大日本帝國軍の愛と友情の日々

逓信省の検閲済でありますが、男色趣味満載ですので、苦手な方は華麗なターンでご退却下さい!所謂BL小説サイトです。右側に注意書きがございます。必ずご一読ください

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  綿津見の波の色は・第壱話

 江田島の海軍兵学校時代に、嵩利は常々こんな阿呆らしい学校があるか、と内心で毒づいていたものだった。
 
 故郷の江ノ島は横須賀から目と鼻の先で、造船所も工廠も近ければ、外国人も行き交う横浜も近いわけで。言ってみれば、こんな世俗からかけ離れたところへ押し込まれるより、地元に居たほうがよほど“海軍”に触れられるというものだと、そう思っていた。

 兵学校自体を築地から移転する際に、いっそ横須賀にすりゃァ良かったんだ、と大尉になったいまでも、心中で呟かずにはいられない。

  「アレ、湘南の島から釣竿担いで来てたあの飛魚坊主が、海軍さんかえ。しっかりおやりな」

 と、挨拶に行くたびに嵩利を孫のように可愛がってくれている老妓連中がいるし、下手な上官などよりも余程ためになる話を聞かせてくれる。と、まあ、このようなことはくちが裂けても、誰にも言わないが、とにかく江ノ島は片瀬の海辺で生まれ育って、目と鼻のさきにある日本海軍というものが、少年時代の嵩利の心を揺さぶるまで、さほど時間を要さなかったということだけは、偽りなく言えることである。

 兵学校時代も、学問は特に苦痛ではなかった。

 ところが大尉になってから、旧海兵跡地の築地に創設されたばかりの、海軍大学校へ行ってこいと言われ、広い海原を眺められぬ生活―また陸へ上がった亀―になることの方が、嫌でたまらなかった。

 休日など早朝に起き出して、砲術の計算式を歌うように口ずさみつつ、ユニホームを着たまま日本橋の魚河岸へぶらぶら出かけてゆくし、艦隊の回頭運動に要する時間を見計らうが如く、舵輪がわりに河っぺりで竿を切り返しているかとおもえば、ハゼやイナといった小魚を呆れるほど釣ってきて、大学校や宿舎の厨房に、

 「晩飯にかき揚げにしても、みんなで喰えるべ」

 と言って置いてゆき、飄々と出て行く。遊んでいるのか何なのかよくわからない癖に、成績は常に上位であった。変人めいた者を海軍では揶揄して、“名士”と呼ぶのだが、嵩利は大学校時代にもうその片鱗をみせていた。

 大学校の教官はおおむね大佐クラスで、あたまの固い教官など―殆どそうだが―は、嵩利が休日に釣果をあげてくると、いやァな顔を隠さず向けてくる。そんな態度を取らない教官はひとりだけで、嵩利はオヤ、とおもいつつ、嬉しくもある。

 その教官―鷲頭大佐の講義中はまるで薄氷か、剃刀のうえを歩かされているような緊張があるので、生徒からもっとも恐れられている。だのに鷲頭大佐は、厨房から嵩利が釣ってきた小魚のかき揚げを差し入れても、いつもきれいに食べてくれる。

 ―こいつはちょっと、面白いひとかもしれないな。

 仄かに鷲頭へ尊敬と親しみを覚えたのは、このときだった。昨年の大戦では、第二艦隊に乗り込んでいたやり手の艦長という噂だったが、それがいきなり大学校教官である。

 確かに教えるのは要点を掴んでいて無駄がなく、非常に飲みこみ易い。妙な経歴だとは思ったが、大戦で大学校進学が棚上げにされていた者も少なくないから、教官も優秀な者を揃えて、効率よく卒業させようという布陣なのだろうと結論づけて納得している。

