大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第拾壱話

 菊座を解した感触から、副官が初めてであることは間違いなかったが、こうして中へ一物をおさめてみると、吸いつくように良く応えてくる。

 鷲頭と離れたくないとからだで訴えているようで、およそその官職を呼ぶにそぐわぬ甘い声で幾度も“艦長”と呟く様子がいじらしかった。

 「千早くん、私を狡いとよく言うが、きみも狡いじゃないか。これではもう一度…抱かずにはいられん」

 ことの終わりまで、たっぷり一刻はかけたか、手拭いで綺麗に後始末をしてしまうと、寝具のうえでぴくりともうごかない、副官のしどけない―としか言いようのない―姿を見つめて言った。

 「そんなこと言われても、嬉しくないですッ」

 俄かに眉を吊り上げて利かん気を見せ、憎たらしく口走る。衣桁から外した絽の裾が軽やかに翻って、鷲頭の逞しい肩を隠す前に、嵩利は手を伸ばしてそれを奪い取った。絽をからだへ巻きつけて、つま先だけが覗いている。

 「何故だ?またきみに触れたいんだ。一度きりと言ったが、いいだろう」

 からだを覆った鷲頭の単から、半ばだけ顔を覗かせる。嵩利は鷲頭を信頼しているが、どうにも不安が拭えない。

 「なんだ、そんな顔をして」

 「ぼくの…からだが良かったから…それだけじゃないですよね?」

 細い声が辛うじて聴き取れて、鷲頭は頷いた。男にからだを任せるということが、どういう意味を持つのか、初めてのことだけに、副官が不安を抱くのも無理はない。

 副官のまえに跪いて、軍務についているときと変わらぬ、怖い顔つきで間近に詰め寄る。庇うように包んでいる着物ごと、腕にそのからだを抱きとった。

 「それだけの理由ならば、もう一度などと訊かずに、今ここで有無を言わさずに押し倒しているところだ」

 「そう…ですよね」

 無造作な手つきで髪をくしゃくしゃっと撫でられ、ほっと安堵の息を吐いて上官の腕に身を預ける。申し訳なさそうに言ったあとは、眼をあげて鷲頭の顔色を窺う。厳しい顔のなかで、まなざしが僅かにやわらぐのを認めて、嵩利の胸はまた想いに焦がされ、軋んだ音をたてる。

 「艦長…好きです」

一瞬切なく眉を顰めたあと、囁くようにして上官の耳へ言葉を届ける。それだけでは足りないと、腕を伸ばして確りと抱きついた。このまま、もう一度抱いてしまいたい。鷲頭は副官の温もりを腕に包みながらそう思った。

 「私も、きみが好きだ…」

 だから―。この純粋さを大事にしたい、壊してはならない。

 と、それが心に渦巻く欲望をぐっと強く押しのけて、遮った。抱擁を解くと、かれが纏った絽の単を肩から剥がしながら、身につけていたシャツと麻の白軍服を着せかける。

 「なあ千早くん、また泊めてくれないか」

 「え…?」

 「今年は私に、釣りを教えてくれ」

 「はい!」

 今度こそ、屈託のない朝顔そっくりの笑顔を浮かべる。本当に素直で、愛らしい。鷲頭が手を出すことでこのまっすぐさを崩してしまうことだけは、避けたかった。一度きりにすべきだったと後悔せぬように、この手で守りつつ、“育てて”ゆく決心が、鷲頭のなかで形を成してゆく。
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| 綿津見の波の色は・11―20話 | 21:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第拾弐話

 日進から降りると、佐世保鎮守府で同期の加藤大佐とばったり出くわした。

 いつでも穏やかな陽が当たっているような、惹きつけられるところのある男で、鷲頭がもっとも心を許している親友のひとりでもある。昼下がりの遅い休憩をとりつつ、空いている部屋へ引っ込んで語らった。

