はもう下ろしたボートに腰をおちつけている。他にもちゃっかりと嵩利の尻馬に乗って、漕ぎ手を名乗り出た水兵が幾人かいた。櫂をとって出発の準備は万端である。

 一方そのころ、艦長である鷲頭はどうしていたかというと、後甲板へ出て設けられた席に着いて、コースとなる海上と、沖に浮かぶ旋回点のブイをじっとみつめていた。ここを回り込む技の良し悪しが、勝敗を分けるのだ。

 「艦長ォー、応援に行ってきまァす」

 聞き慣れた、しかし屈託のない声が何処からかして、見回してみるが姿がみえない。

 艦上からではないらしいと気づき、立って舷傍にゆくと、艦から離れつつあるボートのなかから、生真面目な顔をしつつ敬礼を寄越している。当日は艦に残る組のはずだが、我慢できずに飛び出したのだろう。嵩利がまったくの腕白者に戻っているのを認めて、鷲頭は微笑ましくおもいながらも、表情を崩さず、正しくその敬礼に答える。
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| 綿津見の波の色は・41―50話 | 22:24 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第肆拾弐話

 競技が始まると、海上は一層賑やかになる。応援に出たボートは嵩利たちだけではなく、他の艦隊からもわんさと海へ漕ぎ出ているから、邪魔にならぬようにコースの外側からうまく回って、チームへ声援をおくる。嵩利は索具を掴んで均衡をとりつつ、舳先から身を乗り出すようにして、良く徹る澄んだ声を張り上げている。

 「おいッ、気をつけろ!落ちるぞ」

 「これでも漁師の親戚だぜ、船から落っこちたことなんかないよ」

 船尾で日の丸を振りながら、守本は嵩利の危なっかしい姿勢に、ついつい声をあげる。しかし注意されても嵩利は悪戯っぽく笑い返してくるだけで、効果がない。

 いま嵩利たちは、少しばかり技量に差があった二番中隊が心配で、励ましにやってきているわけだが、いまのところ先頭のようであった。

 「―二番艇ッ、距離五〇〇ッ、旋回点、注視して進入角度とれェ!汐が引いているから気をつけろ!」

 短艇の舵柄に座る艇長が、嵩利の声に答えて、漕ぎ手に指示を与えている。いくらブイが海底からしっかりワイヤーで固定されているといっても、海上である。汐の干潮に多少の位置ずれが生じるのを見極める、それが重要なのだ。

 「よし、二番隊は大丈夫だな」

 確信を得たような笑顔を臨時応援団へ向けると、守本以外は同意を示すように頷いてくる。

 「貴様が海へ落ちやせんかと気になって、応援どころではなかったぞ、まったく―」

 「小言ならあとで幾らでも聴くよ。いまは磐手の猛者を応援するんだから、なっ。面舵、終着点へ進路とれェ」

 軍帽の顎紐をきゅっと締めなおして、嵩利は笑いながら守本の苦言を制する。

 舳先で胡坐をかいたまま、面を引き締めて進路を指し示す、その様子はまるで郷里の海へ漁に出ているときと変わらない。士官にあるまじき奇態であるのに、ふしぎと惹きつけられるような、触れがたいような雰囲気を帯びていた。

 「おぉっ、凄ェ歓声だな」

 終着点を遠巻きにして、各艦隊のボートがひしめいていたが、嵩利たちが着いていくらもしないうちに、先頭の短艇がすッと最後のブイを通過して、十二本の櫂がさッと艇の縁に立つ。

 わあッ、とひと際大きな歓声が、うしろからあがる。うしろに浮かべる“真鉄のその城”は勿論、磐手である。最も心配していた二中隊が一位をとったとなれば、あとの三隊が他の艦隊に負けるはずはなく、北国で鍛えられた将兵が一丸となった北方警護艦隊が、今期大演習、短艇競技を制覇したのだった。

 それから、艦へ帰ったあとが大変だった。勝った隊員を乗せた短艇が、山ほど賞品を積んで戻ると、お祭騒ぎは最高潮に達した。

 艦上に嵩利と守本が戻ってくるのを待って、下士官達がふたりを担ぎ出し、―文字通りかれらの肩に担ぎ上げられ―後甲板まで連れて行かれる。士官は士官で結託して、艦長の鷲頭を引っ張り出してきており、参謀長の音頭で三人が一斉に艦上で胴上げされた。