 しかし、この大学校の教官のなかで、艦長として戴いて共に航海へ出るなら、だれを選ぶかと言われたら、やはり嵩利にとっては鷲頭しかいなかった。

 他にも数人はオヤ、とおもう教官もいるにはいるが、嵩利は将来かれの副官になるか、艦を共にするか、所謂、憧れめいたものを抱く上官に目をつけたことになった。


 海軍大学校では一年を過ごす。その間に夏季の避暑休暇があり、ひと月丸ごと、片瀬の実家へ帰っていた。

 敢えて学問をしようとおもわずとも、自然とそちらへ意識が向く。そういうときに吸いこめるだけ吸いこんで、あとはまた江ノ島あたりで、貝釣りや磯釣りをしたり、腰越の親類のところへ行って、漁の手伝いへ出てみたり、気侭に過ごしていた。

 気鋭の海大生とはいえ、嵩利もここへ帰ってくれば、腕白小僧の面構えになっている。今日も今日とて漁の手伝いに出て、真っ黒に日焼けしたからだへ、白い麻の紗を粋に引っ掛けて、下駄を鳴らして夕刻きっちりに帰ってくる。

 「ただいま戻りました。今日も綿津見様のおかげで、大漁でありました」

 貰ってきた魚の入った盥を縁側へ置いて、井戸端で手足を洗い、勝手口へ声をかけておく。それからそそくさと廊下へ回りこむと、ばったり母と会う。

 「これ嵩利。大学校の鷲頭大佐がお見えになっていますのに、もう少ししゃんとなさい。お父様と居間で待っていらっしゃいます、早く行ってご挨拶なさい」

 「はあい」

 単の襟と裾をぱっぱと手早く直されて、決まり悪く返事をしつつ、何故、鷲頭教官が訪ねてきたのか、疑問符であたまを埋め尽くしたまま、歩いてゆく。

 居間で寛いでいる父と教官へ、まず敷居の前できちんと手をついて挨拶をする。そのあと、顔を合わせるのが常である。
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| 綿津見の波の色は・1―10話 | 06:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第弐話

 楚々と居間へ歩を進めると、母が計ったように―実際そうなのだが―父を呼んでしまい、

 「今日は倅が釣ってきた魚がありますから、刺身にしてあとでお持ち致しましょう」

 などと言って、入れ替わりに居なくなる。途端に、嵩利は身をかたくして、腕白小僧から“名士候補”の海大生に戻って、鷲頭の前でかしこまった。

 「休暇中に突然訪ねて済まない、驚かせたな」

 潮風に揉まれた海の男独特の、錆のあるような深い声で、鷲頭は言った。声音は穏やかでいつもと変わりない。ほんの微かだが、その口許から厳しさがやわらいで、たったそれだけなのに、嵩利は喜びが湧くのを隠せなかった。

 何でも小田原へ所用があって、行ったその帰りだということで、江ノ島が見えてきたときに、嵩利のことを思いだしたらしい。

 「きみの釣ってくる小魚で拵えたかき揚げほど旨い天麩羅は、いまだ江戸前と言われる、あの帝都でも喰ったことがない」

 そう言って、あるかなきかの笑みを浮かべるも、すぐに眼つきを鋭くし、

 「お父上から聞いた話では、この休暇中度々、横須賀や横浜へ足を運んでいるらしいな。感心なことだが、以降、成績が一つでも落ちたら、きみから釣り竿を取り上げてしまうつもりだ。しっかりやり給えよ」

 脅しとも、励ましともとれることばを継ぐ。それからじっと、端座している嵩利のすがたをみつめた。このすこし風変わりな生徒は、教官のあいだでは頗る評判がよろしくない。が、かれらのような凝り固まりがちの、典型的な官僚軍人がきらいな鷲頭は、人間的な面白みのある嵩利が気に入っている。