 「おゥ。ハーフがずいぶんといい面構えをして帰ってきたとおもったら、やっぱりお前だったのか」

 そう言う加藤は朝日の艦長で、鷲頭よりすこし後に英国への、表敬訪問団としてその任に着き、陸海軍、政党のお偉方を乗せて航海をしてきたという。

 鷲頭は陰ながらの役回りが多く、加藤は外向きの、目立つ任務に就かされることが多かった。互いにそのことについて不満はないが、裏方に徹して礎石のように動じない鷲頭に、加藤は常々、あたまが下がるおもいでいる。

 「乗っけたリクサンのお偉方で、面白いひとがいてなあ。お前も名前は知ってるだろう、対露戦の満州司令部で参謀副長されとった、杉中将閣下―」

 余り他人のことを口伝いに知りたがらない鷲頭だが、加藤の口からは偏りのない人物評が聞けるだけに、ときどき耳をかたむける。

 「―ところで、鷲頭。今度の嫁はどうなんだ、また碌でもない奴か?」

 「いや、気持ちのいい奴だよ。私が自分から、来てくれと頼みに行ったんだ」

 「引き受けたそいつは奇特だな。オイ、おれにも会わせろよ。どれだけナイスか、視てやる」

 「もうすぐ戻ってくるから、嫌でも会えるさ」

 露骨には見せなかったけれど、からかわれてムッとしたのと、視せるまでもない自慢の副官をおもって、すこし照れてもいた。眉を顰めたのはそのせいである。

 「失礼します。艦長、司令長官から受け取って参りました。例の―」

 やがて足音も軽やかに、折り目正しく入室してきた副官を、加藤はゆったり寛いだかっこうで、長椅子から眺めた。

 上官に先客があると思わなかっただけに、嵩利はかしこまってあたまをさげた。その容姿の端麗さが、まず加藤の目を惹く。

 「失礼致しました。お話中に…」

 「いや、構わんよ。ふーん…なるほどなあ、確かにお前が目をつけるだけのことはある」

 いきなりずけずけと言われ、嵩利はたちまちまごついた。こちらを見る加藤の目つきが、それとなく鷲頭との秘め事まで指している気がして、落ち着かなくなる。

 「おい、加藤」

 それを察して鷲頭は副官を睨めつけ、うろたえるな、と眼差しだけで厳しく窘める。ついでに、庇うようにじぶんの後ろへ立たせた。

 「待て待て、そう怖い顔をするなよ、ただ褒めただけだ。今までの副官と比べたら、まさに月と鼈だからな」

 「うむ…」

 副官の心情をはかって、つい声をあげてしまった。鷲頭の“鉄則”を知っている加藤がそんな風に見ているはずがない。すぐに、ちらりと謝意のまなざしを送った。鷲頭のことなら、加藤は何でも知っている。それこそ何でも―

 「夏休暇が明けたら、また互いに勤務が変わるんだ。こうして会うことも滅多にあるまい。どうだ、よかったら別荘へ来ないか。昨年譲ってもらったばかりなんだ」

 「ほう、お前にそんな道楽があったとは驚きだ。どこにあるんだ」

 「鎌倉…いや、確か―もっと江ノ島寄りだったな」

 故郷の名が加藤のくちから響いたとき、嵩利は反射的に笑みを浮かべる。屈託のない零れるような笑顔を向けられ、加藤は意表を突かれた。笑みに何かの意図など微塵もなかったが、とても嬉しげである。それを、目を丸くして、吸いこまれるように見つめる。

 「まだ一度も訪れたことがなくてな、いい所だと聞いてはいるが―。ところできみ、何故そんなに嬉しそうなんだ?」

 その笑顔が不思議で、加藤はおもわず訊ねた。

 「江ノ島は―、ぼくの故郷なんです。もし土地について不慣れでしたら、よろしければご案内してさしあげられますが…」

 と、旅先の宿場の主がみせるような顔つきで、副官が嬉しそうに言う。それで合点がいった。ひとをもてなすのが好きなのか、何にも増して故郷を大切におもっているのが、よくわかる口ぶりだった。