 夜になると、待ってましたとばかりに支度が始まり、艦内挙げての宴会となり、大騒ぎをやらかしたがそれは度が過ぎぬ程度で、誰もが気持ちよくこの喜びを味わい、わかちあった。

 磐手の乗組は、この大演習で一躍脚光を浴びて、これから半月後に春の人事を迎えるのだが、艦長である鷲頭の進級が、誰より何より関心事であった。


 ―辞令。四月一日付、海軍少将鷲頭春美。第一艦隊旗艦三笠参謀長転出―

 この辞令が磐手へ飛んできたとき、艦内で轟くような歓声があがったのは言うまでもない。しかも、誰が人事を執ったのか、磐手乗組のほぼ全員が、三笠へソックリ異動になることまで、発令されている。

 嵩利は少佐に進級して、三笠の砲術長。守本も少佐に進級。三笠の航海長にそれぞれ転出が発令されていた。

 苦楽を共にした艦と別れるのが、これほど寂しいとおもったことはない。と、このとき磐手に乗りこんでいた将兵は、後年誰もが口に出すのだが、ともあれ、磐手ひきいる艦隊は佐世保を出航し、残り僅かな航海に出た。

 新たな乗艦、三笠を旗艦とする第一艦隊が、横須賀で待っているのだ。
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| 綿津見の波の色は・41―50話 | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第肆拾参話

 駿河沖を通過して、春真っ只中の太平洋沿岸を桜前線とともに磐手は北上し、海の匂いが懐かしいものに変わると、嵩利は昼食のあと、落ち着かなさそうに士官室を出て上甲板へあがった。

 舷傍で素早く海を見渡し、くるりとからだを捻らせて止める。双眼鏡をのぞくと、その丸い視界のなかに、くっきりと江ノ島がみえている。国外へ出ているときよりもむしろ、国内で艦隊行動をとっているときの方が、ともすると郷里恋しさが沸いてきてしまう。

 「相模の海だ…」

 舷の手すりにへばりついて、じっと双眼鏡を覗きつつ、郷里を想っていると、不意にそれが取り上げられる。

 「こんな所に居たのか。食事が済んだら、書類の整頓を手伝う約束だろう。忘れたとは言わせんぞ」

 頭上から降ってきた声は、別に咎めるわけでもない、穏やかなものだった。嵩利は僅かに肩を震わせた。だが、鷲頭が直々に探しに来たというのに、振り向きもせず、じっと海へ、その先へ切ない視線を向けて黙っている。

 「横須賀へ着いたら、五日間休暇が出ることになっている。その間に行って来給え。…もっとも、書類の引渡しがうまくゆかねばその分、休暇はお預けだが、まだそうしているつもりか」

 隙だらけの脇のしたへ腕をすべりこませ、体をゆるく抱きとめながら、嵩利の耳許へ囁きかける。もちろん今、この後甲板に誰も居ないのを確かめての行為である。

 「艦長…」

 この数日、郷里恋しさだけではない、磐手を離れることは、鷲頭の副官を離れることであり、次の三笠で同じ乗組と言っても、今までのようにはゆかない。それに、もうひとつずっと心に引っ掛かっていることがある。それらが相まって、嵩利は憂いのなかにいた。

 「そんな顔をするな。さあ、公室へ来なさい」

 腕のなかで、こちらを振り仰いだ副官の表情を酌み、鷲頭は口許をほんの少し笑ませて、やさしく促した。

 鷲頭は、嵩利が三笠へ転出になったことを何よりも喜んでいた。何しろ、例の会合の際、呉鎮守府司令長官である城内が、本当にあのあと人事局長宛てに推薦状を送りつけて、嵩利を秘書官へ引き抜こうとしたのだ。

 大演習のために、嵩利が守本に頼まれて短艇競技の監督に出ているあいだ、実際鷲頭は城内との攻防に追われており、むしろ嵩利が他所へ引っ張り出されていて好都合であった。

 まったく、海軍中将とあのように稚拙で、馬鹿馬鹿しいやりとりをするところなど、誰にも聞かれたくも見られたくもなく、また、思い出したくもなかった。

 軍務に関して私情を挟んだのは、後にも先にもこのとき限りと、呉鎮の加藤参謀長が、城内長官の挙動に対して言葉を濁すのを、半ば脅すようにして聞きだし、あの日、城内が嵩利の唇を盗ったことが発覚したとき、鷲頭は何をしてでも嵩利を呉へは行かせないと、決意したのである。