 天衣無縫ということばがぴったりである。これほどありのまま、自身を見せられる者はそう居まい。うまく導いてやりさえすれば、器のあるいい将官になれるに違いない。

 「―私は来年、日進の艦長へ戻る。だが、副官はおそらく…期限いっぱいまで決まらないだろう。どうも私が苦手らしくてな。誰もが部下になるのに、気が進まぬらしい」

 と、表情を変えずに言う。鷲頭としては、要するに“生け贄”のような人材が、トボトボやってくるのを待つより、じぶんで目に適った者を引っこ抜きたかった。

 「どうだろう、きみ。私のところへ来ないか」

 ははあ、小田原から所用で云々といっていたが、こりゃァただの口実だったな、と教官の行動に微笑ましささえ感じて、嵩利は口許が綻ばぬように堪えた。

 そのオッカナイ顔のうしろで、何を考えているのか伺えないが、やはりどこか、純朴なあたたかさが滲み出ている気がした。

 笑みが零れぬよう、嵩利が態と顰めッ面をしているのを勘違いしたらしく、俄かに落胆を滲ませつつ、すこし顔を背けて、微かに息を吐く。その仕草にどうにも、嵩利は笑みを堪えきれなくなってしまい、屈託のない笑顔をパッと咲かせた。

 「ぼくでいいのでしたら、お供させてください」

 驚いて見てみれば、白い歯を覗かせて、にこにこ笑っている。それもどこか気恥ずかしげに、である。今度は鷲頭が不審げに眉を寄せた。だが、かれが取り繕ってこんな笑顔を向けることをしないのは、良く知っている。本心なのかと訊くまでもない。

 「そうか、来てくれるか」

 「はい」

 およそ、軍艦―日進は装甲巡洋艦だが―に乗組む者に似つかわしくない、あっけらかんとした返事であった。しかも、艦長付ということは、艦内の様々な所へ行かされるわけで、はっきり言って激務である。

 だが、かれなら何と言うこともなく、こなせてしまいそうである。嬉しくもあり、頼もしくおもったが、そんなものは一切見せない。

 「では、残りの大学校の期間は、心して掛かることだな」

 役に立たぬと分かったなら、間違いなく舷から海に叩き落とすぞ、と言いたげなまなざしである。否、それどころか艦に足を踏み入れさせさえしないだろう。

 「はい、教官から毎日、望遠鏡で見られているつもりでいます」

 そう言っても笑みは消えず、失礼します、と言って座を立って襖をそっと開け、廊下へ出ると、片膝立ちに腰をおとして鷲頭へ向き直る。またかしこまって、

 「教官、せっかく訪ねてくださったんですから、今夜は泊まっていってください」

 敷居のまえで手をついて頭をさげるなり、朝顔のような笑顔をみせて、静かに襖を閉めて出ていってしまった。鷲頭は未だ何も返事をしていないが、もう嵩利はそのつもりでいる。いくら教官だとて、休暇はあるだろう。それに、今夜は丁度、江ノ島で花火があがるのだ。是非観ていってもらわねば、千早家―“片瀬の旅籠”―の名が廃るというものだ。

 ―明日は帰るって言うだろうから、送りがてらに八幡宮を参って、あとは豊島屋の土産でも持たせるべな。

 と、もう勝手なことを考えている。襷をかけつつ台所へ行く途中で、父が縁側に座って煙管をふかしていた。

 「なあ、タカ」
 
 「はい、父上?」

 「あのひとは、中々できた男だなァ。しっかりお仕えするんだぞ」

 庭に咲く花と、ようやく夕色に染まりつつある空を眺めながら、それだけを言った。子煩悩な父は、この末っ子がどうにも可愛くて仕方がない。本心を言えば、命を賭する稼業である軍隊など辞めて欲しい。けれどもこうして確りやっているのを見ると、他に何も言えなくなってしまう。

 「はあい」

 父の心の内を知ってか知らずか、息子はいつもと変わらず、飾らぬ返事をする。
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| 綿津見の波の色は・1―10話 | 00:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第参話

 台所へゆくと、住み込みの家政婦で、家族同然であるチカといっしょになって、母も腕をふるっている。

 鱗は取っておきましたからね、と言って、嵩利の漁の成果はもうとっくに下拵えができている。

 ―チャンと、全部やりたかったのになァ。

 と、鷲頭に食べてもらう魚だけに、ちょっとくちを尖らせて拗ねたが、すぐに包丁をとって手早くおろしてゆく。

 「母上、蚊帳は―」

 「もう先刻、お父様が吊ってくださいましたよ」

 「そうですか」

 夕刻ちかくに客人が来たら―それも特に夏は、概ね宿泊させる。そんな独特の慣わしのようなものが、千早家には存在している。まず、避暑地で風光明媚な江ノ島であるだけに、勧められて断られたためしがない、というのもある。