 「そりゃ心強いな。遠慮なく頼みたいところだが、案内させるために帰省している実家から、わざわざ毎日通わせるようではなあ。気疲れさせてしまうだろう」

 と、加藤なりの気遣いをみせる。嵩利はそんな加藤へ向かって、間髪いれずに首をふってみせた。鷲頭もだまって頷いている。

 かれの笑顔をみていると、まだ見ぬ海と空の風景がかすかに透けて見えてくる、そんな気持ちにさえなってくる。鷲頭が、この大尉をすきになった理由が、加藤にはすこしわかったような気がした。
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| 綿津見の波の色は・11―20話 | 16:07 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第拾参話

 夏の足音と共に、嵩利は故郷へ帰ってきた。

 鷲頭は加藤と同行して、坂の下にある別荘へ滞在している。江ノ島にはもう、耳を聾さんばかりの蝉の声が響いていたし、腰越の漁港は、しらすで干し場が埋め尽くされていた。強い陽光にまぶしく輝く青い海が長く続く砂浜に打ち寄せて、力強い波の音がきこえてくる。ここは、変わらずに嵩利を迎えてくれる。

 「ただいま帰りましたァ」

 のびのびとした声が軒先に響いて、途端に父が縁側へひょいと顔を覗かせた。夏羽織に着流しすがたという、涼しげなかっこうでいる。

 「おぉい、タカが帰ってきたよ」

 くちに手をあてて、中へ呼ばわっている。返事がないとみるや、煙草盆を蹴っ飛ばしそうな勢いで、脱兎のごとく引っ込んでいった。

 嵩利は相変わらず、気軽な和服である。特に土産も持たず、ほぼ身ひとつでいつも帰っている。このほうが父も母も喜ぶし、嵩利も穏やかな気持ちで帰ってこられる。

 「奥はチカと先刻から、うらの井戸へ西瓜やら野菜やら冷しに行っとるよ」

 「西瓜ですか、いいなあ」

 「はっはっは、好きなだけ食べなさい。三浦からたくさん送ってくれたのが、まだある」

 父の顔は、まことに嬉しげである。つくづくと嵩利を見つめて、頷く。親の目からみればまだまだ、まるきりこどものような末っ子、とおもっていた。しかし、この二年のうちに息子はどこか逞しくなったようにも見受けられる。

 「まだ、鷲頭殿にお仕えしているのか?」

 「はい」

 「今年は、こちらからお招きしたらどうだね」

 と、父は案の定のことを言ってくる。嵩利が困った顔をしつつ、事情を説明すると、すこし寂しげに肩をおとしてしまった。

 「それは仕方ないが、またゆっくりしていって欲しかったねえ。タカや、それならあの西瓜と酒をね、持って行って差し上げなさい」

 父はさっそく、納屋から自転車をひっぱりだしてくる。なんでも腰越の親戚が贈ってきてくれたらしい。うしろへくくりつけた、蓋つきの篭へ西瓜を二つ、酒の瓶を三つ乗せる。

 「ちょっと袴をつけてきます」

 着流しで自転車に乗るのは、さすがにみっともないだろう。細身の袴をつけてくると、身軽にこぎ出してゆく。

 「行ってきまァす」

 「気をつけるんだよ」

 庭先で見送って手を振る父のすがたが、妙にこどもっぽくみえて、微笑ましい。

 あっという間に腰越にさしかかり、この乗り物を贈ってくれた礼を述べに親戚の軒先を訪ねると、たちまち居間へ引っぱり込まれる。夕飯にはすこし早いのに、干したしらすを混ぜ込んだ握りめしだの、キスの天麩羅だのと勧められたうえに、一夜干しだのと、まだいろいろと持たされた。

 「タカちい、今晩漁行っか?」

 「え、また釣らしてくれンの?」

 「波ィ静かだし、明け方まで沖出て、イカ釣んべ、イカ。食わしてやんなよ」

 別れ際に従兄と急遽そんな話になり、嵩利はいちにもなく頷いた。昼間からだが空いていれば、上官ふたりへのもてなしには影響するまい。それにイカが釣れれば、活きのいいものを食べさせてあげられるというものだ。