 磐手の大演習での目覚しい活躍、短艇競技の圧倒的勝利が決定打になって、人事局も無視ができなかった。城内の推薦を今回は見送って、嵩利を含む若手士官をこぞって軍艦稼業へ就かせることにしたのは、全くの幸いであった。

 言うなれば、嵩利は知らず、己の身の危機を己が手で救っていたことになるのだが、鷲頭はこれについては一切何も言わずに、自身の胸にしまっておくつもりでいた。

 「艦長は、休暇を取られないのですか」

 公室で、もう殆ど終わっている書類の整頓の仕上げをしつつ、ぽつりと嵩利は零した。黒い綴じ紐を指さきに絡めて弄りながら、ちらりと執務机を見遣る。

 「五日取れるかどうか、わからんな。私は引継ぎがあるから、一日は確実になくなるだろうが。ん…どうした?」

 言いながら副官へ顔を向けると、何かを堪えるような顔をして、こちらを見ている。鷲頭は訝しく首を傾げた。

 「ぼく、艦長に謝らなければならないことがあるんです。だから、その…できれば休暇を取って頂きたくて」

 あのことだな―。

 「城内長官のことだろう」

 「え…」

 「きみが謝ることではない。あの人は悪気がない分まだ周囲に黙認されているが、私から言わせれば無節操極まりない振る舞いが甚だ多い。そのような怪しからん人物のもとへは、きみを遣れぬと、そう言っておいた」

 「か、艦長…」

 「―千早くん、鎌倉へ連れ出してくれる気があるのなら、猶予はあと三時間しかないぞ。でなければ私は今回、雲隠れをする機会を失うことになる」

 忽ち顔を真っ赤にして俯く嵩利。鷲頭はそっとため息を吐いて、とん、と黒表紙の書類綴りを机のうえで揃えながら、僅かな甘さに擽られるのを感じる。いまが公務中でなければ、思い切り抱きしめてやりたかった。
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| 綿津見の波の色は・41―50話 | 00:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第肆拾肆話

 第一艦隊というのは、有事発生時には聯合艦隊の先頭を担うことになる。その旗艦の司令長官及び参謀長は、そのまま聯合艦隊司令長官、参謀長となるわけで、格別優秀な面子を揃えておかなければならない。磐手乗組はまさにその眼鏡に適ったということになる。

 横須賀に着いて、第一艦隊が奥の区画に繋留されている。三笠を一番奥に見ながら乗組全員、甲板へ出てくる。鷲頭艦長が少将へ進級して磐手を退艦するのだから、登舷礼式を以って見送るのである。

 艇首に少将旗を掲げた艦載水雷艇が、舷梯のしたで待っている。乗組員が整列するなか、鷲頭は舷門から降りて、いかにも慣れた身ごなしで、ひらりと乗り込む。桟橋に向かってゆく艇のうえで、鷲頭は正しく挙手の礼をとり続け、磐手に答えていた。

 「いやァ、いくら三笠でまた顔を合わすといっても、やっぱりこうして見送ると、寂しいものだなあ」

 と、士官の誰かが言う。確かに艦長がこうした形で去るというのは喜ばしいことだが、皆が尊敬してきた艦長となると、寂しさもひとしおである。

 しんみりとした艦上に、すぐさま上陸用意の号令が飛んできて、余韻も何もあったものではない。水兵下士官そろって、何だ、とんだ野暮天だなァ、などとぶつくさ文句を言いながら、それでも栄転と休暇込みの晴れの上陸に、その足は軽やかだった。

 こういうとき、横須賀鎮守府の港務部長が汽船を伴って出迎えてくれるものなのだが、何もなかった。那智のいう“天敵”が長官に鎮座しているのだから、無理もない。瀟洒な白亜の鎮守府庁舎をちらりと横目におさめ、鷲頭はひと足さきに陸へあがった。

 いくら礼儀に煩い鷲頭でも、未だ引継ぎもしないうちに、鎮守府へ―というより長官へ―挨拶にゆくのは避けたかった。そ知らぬ顔をしながら、磐手と陸を忙しく往き来する内火艇などの艦載艇を眺めている。