 「タカ、刺身が出来たら、この酒も一緒に持って行っておあげなさい」

 食事は花火を観終わってからでよかろう、と父は言って、肴と自身の好物でもある丹沢の銘酒を持たせる。客間へ案内したからと、嵩利はそこへ向かう。

 父も母も、敢えて顔を出さない。鷲頭は教え子である息子へ会いに来たのだし、静かに過ごすことを好むひとのようにみえたからだ。

 「うん、旨いな」

 卓へ並べた皿の刺身へ箸をつけ、鷲頭は嬉しそうに言う。くっ、と大振りの猪口を干して、飲みっぷりもいい。嵩利はまたこどものように相好を崩して、笑った。やはり海の男はこうでないとナ、とそのすがたを見ている。

 鷲頭は先刻まで着ていた灰色をした縞の単を脱いで、嵩利の母が支度しておいた浴衣へ、袖をとおして寛いでいる。通された客間のとなりには、もう蚊帳を吊った床まで支度されてあり、鷲頭は千早家の“慣わし”に従うことにした。

 「千早くん、給仕などしなくていいから一緒にやろう。きみとて、休暇が明けて戻ったら、地の物は暫く食えぬはずだ」

 鷲頭は徳利のそばにある猪口をとって、酒を注ぐと前の席へそっと置いた。傍でこまごまとした世話を焼いている教え子へ顔を向けて見れば、嵩利は照れくさそうにしている。

 「遠慮しないで、飽きるほど召し上がっていってください。ぼくは餓鬼の時分から、毎日のように食べてきましたから」

 小皿に注ぎ足そうとして醤油さしを持っている手から、それを取り上げてしまうと、怖い顔で詰め寄る。嵩利の肩口へ手をのばして、掛けたままでいる襷の結び目を引いて解く。

 「きみの察しが悪いのか、私の言い方が悪いのか。平たく言えば、きみと差し向かいで酒を交わしたいのだ。普段は言えぬこと、訊けぬようなこともあるだろう」

 そう促されて頭を掻き掻き、向かいの席へ腰を落ち着ける。嵩利としては、じぶんが釣ってきた魚を旨そうに食べてくれる鷲頭を、そっと見ていたかったのだが。

 この家の隣は竹林があり、そこから蜩の鳴く声がきこえてくる。まったく静かで、風向きが変わると海鳴りの音も混じって耳にとどく。

 嵩利はお喋りというほどではないが、快活に良く話すほうではある。しかしこうして、生まれ育ったところに落ち着いていると、却ってことばが邪魔になることを知っている。安らいだ気持ちで、微笑みながら向かいに居る鷲頭と酒を酌みかわす。

 徳利を六本ほど空けたころ、さすがに酒のつよさは人並みの嵩利は酔いが回って、あのことは内緒にしておこうとおもっていたが、言ってしまえと、口をひらいた。

 「不躾なことを言いますけど、今回のぼくは鷲頭大佐に釣ってもらったのじゃァなくてですね。…大佐を釣ったのは、ぼくの方だと言いたいんです」

 「なに…?」
 
 「なンだ、ハゼとかイナとか、そんな小魚の天麩羅なんか、って言って。他の教官は残すか、ひとくちも食べてくれなかったのに、全部きれいに食べてくれたの、大佐だけでした」