 坂の下まですぐだった。加藤が所有する別荘は、そこそこ瀟洒で、嫌味のない和洋折衷なつくりの平屋である。勝手口へまわりこむと、担ぎこむようにして、持ってきた土産を置いた。

 「ちょっとこれから野暮用があるンで、すぐお暇します。また明日来ますから、あ、西瓜は今晩、井戸に入れとくといいですよ。櫃に入ってる握りめしは早く食ってください。その干ししらすは、炭火でちょっと焙って食うのが、おすすめです」

 と、言いたいことだけ言って、ひょこっと一礼するなり、自転車に跨ってさっさと帰ってしまう。副官の後ろすがたを、鷲頭はめずらしく口許を綻ばせて見送った。

 「オイ、この量は…ふたりで食えるのか…?」

 「日持ちするものもあるだろう、大丈夫だ」

 すっかりことばの調子まで“海の子”に戻っている千早大尉を、加藤は唖然としつつ見ていたが、その土産の多さにも驚いていた。

 「どうも、かれらは、他所者はもてなすというのが流儀だそうだぞ。遠慮などしたら、がっかりさせてしまうからな」

 酒の瓶をとりあげてみせ、これが旨いんだ、と嬉しげに言う。鷲頭が心底から寛いでいるのを見て、加藤もあれこれと悩むのをやめた。

 ひとの好意は素直に受け取るべきだ。特に、こういった気持ちのいい人々からのものなら、尚更である。
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| 綿津見の波の色は・11―20話 | 00:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第拾肆話

 夜になって、別荘から海を眺めながら酒を酌み交わしているふたりは、腰越の港から沖に出てゆく船の灯りを見送っていた。まさかその船に、嵩利が乗っていることなど、知る由もない。

 しかし同じ“船乗り”としてふたりは感じ入るものがあった。こんな夜にちいさな船ひとつで、漁へ出かけてゆく海の民へ敬意を表し、海へむかって杯を掲げて飲み干した。

 早く食えと注意されたものは、あらかた腹におさまっていて、いまはつまみにと、しらすを干したのを網のうえで焙っているところだった。

 「お前の副官は、おもしろい奴だなあ」

 「そうだな」

 ああして、生き生きとしているすがたを見ると、ここに住む、かれを大事におもい、また大事にしているひとびとの面影までが浮かんでくる。

 「お上はそりゃァ大事さ。だが、こういう守り甲斐のある場所があるから、おれたちは戦えているのだとおもうぞ」

 と、段々と酔ってきた加藤が、論じ始める。こんなこたァ言わずもがな、だが言わずに居れん、と酔いも気持ち良く、畳のうえに転がってしまう。

 「おい、そげなところで眠ったら、風邪をひくぞ」

 「わかってる」

 「まったく、相変わらず世話の焼けるやつじゃのう、お前は―」

 不機嫌そうに言うのは口だけで、鷲頭はこの厄介な酔漢を介抱しにかかった。からだのしたへ腕を差しいれて、半身を起こさせる。と、不意に首へするりと腕が絡み、

「お前は相変わらず、優しいんだな」
 
 加藤の悪戯っぽく笑んだ顔が間近にある。耳もとへ唇を寄せられ、耳朶へかるく触れるのがわかる。

 「お、おい―」

 「春美…断言してやってもいいがな、そのぶっきらぼうな優しさ、チャンと理解しているのは、おそらくおれと、お前の副官だけだぞ」

 低く囁いてくる声に、からかいはない。

 「何だ、いきなり」

 「しらばっくれるな。お前あの副官にメーター上げてるだろうが。いい加減、そろそろ身持ちのかたい奴になれと言っているんだ」

 「―っ!まて、康幸ッ。それは…」

 「惚れてないと言うなら、春美、いっそおれのものになるか。あの大尉を選ぶなら、身を引くつもりでいたが、いつまでもフラフラしているお前が、放っておけないんだよ」

 ぐっと無理に抱きすくめて、溜めていたことばを吐き出すと、鷲頭を畳のうえに横倒しにして、組み敷いた。が、襲うつもりではないようだった。

 「大尉のときに、一回抱かせろって言って寝たよな。あれからおれ以外の男に、抱かれたことないんだろ?」

 「ああ…、抱かれるのはどうも趣味じゃないんでな」

 「嘘つけ、まんざらでもなかったくせに…。―春美、最後にもう一度だけ訊く。千早になら、お前をくれてやってもいいと本気でおもってる。あいつに惚れてるなら、おれにだけは素直に言え」