 ほぼ全乗組を陸に移したが、これだけの大所帯にもかかわらず、遅滞はなかった。これから昼の休憩を挟んですぐ、三笠での交代式である。これほど忙しい引継ぎはそうそうない。三笠ではつい昨日、同じように艦長の退艦を見送って、全員が上陸したらしい。新しく配属になる連中はまた内火艇に分乗し、舷梯を登って甲板へ整列する。あとは長官の乗艦を待つばかりとなった。

 「おい、そう言えば今度の長官は誰なんだ?」

 と、司令長官を迎えるサイドパイプを聴きながら、集まった者たちのなかで囁かれるほど、明治四十二年、四月に赴任してきた第一艦隊司令長官は、目立たぬ人物であった。しかも前赴任地が舞鶴鎮守府で、それも長いこと―言っては失礼だが―閑職同然に居たという。

 見ようによっては四年前、まったく同じ道を辿って聯合艦隊司令長官となり、日本海海戦で三笠の艦橋に立ち、露西亜帝国のバルチック艦隊を撃滅した某海軍大将がいるだけに、うっかり来歴だけでは測れない。

 よもやその新任長官が、小倉の合同大演習前に磐手の艦橋に立って、短艇競技の練習風景を熱心に眺めていたことを知るものは、鷲頭をのぞいて、ここには誰もいない。

 司令長官は、海軍中将藤原格その人であった。

 いままで、鷲頭艦長よりも無口な人物を見たことがないと思っていた乗組は、藤原司令長官の奥州訛りの挨拶を聞いて、更に輪をかけた無口に驚いた。すこし前なら、

 「こんなダンマリふたりで、やっていけるのか」

 と、陰口が飛び出すところだが、もう今となってはそんな幼稚な言葉をくちにする者は一人もいない。小柄で、ほんの僅か背を丸め気味にして、しかしゆったりと歩いている藤原長官の姿は、将官の風格はあっても気負うところがなく、近寄りがたいといった雰囲気は微塵もない。

 「こう言ってはなんだが、郷里のお祖父様を思い起こさせるひとだな、長官」

 頼もしい“おやじさん”が来た、と艦上の乗組は気持ちを新たにしたのであった。
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| 綿津見の波の色は・41―50話 | 22:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第肆拾伍話

 五日間の休暇を得たものの、なにぶん長い軍艦生活のことだから、嵩利も鷲頭も平服などの用意はない。窮屈な軍服を脱げぬまま、朝早い時刻に、ふたりで横須賀駅へ赴き、列車に乗り込んだ。およそ里帰りするに似つかわしくない有様である。荷物と言っても、ほんの僅かな身の回りの品を、ちいさな革鞄に詰め込んだだけであった。

 それでも嵩利は二等車の窓辺に肘をついて、車窓の景色を飽かず眺めていた。鷲頭はそれを隣で見ていて、嵩利の無邪気な微笑と窓から吹きこむ海の香が、心を解してくれているのを感じていた。

 鎌倉には現在、大町まで江ノ島電気鉄道が敷設されている。来年には、小町まで全線開通するらしく、大町からすぐ近くの由比ガ浜商店街は、相変わらずの賑わいをみせていた。のんびりと片瀬まで鉄道に乗って、そこから続く浜道を生家へと歩く。

 小倉に滞在しているとき、進級する旨の辞令を受け取ってすぐに軍服を誂えたから、身なりを気にかけることはない筈だが、嵩利は妙に落ち着かない様子でいる。

 きけば、海軍に入っていままで、軍服を着て帰省したことがないという。

 海軍兵学校へ進路を選択したとき、両親がほんの僅か、悲しげな表情をしたのを、嵩利は忘れられないらしかった。腕白で甘えん坊の末っ子が、まさか軍人になるとは、おもってもみなかったのではないか。何処とも知れぬ海で帰らぬ身となることも、稼業柄ないともいえない。嵩利は江田島に行ってから、そのことをすこし後悔したという。

 「だが、きみはきみだろう。いつものように、笑顔をみせて差し上げれば、ご両親はそれで安堵するのではないのか。気に病むことはあるまい」

 そう言って嵩利の背を押してやる。だが、只でさえ厳めしい雰囲気を纏っている鷲頭が、少将のなりでそこへ厄介になりに行くのだから、かれの両親にいらぬ気を遣わせるのは、むしろ鷲頭のほうで、嵩利を励ましながらも、内心では気が引けている。