 「ふむ、そうだったのか」

 「それで大佐の人柄が、ちょっとわかった気がしました。だから、できることなら航海、ご一緒したいなあ、っておもっていたんです」

 「こいつ…、けしからんやつだ」

 一連の白状をしてしまうと、鷲頭は呆れた顔をしたが、ひと睨みして、ちいさな卓越しに嵩利のあたまを拳固で小突いただけだった。

 「あれが、きみなりの人選方法だったわけか。上官を試すような真似は、あまりしない方がいいぞ」

 「はい、もうしません」

 ひょい、とあたまをさげて謝意をしめす。酔っているからか、仕草がどこかひょうきんで、憎めなかった。
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| 綿津見の波の色は・1―10話 | 03:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第肆話

 結局、鷲頭は千早家に一泊し、翌朝になると教え子の両親へ丁重きわまる礼を述べてから、辞していった。

 昨日小田原へ行っていたのは事実だったようだが、嵩利の推察通り、公務ではなかったらしく、帰途もさほど急いでいる様子はなかった。

 ちゃっかり、駅まで送りますと言っておきながら、あちこち案内して歩き、一刻ほどかけて鎌倉へ到着した。
どうやら鷲頭は甘い物もすきなようで、八幡宮の茶店で羽二重餅の大福を食っている間を見計らって、嵩利は例の豊島屋へひとっ走りしてくる。

 駅頭で土産を持たせると、すっかりもてなし終えたという顔つきで、教官が列車へ乗り込むのを見送る。鷲頭も思いがけなく穏やかな時間をすごせたことに、感謝していた。それを表情に出すことはしなかったが、その眼をみれば明らかである。

 無愛想にみえて、その実、かれの眼が語りかけてくるものは多い。それを見逃しさえしなければ、深く知ることができるかもしれなかった。

 俗に言う“付き合いが面倒なひと”であろうが、かれに一目も、二目も置いている嵩利にとっては、苦にならない。

 残る休暇も、別に嵩利は浮かれるわけでもなく、いつもと同じように過ごした。強いて言えば横須賀へ通う頻度が増え、海大の同期と勉強会をひらくことが加わったくらいである。

 両親のいる、あの温かな海辺の家にはけして軍務は持ち込まなかった。礼装どころか、軍服すら着て帰ったことがない。

 海上勤務が長く、めったに帰ってこられない分、誇らしげにして“凱旋”するものなのだろうが、嵩利は父の想いがわかっていたから、そういうことはしなかった。

 「行ってきまァす」

 と、帝都へ戻る日も、釣りへ行くのと変わらぬ挨拶をして家を出てゆく。麻の単を着ただけで、大した荷物も持たずに、テクテクと海岸をあるいてゆく愛息の後ろ姿を、両親はいつもそっと見送る。

 小動にある綿津見神を祀った社を詣でてから、腰越の港へ帰ってきた船に、翩翻と大漁旗が翻っているのをみて、顔を綻ばせる。鎌倉駅まで景色を堪能しつつ歩けばあっという間で、いつもこの瞬間は切なくなる。

 宿舎に帰ると、もう嵩利は海軍大尉、海軍大学校の生徒の顔をしている。休暇はまだ幾日か残っているが、心の舵が学業のほうへ向いてしまっていた。こういうときはとことん打ち込むに限るのだ。

 普段、不真面目とは思えぬにしろ、あの奇態はよく分からぬ、などと陰口を叩かれているが、とんでもない話で、成すべきことは成している。

 それに今後は、鷲頭との約束がある。仕えてみたいとおもった人物から、直に誘いの声をかけられたのだから、俄然張り切っている。

 艦隊勤務に就いたら、きっと周囲は妙な組み合わせだとおもうだろう。もしくはいい厄介払いができたとおもわれるか、それでも別に構わない。

 休暇が明けて、残り半年の講義が始まると、鷲頭は以前にも増して厳しい眼で、嵩利を見守っていった。

 休日は釣りにこそ行かなくなったものの―本人曰く、羽田で釣っていてもおもしろくない。江戸前の漁師は口喧しィからつまらない、らしいが―相変わらず飄々としている。

 それなのに、ほんの僅かでも危なっかしいところを見せない。それだからと、重箱の隅をつつくわけではないが、かなり捻った問いかけをしてみても、ちょっとくびを傾げたあと、なかなか面白い見解を織り混ぜた答えを寄越してくる。