 ―くれてやる、ときたか。鷲頭は呆れるのと後ろめたさとで、複雑な気持ちになった。加藤はずっと、陰ながら支えてきてくれた。同期で同じ年齢だというのに、兄のようにおもうことさえあった。

 一度を抱いただけにしては、随分と焼きすぎる世話の度合いで、かれから想いを寄せられているというのは、うすうす気づいていた。

 気づいているが、どうしても向き合えない。鷲頭の触れたい“温もり”は、加藤ではなく―

 「すまん、康幸」

 「ヘッ、やっと言いやがったな」

 ぱっ、と加藤の体が翻って、もう畳へ腰を据えている。半身を起こすと、ひらけた視界に夜の海が広がった。漁火が、海に浮かぶ星のように瞬いている。

 「なあ…春美、ちょっと変なことを言うが、怒るなよ」

 「何だ」

 「千早くんのことさ。あいつ…傍目から見ても充分男らしい気骨の持ち主だが、心に関して言えば、たぶん―そこいらにいる生半可なネイビー・エスより、情が深いぜ。大袈裟かもしれんが、海より深いかもしれんな」

 こどもが喜ぶなら、母親は苦心を苦心とおもわず、平然としている。それに似ていると言うのだ。

 「ああ…、お前はいい譬えを言うな。海大に居たころ、そう言われれば、そんな風に感じたこともあったよ」

 「へぇ…そうか」

 ふたりは何事もなかったように、また並んで縁側へ腰を落ち着けた。そうして、静かな潮騒に耳をかたむけ、じっと漁火を見つめ続けた。
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| 綿津見の波の色は・11―20話 | 02:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第拾伍話

 ―まだ晩酌しているのかナ

 釣竿を握りながら、嵩利は暗い海のうえから、彼方の陸―丘にある加藤の別荘の方角へ、ときおり首をかたむける。暗い夜に沈んでいる丘にはいくつか、灯りが瞬いている。

 江ノ島と腰越に伝わる、“御神渡り”の伝承を、船歌のようにして従兄と叔父とでうたいつつ、撒き餌を海面へ投げる。ぱあっと海蛍が光って散り、その瞬間はなんとも言えず、幻想的ですらある。

 「タカちぃ、まァた掛かったじゃんー。何杯よ」

 「ンー、たぶん六杯」

 「ちぇー、おれより釣ってやンの」

 「えへへ」

 無邪気に笑う従弟は、とてもではないが、優秀栄えある帝國海軍の将校にはみえない。腰越の親類にとって嵩利は、いつまでも“タカちぃ”なのだ。

 「あと半刻で夜が明けッから、港に帰ェんべ」

 『はあい』

 釣果を積んで“凱旋”すると、もう海の女たちは港の寄合い所で火を熾して待っていた。

 「風呂沸いてるから、早く入っといで」

 と、男衆は急きたてられて、大きな浴場へ浸かりにゆく。木戸を開け放すと、岩場のかげから江ノ島がみえた。

 「今日は朝靄がかかってねえな、からッとするかもしれんが、夕立ちが来るんじゃねえか」

 叔父が独りごちるように、天候を読んだ。さっぱりして出てくると、もうすっかり陽が昇っている。“おカミさん”たちの手で、釣ってきたものが悉く捌かれてゆく。

 漁にいった男は、たとえ嵩利であっても包丁を握らせてくれない。女たちの仕事だから、だまって見守るしかないのだ。

 「タカちぃ。いかめしも拵えてあげッから、もうちょっと待ってなよ」

 そう言って、すこし手間のかかるものまで作ってくれ、諸々持ち合わせて別荘へ向かったのは、朝と昼の中ほどを過ぎたころだった。


 「艦長ォー、お早うございまァす」

 眠っていないとは到底おもえぬ声で、庭先から快活な挨拶をして寄越す。縁側のある部屋で朝寝をしていた加藤は、元気のよい海の子の声に応えて、寝返りをうちつつ嗄れたような声をあげる。威厳のかけらもない間延びした調子であった。