 昼下がりの庭先は、やけにしんと静まり返っていた。ここが生家だというのに、嵩利は玄関を覗くのさえ躊躇っている。やはり気羞かしいのか、横に立つ鷲頭を仰いで、まるで道に迷ったこどものような表情でいる。

 「おやおや。海軍のお人が、我が家に何用ですかな」

 前触れもなしにうしろから声がして、ふたりは吃驚して振り向いた。そこには、散歩に出ていたらしい嵩利の父が、これも吃驚した表情で佇んでいる。ふたりとも、きっちりと目深に軍帽を被っている所為で、父には誰だかわからないらしい。

 「あ、あの…父上―」

 慌てて取った軍帽のしたに、よく陽に灼けた愛息の顔があらわれて、父は忽ち相好を崩す。

 「なァんだ、タカだったのかい。どうしたんだね、今日は。珍しく海軍さんの格好で…」

 安堵したなかにも、心なしか不安げなものを滲ませている。

 嵩利は事情を説明し、父は息子が進級したのを知ると、ここまで立派になってくれて、感慨無量だ、と珍しく真剣な面持ちで言う。嵩利はなんだか照れくさくなって、俯くと頭を掻いた。鷲頭はそのやり取りを見ながら、そっと軍帽を脱いで手に提げる。

 「急なことで、連絡もとらずに押しかけて、失礼致しました。ですが、またこちらへ伺える機会があれば、是非ともお訪ねしたかったものですから」

 「あァ、構いませんよ。大したおもてなしはできませんが、いつでもおいでなさい。鷲頭殿には、拙息の面倒を見て頂いておることですしなァ」

 あかるく笑いながら言って、父は身振りでふたりを家へ入るよう促す。それから、悪戯心をおこしたのか、妻を驚かせたいらしく、嵩利と鷲頭に、身形を正して客間に座っていてくれと言う。それから奥の間へ飛んでいって、チカと針仕事をしていた妻を引っ張り出してくる。

 「あらあら、いやですよ、こんな格好で。それにしても海軍の方がお越しになるなんて、いったいどうしたのかしら」

 そんな―嵩利にはこのうえもなく懐かしい―声がして、母が襷がけを外しながら客間へやってきて、父のすこし後ろへ端座する。しかし、母が落ち着かぬ様子でいたのはほんの少しのことで、僅かに身を乗り出すようにして、軍服と軍帽に身を固めた嵩利を見つめたあと、にこにこと表情を崩したのだった。

 「旦那様、わたくしの眼は節穴ではございませんよ。驚かそうとなさったのでしょうけれど…」

 そこまで言って、母は膝をすすめてふたりへ向きなおる。それはいつもの、母らしいゆったりとした仕草で、普段と変わらぬ調子で息子の名を呼んだ。

 「さすがに、母親の目はごまかせんか」

 「あら、ま。お父様はごまかされましたの」

 「ウン」

 こっくりと、屈託ない様子で頷く父の仕草に、座があたたかな笑いに包まれる。嵩利も鷲頭も、軍帽をとって改めて両親に挨拶をした。

 すっかり和服へ着替えて、やっと足を伸ばした嵩利は、着替えたあとの軍服を揃えていた母に問われ、何気ないはなしでもするように、少佐へ進級したことを告げる。軍服へ触れていた手をとめて、母はまじまじと息子と鷲頭をみつめる。

 「明日はお祝いにいたしましょうね」

 それだけ言って、ふたりの軍服を畳んで奥の間へ持っていってしまう。母の目はすこし潤んでいた。

 「もうぼく、軍服を着てここへ帰るのは、金輪際止します。あんな表情されて…。知らない人みたいに、見なくたっていいじゃないか」

 生家へ戻ると、まるきり甘えん坊になって母の膝下で過ごしていたのだろう。鷲頭は頬をふくらませる嵩利のあたまを、ぞんざいに撫でてやる。

 「困ったやつだな、きみは。お母上が涙ぐまれたのは、そういう意味ではないとおもうが」

 千早家の人々は素朴で明るく、取り繕うことをしない。息子の上官が居るからといって、余所余所しくもなければ遠慮もしない。父も母も、嵩利が立派に軍人稼業をこなしていることを認めて、何か気持ちに区切りがついたような、そんな様子だった。
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