 何もかも自然体で、海にいるために生まれてきたような男だな、と内心で感じいることもしばしばであった。

 こうして明治三十九年から四十年の暮れ近くまで、海軍大学校での日々は終わりを告げた。嵩利は首席ではないが、優等がついての卒業だった。

 一等巡洋艦日進 乗組 鷲頭艦長附大尉

 と、卒業した翌日に辞令が飛んできた。日進は佐世保にいて、一週間もしたら欧州へ、少尉候補生の遠洋航海訓練へ出発することになっている。

 「航海訓練と言っても、常時と変わりません。普段どおりやればよいのですから、緊張せずに務めに励みなさい」

 このように、出発の前日に乗組一同を集めて言った艦長の挨拶はあっさりとそれだけで終わり、さっと壇上を降りてしまった。候補生の中には、あからさまに不安げな顔をする者もいたし、嵩利と同じように、へぇ、と感心した者もいたようだった。

 うちの艦長大丈夫かナ?が、七割がたの意見であったろうが、候補生は上官がきちんと指導すればいいだけのことで、艦長の姿勢としては、何も間違っていない。と、鷲頭贔屓の嵩利は勝手におもっている。

 航海に出たのは日進だけでない。他に磐手と出雲も一緒である。それぞれに浅田と伊丹というふたりの大佐が艦長を務めていたが、早くも三日目にして、それぞれのフネの特徴が表れていた。

 出雲の伊丹艦長は神経質で、それもいい意味ではない。どちらかといえば、自身の機嫌に左右される性質だったから部下は堪ったものではない。

 何かといえば古姑のように煩くくちを挟んでくるものだから、下士官、水兵のあいだで皮肉って、名前の登志雄からもじって、“お登志刀自”という珍妙な綽名がついた。

 磐手の浅田艦長は“スモールハート・ウィングウィング”の典型であったが、性格が温厚でこと細かい気遣いのできる人柄が幸いした。

 これが女だったら周囲が放っておかない性質というべきか、艦内ではかれの出身地の紀伊からとって“紀伊の姫君”という綽名をつけた。

 海軍では狭い軍艦での暮らしが長いから、すぐにこういった上官の粗さがしが始まるわけだが、日進の艦長である鷲頭はどうだったかというと、やはり例に漏れず綽名がついた。“神輿の鳳”である。

 何しろ滅多に口出しも手出しもしないで、舵取りがよほど難しいときや、他の用がなければ出てこない。艦長室でいつも何か読んでいるかしていて、口数もすくない。

 艦のうえに腰を据えているだけ(ではないことは、のちにわかるが)のようすが、神輿の天辺にある飾りに似ているからという理由である。鳳と、名の鷲を引っ掛けたのか、言いえて妙ではあるが、これは褒めているのか貶しているのか、よくわからぬものであった。

 ただ、日進は他の艦にくらべて、いつも入港出航が潤滑で、非常にスマートであったから、操艦を司る艦長の度量がいかなものか、ひと月が経って乗組にも感じられるようになってきたらしい。
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| 綿津見の波の色は・1―10話 | 15:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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  綿津見の波の色は・第伍話

 相変わらず普段どおりの日々を送っていたが、不満もあった。嵩利が鷲頭のもとへ行って諸々の報告をしても、「そうか」とか「その通りやってくれ」とか、そんなことしか言われない。艦長公室へ居座れる口実を作ろうにも思いつくことがないから、副官になった途端に却って上官との距離が離れたようで、寂しさが増すばかりだった。

 鷲頭は、嵩利に細々としたことを一切任せきっているおかげで、各部署から上がってくる、少尉候補生の報告書に逐一目を通して、時には夕食が済んだあと、幾人かずつ候補生を艦長室へ招んで、励ましてやるようなこともしている。