 「おーィ、千早大尉。艦長はふたりいるぞ、どっちだ」

 「ア、そうでした」

 「―む。何だ、その仰々しい手提げ桶は」

 「朝食と昼食です」

 「そうか。また何か持ってきてくれたのか。こちらから碌に挨拶もせぬというのに、ありがたいことだ。そうだな、あとで礼に伺うとしよう」

 一方の鷲頭は、いつもと変わらぬようすでいる。涼しげな単に袴をつけたかっこうで、玄関まで出てくる。

 すッとさりげなく嵩利の手から桶を受け取って、眼で中へ入れ、と促す。嵩利はお邪魔します、と言ってあがり、居間の座卓へ置いた桶の蓋をひらいてみせた。

 そこには、アオリイカの刺身から、うにと混ぜた即席の塩辛、煮つけ、いかめしまで、二人でたらふく食べられるくらい入っている。

 「千早くんは、食べないのか?」

 「ウン、ぼくは釣っただけでもう、満腹です。―お茶淹れてきますね。あっ、ひどいな。こんな出し殻になってるじゃァないですか」

 間髪入れずに、急須を持って出ていってしまったのを見送り、加藤と揃って食べる手をとめた。

 「じゃあ…昨晩の漁火は、あの船にあいつが乗っていたのか」

 「そうだな、私は詳しくないが、イカ釣りというのは夜間行うそうだから、多分そうだろう」

 徹夜で釣りをして、これだけの料理まで拵えて来たとしたら、おそらく一睡もしていないということになる。

 「ほうじ茶のほうがさっぱりすると思うので、どうぞ。あれ…どうかしました?」

 戻ってきてふたりの箸が止まっているのを見ると、俄かに心配そうな顔になる。鷲頭が、―いわゆる、海より深い、母の愛。に似たそれを、ひしひしと感じた瞬間であった。

 「いや、何時ごろきみのご親戚に礼を言いに伺おうかと、話していただけだ。こんなに美味いものは、久しぶりだよ」

 「あァー、ぼくの親戚は多分、礼なんか言いにきたら逆に怒りますから。やめておいた方がいいです」

 座卓の向こうでにこにこしながら言って、ふたりが料理を平らげるのを嬉しそうに見守っている。嵩利は港でイカの炊き込みめしを、たらふく食ってきたから、実際満腹だった。


 「オイ、春美。お前の嫁をなんとかしろ」

 「ん、どうした」

 海の幸を堪能したあと。

 桶をきれいに洗って、縁側へ乾かすのに立てかけると、加藤が手招きして呼んでいる。何事かと戻ってみれば、陣取っていた席に副官のすがたがない。卓越しの畳のうえに落ちている手が見え、更に近寄って覗き込むと卓のむこうで、まるで猫のようにころりと横になっているのが見えた。

 「御馳走様ちゅうのを、まだきちんと言うちょらんのにのう」

 郷里ことばでぼやいて、眠ってしまっている副官を抱き上げた。手際よく、向かいの間に敷き布団と上掛けを出した加藤は、親友と、その腕のなかで眠る寵児とに、温かなまなざしを向けた。

 「ようし、嫁が起きたら、三人で西瓜を食うか」

 「そいつはいいな」

 「春美、ついでに添い寝でもしてやれよ。おれはすこし散歩をしてくる。近くに気になる社があってな、詣でてきたいんだ。帰りに何か土産を買ってくるから、留守番頼んだぞ」

 実際、社巡りは殆ど習慣と言っていいほど染み付いた、加藤の趣味だった。嫌味のない気の利かせ方をして、かれは何やら、手帳に記したものを確かめつつ、出かけていった。
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| 綿津見の波の色は・11―20話 | 04:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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