 こうして若い者たちに心を砕ける時間がつくれるかどうかは、副官の良し悪しで決まると言っていい。

 特に荒天にも見舞われず、穏やかな航海であったから、少尉の卵たちは艦内生活にも大分慣れて、頼もしい顔つきになってゆくのを、鷲頭は内心の喜びとしていた。

 一方で、鷲頭は副官である嵩利も、常に注意深くみていた。どこか落ち着かなさそうにしていて、それを隠しているのがわかっていた。ある日、いつものように報告へ来るのを迎えて、数回黙って頷いたあと、差しだしてきた書類を受け取るついでに、手を掴みとって引きとめる。

 「何があった?」

 「いえ、何も…何もありません」

 言い淀んだ途端に、ごつい手に力がこめられ、痛いほど握りしめられる。嵩利はうろたえたが、上官の手を振り解くわけにもゆかず、かといって手を掴んで引き剥がすわけにもゆかず、空いた手をかれの袖に添えるにとどめた。

 「離してください、艦長。ぼくは―」

 猛禽のごとき目つきで睨みつけ、哀願するような調子で継ぐことばを遮った。かれを副官に迎えて、もうそろそろ三ヶ月になるというのに、ひとつの相談ごともしてこないのが気に掛かる。

 副官はそれほど不器用な性格ではないだろう、鷲頭自身とちがって。いったい、あの夏にみせた屈託のない顔はどこへ行ってしまったのか。問い質すことの要あり、と鷲頭は戸惑いの色をのせた副官の眼を鋭く見返した。

 「夜になったら、また来なさい」

 錆のある低い声でそう脅すように命じられ、嵩利は思わず顔を引き攣らせた。はいと返事をしないかぎり、上官は手を離してくれそうにない。

 「わ、わかりました」

 なぜ何も言わないのに、“抱えている”ことがわかったのだろう。しかしこんな我が侭な、稚拙すぎる不満など、鷲頭に言えるわけがない。ほんの少しの私的な時間くらいは、時々一緒に過ごしたい、などとは。

 「参ったナァ」

 くっきりと指のあとがついた手首をさすりつつ、中甲板を艦橋のほうへ歩いてゆく。もうそろそろ夕刻で、厨房から旨そうな甘煮の匂いが漂ってきた。

 「あー、…腹が減った…」

 夜をどう凌ぐか考えるも、思考は空腹に遮られる。こんなときでも嵩利の健啖は衰えない。食欲が脅かされるような状況など、めったにない。今回もそうで、まさに腹が減っては戦ができぬわけで。

 「まァ、怒られたら怒られたで、その時は諦めればいいべ」

 相手が、ごまかしの通用しない人物だというのは、嫌というほどわかっている。余りに狎れた態度は、上官に対する侮辱と取られても仕方のないことだが、鷲頭に対する想いは偽りのない気持ちなのだ。正直に告げるしかないだろう。そう言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

 嵩利には剛毅なところがある。所謂、物怖じという言葉を知らないような性格、といえばいいだろうか。しかし、時間が経つにつれて怖気づいてくる。ことがことだけに、侮辱と取られて処罰されるならそれでもいい。そうおもって胆を括ってはみたが、実際は括りきれていない。“それ”を言う勇気が全く湧いてこないのだ。

 夕食は士官室で、いつも以上に箸をすすめた。その小柄なからだのどこに入るのか、実によく食べた。殆ど自棄食いである。

 鷲頭の部屋へ行くまえに、上甲板に出て、艦首付近の砲塔のしたで座りこんだ。ここからだと海がよく見える。月明かりに照らされた波頭が淡く瞬くのが、とても美しい。潮の香は違うのに、故郷の浜が脳裏に鮮やかに浮かんでくる。

 あの時抱いた、鷲頭への気持ちは離れていないし、この航海のあいだに、大きく膨らんでいっている。きっと想いを告げたら、嫌われるかもしれない。否、嫌われるだろう。隠しとおして、嘘をついて嫌われるのとどちらがマシなのか、わからなくなる。

 懐中時計を見ると、夜九時をまわっている。これ以上待たせたらまずい、と重い腰をあげて中甲板へ降りて行った。
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| 綿津見の波の色は・1―10話 | 21:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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